28、そのドレスは、あなたには細すぎます
十八歳となったコンスタンテは、その日、王立グレイシス魔法学園の卒業式を迎えた。
王国最高峰の教育機関として知られるその学園では、卒業典礼は隣接する大聖堂で執り行われ、要職者が来賓として列席するのが通例である。
白亜の大聖堂は白い花と金の布で美しく飾られ、聖堂中央には祝福の水鏡が淡く輝いていた。天窓から差し込む光が大理石の床を照らし、卒業生たちは家族や友人と穏やかな時間を過ごしながら、それぞれの未来に思いを馳せている。
この日の正装は、男子は厳格な礼装、女子は格式高い舞踏会に匹敵する正式なドレスと定められている。令嬢たちは誰もが選び抜いた一着を身にまとい、その晴れ姿を競うように披露している。
その華やかな喧騒の中で、コンスタンテが纏っていたのは、深海を思わせる濃紺のドレスだった。
光を受けるたびに波のように揺らめき、時折、透明な青を滲ませる上質な生地。そこに星図のごとく施された銀糸の刺繍が、大聖堂の厳かな光を吸い込んで静かに瞬く。――その少々ふくよかになりすぎた体躯を包むドレスだったが、それでも彼女は気品に満ちていた。
コンスタンテは親友たちに囲まれながら、人生の大きな節目となる瞬間を、確かに噛み締めていた。
だがその華やかな祝福の空気は、次の瞬間、無残に打ち砕かれることになる。
「コンスタンテ! 私はここに、お前との婚約を破棄する!」
マリスの声が大聖堂中に響き渡った。
卒業生たちの談笑は止まり、保護者席にいた貴族たちも一斉に視線を向ける。厳かな卒業典礼が終了して卒業パーティーへ移行する中で行われた前代未聞の宣言だった。
しかしマリスは周囲の空気など意に介さない。むしろ、自らへ注がれる注目を心地よく感じているようだった。
「コンスタンテ。お前はこれまで幾度となくカナを傷つけてきた」
「マリス様……こんなところでコンスタンテ様の悪行を晒すのはお可哀想ですわ」
そういって隣に立つカナが悲しげに目を伏せるが、その実、周りの反応を窺っている。
「いいや、カナ。私はこの悪事を今日こそ明らかにする」
マリスは厳かに首を振った。
「コンスタンテ、お前の罪は、単にカナを傷つけたことだけではない」
ざわり、と会場がどよめく。
マリスは人垣の向こうに立つダナへ視線を向けた。
「私は見てきた。ダナといったか……彼がどれほど理不尽な扱いを受けてきたかを」
そして大聖堂中に聞こえるよう高らかに宣言した。
「安心するといい、ダナ。今日この時を以て、お前はあの呪わしい女の支配から解放されるのだ!」
「ええ、ダナ様。もう怯えなくてよいのですわ。次期公爵家当主であるマリス様と聖女候補であるわたくしが、あなたをあの邪悪な女から救い出して差し上げます。わたくしの手を取れば、すぐにでもその惨めな奴隷の身分から、光の当たる場所へ導いて差し上げられますのよ」
カナは慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、ダナへ向けて優雅に手を差し伸べた。自分たちが「囚われの哀れな青年を救う正義のヒーローとヒロイン」であると、一片の疑いもなく信じ込んでいる表情だった。
だが、ダナはただゴミを見るような冷ややかな目で二人を見つめている。
そんなダナの態度を「長年の恐怖で心が麻痺しているのだ」と都合よく解釈したマリスは、再びコンスタンテへ鋭く指を突きつけた。
「他にもお前はカナが今着ているドレスを盗作したであろう!」
さらに会場がどよめく。卒業式に集まった令嬢たちが互いに顔を見合わせた。
「盗作?」
「まさか……」
「でも、確かにコンスタンテ様とカナ様のドレス、似ていますわね。サイズも色も違いますけれど」
コンスタンテは怒る様子も、慌てる様子もない。ただ淡々と問い返す。
「わたくしがドレスのデザインを盗んだとおっしゃいますの?」
「ああ!」
マリスは当然のように頷く。
「カナが着用している刺繍のドレスは、カナが思いついて最新のデザイナーに作らせたドレスだ! お前はそのデザイン画を盗み真似をした!」
周囲から再びざわめきが起こる。複雑で豪華な刺繍のドレス。
コンスタンテは扇も持たず、ただ静かに自らのドレスを摘む。
「このドレスは、1年前から構想し、職人たち(主にロザリオ従兄様)と時間をかけて創り上げてきたものでございます」
しかしマリスは鼻で笑った。
「お前がそう主張しているだけだ! 証拠になるものか!」
「そうですわ! わたしだってずっと前から考えておりましたもの!」
「聞いたか! カナがこう言っている!!」
周囲の令嬢たちは微妙な表情を浮かべる。マリスの言い分を考えればカナの主張にも証拠はない。だがマリスは気づかない。
コンスタンテは静かに目を閉じた。
「仕方ありませんわね」
そして目を開け、小さくため息を吐く。
「では、この意匠についてご説明いたしましょう」
「意匠だと?」
「はい、このドレスが表現しようとしている主旨でございます。カナ様は主旨を説明できるのでしょうか?」
その質問にカナは戸惑った。ドレスのデザインの意味など考えたことがない。
「そ、それはこんな風に竜を刺繍すれば綺麗だなと……。それに、コンスタンテ様のその、みっともなく肥大したお体に合わせた下品な身体より、わたくしのスマートな体型の方がずっと洗練されておりますわ!」
カナの言い分を聞いて、周囲は呆れたように視線を交わす。今、コンスタンテが聞いているのはデザインの意味であって似合っているかどうかでは無いのだ。
コンスタンテはドレスがよく見えるように、左右にゆっくりと裾を広げる。
「この刺繍は神竜ヴァートの生涯を描いた物語となっております」
その一言で、会場の空気が静まり返った。
神竜ヴァート。王国建国神話にもその名が刻まれる、伝説級の存在である。
「ご覧くださいませ。神竜の誕生を描いた序章が、ウエストを一周しておりますでしょう?」
視線が一斉にコンスタンテの腰へと集まる。
確かにそこには、一本の物語として連続した刺繍が施されていた。伝説に語られる幼き神竜と星々、祝福の紋様、そして旅立ち。
「そこから裾へ向かって物語が進み、最後に終章へ至ります」
コンスタンテが静かに指し示す先、ドレスの裾には巨大な翼が描かれ、空へと還っていく神竜。
一着のドレスの中に、ひとつの神話が余すことなく織り込まれている。周囲の令嬢たちの間から、感嘆の吐息が漏れた。
「まあ……なんて美しい……」
「絵物語になっておりますのね」
コンスタンテはゆっくりとカナへ視線を向ける。
「では、カナ様のドレスはどうでしょう?」
その一言で、会場の視線が一斉にカナへと集中した。
そして、沈黙が落ちる。
「……あ」
誰かが小さく声を漏らした。
カナのドレスに刺繍されている神竜は、不自然に断ち切られ頭部がない。卒業式に間に合わせるため工程を大幅に圧縮した上、本来ゆったりとした体躯を想定して設計された図案を、細身のカナの体型に無理やり押し込もうとした。その両方の無理が重なった結果だった。
ざわめきが広がる。カナの顔色が変わった。
コンスタンテは淡々と言葉を続ける。
「他にもこのドレス、着る側の準備がございますの。このドレスを正しく成立させるためには、十分な体の面積と構造が必要ですのよ。細身のカナ様から盗作など、とても成立し得ないお話ですわ」
大聖堂が再び静まり返る。




