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ジャガイモ大好き伯爵令嬢は、黒い小間使いが神竜だと知っても揚げ油の温度が大事です  作者: 怒れる布団


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15/18

15、塩を減らしたら教会の最高責任者が釣れました

 そこは一面、美しい白い石畳の広場。日曜のバザーとあって、行き交う人の出入りは非常に多い。


 「バザーで出店なんて初めてです」


 清楚な白いエプロンを身にまとったレイチェルとマリアが、キャッキャと華やいでいる。


 「ええ。今回は利益は度外視ですの。目的はあくまで大司祭様ですわ。ちなみに今回の出店にはわたくしの兄の名を使っております」


 コンスタンテが静かに微笑む。ちなみに、隣町から昆布を背負って帰ってきたダナは、現在、凄まじい速度で芋の皮を剥く職人と化していた。


 コンスタンテは大きな鍋に火を入れた。油が温まり『じゅわあああ』という快音とともに立ち上ったのは、濃厚なバターの香り。


 さらに薄切りにした芋を落とせば、ぱちぱちぱちと音を立てて、黄金色の芋揚げが次々と出来上がってゆく。


 その抵抗しがたい香りに、まずは子どもが足を止め、次に母親、やがて神殿を訪れていた巡礼者や、通りすがりの商人までもが引き寄せられてきた。


 「なんだ、この美味そうな匂いは」


 「揚げ物……? いや、少し違うぞ」


 コンスタンテは手際よく芋を揚げ、用意した二種類の味をつける。


 一つは、焦がしバター。

 もう一つは、昆布。


 「本日は新商品開発のサンプル調査のため、少量ずつですが無料でお配りしています。試食後、こちらのアンケートへのご協力をお願いしますね」


 大方の芋を剥き終えたダナが営業スマイルを貼り付けて呼びかけると、芋揚げは瞬く間になくなっていった。


 「……塩辛くないのに、なんて美味いんだ」


 「信じられません、手が止まらないの。購入はできないのですか?」


 絶賛の声が重なり、屋台の前には見る見るうちに長い列が伸びていく。


 やがて、そのざわめきと香ばしい匂いは、大聖堂の中へと流れ込んでいく。


 ◇


 「外が随分と騒がしいな」


 大聖堂の一室で、老いた大司祭が怪訝そうに窓を開けた。その瞬間、窓から滑り込んできたのは破壊力抜群の芳醇なバターの香り。


 控えていた一人の若き司祭が、答えた。


 「広場のバザーで、妙な芋揚げを配っている者がいるようです」


 「芋揚げ?」


 「はい。なんでも……『減塩なのに圧倒的な満足感がある』とか」


 その言葉を聞いた大司祭は、にわかにソワソワし始めた。日頃から粗食を心がけ、欲を捨て去ったはずの彼だが、漂ってくる芳醇なその香りに、腹が鳴るのを感じる。


 「……い、いかん。バザーの様子を視察せねばな。最高責任者として、広場の治安と神聖さを確かめる義務がある」


 大司祭はもっともらしい口実を呟いて、部屋を飛び出した。


 聖職者たちを引き連れ、匂いの源泉へとたどり着くと、そこには輝く黄金色の山。そして、優雅にパタパタと団扇で匂いを大聖堂へ送っている顔見知りの侯爵令嬢の姿。


 「あら、大司祭様。お仕事でお疲れのようですわね?」


 レイチェルが愛らしくも、計算ずくの笑みを浮かべ、揚げたての『焦がしバター香るざく切り芋揚げ』が盛られたカゴを差し出す。


 「さあ、神の恵みを召し上がれ?」


 大司祭は一瞬、己の立場や聖職者としての矜持を考えて躊躇したが、脳裏に聖書の一節が浮かぶ。


 『汝、与えられし糧を喜びて食せ』


 そうだ、これは神が与えてくださった糧なのだ。大司祭は己の行動を正当化するように心の中で頷くと、ついに芋揚げを指でつまみ、口にした。


 パリィ。


 「ッ……!?!?!?」


 衝撃が走った。塩気は確かに薄い。なのに、噛み締めた瞬間に爆発する、焦がしバターの濃厚なコクと未知の旨味は何だ。


 「さあ、こちらもどうぞ」


 すかさずマリアが、もうひとつのカゴを大司祭に捧げる。『昆布だし旨味強調芋揚げ』はその名の通り、口に入れた瞬間から深い味わいが染み出し、ほんの少しの素材の甘さが後を引く。


 身体の底からじわじわと湧き上がる、この圧倒的な「満たされる感」は一体何なのだろうか。


 「これ、は……っ。なんという、なんという深き味わいだ……! これぞまさに神の奇跡……!」


 大司祭が誉めそやす声に、広場はさらに熱狂に湧き立ち、チャリティーバザーは大盛況のうちに幕を閉じた。


 人々が満足げに去っていく後ろ姿を見送りながら、マリアがぽつりと、本音を呟く。


 「……お金、取ればよかった」


 と。


 こうして胃袋を完全に掌握された大司祭は、「ぜひ詳しく話をしたい」と、カナの妨害などどこ吹く風で、彼女たちを大聖堂の内部へと招いた。


 ◇


 大聖堂の厳かな応接室へと招かれたコンスタンテたちは、質素ながらも品の良い椅子に腰を下ろす。


 先ほどまで芋揚げを夢中で頬張っていた大司祭は、席につくと、最高責任者としての威厳をどうにか取り戻そうと、わざとらしく咳払いし三人に向き合う。


 「……コホン。さて、コンスタンテ嬢、それにレイチェル嬢にマリア嬢。あの素晴らしい『芋揚げ』には深く感銘を受けました。今後もできればチャリティーに出店していただきたいがいかがだろう。材料費などは大聖堂が持ちますし、人材もご希望があれば斡旋いたしますので」


 その言葉を待っていたとばかりに、まずはレイチェルが、いつもの計算高い、けれど愛らしい令嬢の笑みを浮かべて一歩前に出る。


 「大司祭様、お慈悲深いあなた様への心からのお願いです。現在、貧民街の状況は悲惨を極めております。どうか教会の御力で、貧民街の救済措置を講じてはいただけないでしょうか?我が侯爵家の旗印のもとに」


 大司祭は深く頷く。貧民街の救済には大司祭も乗り出そうと考えていたところだった。


「うむ、貧しき者を救うのは教会の務め。分かりました、すぐに救済の物資と人員を手配しましょう」


 続いて、マリアが少し緊張しながらも、ぎゅっと拳を握りしめて願いを出す。


「大司祭様……! 私の弟を、どうか大聖堂の讃美歌隊に入れて下さい。あの子は、本当に素晴らしい声を持っているのです」


 「お安い御用です。神を称える歌声に、生まれや育ちは関係ありません。明日からでも隊に参加できるよう、手続きをさせましょう」


 大司祭の快諾に、マリアの顔がパッと輝いた。


 ここまでは計算通りだった。最後は、この作戦の発案者であるコンスタンテ。彼女は真剣な面持ちで、本命の要求を切り出す。


 「大司祭様。私からは……聖堂に保管されている『魔方陣』の貸し出しをお願いしたく存じます」


 その言葉を聞いた瞬間、大司祭の表情がピシリと固まった。


 「……コンスタンテ嬢、それはいくら何でも無理というものだ。魔方陣は古くから伝わる伝説級の神聖な遺物。神竜教会の規律により簡単に持ち出し許可などできません」


 流石に胃袋を掌握された大司祭でも首を縦に振ることはできなかった。


 しかし、コンスタンテはひっそりとほくそ笑む。彼女の目的は、魔方陣の構造そのものを確認すること。貸し出しができないことなど承知の上なのだ。彼女は、すかさず条件を切り替えた。


 「では、貸し出しが叶わぬのであれば、せめて『見学』だけでもさせていただけないでしょうか? 司教様の厳重な監視のもと、その場に立ち入るだけで構いません。ただ、その神聖な姿を一目拝見したいのです」


 大司祭はしばらく考え込んだ。貸し出しは無理だが、聖堂内での見学、それも自分が同行しての監視付きであれば、規律には違反しない。何より、あの『焦がしバターと昆布の旨味』の余韻が、彼の理性を絶妙に揺さぶる。


 「……。ふむ、見学、だけ……。それも私の目の届く範囲で、一切手を触れないという条件であれば……まぁ、神の奇跡(芋揚げ)の御礼として、特別に許可せぬこともない、か……」


 「ありがとうございます、大司祭様」


 コンスタンテは優雅に頭を下げ、心の中で小さく勝ち誇る。


 こうしてカナの妨害を完全に撥ね除けたコンスタンテたちは、それぞれの目的をすべて果たし、ついに聖堂の奥深くへと足を踏み入れる権利を手に入れた。


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