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ジャガイモ大好き伯爵令嬢は、黒い小間使いが神竜だと知っても揚げ油の温度が大事です  作者: 怒れる布団


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6、あと三十秒待ってください。歴史的な一枚が完成しそうなんです。

 コンスタンテが黒髪の少年を拾ってから、四年という月日が流れた。


 伯爵令嬢コンスタンテ・ヴィオラ・ブラートは十四歳の春を迎えている。


 彼女の光を浴びてきらめく亜麻色の髪はいっそう艶を増し、背筋の伸びた立ち姿は、ブラート伯爵家の令嬢としてどこに出しても申し分ない、気品あふれる美しさをまとっていた。


 そして当時、森の中で行き倒れていた泥だらけの少年ダナも同じく十四歳。


 令嬢の従者として横に立つ彼の手も足も蔦のようにしなやかに伸び、端正な顔立ちも完成しつつある。


 白い肌に映える濡れ羽色の黒髪と、深さを湛えた灰色の瞳は、通りすがる誰もが一瞬で心を奪われ、思わず振り返ってしまうほどの神秘的な美貌となっている。


 一見すると、絵画のように完璧な麗しき主従。


 ただし――、


 バリバリバリ、パリバリバリ、パリ。


 淑女から聞こえるにしてはおよそ似つかわしくない、芋揚げを小気味よく咀嚼する音。


 「ダナ、油の温度がほんの少し下がったせいで、全体のバリバリ感が二割は低下していますわ!!」


「お嬢様、そんなことより食べ過ぎです……。筆頭侍女のエイミーさんに、一日の摂取上限を厳しく決められたでしょう? これ以上は僕はかばいきれません」


「細かいことは気にしない! 今、この瞬間の研究が未来の最高の一枚に繋がるんだから!」


「これほど食べてなぜ太らないのか……」


 「太らない体質ですの。いーでしょ!」


 コンスタンテの芋への情熱は、四年前のあの出会いの日から衰えるどころか、むしろ何倍にも加速していた。


 不幸なことに、そんな平穏で油まみれの実験の日々は、まもなく終わろうとしているのだが……


 その日もコンスタンテとダナは、ブラート伯爵本邸の裏に設えられた『実験厨房』で、朝から『芋揚げ』の実験に明け暮れていた。


 「見て、ダナ。今度は狐色の一歩手前、素晴らしい色になってきたわ」


「お嬢様、泡の弾け方も良いですね。今がベストの温度です」


 コンスタンテが目を輝かせ、鍋に向かって鉄箸を勢いよく伸ばした、その瞬間だった。


 バタァァアン!!


 激しい音を立てて木製の扉が弾けるように開き、ブラート伯爵家の有能なる侍女、エイミーが恐ろしい形相で飛びこんできた。


「お嬢様!! こんなところで何をなさっているんですか!!」


「あらエイミー、ちょうど良いところに。今ね、最高の――」


「本日が何の日か、まさかお忘れではございませんでしょうね!? リヴァート公爵家の御長男、マリス様がご婚約のご挨拶においでになる予定の、まさにその当日ですわよ!!」


 静まり返る厨房。鉄箸を構えたままのコンスタンテと、油の温度を測っていたダナの動きがピタリと止まる。


 「「……あ」」


 一週間前、母である伯爵夫人アイラから


『コンスタンテ、ついにリヴァート公爵家の御長男、マリス様と正式に婚約が決まりました』


 と、薔薇色の頬をさらに輝かせて告げられたあの時、神妙な顔で頷いていた二人の頭脳は、その直後に閃いた「芋の薄切り法」のアイデアによって完全に上書きされていたのだ。


 「すでにリヴァート公爵閣下のご一行の馬車が、正門をくぐって敷地内に入られました!」


「しまっ……! エイミーさん、すぐにお嬢様の着替えを!」


「すでに用意しているわ! ほらお嬢様、早く、こちらへ!」


「ああん! 待って、あと三十秒! もう少しで歴史に残る最高の一枚が完成するのよぉ~!」


「「お早く(行きますよ)!!」」


 二人の凄まじいまでの剣幕と怪力に左右から攻め立てられ、コンスタンテは、引きずられるようにしてドレスルームへと連れ去られた。


 そこからは、まさに時間との戦いで、壮絶な修羅場となった。


「ダナ、その紐を締めて!」「はい!」「お嬢様、息を吸わないで引っ込めてください!」「ちょっとなんでダナまでいるのよ!?」「目隠しと手袋をしているから問題ありません!」「大ありよ!」


 エイミーの長年培われた熟練の神速技術と、ダナの無駄のない迅速なサポートで、コンスタンテの着替えはわずか十分間で完了した。


 姿見の鏡の前に立つコンスタンテは、愛らしいオレンジ色のシルクドレスに身を包み、髪は乱れ一つなく丁寧に結い上げられ、真珠の首飾りが上品に輝いている。どこからどう見ても、育ちが良く、淑やかで清楚な伯爵家の令嬢そのものであった。


 ただし、


 彼女からは非常に香ばしく、食欲をそそる香りがぷんぷんと漂っているが……。


 「……エイミーさん、お嬢様に薔薇かラベンダーの香水でも、ふりかけますか?」


 ダナが、困惑気味に尋ねる。


 「だめよ、ダナ。そんなことをしたら香りが複雑に混在して、かえって得体の知れない匂いになってしまうわ。……この際、リヴァート公爵家の方々には、『美味しそうな香りのする令嬢』と思っていただきましょう」


 エイミーは諦めたように深いため息をつき、コンスタンテの背中をサロンの扉へと向かって、そっと力強く押し出した。

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