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ジャガイモ大好き伯爵令嬢は、黒い小間使いが神竜だと知っても揚げ油の温度が大事です  作者: 怒れる布団


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2、採用基準、芋の意見が気に入ったから。ついでに、名前を二文字にされた。

「貴方、凄いですわね! 気がつきませんでしたわ、油ね! 油で揚げてみましょう!」


 コンスタンテの目が爛々と輝く。


「明日は、厨房からラードと油鍋を盗んで……いえ、借りてきます!」


 拳を握りしめる令嬢に、少年は思わず我に返った。


「……ダメだよ。子供が一人で焚き火をするだけでも危ないのに、そこに『油』を持ち込むなんて。火が跳ねれば、その綺麗なドレスも、この東屋も、一瞬で灰になっちゃうよ」


 少年は無防備な少女に火の危険性を忠告した。


 コンスタンテは鉄串を握ったまま「む……」と唸り、少しだけ考え込んだ。確かに、母親が卒倒するような大惨事は避けたいし、事故を起こせばお小言程度では済まないだろう。実験の継続には、何より安全の確保が必要不可欠だ。


「……そうですわね。貴方の言うこと、一理ありますわ」


 納得したように頷くと、彼女はすぐに解決策を口にする。


「では、明日からは私の侍女、エイミーに付き添ってもらうことにします。彼女、大人ですし火の扱いには慣れていますから」


「侍女……? ああ、やっぱり侍女なんている身分なんだ……」


 少年の言葉にコンスタンテは丸い目を更に丸くして挨拶がまだだった事を思い出した。


「わたくしはコンスタンテ・ヴィオラ・ブラート。父はモンテス伯爵ですの。……で、貴方、お名前は?」


「……名前……」


(あれ? 僕の名前なんだっけ……)


 少年は、自分を定義するはずの「名前」が浮かんでこないことに気づく。


 つい数秒前まで、当たり前のように頭の中にあった自分の名前も、厳格な父の声も、白い霧の中へ飲み込まれていく気がした。


『……ならぬ……の食べ……安易に…………ダナ…スラ…ル……』


 微かに浮かぶ記憶に必死に手を伸ばすが、先ほど食べた「芋」の、温かな幸福感が、記憶のカーテンを引いていくようだった。


「わからない……僕、だれ……?」


 その瞳の奥で、一瞬だけ、星のような黄金の光が明滅した。


 それは人間のものではない、獣、あるいはもっと高次の存在の輝き。


「え?」


 コンスタンテは鉄串を構えたまま、きょとんと動きを止め、焚き火の炎に照らされながら、パチパチと瞬きした。


「貴方、自分の名前がわからないの?」


「う、うん……でも、……父上の、声が……」


 少年は助けを求めるようにコンスタンテを見つめた。


「父上?お父様がいらっしゃるのね?きっと、あなたを必死で探していらっしゃるわ……」


「あああ……どうしよう……その声もどんどん消えていく……」


 ダイヤのような瞳に涙を浮かべる少年。その姿を見て、コンスタンテはポンと、煤けた手を打った。


「思い出しました! わたくし、お芋を育てるために土壌や環境、伝承などを調査しましたの。そうしましたら『自然現象や精霊の伝承』に、『精霊が人間の食べ物を食べてしまうと、その対価として自分の記憶を無くしてしまう』というお話がありましたわ!」


 コンスタンテは、自分が剥いた「芋」の美味しいという威力に、心の底から驚嘆する。


「貴方……まさか、精霊なのかしら?それで記憶と引き換えに、『炭焼き芋』の美味しさを手に入れてしまった?」


 それを聞いて少年は底知れない「欠落」への恐怖に揺れる。


「……そんな」


「本当に名前すら覚えていませんの?」


 動揺する少年がまたぐらりと前に倒れそうになり、コンスタンテは慌てて、比較的まともに焼けた芋をもう一つ少年の前にさしだした。少年は反射的に芋を受け取り口に放り込む。


「……ダナスラルと……モグ…モグ…呼ばれていたような」


 芋の仄かな甘みに少年の涙が引っ込んだ。コンスタンテは数秒間その全身を眺め発案した。


「ダナスラルは呼びにくいわ。ダナって呼んでいいかしら?」


「あ、うん」


 勢いに押され、少年――ダナは安易に返事をしてしまった。高貴なはずの名は、二文字にぶった切られる。


「ねえ貴方、帰るところも思い出せないのよね?なら、わたくしの家にいらっしゃい!」


「え、えぇ……でも……」


「記憶が戻るまで実験補助兼、お芋研究員になってほしいの! 貴方は『油』という革命をもたらした偉人ですもの! 私の元から逃がしたくありませんわ!」


「……こ、怖い……」


「安心なさい!! お医者様は呼んであげますし、衣食住も保証します!」


 少女の無邪気で強引な笑みに、少年は圧倒された。


 この人間は、空腹で行き倒れていた得体の知れない子供を、ただ「芋の意見が気に入った」という理由だけでスカウトしたのだ。


「さあ、立って。まずは屋敷の裏手へ。エイミーに言って、貴方を綺麗に洗わせましょう」


 コンスタンテは焚き火の後始末を手際よく済ませると、空になった串をさっさと片付けた。


 少年は沈黙した。確かに自分はこのままなら命の危険があるかもしれない。


 衣。食。住。


 今の自分に最も必要な三単語。


「……ご飯くれるんだよね?」


「毎日三食、おやつ付きですわ!」


「行きます」


 こうして。


『ダナ』と勝手に名前を縮められた少年は、炭化した芋に釣られて伯爵家へ就職したのである。


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