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ジャガイモ大好き伯爵令嬢は、黒い小間使いが神竜だと知っても揚げ油の温度が大事です  作者: 怒れる布団


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3、芋に釣られた美少年、終身振り回され役(広報)に就任する

「……お嬢様。もう一度伺いますが、この泥だらけの少年を、本当に屋敷へ?」


 伯爵家別邸の裏口。侍女のエイミーは、差し出されたパンを必死に頬張っている目の前の少年を見て、呆れ果てた声を上げた。その横では、令嬢コンスタンテが腰に手を当てて立っている。


 「ええ、エイミー、 彼はダナ。わたくしのポテト・アドバイザーですの。まずは彼を人間らしい姿に戻してあげてちょうだい。泥で顔がよく見えないし、髪ももう少し短くしてちょうだい」


 「アドバイザーって……。はぁ、分かりました。お嬢様の『芋熱』に付き合わされる少年の身にもなってほしいものですが……。ほら、パンを食べ終えたらこっちへいらっしゃい」


 口いっぱいにパンを詰め込んだまま、エイミーに手首を掴まれ、ダナはびくりと肩を揺らした。


 「ま、待って……モグ……ゴクン。どこへいくの?」


 「お風呂ですわ、浴場。行ってらっしゃーい」


 「よ、浴場!?」


 その瞬間、ダナの灰色の瞳が大きく見開かれる。


 「洗ってあげます。さあ、大人しくして」


 エイミーに引きずられるように連れ去られるダナは、必死に抵抗した。


 「あ、あの……僕は自分で洗えるから! 一人で大丈夫だよ!」


 「ダメです。その汚れ方、素人仕事じゃ落ちません。お嬢様の客人を泥だらけで屋敷に入れるわけにはいきませんからね」


 「わっ……! 離して、脱がさないで……っ!」


 「あら、綺麗な肌ね。ほら、暴れない!」


 「や、やだ……女の人に洗われるなんて……」


 ぼそりと漏らした瞬間、エイミーの目がスッと細められた。


 「そこらの野良犬かと思えば、一丁前に羞恥心はあるのね」


 「ぼ、僕をなんだと……っ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶダナに、エイミーは重いため息をつく。


 「ボロを纏い、その破廉恥な格好で森をうろついていたのでしょう? 今更女に洗われるなんて大したことじゃありません。……さあ、観念しなさい」


 「う……で、でもぉ……っ!」


 十歳の少年の切実な悲鳴も空しく、エイミーの熟練の腕力によって、ダナは「泥だらけの芋」のように浴場へと連行されていった。その背中を見送りながら、コンスタンテは頷く。


 「ふふ、磨けばきっと良い『研究員』になりますわ!」


 一時間後。


 「……お嬢様」


 浴場から戻ったエイミーは、先ほどまでの呆れ顔とは一変し、何やら複雑な、あるいは「見てはいけないものを見てしまった」ような、神妙な面持ちに変わっていた。


 「どうしたの? そんなに汚れが酷くて落ちなかったのかしら」


 「いえ、落ちましたが……その……ちょっとした問題がおこりまして」


 エイミーが振り返り、手招きをした。


 「出てきなさい、ダナ」


 おずおずと現れたダナ。しかし、そこには「ボロ布を纏った汚い浮浪児」の姿はなかった。


 使い古しとはいえ清潔なリネンのシャツを着たその少年は、濡れた髪を丁寧に拭かれ、艶やかな黒髪へと変わっている。そして、汚れを落としたその肌は、白く滑らかだ。


 何よりコンスタンテを驚かせたのは、その類まれなる造作だった。白い頬に黒く長い睫毛が影を落とし、高い鼻筋から艶を帯びた唇へと続くラインは、十歳にして早くも「正統派の美」を完成させている。


 「…………」


 コンスタンテは絶句した。手元でもて遊んでいた鉄串がカラン、と乾いた音を立てて床に落ちる。


 「……え、えええええええっ!? 誰!? 誰ですの貴方!?」


 「……ダナです」


 少年は、自分の変わりように戸惑っているコンスタンテを見て、居心地が悪そうに長い睫毛を伏せた。その何気ない仕草一つすら鮮やかな絵の具で描かれたキャンバス絵のように美しい。


(ちょっと腹立つ……)


 心の中でコンスタンテが毒づいた。


 そこへ、エイミーが真顔で鋭いツッコミを入れる。


 「お嬢様。よくお聞き下さい。これ、『その辺に落ちている顔』ではありません。『どこの王家の隠し子ですか?』ってレベルです。この顔面造形の少年を芋で釣ってくるなんて、もはや罪の領域です」


 「わ、わたくしだって驚いていますわよ! 泥に紛れて、まさかこんなダイヤモンドが隠れていたなんて……!」


 「いいですか、お嬢様。拾ってしまった以上、責任がございますから、今更屋敷の外に追い出すわけにはいきません。そんなことをすればこの少年、三日の間に『悪い大人』に喰われてしまいます」


 「悪い大人に喰われる?」


 コンスタンテが首を傾げると、エイミーは低く告げた。


 「直視してはいけない大人世界の真実です」


 エイミーの予言に、ダナが目に見えて震え上がる。


 「……そんなの、嫌だ……。僕は、お芋に惹かれて来ただけなのに……」


 「あら、安心なさい、ダナ!」


 コンスタンテは我に返ると、ガシッとダナの肩を掴んだ。


 「貴方がこれほどの美少年なら、芋研究に好都合ですわ! お母様に、わたくしの『お芋騎士』として紹介します!」


 「おいも……きし?」


 聞き慣れない単語に、ダナが首を傾げる。すかさずエイミーが、憐れみのこもった解説を入れた。


 「お嬢様の芋畑管理人兼、お嬢様お側付き兼、終身振り回され役のことです」


 「最初と最後、明らかにおかしいよね!?」


 反射的にエイミーに反論したがダナに同意するものは側にはいなかった。


 「貴族にお仕えする者はどんな無茶ブリも、笑って受け流すのです」


 「へーそうなん……って、嘘でしょう!?」


 コンスタンテは、ダナの顔をぐいと引き寄せた。至近距離で見つめられ、ダナの背筋がぴんと伸びる。


 「いい、ダナ?最高のポテト菓子を作るには、最高級のラード、山盛りのジャガイモ、そして誰にも邪魔されない実験室が必要なのよ!」


 ダナはコンスタンテの圧に押されジリジリと後退する。


「これらを全て手に入れる為に、貴方は今日から『芋好きの浮浪児』ではなく、『将来有望な美少年騎士』として振る舞って家族を調略してちょうだい」


 「芋好きの浮浪児……」


(……ああ、この人は本当に変な人だ)


 ダナは呆れながらも、現実を直視した。


 (記憶を失い、芋好きの浮浪児などという評価の自分。エイミーさんすら、ちょっと躊躇してたのに、彼女だけは一度も蔑まず焦がし芋を差し出してくれた。あの芋は何よりも温かかった)


 「返事は?」


 コンスタンテの背後に、メラメラと見えない芋型のオーラを感じ取り、ダナは思わず直立不動になった。


「は、はい……お嬢様」


「よろしい!」


 コンスタンテは満足げに頷いた。


 「エイミー! まずはお兄様の古着の中で一番見栄えのいいやつを持ってきて。それから、このボサボサの髪を綺麗に整えて。ふふふ、まずはお母様様を味方につけますわ!」


 エイミーが隙間なく突っ込む。


 「奥様をダナのファンにし、旦那様からは寵愛をいただくのですね。」


「そうよ!ダナがお父様とお母様の調略に成功すれば、資金が調達できるわ!」


「僕に一体何をさせる気!?」


「商品開発って大変なの。だから支援者は大切なの。ダナはまず広報担当よ!」


 少年のツッコミは、高笑いする幼き主人の声にかき消された。

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