10、神竜ブレスの活用計画
「では、ダナの記憶は戻りませんの?」
最悪の結末を聞かされたコンスタンテは、祈るような気持ちでロザリオを見つめた。
「いや、正規の手順があるよ。神竜自身の魂が、段階的に記憶を受け入れられる状態を作るんだ。それには『神竜の帰還の儀』という術式が必要で……」
ロザリオは手元の文献を開き、あるページをコンスタンテの前に広げて見せる。
「神竜大聖堂の『水鏡』と、特定の魔方陣の組み合わせが必要だ。水鏡は一年中、大聖堂に奉られているから、これは大丈夫だろう。問題は魔方陣だね」
「魔方陣……それを手に入れる方法はありますの?」
「そう、そこなんだよ。神竜の記憶を呼び覚ますとされる魔方陣は、大聖堂の奥深くに厳重に保管されている」
コンスタンテはそのページの魔方陣の複雑な紋様を食い入るように見つめ、手帳へ書き写した。
「コンスタンテ」
「はい……」
「その子に、記憶を取り戻すことを絶対に急かしてはだめだよ。周りの準備がすべて整うまでは、今まで通り普通に接してあげること。それが何より一番大事だからね」
「……分かりましたわ」
コンスタンテは静かに頷いた。
「それから、もう一つ」
「まだありますの?」
「神竜が人間界で精神を安定させていられるのはね、近くに強い『支え』がある場合が多いんだ。本能的に強く惹きつけられている大切な存在や、心を通わせた人間が傍にいるからこそ、狂わずにいられる」
ロザリオはそこで少し考え込み、言葉を続けた。
「例えば、いつも一緒にいる人とか」
「はい」
「とても大切にしているものとか、心当たりはないかい?」
コンスタンテは腕を組んで真剣に考え込んだ。
「……」
「……」
そして弾かれたように目を見開いた。
「お芋ですわ!」
「え?」
「間違いありませんわ! 芋よ、お芋! 芋揚げですわ!」
コンスタンテは確信に満ちた顔で力強く断言した。
「ええっと、待ってくれ……もう少し人間関係とかを考えて」
「きっと芋揚げの美味しさが彼を支えているのよ! さすがわたくしのお芋達! ロザリオ従兄様、素晴らしいヒント、ありがとうございました!」
「待て、コンスタンテ……」
ロザリオの引き止める声をコンスタンテは爽やかに遮ると、勢いよく部屋を駆け出した。
(そうだわ! わたくしの芋揚げ達。あの美味しさがダナを支えているんだわ!)
帰り道、揺れる馬車の中でコンスタンテは手帳を開いた。
先ほどロザリオの部屋で手帳の最終ページに書き写した複雑な魔方陣の図形。その簡易メモを見つめながら、彼女は静かに思考を巡らせた。
魔方陣は大聖堂の象徴。はたして伯爵家が頼み込んだところで、貸し出してくれるだろうか。
コンスタンテは「むー」と唇を曲げた。
なんとかダナを故郷へ帰してあげたい。
考え込むように両方の腕を組む。
ダナの支えがお芋であるなら、せめて帰るまでに理想の「パリリ感」を完成させ、最高の状態のものをダナにも食べてもらいたい。何よりわたくしが食べたい。最高の揚げ油温度で、最高の芋を。
そこまで考えて、ふと手が止まる。
(……待って。わたくしのポテト・アドバイザーは神竜……? つまり、もし彼が伝説の竜のようにブレスを使えるようになれば、炭火の火力を遥かに凌駕する超高温で、油の温度を完璧にキープできるということですわね……!?)
脳裏に閃いた真理に、全身の血が湧き立つ。
今すぐこれを書き留めなければ――と手帳に炭筆を構えたが、すでに白紙のスペースなどどこにも残っていなかった。
だが、この閃きを忘れるわけにはいかない。彼女は迷わず自身の白い手の甲へ炭筆を走らせてメモを取った。
そして屋敷に到着するやいなや、猛然と廊下を突き進み、侍女部屋の扉を勢いよく蹴破らんばかりの勢いで飛び込んだ。
「エイミー!」
「はい!?」
「ロザリオ従兄様の話で確信しましたわ! やはりダナは神竜で間違いありませんの! つまり、竜のブレスを使って火加減を操ることが出来れば、最高の『パリリ』が作れるかもしれませんわ!」
二人の間に、一瞬の短い沈黙が降りた。
「お嬢様」
「なぁに?」
「……ダナの正体の妄想はともかくとして。まさか神竜を、油鍋の火力代わりにされるおつもりですか」
「もちろん、ダナが安全に記憶を取り戻した後の話よ」
コンスタンテは窓の外、夕闇が迫る遠くの空を見つめる。
「これは……ダナがどうしても故郷に帰れなかった場合の想定ですのよ」
その横顔には、ほんのわずかに寂しげな影が落ちていた。
「お嬢様……」
胸を打たれたエイミーが、そっとコンスタンテに近づこうとした、その時だった。
ふと、主人が何かをメモしたらしい「手の甲」が視界に飛び込んできた。
そこには、コンスタンテ特有の流麗な文字で、小さくこう書き殴られていた。
『ブレス活用計画・最重要』
『ダナの健康状態最優先』
『自分の欲に負けないこと』
『でも少しくらいなら頼めるかも』
エイミーは、すっと遠い目になった。




