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ジャガイモ大好き伯爵令嬢は、黒い小間使いが神竜だと知っても揚げ油の温度が大事です  作者: 怒れる布団


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17、複製はいたしませんわ

 現れたのは、輝く銀色の髪と、冷ややかな青い瞳、胸元の淡い桃色のリボン。


 「カナ様……?」


 コンスタンテが振り返る。聖女候補の特権でここまで降りてきたカナが甲高い、それでいて自信に満ちた声で叫んだ。


 「そこまでですわ、コンスタンテ様!」


 大司祭が目を丸くするが、構わずカナはずかずかと室内へ踏み込んできた。


 「大司祭様! コンスタンテ様がこのような教会の聖域に入り込んでいるなんて、不敬です!」


 「いや、それは、わしが正式に許可したので問題はないのだが……」


 「大問題です!」


 「何故かね?」


 大司祭が驚いたように眉をあげた。


 「コンスタンテ様には、神聖な場所への敬意というものが決定的に足りません!」


 糾弾された当の本人は、他人事のように小首を傾げる。


 「そうかしら?」


 (……あながち間違ってないのが恐ろしいところですね)


 と、エイミーは心の中で毒づいた。


 カナは、ビシッとコンスタンテに指を突きつける。


 「先日だって、大司祭様に金色に輝く賄賂をお渡しになったそうですわね!?」


 「今日もお渡ししましたわよ。芋揚げですが」


 「え!? い、芋揚げ……?金貨じゃないの?」


 予想外の単語にカナがわずかに怯む。コンスタンテは堂々と胸を張った。


 「ええ。『焦がしバター香るざく切り芋揚げ』です。大司祭様、大変お気に召したご様子でしたわ」


 「い、芋だろうと何だろうと、賄賂はダメですわ!」


 大司祭がそっと視線を逸らした。法衣の袖の中から、紙に包装された芋揚げががさりと間の悪い音を立てる。


 エイミーは頭を抱えた。言い方は悪いが、客観的に見れば確かに賄賂である。


 カナは勢いを取り戻し、一気にまくしたてた。


 「そもそも、コンスタンテ様は最近ずっと図書室で神竜だの遺物だの、調べておられましたわね!」


 「調べては、いけませんの?」


 「怪しいですわ! 聖女候補である私の目から見て、国の聖なる教えにコンスタンテ様は踏み入り過ぎています。そんな貴女が魔法陣の複製などもっての外。絶対に、同じものを作らせてはなりません!」


 カナは勝ち誇ったように言い放った。


 コンスタンテは、ぱちぱちと長い睫毛を揺らして瞬きをする。


 「大司祭様も、カナ様と同じようにお思いに?」


 「うっ……」


 大司祭が言葉に詰まる。


 「大司祭様? 先ほど、複製で竜を呼び出す者がいるなら『むしろ見てみたい』とおっしゃいましたよね?」


 今度はコンスタンテが、静かな、しかし逃がさない圧を伴って大司祭に迫った。


 「ううっ」


 大司祭はジリジリと後退する。芋揚げをもらった手前、コンスタンテを無下に突っぱねるのが後ろめたいらしい。


 形勢不利と見たカナは、周囲を見回し、中央の石板を見据えて鋭く声を張り上げた。


 「大司祭様! その昔、この魔法陣を偽物とすり替えようとした邪教徒がいたことをお忘れですか!? そんな輩から聖遺物を守るためにも、複製など作らせてはならないのです!」


 その言葉に、安置室の空気が一変した。


 「二百三十年前、聖遺物を盗み出そうとした異端集団がいたと歴史で習いました。結果として失敗に終わりましたが、彼らは『模造品』を用意していたと記録されています」


 「うむ……確かに」


 「複製が存在するということ自体が、本物と偽物の判別という、教会にとって不要な混乱を招くのです」


 一度深く息を吸い込み、カナは未来を見据えるように告げた。


 「仮に百年後、千年後を考えてくださいませ。もし精巧な偽物が世に出回れば、それを本物と称して民を惑わす者が現れるかもしれません」


 大司祭が深く腕を組んだ。


 「確かに……一理ある」


 「それに、一度でも複製を許したという『前例』を作ってしまえば、今後、他の者が同じ要求をしてきた時に断る理由がなくなります!」


 「ふむ……」


 カナの淀みのない弁論を聞いていたエイミーが、小さく呟いた。


 「それは……たしかに、正論ですね」


 「そうでしょう?」


 カナが得意げに胸を張る。


 「前例を作ってはならないのです。これが教会の、ひいては聖域を守るための鉄則ですわ!」


 長い沈黙が安置室を支配した。


 コンスタンテは大司祭を見つめ、大司祭は白い髭を何度も撫でながら深く考え込んでいる。


 やがて、老人は重い口を開いた。


 「……カナ殿の言うこと、もっともである」


 「大司祭様!?」


 珍しくコンスタンテの声が上ずった。


 「わしも少々軽率だったかもしれん。今まで魔道具で記録などという概念がなかったゆえ、考えが及ばなかった。だが、将来の憂いを残さぬためにも、カナ殿の指摘はもっともだ」


 カナの顔に、隠しきれない勝ち誇った笑みが浮かぶ。


 「では……!」


 「うむ。この古代の魔法陣については今後、いかなる理由があろうとも、『複製』と『大聖堂への持ち込み』を禁ずるものとする」


 大司祭の厳格な宣言が、地下室に響き渡る。

 カナは小さく拳を握りしめた。完全勝利。コンスタンテの野望を、自らの正論で見事に打ち砕いた瞬間だった。

 一方、コンスタンテは力なく肩を落とした。


 「そうですか……」


 「すまんな、コンスタンテ殿」


 「いえ。大司祭様が下された規則ですもの、従うのが信徒の務めですわ」


 コンスタンテは静かに俯いた。

 胸元のペンダントを握る指先に、僅かに力がこもる。

 ここで食い下がったところで覆らない。

 大司祭が教会の規則として定めた以上、この場での勝負は決したのだ。


 「これで分かりましたわね、コンスタンテ様」


 「そうですわね」


 「今後は二度と、このような勝手な真似をなさらないことですわね」


 「はい。大司祭様のご決定の通り、これ以降、わたくしはこの魔法陣の『複製』は、絶対に作りませんわ」


 殊勝な態度で深く頭を下げるコンスタンテ。

 カナは満足げに鼻を鳴らし、ドレスの裾を翻した。


 「分かればよろしいのですわ」


 勝利の余韻に浸るカナと大司祭が安置室を後にする。

 重厚な石の扉が閉まり、再び地下室に静寂が戻った。

 

 コンスタンテはただ、胸元のペンダントを静かに握りしめた。

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