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ジャガイモ大好き伯爵令嬢は、黒い小間使いが神竜だと知っても揚げ油の温度が大事です  作者: 怒れる布団


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14/21

14、大司祭を呼ぶ方法

 マリスが去っていく背中を見送りながら、ダナは少しだけ表情を和らげた。


「……意外でした」


 ダナがコンスタンテに声をかける。


「なぁに?」


「マリス様が、素直に力を貸してくださるとは」


 コンスタンテは空になった紙袋をくるくると丸めながら頷いた。


「今の話、全部聞いてた?」


「いえ、最後の方だけ聞こえました」


「そう。ならいいの」


 魅了を解かれた後、言い訳も釈明もせず、ただ「力になろう」と言い切ったのは、それなりに男らしかったことにコンスタンテも同意した。


 が、


 わずか三日後。


「お嬢様」


 コンスタンテがフレーバー実験のために焦がしバターを作っていると、エイミーが静かに一枚の紙を差し出した。


「魔方陣の審査が、また止まっているようです」


 コンスタンテがバター鍋の火を止めた。


「……なぜ?」


「マリス様が審査促進の書状を出してくださったのですが、その翌日に取り下げが出ています」


 コンスタンテが眉をひそめた。


「取り下げ? マリス様ご自身が?」


「はい。間違いなく署名はマリス様のようです」


 コンスタンテはしばらく考え込み、

 翌日、学園でマリスを探す。

 廊下の角を曲がったところで、コンスタンテは足を止めた。

 少し先の窓辺に、マリスとカナが並んで立っている。マリスの手首に、うっすらとピンクの糸。


(……またか)


 コンスタンテは無言で踵を返す。

 教室から手提げ袋に入れた、塩多めの芋揚げを一袋持ってきて、マリスが一人になった隙に差し出した。


「マリス様、試食をお願いしたいのですが」


「……なぜ君はいつも芋を持ち歩いているんだ」


「新作焦がしバター香るざく切り芋揚げ」


「いただこう」


 パリパリパリパリパリリ。


 マリスの目が、再び焦点を取り戻す。手首のピンクの糸が、消えた。


「……コンスタンテ」


「はい」


「少しニガい」


「焦がしすぎたわ……」


 コンスタンテは盛大に溜め息をついた。


「審査促進の書状、再度お願いできますか」


「……わかった」


 さらに四日後。

 エイミーが書類を持ってコンスタンテの部屋に入ってきた。その顔が、すでに全てを物語っている。


「お嬢様」


「うん」


「マリス様からの審査促進の書状が、下げ――」


「よくわかりました」


「三回目ですね」


 エイミーは書類をテーブルに置き、深々と溜め息をつく。


「だめだこりゃ……です」


 コンスタンテもエイミーの言葉に同意する。三回。さすがに三回は、多い。

 魅了の糸は、おまじないだとレイチェルは言っていた。おまじない程度の魅了だから、たとえかかったとしてもほんの少し愛想が良くなる程度で普通は、相手の言いなりになったりすることはない。


(……つまり)


 コンスタンテは静かに結論を出した。


(マリス様は、もともとカナのことが、少し、お好きなのだ)


 魅了がかかり言いなりになったりするのは、心のどこかに隙がある時だという。三回続けてかかるというのも、もはや魔法のせいだけではない。


(それなら……そっとしておくべきね)


 コンスタンテは紅茶を一口飲んだ。

 婚約は家同士の取り決めだ。マリスの心がどこにあろうと、今の自分にはあまり関係のない話である。


「エイミー、魔方陣は自力でなんとかする方向で考えましょう」


「……はい」


「それより、大司祭様へのフレーバー、もうすぐ完成よ」


「バターを焦がす火加減は、強火で三分です」


「大司祭様の舌を買収するなら、二種類は必要よね。次は昆布出汁減塩フレーバーを開発するわ。ダナに昆布を調達させましょう」


「わかりました」


 エイミーは即答した。


(昆布って何でしょう。いえ、それより“減塩”って言いました?大司祭様の健康を考えておられるのね。優しい……………………のか?)


 エイミーは静かに考えるのをやめた。お嬢様から芋と塩、そして暴走を切り離すのは無理な話なのだから。


 ◇


 午後のサロン。

 レイチェルとマリアは優雅にカップを傾け、紅茶の香りを楽しむ。


 その向かいで、コンスタンテが深刻そうに口を開いた。


「お二人に、少し助けていただきたい事がございますの」


 レイチェルの目が細くなる。


「『助けて』とは、いささか物騒ですわね?」


「ええ。少し……困っておりますわ」


 その一言に、マリアが顔を上げた。


「何をお困りなの……?」


「大司祭様に、どうしてもお願いしたい件がありまして」


 コンスタンテは淡々と続ける。


「正式に面会を申し込んだのですが、返事すらいただけませんでしたの」


 レイチェルが口元に、うっすらと笑みを浮かべる。


「カナ様の妨害ね」


「さあ、私にはわかりませんが」


 コンスタンテはわずかに肩をすくめた。


「でも正面からの道が塞がれてしまったので、別の道で突破したいのですわ」


 そう言ったコンスタンテを見てレイチェルがカップを置く。


「それが、先ほどの『助けて』に繋がるのですね?どんなお考えなの?」


 コンスタンテが答える。


「中央大聖堂のチャリティーバザーに、出店して、大司祭様を『引きずり出す』のです」


「……まあ」


 レイチェルとマリアが驚いたように目を見開いた。

 マリアは目を丸くした。


「そ、そんなこと……できるのですか?」


「はい」


 レイチェルがくすりと笑う。


「コンスタンテ、貴女の考えがわかりましたわ」


「“武器”は私が準備いたします」


 そして、二人を順に見る。


「お二人も、大司教様とお話ししたいことがあるでしょう?」


 マリアが顎に指を当てる。


「……コンスタンテはなんでもお見通しね」


「優秀な諜報員をお持ちで羨ましいこと」


 コンスタンテは二人が承諾したことを確認してようやく笑う。


「芳醇なバターの香りと抗えない深い味わい、これで攻めるのですわ」


 ◇


 学園の家庭科実習室は、侯爵家のレイチェルが権力を行使して貸し切っているので、午後はポテト開発倶楽部(主にコンスタンテ、ダナ、レイチェル、マリア)が自由に出入りする。


 その日、放課後に残っているのは、コンスタンテとマリアの二人だけ。ちなみにダナは、昆布の買い出しのために隣町までお使いに行かされていた。


 コンスタンテは、あらかじめ水に沈めておいた昆布を火にかけ、澄んだ出汁をとる。さらにそれを煮詰め艶を持ち始めたら、平皿へ薄く広げ、じっくりと水分を飛ばして、結晶をつくる。その結晶を砕けば、淡い琥珀色の粉末となり、揚げたてのポテトに、少しの塩とともに振りかける。


 コンスタンテは出来た芋揚げを一枚、口に運び、満足げに目を細めた。


「塩気は少ないのに、驚くほど美味しいですわ」


 マリアも一枚つまんで口に含み、深く感じ入るように静かに頷く。


「……昆布味なんて初めて食べましたが、不思議なほど心が満たされます」


 そう言うと、マリアは机の上に置いていた小さな包みを差し出した。


「それと、コンスタンテ様。お誕生日おめでとうございます」


「……え?」


 コンスタンテが少し考えてから頷いた。


「そうでしたわ。わたくしの誕生日、今日でしたわね。すっかり忘れていました」


「忘れていたのですか……」


 マリアは少し呆れたように笑った。

 包みの中には、手作りの刺繍入りハンカチが入っていて四つ葉のクローバーが丁寧に縫い込まれている。


「大したものではありませんが……」


「そんなことありませんわ!」


 コンスタンテは思わず身を乗り出した。


「嬉しいですわ。それに……」


 彼女は皿の上に残った芋揚げを見つめる。


「この『昆布だし旨味強調芋揚げ』も、本日の誕生日プレゼントということにいたします」


「自分で作ったものですよね?」


「十六歳の誕生日に新しい味が完成する機会など、そうありませんもの」


 コンスタンテは上機嫌で芋揚げを一枚摘まんだ。


「今日は実に良い日ですわ」


 皿の上に盛られた『昆布だし旨味強調芋揚げ』は、その後あっという間になくなっていった。


 そして翌週。彼女たちは完成した『焦がしバター香るざく切り芋揚げ』と、件の『昆布だし旨味強調芋揚げ』を携え、中央大聖堂バザーへと乗り込んだ。

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