16、魔法陣見学会と来訪者
魔法陣見学の日。大司祭の案内のもと、コンスタンテとエイミーは大聖堂の地下へと続く、長く薄暗い螺旋階段を下りていた。ひんやりとした空気が肌を刺し、壁に掛けられた魔導灯だけが通路を淡く照らしている。
螺旋階段を降りきると大きな木の扉があらわれた。
「ここから先は、歴代の大司祭と許可証を持つ者しか立ち入ることを許されぬ聖域。くれぐれも、壁や器物には手を触れぬよう」
大司祭の厳かな声が地下通路に響く。
先日、芋揚げを頬張って「神の奇跡……!」と涙目で悶絶していた老人とは思えない威厳だ。しかし、その長い法衣の袖には、コンスタンテが事前に送り届けた『焦がしバター改』という名の、贈り物がしっかりと収められている。
「……さすがに緊張しますね」
後ろを歩くエイミーが、小さな声でコンスタンテの袖を引いた。コンスタンテもまた、琥珀色の瞳を真剣に光らせ、緊張した面持ちで周囲を警戒している、ように見えた。
(大司祭様、焦がしバター味がお気に入りのようだけれど、出汁昆布系は刺さらなかったのかしら。次回は『わかめ風味』を考えていたけれど、のり味に変更した方がよさそうね)
脳内で芋揚げの新メニュー開発に勤しんでいるうちに、一行は突き当たりの重厚な石の扉へと行き着いた。大司祭が複雑な魔法の呪文を唱えると、幾重もの鍵が外れる重々しい音が響き、ゆっくりと扉が開く。
「さあ、ここが聖遺物の安置室だ。中央にあるのが、其方の求めた『魔法陣』、古代の遺物である」
三人が部屋に踏み込む。
その部屋の中央、大理石の台座の上に、鎮座している直径1メートルほどの円形の石板。
その表面は乳白色に青みを帯び、磨き上げられた瑪瑙を思わせる滑らかな光沢を帯びている。そこには現代の魔導書でも見られない、緻密で複雑な紋様が深く刻まれていた。
時折、刻印の溝をなぞるように淡い銀色の光が浮かび上がり、夜空を流れる星のように静かに走っていく。
「……綺麗」
コンスタンテは思わず息を呑んだ。
「まるで流れ星を閉じ込めたみたいですね」
エイミーも、うっとりと見とれて呟く。
約束通り、石板に手は触れない。
かわりにコンスタンテは胸元のペンダントを強く握りしめた。
その水晶のようなペンダントから、突如として小さな光が放たれる。
パシャ。パシャ。パシャ。
静寂な空間に、妙に機械的な音が響く。大司祭が驚いたようにコンスタンテを振り返った。
「コ、コンスタンテ殿、そのペンダントは一体何かね?」
「これですか? 被写体の姿を寸分違わず光の結晶として記録する魔導道具ですわ。宮廷賢者のロザリオお兄様に作っていただきましたの」
「記録する……?」
大司祭が目を瞬かせる。
「まさか、今見えている姿をそのまま残せるというのかね?」
「はい」
彼女のペンダントは、躊躇なく魔法陣の紋様をその水晶の中へと記録していく。
やがて水晶がチカチカと激しく点滅し、その光が収束した。容量一杯まで撮影し終えたようだ。
「コンスタンテ嬢、 その水晶に、魔法陣の構造をすべて記録させたのかね? 」
「はい。全て記録致しました。記録禁止という規則はございませんわよね?」
首を傾げるコンスタンテに、大司祭は困惑した。
もちろん、記録禁止などという規則はない。今まで大礼拝に飾られた日をチャンスとばかりに、魔法陣を記録するものは確かにいたがせいぜいスケッチくらいで、「一瞬で見たものをそのまま記録する道具」を持ち込む者などいなかった。だから、規則の作りようがなかったのだ。
「確かに、記録を禁ずるという明文の規則はないが……」
言葉に詰まる老人を前に、コンスタンテはさらに無垢な笑みを浮かべる。
「では問題ございませんわね?」
「まあ、そうだが……」
大司祭は長い白い髭を撫ぜた。
コンスタンテは形の良い眉をちょっぴり下げて、小首を傾げた。
「大司祭様、もしかしてこの魔法陣、複製を作ることは禁止されているのでしょうか?」
「いや……禁止というわけではない。というか、そもそもこの複雑な古代の紋様を寸分違わず再現したところで、現代の魔導師には使い道がないのだよ」
「偽物の魔法陣では、神竜を呼び出せないという事ですか?」
「呼び出す云々の前に、降臨を願う巫女には清らかで膨大な魔力が必要なのだ。さらに魔法陣を水鏡に映して祈るという条件がある。形だけ真似ても何も起きん。もしこれで本当に竜を呼び出せるというのなら、わしがむしろ見てみたいくらいだ」
「あら? 条件を揃えて、心を込めて祈れば竜が現れると本で読みましたけれど?」
「ははは、そんな簡単な話では」
大司祭がそこまで言葉を紡いだ、その時だった。
バァン!!!
重厚な石の扉が、突然大きな音を立てて外側から押し開けられた。




