5、美少年すぎて広告塔にされた行き倒れ少年、お芋研究費を稼がされる
一週間後。
ブラート伯爵家は夏の避暑を終えて本邸へ戻った。コンスタンテの部屋では早速、奇妙な教育が行われる。
「背筋。もっと伸ばして」
「こうですか……?」
「ダメよ。踵を壁につけて。『育ちの良さ』を出しなさい」
「育ちの良さ……?」
半泣きのダナを前に、コンスタンテは真剣そのものだ。
「いいこと? お母様は『美しいもの』に弱いの。だから貴方は、課金したくなる美少年になるのよ!」
「目的が最低だ……!」
横でエイミーが淡々とメモを取る。
「お嬢様。ダナは『影のある美少年感』があったほうが良いと思います」
「なるほど。『僕は不幸です』感ね。それがあれば確かに寄付が入るわ」
「それ詐欺だよね!?」
「違うわ。宣伝よ」
「十歳児が言うことじゃない!」
だが恐ろしいことに、ダナは飲み込みが早かった。
数日後。
昼下がりの談話室は、柔らかな陽光に満ちていた。
伯爵夫人でコンスタンテの母、アイラは仲の良い友人を数人招いて詩集の読書会を開いている。
婦人たちは膝の上に詩集を置き、運ばれてきた茶の香りに目を細めた。
「……まあ、これは」
「東方のヴェルーニ産です」
白磁のティーポットを運んで来たメイドの横についてきた幼い従者はたどたどしくも恭しく説明する。その黒髪の少年は、静かに続けた。
「花の蕾を摘んだ直後に蒸して乾燥させるため、香りが閉じ込められているそうです。厨房の者が申しておりました。」
「……まあ」
夫人達はカップを両手で包み、もう一度香りを吸い込んだ。
「どこでその話を?」
「厨房で。北方交易の荷が届いた時、料理長が嬉しそうに話しておりましたので」
一人の婦人がダナに見とれたように賞賛する。
「幼いながら、聡明な従者ですわね。どちらの出身かしら?」
ダナは困ったように、ほんの少しだけ微笑む。
「私は少し、記憶に支障がございまして、自分の出自が分からないのです。ですが、お優しい奥様と、お嬢様に行き倒れている所を助けて頂き、お慈悲でここに勤めさせていただいております」
婦人たちの間で、小さく切ない吐息が漏れた。
「まあ、なんてこと……」
「こんなに愛らしく、聡明な子が記憶を失って行き倒れるなんて。どんなに心細かったことでしょう」
ダナの、ほんの少し陰りを帯びた微笑みと、完璧にコントロールされた『僕は不幸です感』は、婦人たちの庇護欲を容赦なく直撃した。かつて神竜国で宮廷作法を叩き込まれていたダナにとって、コンスタンテの『育ちの良さ(課金したくなる美少年)教育』を実践するなど、お手の物だったのである。
「身元の分からない子供を、そのまま路頭に迷わせず、こうして立派に育てていらっしゃるなんて。アイラ様、本当に素晴らしいお心映えですわ」
友人たちからの惜しみない賞賛と羨望の眼差しを浴び、伯爵夫人アイラは、扇で口元を隠しながら優雅に微笑んだ。
「うふふ、大袈裟ですわ、皆様。我が家では当然のことをしたまでですのよ」
その声音には、隠しきれない優越感がたっぷりと滲んでいた。お茶会の話題は、完全にアイラの「聡明な幼い従者を従える高潔な伯爵夫人」というステータスの誇示へと塗り替えられていく。
その様子を、談話室の隣室の隙間から、エイミーがじっと見つめていた。
「計画通り。奥様の承認欲求は完全に満たされました。……さあ、ここからが本番よ」
エイミーが鋭い視線でダナに合図を送ると、お茶会のテーブルに、タイミングを見計らったように追加の菓子が運ばれた。
外側が淡い黄金色に輝き、表面には微細な塩と、乾燥させたハーブが美しく散らされた「薄切りの芋」。それこそが、コンスタンテの執念の結晶であり、開発途中の「改良型芋揚げ」であった。
まだ完成形には至っていない試作品段階であるにもかかわらず、香ばしい油とお芋本来の甘い香りが、またたく間に談話室へと広がっていく。
「……これはなんのお菓子かしら?」
一人の婦人が、見たことのない形状の揚げ菓子に目を留めた。すかさずダナが、誇らしげに一歩前へ出る。
「それは、コンスタンテお嬢様が厨房の片隅で日夜研究されている芋揚げでございます……」
「コンスタンテ様が?」
「はい。お嬢様は、私のような身寄りのない子供や、領内の貧しい子供たちが、冬でもお腹いっぱい食べられる『新しいお芋の調理法』を確立したいと……」
(確かに冬でも保存がきく画期的な調理法ですが、お嬢様がただ『自分が四六時中バリバリ食べたいから』だとは、この婦人方には死んでも伝えない……)
ダナの美少年オーラ振り撒き宣伝により「慈悲深き令嬢の慈善事業」へと昇華した。
婦人たちが感動に震える手で、まだ研究中だという芋揚げを口に運ぶ。
バリ、と談話室に小気味よい音が響いた。
「……っ!? なんて美味しいの!」
「少し歯ごたえがあってバリバリとしていて、噛み応えがありますわね! これがお芋だなんて信じられない!」
お芋の衝撃的な美味さと、ダナの「影のある美少年補正」により、婦人たちの興奮は最高潮に達した。
「アイラ様! ぜひ、コンスタンテ様のこの素晴らしいお試みを、私共にも応援させてくださいませ!」
「ええ! 我が家からも、お嬢様の『お芋救済基金』に喜んで寄付をさせていただきますわ!」
まだ見ぬ完成形、のちに「ポテチ」と呼ばれる銘菓に、次々と具体的な金額の支援が申し込まれる。いつの間にか、談話室の隣室に潜り込んでいたコンスタンテは、物陰で勝利のガッツポーズを掲げた。
「宣伝成功ですわ……! これで厨房に最新の魔導オーブンと、最高級の揚げ油を大量に一括購入できます!」
「お嬢様、悪魔の笑みになっております」
そばにいるエイミーが冷静に突っ込む。
「ダナの演技も完璧ね。これはもう『お芋の広告塔』として終身雇用決定だわ」
こうして、ダナの「美少年の宣伝(詐欺じゃない)」とコンスタンテの「お芋狂い」の情熱は、ブラート伯爵家の財政とお芋研究費に、爆発的な資金をもたらすこととなったのである。




