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ジャガイモ大好き伯爵令嬢は、黒い小間使いが神竜だと知っても揚げ油の温度が大事です  作者: 怒れる布団


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11、聖女候補の来訪

 王立グレイシス魔法学園。名門貴族の子女が集うその学園に、コンスタンテは十五の春、入学した。


 「学園内では全員が対等であり、家柄による甘えを許さない」という学園長の理念から、身分に関わらず厳しい入試が課され、たとえ高位貴族であっても、従者や護衛を同行させることは許されていない。


 それでも、貴族にとっては体面が何よりも大事。高位貴族たちは、己の子供と同じく熾烈な入試を突破できるだけの実力を持った従者を同行させるのが暗黙の了解となっていた。コンスタンテも例外ではない。ダナもまた、実力で難関を突破し、一般生徒としてこの学園の門をくぐった。


 それから、早くも半年。


 「ダナ・ソルティ」


 屋敷の厨房で紅茶を用意しながら、ダナは一人ごちた。


「半年経っても、この偽名だけは慣れないな」


 カップに注がれる琥珀色の液面が、その名を口にした瞬間だけ、わずかに揺れた。


(塩……ソルティ……。なぜ僕は『塩枠』扱いなんだろう)


 ◇


 半年前の学園の入学手続きの日。


 『僕は孤児だからファミリーネームがわからないのですが……』


 一般生徒枠の申請書を前に、名前の欄で困ってそう呟くと、コンスタンテは開発中の『芋揚げ試作品薄切り第342号』をつまみながら、事も無げに答えた。


 『ソルティにするわ』


 『は?』


 『いま食べているこの芋揚げの「塩」東の国から買い付けたんだけど芋との相性抜群で大当たりなの。大当たりを引いた記念にソルティ』


 『コンスタンテ様。僕の家名を、塩の当たり記念にちなんで決めるのはやめてください』


 『じゃあ、プラムソルトは?』


 『いい加減、塩から離れませんか?』


 横で書類を揃えていたエイミーが、小さく肩をすくめた。


 『ダナ……ソルティでもプラムソルトでも、ソルト&シーウィードでもいいから早く決めて。言っておくけどお嬢様から芋と塩を切り離すのは無理な話よ』


 ばさりと言い切られ、ダナは泣く泣く「ダナ・ソルティ」とサインするしかなかった。


『塩が家名なんて素敵じゃない。それに塩は邪気から守ってくれるそうよ?』


 そう言って呑気に笑う主人を前に、ダナの表情はしょっぱく歪んだ。


 ◇


 そして現在。


 放課後の中庭、木陰に置かれた丸テーブルの上に、分厚い本と白磁のティーカップが並ぶ。


「まあ、見て、コンスタンテ様と従者のダナ様よ」


「あの従者の方、ソルティなんて言うカラカラになりそうな名前なのに、色気マシマシですわ」


 学園内でダナは、その塩っぽい名前と不釣り合いな美貌を引き合いに出され、常に噂の的だった。


 しかし、当のコンスタンテはそんな噂などそっちのけで、今日も気の合う令嬢たちと中庭の一角に集い、優雅に微笑みを交わしている。


「芋の二度揚げは三分では長いので、二分半です」


 コンスタンテがティーカップを置いた。侯爵令嬢のレイチェルが頷く。


「厚みを揃えれば、『パリリ』の音が揃うはずですわ」


 子爵令嬢のマリアは人差し指を頬に押し当て軽く首を傾げる。


「塩は後がけ? それとも下味をつけてから揚げるべきかしら」


「後がけですわ。揚げた直後、油が残っているうちに」


 その言葉の合間に、ダナが音もなく揚げ芋を差し出す。


「本日の試作は、百七十五度の方が軽やかでした」


 一見すれば優雅な茶会。



 その実、四人はただひたすら、理想の“パリリ感”を追い求める「芋揚げ研究会」であった。


 その調和を、ためらいがちな声が割り込む。


「……あの」


 四人が顔を上げると、薄桃色の大きなリボンをつけた少女が銀の長い髪を揺らしながら、所在なげに立っている。


「あら? あなた、カナ・シャルマンじゃなくて?平民から、教会の推薦で聖女候補になった……」


 レイチェルが値踏みするような視線を向けた。カナはその視線に少しだけ肩をすくめ、それからおずおずとダナへ一歩踏み出した。


「あの、ダナさん……昨日は助けていただきまして……」


 その潤んだ目は、ダナだけを見つめている。


「ダナ。あなたのお友達?」


 コンスタンテが尋ねるとダナは数秒考えるように視線を下げた。


「あ、君、何もないところでコケてた子だね」


 マリアが思わず吹き出しそうになり肩を揺らす。

 一瞬、カナは赤くなったがそれでも手に持っていた包み袋をダナに渡した。


「こ、これお礼です。お口に合うかわからないけれど……」


 ダナが視線でコンスタンテに窺うと、小さく頷きが返ってくる。ダナは丁寧に袋を受け取った。


「気にするほどのことではなかったのですが。でも、ありがとう」


 ダナが優しく微笑むとカナもほっとしたように表情を緩ませ、


「……よかった」


 と小さく息をつき、校舎へ駆けていった。ダナに渡されたのは白い簡素な袋包み。しかし、その包みを見送るレイチェルの目は冷ややかだ。


「……コンスタンテ。その包み、なんだか嫌な気配がしませんこと?」


「嫌な気配? ダナ、その包み、開けてみて」


「かしこまりました」


 ダナが丁寧にリボンを解き、包み袋を開くと中から現れたのは、パウンドケーキ。ただしピンクの糸を引いている。

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