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ジャガイモ大好き伯爵令嬢は、黒い小間使いが神竜だと知っても揚げ油の温度が大事です  作者: 怒れる布団


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13/18

13、魅了魔法 VS 芋揚げ

ブラート伯爵家のサロン。


「ですから、お嬢様」


エイミーが書類を読みながらコンスタンテに報告する。


「大聖堂に魔方陣の貸し出しを求めましたが未だにYESかNOの返事がこないのです」


コンスタンテは、芋揚げを一枚含む。


「そうね。貴重なものだから、ダメ元で申請したのだけれど、でも司祭様は芋揚げ試食会に招待すれば貸してくださるとおっしゃったのに」


エイミーが小さく頷いた。


「肉食禁止の司祭様には、芋揚げはかなり魅力的なお菓子でしょうね」


「そうなのよ。いけると思ったのに。まあ、そんな簡単じゃないという事ね。こうなったら大司祭様の舌を痺れさせる『フレーバー』開発して、近付くしかなさそうね」


「結局そこに行き着くのですね」


エイミーはいつものように呆れたようにため息をついた。



「私の一生に一度の古代魅了魔法がっ!」


頭からキラキラと輝く特製の塩を浴びせられた聖女候補カナは、激しく壁を蹴りつけた。


せっかく、最高位魔法を仕掛けたというのに、ダナにはまるで効かなかったようだ。 そのうえ、物理的な「金の塩」だけが自分の頭に降り注ぎ、目に入った。


「目がぁ、目がぁー!」


数ヶ月前、カナは男を虜にする「古代魅了魔法」を教会の書庫で見つけた。禁呪のくせに探せば簡単に見つかったのは、発動には人間には到底不可能な膨大な魔力が必要で、誰にも使えない魔法であったからだ。


しかしカナはその魔法を使うための「最強の切り札」を手に入れた。


カナの自室の隅、頑丈な魔力封じの籠の中。


そこには体長三十センチほどの、灰色の小さなトカゲのような生き物がぐったりと横たわっている。


その正体は、神竜国王の弟、クラウトリア。すなわち、ダナの叔父であった。


かつて兄王に対して謀反を起こし、呆気なく制圧されて命からがら人間の世界へと落ちてきた最高位の竜。しかし、次元の壁を越える際にすべての魔力を使い果たし、小さなトカゲサイズにまで縮んでしまったのだ。力だけでなく言葉さえ失った状態で、運悪くカナに捕獲されたのが彼の運の尽きだった。


「さあ、今日もその魔力を分けてちょうだいね?」


カナが籠に手をかざすと、小さな身体から緑の光が吸い上げられていく。


カナが周囲の男たちを誘惑できる『魅了』の源泉は、すべてこの神竜の魔力だった。だが、生涯に一度しか使えない最高位の古代魔法は、ダナに仕掛けて『金の塩』でジャリジャリに弾かれたため、もう二度と使えない。


コンスタンテの従者兼騎士のダナ。

あの美貌を一目見たその日から、カナは彼に恋い焦がれ、どうしても自分のものにしたいと考えを巡らせた。その結果、禁呪まで使ったというのに結果は無残なものだった。


(あの人、わたくしがどれだけ色目を使ってもスルーするのよね。私の可愛さがどうしてわからないのかしら……)


カナはまだダナを手に入れることを諦めていない。なので次の作戦として彼を囲っているブラート伯爵家を、中から壊していこうと決めた。コンスタンテの婚約者、堅物のマリス公爵令息なら簡単そうだ。

カナは邪悪に微笑んだ。



王立グレイシス魔法学園、校庭の庭の片隅。


「マリス様、本日はお時間をいただきありがとうございます……」


うつむきがちにそう言ったカナ・シャルマンは、そっと視線を上げた。

その瞳は、事前に目薬を差したので潤んでいる。


「……気にするな」


マリス・フォン・リヴァートは、柔らかく微笑んだ。

つい先日までの彼なら、こんな風に優しく応じることはなかっただろう。

常に理知的で、冷静で、どこか女性を見下したような男だ。

だが今は違う。


「君のような慎ましい女性が、聖女候補に選ばれたのはよくわかる」


カナは、小さく首を振る。


「いいえ……私なんて……ただの平民ですもの」


その言葉に、マリスの目が細くなる。


「そんなことはない」


カナは心の中で、そっと笑った。


(やっぱり簡単だった)


おまじない程度の「魅了」でこの男は簡単に優しくなった。もっとも根底には神竜のパワーを使っているからかもしれないが。


「マリス様……実はコンスタンテ様……教会保存の魔法陣の貸し出し申請が来ているのですが」


「そうなのか?」


マリスの目に、冷たい光が走った。


「はい……コンスタンテ様、神竜を呼び出して何かよからぬことを考えていないか心配で……」


カナがマリスの手をそっと握った。


「彼女に真実を聞く必要があるようだな」



「コンスタンテ。」


午後の回廊で呼び止められたコンスタンテが振り返ると公爵子息マリスが腕を組んで立っている。


「マリス様、ご機嫌よう」


コンスタンテは恭しく未来の夫に淑女らしくお辞儀した。


「単刀直入に聞く。教会の魔法陣を申請したというのは本当か」


「はい。諸事情がございまして、正式に申請しております」


「神竜を呼び出して雨乞いでもする気か?」


コンスタンテは少しだけ首を傾げた。


「いえ、じゃがいもは水が多すぎると根が傷みます。土が乾き気味のほうが良いので今の時期に雨乞いは不要です。それよりマリス様、今日は随分と」


「芋の説明はいらない。それより、『随分と』なんだ?」


「目が虚ろですわね?テスト勉強やり過ぎですか?」


マリスがこめかみに青筋を浮かべた。コンスタンテはさりげなく視線をマリスの手首に走らせる。そこにはうっすらとピンク色の細い糸。


(……あら先日のパウンドケーキと同じ気配。この間ほど強くはないけれど)


「どんな事情か知らないが教会の重要な魔方陣を使わせるわけにはいかない」


マリスが不機嫌に声を荒げる。


コンスタンテはしばらく考え、それから手提げ鞄の中から紙袋に入った芋揚げを取り出した。


「マリス様」


コンスタンテが一歩近づいてにっこりと微笑む。


「話し合いの前に、少しよろしいでしょうか。実はこれ、大司祭様への献上品の試作なのですが、マリス様にも是非ご意見を伺いたくて」


「そんな話をしに来たのではない、俺は――」


「さあ、どうぞ」


コンスタンテは有無を言わさずマリスの口元へ捩じ込んだ。


「……っ」


パリッ。


廊下に小気味よい音が響く。

マリスが咀嚼する。

沈黙。


パリパリパリ。


「二枚目どうぞ」


パリパリパリパリリ。


「……なんだこれは」


「芋揚げですわ。お口に合いましたか?」


「……もう一枚」


「はい」


パリパリパリパリパリパリリ。


一枚、また一枚。


気がつけばマリスは紙袋を受け取り、黙々と食べ続けている。三十秒後、袋の底をがさがさと探り始めたマリスの目が、ふと、焦点を取り戻した。


マリスの手首からピンクの糸が消えている。


「……美味いな」


「でしょー!」


コンスタンテは満足げに頷いた。


「大司祭様もきっとそうおっしゃいますわよね」


マリスは深々と息を吐き、それから紙袋の底に残った塩をざらざらと手のひらに受けた。残った芋揚げの欠片を黙って口に入れる。

パリ。


「……魔法陣の件」


「はい」


「再度、申請書を出せ。今度は俺が力になろう」


コンスタンテは優雅に微笑んだ。


「ありがとうございます、マリス様」


芋揚菓子で自分の婚約者から『魅了魔法』を解いた令嬢と、塩まみれの癖に格好をつけて去っていく公爵子息。それをなんとなく遠くから見つめていた黒髪の従者。


中庭に、芋揚げの微かな香りだけがただよっていた。

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