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ジャガイモ大好き伯爵令嬢は、黒い小間使いが神竜だと知っても揚げ油の温度が大事です  作者: 怒れる布団


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9、記憶を失ったのはわたくしのせい

 翌週。


 コンスタンテは七つ年上の従兄(いとこ)、賢者の称号を持つロザリオ・フィンターを訪ねた。ロザリオは現在、王都の魔法研究院に籍を置いており、古代生命体の研究を専門としている。


「ロザリオ従兄(にい)様、神竜について知っていることを教えてほしいの」


 開口一番そう言ったコンスタンテに、ロザリオはモノクルをつけ直しながら呆れたように眉を下げた。


 年上の従兄(いとこ)は、濃い紫髪を後ろで一つに束ねた長身の青年。整った顔立ちに知的なアメジスト色の瞳を持ち、その穏やかな物腰から王都では「賢者」の称号にふさわしい人物として知られている。もっとも、幼い頃から彼を知るコンスタンテにとっては、難しい顔で本を抱えているか、最近は妻に振り回されているかのどちらかという印象しかない。


「コンスタンテ、俺の奥さんを見習って淑女としての挨拶を……」


「ご機嫌よう、ロザリオ従兄様。いつにも増してお優しくて、頭脳明晰で博識なことといったら従兄様のための言葉で……」


「……コンスタンテ、君は口が回るのだから、始めっからだまくらかすつもりくらいで礼儀正しく振る舞いなさい。それで、神竜がなんだって?」


 手土産に持ってきた、塩と砂糖の両方をかけた芋揚げを広げながらコンスタンテは、少しだけ可笑しそうに目を細めて、胸のうちを打ち明けた。


「以前にお話しした、精霊の疑いのある者の件です。ダナっていうのですけれど。今は人間の姿で記憶を失っておりますが……調べてみましたところ、神竜である可能性が出てきたのです」


 ロザリオの表情が、がらりと変わる。


「精霊が人に紛れていることはよくあるけれど……高潔な竜なんて……その話、本当なのか?」


「推測ですわ。四年前に森で初めて出会った時は、灰色の目の奥が黄金に光りましたし、寝言で神竜語らしき言葉を話しているのを聞きました」


 ロザリオが眉間に皺を寄せ、黙って耳を傾ける。


「それで不思議なのですけれど、数日前、彼に記憶の話をしたら発作のようになってしまって。……過去に彼の記憶について質問した時は、何ともなかったのに」


「発作……」


「病気だったらどうしましょう……」


 ロザリオは立ち上がり、書棚から分厚い文献を引き出した。


「コンスタンテ、よく聞いてくれ。これは重要なことだ」


「はい」


「一つ聞くけれど、君の家でその彼はちゃんと食事をしているんだよな?」


「勿論ですわ。我が伯爵家では使用人達の食事にだって気を配っております。それがなにか?」


 コンスタンテが小首を傾げるのを見て、ロザリオもつられて首を傾げる。


「実はね、精霊や特に神竜といった高位の存在は、下界、つまり俺たちの世界の食べ物を口にしてはいけないという説があるんだ。人間の食べ物を摂取すると、対価として『自分の本来の記憶』が封印されてしまうらしい」


 コンスタンテは目を見開いた。


「少量でも?」


「さあ? そこまで詳しく書かれていないけれど……」


 脳裏に浮かぶのは、呼びかけても虚ろなままだったダナの瞳。


「わ、私、ダナに会った日、焦げた焼芋をあげてしまいましたわ。記憶がなくなったのは私のせいかも……」


 コンスタンテは、あの出会った日の事を思い出した。


(『精霊の伝承』のお話……本当でしたのね)


 あの時、記憶をなくして泣きそうになっているダナをなんとかなだめようと、頭の中にあった話を引っ張り出しただけだった。もっと慎重になるべきだったのだ。


「それは仕方がないよ。腹を空かせていたんだろう?君はその時の最善策を選んだと思うよ……」


 ロザリオは苦しそうな顔のコンスタンテを宥めるように言葉を続けた。


「でも……」


「むしろ、食べさせてあげて正解だったんじゃないか?本当に力を失って転落した竜なら、人間の子供と同じだ。飢えたままなら最悪の事態もあり得たんだから」


(それでもわたくしが芋を食べさせたことが記憶の封印の引き金になった事は間違いないのですね……)


 コンスタンテは黙りこむ。


「ただ……問題はその後だね。この四年間、彼は人間界のものを食べ続けた。だから封印は完成してしまったんだ。君に会った直後はまだ影響が軽微で封印が不完全だったから平気だったけれど、今は違う。完成した封印を無理にこじ開けようとすると、拒絶反応が起きて発作になるんだろう」


「……拒絶反応」


 繰り返す声は、ひどく頼りなく小さい。


「そう。記憶に強固な蓋がされている状態だよ。その子が本当に竜なら、引き出しを鍵ごとロックされているんだ」


「では、今のダナは……」


「封印が完璧なぶん、刺激を与えない限り安定しているけれど、その蓋をこじ開けようとすると話は別だ。ああ、そうだ、過去に、誤った方法で記憶を取り戻させようとした事例が、神竜と精霊でそれぞれ一件ずつある」


 コンスタンテはごくりと息を呑む。


「……それはどうなりましたの」


 コンスタンテは無意識に手帳の端をぎゅっと握りしめた。

 嫌な予感が胸の奥を冷たく撫でる。


「一件は、周りの術者が神竜の封印に強引に干渉しようとした。もう一件は、本人に無理やり過去を思い出させようとした。けれど、どちらも結果は同じ。神竜の例も精霊の例も、発狂してしまった」


「発狂……」


 その言葉だけが重く耳に残る。

 ダナを故郷へ帰したい。

 けれど、もし記憶を取り戻すことで彼が壊れてしまうのなら――。

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