29、逆鱗に触れた愚者たちへ
――盗作。
カナがデザイン画を持ち出したのは数ヶ月前のことだ。コンスタンテが1年がかりで工房と進めていた図案を、婚約者であるマリスの名前を使って権力で盗み出し、カナの馴染みの仕立て屋へ持ち込んだのだ。作成時間が足りないと訴える工房に無理やり工程を圧縮させ、その結果が目の前にある“途切れた神竜”である。
カナ自身は、その意味を今この瞬間まで理解していなかった。
数秒の沈黙の後、ようやく誰かが気づく。
「つまり……この模様を成立させるための“体積設計”まで含まれていたということ……?」
「ええ」
コンスタンテは頷く。そして。
「え?」
「ええ?」
「えええええ?」
令嬢たちが目を丸くした。
聖堂の真ん中にいた親友のレイチェルが思わず吹き出す。同じく傍らにいた親友のマリアは感心したように頷いていた。
「そのドレスを着こなすために体を大きくしたのですか。すごいアイデアです……」
「感心している場合ではありませんわ!」
レイチェルが必死で笑いをこらえながら質問する。
「プッふふ。コンスタンテ……何故そこまでしてそのドレスの模様にこだわったの?」
親友の問いに、コンスタンテは静かに答える。
「目的達成の為でした」
「目的達成? そのドレスに何か秘密が?」
親友の問いに、コンスタンテが答えようとしたその時。
「そうか……! すべて繋がったぞ!」
マリスが再度、勝ち誇ったように叫び、大聖堂の天井を仰いだ。その顔には、自身の天才的な閃きを確信したような、歪んだ狂喜が浮かび、カナが驚いたように問いかける。
「マ、マリス様……?」
「合点がいったぞ、カナ! なぜお前の美しい純粋なデザイン画が盗まれ、あの女の手に渡ったのか。そして、なぜあの女がわざわざあんな醜悪に体を肥大化させてまで、そのドレスを着る必要があったのかがな!」
コンスタンテは静かに目を向ける。
「お前は今、自ら認めた! そのデザインは、目的達成のために作ったと!」
マリスは震える指でコンスタンテを指差した。
「お前は、カナが純粋な信仰心から思いついた『神竜の図案』を盗み出し、それをカモフラージュするために、わざわざ『神竜ヴァートの生涯』というもっともらしい絵物語を後付けして偽装したのだ!」
会場から、先ほどとは違う質のどよめきが起こる。
「いや、それだけではない! お前はその物語の連続性を隠れ蓑にしながら、刺繍の隙間に、魔族を縛る『古代魔法陣』の要素を不当に滑り込ませ、術式を歪曲させたのだ!」
マリスの脳内では、コンスタンテの意匠の説明すらも「盗作を隠蔽し、魔法陣をカモフラージュするための狡猾な罠」へと変換されていた。
「以前本で見た古代魔法陣の記録と酷似している。その術式を成立させるためには、術者の体に一定以上の『質量』と『面積』が必要だったのだろう! だからこそお前は、物語の絵幅を広げるという名目で、みっともなく肉体を膨れ上がらせた! すべては、その魔族を完全に支配するためにな!」
カナが一歩前へ出た。マリスの強引な理論武装に一瞬目を見開いたものの、自分のドレスの頭部が切れていた事実を覆い隠せると計算し、即座にその「都合の良い解釈」に乗ることに決めた。
「……ええ、そうですわ! わたくしは聖女候補として確信しております。ダナ様は魔族の血を引くお方。コンスタンテ様は、わたくしの神聖なデザインを呪詛の触媒へと書き換え、その力を利用するために彼を契約で縛り付けているのです!」
大司祭が目を剥いた。
「何を言っておるのだ……」
「どちらの言い分が正しいの……?」
周りの生徒にも動揺が広がる。マリスはさらに畳みかけた。
「私は以前から疑っていた! コンスタンテ、お前は領地経営だの研究だの、貴族令嬢らしからぬことばかりしてきた! だが今なら分かる! お前の成功は、お前自身の力ではなかったのだ!」
「……」
「魔族の力を利用し、領地を発展させ、新商品を開発し、研究成果を出していたのだろう! そうでなければ説明がつかない! お前ばかりが次々と成果を出し評価を得る事態を!」
その言葉はもはや告発ではなく、自分より遥か先を行く婚約者への、醜い嫉妬と劣等感の塊だった。
コンスタンテは黙っている。
反論する気にもならなかった。
その沈黙を、マリスは肯定と受け取り、
高らかに宣言した。
「魔族を利用し、不当に手に入れた栄光など認められない!」
吐き捨てるように言う。
「そんな欠陥品を私の妻にすることも当然できない!」
レイチェルの目が氷のように冷えた。マリアも眉をひそめる。
保護者席にいた貴族たちからも、不快そうな視線が向けられ始める。
それでもマリスの視界には、自分の正しさしか映っていなかった。
マリスは人混みの向こうに立つダナへ向き直る。
そして己の欲望を隠そうともせず、傲慢に手を差し伸べた。
「さあ魔族よ。私の後ろに下がれ。お前ほどの力を持つ魔族を、あの女のような小娘が抱えていて良いはずがない」
ダナの瞳に金の細い光が走る。
「その力は、公爵家が管理すべきものだ。安心しろ。私ならば正しく使ってやる」
カナも微笑んだ。
「ダナ様。どうかその醜悪な女から逃れるため、私を信じてくださいませ」
ダナが歯を食いしばる。
誰がお嬢様を支配者だと言い、誰がお嬢様を醜悪だと言った。
誰がお嬢様の努力を盗み、 平然と踏みにじった。
胸の奥で何かが軋む。
「誇り高い魔族が、よく今まで小娘の支配に耐えたものだ」
そして命令するように顎を上げる。
「おい。私の寛大な処置に感謝して跪」
大理石に一本の亀裂が走る。
誰かが息を呑んだ。
ダナの周囲だけ温度が変わり黄金へと変わった瞳が燃えるように輝く。
殺気。
それを理解できた者が顔色を失っていく。
「黙れ――――」
轟音とともに大理石の床が砕け散った。




