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ジャガイモ大好き伯爵令嬢は、黒い小間使いが神竜だと知っても揚げ油の温度が大事です  作者: 怒れる布団


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18/18

18、じゃがいもジュースじゃ誤魔化せない

 大聖堂から戻ったコンスタンテは、私室の窓辺でいつになく沈んでいた。


 ダナがお茶を持って入室する。いつもなら、彼女は外出から戻った瞬間に芋揚げの試作状況を問い詰めてくるはずなのに、今はただ、胸元のペンダントを指先で弄んでいるだけだった。エイミーは心配そうに扉の前をうろうろしている。


 「どうぞ。紅茶です」


 「……ジュースが飲みたいわ」


 視線も向けず、不機嫌な声が返ってくる。


 「ジュースですか?最近王都で流行している『本当に青いリンゴのジュース』なら厨房にあったかもしれませんが」


 「じゃがいもジュースにして」


 「……お嬢様、相当機嫌が悪いんですね」


 コンスタンテが小さく溜息をついた。


 ダナはお盆をテーブルに置きながら、その横顔を窺う。ペンダントの水晶の中には、あの大聖堂で写し取った魔法陣の姿が、静かに写っている。


 「お嬢様」


 「なに?」


 「何があったのですか?」


 コンスタンテがようやくこちらを向いた。その琥珀色の瞳にはいつもの覇気がなく、どこか拗ねたようにダナを見返した。


 「魔法陣、作れなくなってしまったの」


 「魔法陣?……そもそも、何故そんなものを作りたいのです?」


 その問いに、コンスタンテは言葉を詰まらせた。


 (ダナの正体は本当に神竜なのかしら……)


 胸の奥に浮かんだ考えを、押し込める。まだ確証はない。

 それに、記憶を失っているダナに不用意なことを話すべきではないのだ。


「魔法陣って、とっても綺麗なの。あれを、わたくしの部屋のインテリアに飾りたいと思って」


 コンスタンテは誤魔化すように微笑んだ。


 だが、ダナの目は欺けなかった。少年は手を休め、じっと主の瞳を見つめる。


 「お嬢様らしくありませんね」


 「わたくしらしくない? どういうことかしら?」


 コンスタンテがぱちりと目を瞬かせた。


 「自分の部屋が赤でも青でも金でもなんでも良いと思っているお嬢がインテリア等に頭を悩ませるはずがありません。貴女が自発的に欲しがるものなど、新しい調理器具か塩くらいです」


 ダナが極めて真面目な顔で断言する。


 「まあ、それは否定しないけれど……」


 「あとは、珍しい品種のじゃがいもですね」


 「あ、それは何が何でも手に入れる案件ね」


 ほんの少しだけ室内の空気が和らぎ、ダナの口元に微かな笑みが浮かぶ。


 「普段のお嬢様は、欲しいもののためにとにかくあらゆる努力をするじゃないですか。今回も、それらしく努力してみればいかがです?」


 その言葉に、コンスタンテの笑みが僅かに揺れた。


 部屋がにわかに静まり返り、窓の外から木々の葉擦れだけが聞こえてくる。


 やがてコンスタンテは視線を落とし、胸元のペンダントをぎゅっと握りしめた。


 「ねえ、ダナ」


 「はい」


 「もし」


 少しだけ迷い、そして言葉を慎重に選びながら続けた。


 「もし、自分の本当の家に帰れるとしたら、嬉しい?」


 ダナは不思議そうに首を傾げた。


 「家、ですか?」


 「うん」


 「覚えていませんし、帰りたいと思うほどの記憶もありませんから」


 コンスタンテの指先が、さらに強くペンダントを握る。しかし、ダナは淡々と続けた。


 「ただ……」


 「うん」


 「家族は、いるのかなと思うことはあります」


 その静かな言葉が、コンスタンテの胸をちくりと刺した。


 やはり、そうなのだ。もし本当にダナが高天の神竜世界から堕とされてきたのだとしたら、自分のエゴでこの場所に引き留めていいはずがない。


 けれど、もし彼が本当の場所に帰ってしまったら。


 彼はこの屋敷からいなくなり、もう一緒に芋畑を耕すこともなくなる。苺味の揚芋など、文句を言いながら真っ先に味見してくれることも、ぶっきらぼうな顔で呆れた顔を返してくれることも、なくなってしまうのだ。


 その未来に、少しだけ胸が締め付けられた。


 「お嬢様?」


 気付けば、かなり長い沈黙が流れていたらしい。


 コンスタンテは我に返り、いつもの快活な笑顔を作った。


 「何でもありませんわ!」


 「そうですか」


 ダナは怪訝そうにコンスタンテの顔を見つめたが、それ以上深くは追究しなかった。代わりに、彼女のペンダントへと視線を移す。


 「魔法陣の構造自体は、その中に記録されているのですよね?」


 「ええ、完璧に」


 「なら、色々と対策は立てられるでしょう」


 コンスタンテは諦めたように、机に肘をついて頬杖をついた。


 「それがね、大司祭様から複製することを禁止されてしまいましたの」


(そうだわ。大司祭様に禁じられたのだもの。その命令を盾にして、作らなければいいんじゃないかしら……)


 自分でも嫌になるような考えが頭をよぎり、コンスタンテは小さく首を振った。


 「複製が駄目だとしても手段は色々あるはずですよ。一人で考えているより誰かに相談するべきです」


 ダナの迷いのない言葉は、コンスタンテの曇った心を晴らした。


 「……そうね、ダナ。あなたの言う通りですわ。わたくし一人で考えていてもロクなことになりませんわね。だから、明日レイチェルとマリアに相談いたしますわ」


 ダナは少し目を丸くした。


「ご友人に、ですか」


「ええ」


「皆様、仲がよろしいですね」


 ダナは納得したように頷いた。


 「二人ともとても優しい方ですわ。でも相談にはお茶請けは必要ですから『芋揚げ・特製梅塩味』を今から作りますわ!ダナ、厨房に行くわよ」


 廊下の外で二人を窺っていたエイミーがクスリと笑った。

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