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ジャガイモ大好き伯爵令嬢は、黒い小間使いが神竜だと知っても揚げ油の温度が大事です  作者: 怒れる布団


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7、理想の花嫁の条件

 サロンに通されたリヴァート公爵家の一行は、威厳に満ちた公爵と奥ゆかしい夫人、そしてコンスタンテと同い年の嫡男マリスであった。


 マリス・フォン・リヴァートは、確かに整った顔立ちをしていて、眩い金色の髪を撫でつけ、仕立ての良い紺色の礼服を着こなし、薄いブルーの瞳も美しい。すっと伸びた姿勢や左右に張った両肩は、十四歳にしてまさに王道の貴公子そのものだ。


 しかし、お見合い席の主役であるはずのコンスタンテの内心は非常に冷静だった。マリスの視線が、自分を人間として見ているのではなく、家柄や持参金、あるいはただの『動く物体』として測定するような、「値踏み」の色を帯びていたからだ。


 (ああ、今日もそういうお顔ですのね)


 マリスとコンスタンテは幼い頃から貴族の社交場で幾度か顔を合わせている。その度に彼は同じ目をしている。


 (くるみ割り人形の目みたい)


 それがコンスタンテの感想だった。

 しかし、相手がどんな目で自分を見ていようと、彼女にとってはどうでもいいことだ。


 (リヴァート公爵家は申し分のない家格。お父様もお母様も、とっても喜んでいらっしゃるし……年齢が近いだけでも儲け物ですわね)


 コンスタンテは胸の中でそれだけ確認し、背筋を伸ばした。やることはひとつ、令嬢としての完璧な仮面を被り、恥のない振る舞いをするだけだ。


 両家の親たちが婚約の経緯について話し合う間、コンスタンテは淑女の手本のように静かに紅茶を飲む。


 そして二人の両親が席を外したタイミングで、マリスが自信ありげに口を開いた。


 「コンスタンテ嬢」


 「はい、マリス様」


 「せっかくですから、今後のことについて話しておきましょう」


 コンスタンテは優雅に頷いた。婚約のための挨拶の席で、ありふれた切り出し方だ。


 「リヴァート家の嫡男の妻となる以上、相応の心得が必要だ。まず、公爵家の社交に参加する機会が増える。その際、夫である私の隣に立つ妻として、場の品位を保つことを肝に命じてほしい」


 「承知しております」


 「次に、夫の意向を優先すること。公爵家では妻が夫の判断に口を挟む習慣はない。意見があるなら、まず私に確認を取るように」


 「……はい、マリス様」


 コンスタンテは張り付いた笑顔で、ひとつひとつ聞いていた。


 背後のエイミーが「ほーん」という顔でいつの間にか天井の装飾を数え始め、ダナは無表情のまま視線を落とした。


 「妻というのは、嫁ぎ先の家風に染まるものだ。ブラート家での習慣が、必ずしもリヴァート家で通じるとは限らない。柔軟に改めるつもりでいてほしい」


 「はい」


 「それから、趣味や個人的な関心は、社交の妨げにならない範囲に留めること。令嬢がひとつのことに熱中しすぎるのは、品がよくない」


 一拍、間があった。


 コンスタンテの脳裏に、先ほどまで油を弾けさせていた黄金色の薄切り芋がよぎる。


 (趣味ねぇ……)


 コンスタンテは、静かに紅茶のカップを置いた。


 (研究、なんですけれど。……まあ、いいですわ。ここで『芋揚げの素晴らしさ』を熱弁して、この方の脳を狂わせる必要はありませんものね)


 コンスタンテはこういった場での正しい大人の対応を熟知している。まして婚約の挨拶の席で、相手の機嫌を損ねるなどもってのほかだ。お父様もお母様も、今日のために何年も前から準備をしてくださったのだから。


 「夫人となった後は、家の内向きのことに専念していただく。社交においても、必要以上に目立つ行動は控えるように。あと、衣装についても追って指示を出す。リヴァート家にはしきたりがあって」


 マリスの「理想の妻への条件」はよどみなく続き、コンスタンテは振り子のように頷き続ける。


 どのくらい時間が経ったのか。


 「以上だ。分かったかな?」


 「はい、よく分かりましたわ」


 コンスタンテは微笑んだ。伯爵令嬢として、穏やかで、中身の無い微笑みを。


 マリスは満足そうに頷いた。


 「君が聡明な人でよかった。それでこそ、公爵家の花嫁に相応しい」


 「光栄でございます」


 そつのない言葉を返しながら、コンスタンテはそっと手元に視線を落とした。


 指先に、油の匂いがかすかに残っている。エイミーが必死に拭いたが、完全には落ちなかったのだ。


 (……まあ、なるようになりますわ。夫の言うことくらい、いくらでも右から左へ受け流して差し上げますわよ)


 婚約は貴族の娘の義務だ。何不自由なく暮らしたコンスタンテには領民に有益な利をもたらす勤めがあり、マリスは婚姻という手段を用いて家柄だけなら最良の相手である。


 やがて、恙無(つつがな)く顔合わせを終えて、公爵家の馬車が正門を出ていくのを確認してから、エイミーが深々と、ため込みすぎた息を吐き出した。


 「……お嬢様」


 「なぁに、エイミー」


 「よく最後まで、あの御託を聞いていましたね」


 「義務ですものね。お父様もお母様も喜んでいらっしゃるし、リヴァート家は申し分のないお家柄。……それだけのことですわ」


 「……それだけ、ですか」


 「そうよ」


 エイミーは何か言いかけて、口を閉ざした。


 ダナは黙ったまま、コンスタンテの後ろに控えている。


 「ダナ」


 「はい」


 「今日の温度管理の記録、まとめておいてくれるかしら? 百七十度と百八十度、どちらがバリバリ感が持続したか」


 「……芋揚げの話ですか」


 「婚約の挨拶は終わりましたのよ。さあ、実験の続きですわ!」


 コンスタンテはそれだけ言うと、いつも通りドレスの裾をひるがえして、さっさと実験室へ向かって歩き出す。


 その背中を見送りながら、エイミーとダナは顔を見合わせた。


 「いけすかない男だったわ」


 「……家格だけで言えば、申し分のない相手です」


 「……そうね」


 エイミーが微かに毒づき、ダナは静かに、コンスタンテの後を追う。


 廊下の突き当たり、夕陽の差し込む窓の前で、コンスタンテが立ち止まっていた。


 何かを考えるように、窓の外の庭をじっと見つめている。


 ダナが近づいても、彼女は振り返らなかった。


 「……ダナ」


 「はい」


 「今日の芋、揚げ具合、どう思う?」


 「……理想のパリリまで、あと一歩でしょうか」


 「まだまだよね。……さ、早く着替えましょう。このドレス、窮屈ですわ」


 コンスタンテはぽつりと言って、再び歩き出した。


 その横顔に、特別な翳りはない。いつも通りの、お芋を愛する彼女のままだ。


 ただ、少しだけいつもより口数が少ない。その背中を見つめながら、ダナは何も言わず、ただ一歩後ろをついて歩くことしかできなかった。



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