第八十六話 年末の大仕事
第八十六話 年末の大仕事
「さあ、今年もあと少しだ! しっかり働くんだよ」 采の号令で妓女たちは元気に返事をする。
「はいっ!」 禿の三人も元気に返事をしていた。
小夜は花菱楼の一件で怒られたものの、厳しい処分はなかったのだが……
「あの見世だろ…… 三原屋の梅乃ちゃんを強引に引き抜こうとしたのは……」
花菱楼は世間から冷たい視線に晒されることになってしまった。
これも梅乃が引き手茶屋で話したことがキッカケだった。
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「野菊姐さん…… 今回は驚きました。 私を三原屋から奪おうとしたり、小夜を色仕掛けで引き抜こうとされたのです……」
梅乃が千堂屋で漏らすと
「そんな事があったの? 梅乃ちゃんや小夜ちゃんは三原屋の象徴になる禿じゃない! 許せないわ……」
こうなると野菊まで興奮してくる。
「おっ! 梅乃ちゃんじゃないか、玉芳花魁は元気かい?」 引手茶屋に来る客は大見世の常連が多い。 当然ながら梅乃に声を掛ける者も多いのだ。
すると、野菊が客に話していく。
「ちょっと聞いてよ…… 中見世の花菱楼がさ……」
すると、客から客。 見世から客など、多方面から噂が広まっていく。
「梅乃ちゃんも災難だったな…… 小夜ちゃんにも気をつけるように言ってな」
客は梅乃たちを気遣っていく。
(これくらいの制裁はいいよね……) 梅乃は少し悪い顔になっていた。
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その後、梅乃が三原屋に戻ると
「お前、吹いてきたのかい?」 采が驚きながら訊くと、
「はい。 これくらいは良いかと……」
吹く……噂を吹聴すること。
「まぁ、今回は仕方ないが大人を舐めるんじゃないよ」 采が釘をさすと
「はい。 もう言いません」 梅乃は、事が大きくなった事を少し反省したようだ。
それからも噂が絶えることがなく、小夜が仲の町を歩いていると
「小夜ちゃん、大丈夫だった?」 など、他の見世の禿までもが心配してくれていた。
そして数日後、花菱楼の主人が三原屋にやってくる。
「すみませんでした…… あの馬鹿息子が余計なことを……」 謝罪にやってきたのだ。
「まぁ、今回は良いよ…… ただ、コッチからは何も言わないけど噂が広まっちまったからね……」 采がキセルを吹かせながら話すと
「かなり痛手でした…… しかし、凄い禿とは聞いていましたが……」
花菱楼は、完全に梅乃の策に困っていた。
「梅乃にも、もう言うなと言ってあるからね」 采が言えるのはここまでだった。
「あの禿…… 花菱楼を馬鹿にしやがって!」
花菱楼では、喜八郎がイライラした様子で茶を飲み干している。
「坊ちゃん、そんなカリカリしないで…… 正攻法で追い抜けばいいじゃない……」
小町が呆れたように慰めていると
「もういい…… 外に出てくる」 喜八郎は勢いよく外に飛び出していった。
喜八郎が仲の町を歩いていると、向かい側から小夜と古峰が歩いてきて
「あっ……」 二人が声を出して驚くと
喜八郎が振り返り、別の場所に歩いていく。 小夜は平然を装い、普段通りでいる。
(これが花菱楼の……) 古峰は気づいてしまう。
しかし、何も触れずに小夜と歩いていくと
「おい、お前!」 遠くから怒鳴り声が聞こえると、小夜たちは声のする方に向かった。
すると、 「お前が三原屋の禿をたぶらかしたヤツだな」 どこかの男性が喜八郎の胸ぐらを掴んでいた。
(どうする? 小夜ちゃん……) 古峰はチラッと小夜を見る。
小夜は躊躇しながらも
「チッ―」 舌打ちをしながら喜八郎の方向へ足を進める。
男性は、今にも喜八郎を殴りそうな勢いでいると
「すみません…… 私が悪いのです! この人を責めないでください」
小夜は引っ込み思案で、なかなか自分から声をあげる事が出来ないのだが……
「私は大丈夫ですから、そのへんで……」 涙目になって男性を説得していた。
「小夜ちゃん……」 喜八郎は涙目で小夜を見る。
「君が三原屋の……」 男性が驚くと、
「はい。 私が三原屋の小夜です」 男性の目を見て、ハッキリと言ったのだ。
(小夜ちゃん……) 古峰には衝撃的だった。 いつしか小夜も成長していたのに驚かされていた。
男性が手を離すと、喜八郎は腰が抜けて座り込んでしまう。
「ありがとうございます…… よかったら三原屋に来てくださいね」 小夜が微笑むと、男性は笑顔で去っていった。
「小夜ちゃん、ありがとう……」 腰が抜けたままの喜八郎が感謝を伝えると、
「もっと…… いい男を探さないとね」 小夜は微笑んで三原屋に戻っていった。
(梅乃ちゃんが小夜ちゃんを花魁に推す理由か……) 古峰は、小夜の底力を見た気がした。
それから古峰が小夜を目で追っていく。
「古峰、何を見ているの?」 梅乃が古峰の肩に乗っかってくると
「う 梅乃ちゃん、重いよ……」 古峰は身体を振って梅乃を払い落とす。
「小夜か…… 何か大人っぽくなってきたよね……」
梅乃の言葉を聞いて、何故に小夜を目で追っていたか分かった。
(やっぱり二人のお姉ちゃんが花魁になってほしいな……)
古峰は笑顔になっていく。
年末、徐々に掃除をしていくと
「あっ! 簪が……」 梅乃が拾うと、大部屋をキョロキョロする。
「これ、誰のですかーっ?」 梅乃が簪を高くあげると、
「私のだ…… 梅乃、ありがとう」 妓女が礼を言うと、梅乃も微笑む。
段々と禿に嫌がらせをする妓女は消えていっている。 そうすることで、見世の雰囲気が良くなり売り上げも安定していった。
(これなら大丈夫かな……) 采もホッとした様子で、
「これ! 入ってきな」 声を掛けると、采の部屋から五歳くらいに見える女の子が三人出てくる。
「お婆、まさか……」 小夜が小さく声にすると、
「そのまさかだ…… 今日からこの子たちの面倒を見てやんな」 采が子供たちを前に押し出す。
「よろしくお願いいたします……」 三人の女の子が頭を下げると、
「こちらこそ、よろしくね」 小夜が笑顔を見せると、古峰と梅乃も微笑みながらニギニギを見せる。
年末の大忙しの中、禿の三人はお姉ちゃんになってしまった。
「そうだね…… 名前を決めてあげないとね」 采が言うと、妓女や梅乃たちも考えてしまう。
「ね 姐さんたちが考えてみては……」 古峰が大部屋の妓女たちをチラッと見ると、全員が視線を逸らしてしまった。
「いやいや…… 姐さんたちは、私達に意見などを言ってくるじゃないですか。 それと同じでいいんですよ」 梅乃が前に出て言うと
「馬鹿言うな…… お前たちだから言えたけど、責任があることは難しいよ……」
(なんだそりゃ……)
いかに妓女たちが責任なく、梅乃たちに文句ばかりを言っていたか分かってしまった。
これには (こんなんだから、いつまでも大部屋から出られないんだな……)
我が見世ながら、情けなくなってしまう采であった。
「じゃ、担当を決めよう」 梅乃が小夜と古峰に言うと、
「じゃ、私は この子……」 小夜が一人の禿を指名する。
すると、あっという間に担当が決まってしまった。
(これじゃ、この三人にあっという間に抜かれるんだろうな……)
采が大部屋の妓女たちを哀れむように見てしまうと、それに気づいた大部屋の妓女たちは誤魔化すかのように支度を始める。
「君はいくつ?」 梅乃が新しい禿たちに訊くと
「六歳です」「同じ六歳」 「私は八歳になります」
「よし、決めよう…… 君が一番のお姉ちゃんだから、一花。 君は二番目に背が大きいから二葉。 君は三枝にしよう……」
梅乃は簡単に決めてしまった。
「さ さすが梅乃お姉ちゃん!」 古峰が納得していると、
「どうして? こんな簡単に?」 小夜はキョトンとしている。
(ほう…… これは梅乃のセンスと、理解力のある古峰ならでは……だな)
采はニヤッとする。
「この見世には花魁がいない…… だからこそ、大きな木として安定させたいんだ。 上から花、葉、そして繋いでいく枝。 これを番号として付けたんだ♪」
梅乃は三原屋を木に喩えて『大きく成長するように』と願って付けた名前だと説明する。
「まいったな~ これじゃ、梅乃が班長みたいだ」 小夜が苦笑いをすると
古峰はチラッと小夜を見る。
これは思春期から嫉妬にならなければ……と心配してしまったのだ。
「じゃ、早速やろう……」 小夜が新しい禿たちを部屋に案内すると
「ここが禿の私達の部屋だよ。 ここに荷物を置いてね」 小夜と古峰は場所を整え、荷物などの整理を手伝う。
梅乃は采の部屋に行き、新しい禿服を用意していた。
「さ、着替えて」 梅乃が三人に禿服を渡す。 これは梅乃たちと同じ、えんじ色の服に黄色い帯が渡された。
「私達って、いつから禿服になったっけ?」 小夜が天井を見て思い出していると、
「うっ……」 梅乃が言葉に詰まる。
「ど どうしたの?」 古峰が梅乃の顔を覗き込むと
「思い出した! 梅乃が身体ごと障子に飛び込んで壊したのよ。 そして頭から血を流して服が赤くなったから、この色になったのよね~」
小夜がケラケラと笑いながら説明すると、古峰と新しい禿たちは驚いたように梅乃を見る。
(余計なことを思い出させやがって……) 梅乃は複雑な表情になっていた。
「そんな梅乃姐さんはヤンチャだったのです?」 新しい禿の一花が聞いてくると、
「そりゃ梅乃は大変だったわよ。 毎日、お婆や玉芳花魁に怒られていたんだから~」
「玉芳花魁ですか?」
「そう…… この見世を中見世から大見世にして花魁になった人なの。 誰もが憧れる人だったのよ」 小夜が懐かしそうに話すと
「私たちの母親でもあるんだよ……」 そこに菖蒲と勝来が入ってくる。
その後、自己紹介をしてから玉芳や梅乃たちの昔話をして盛り上がっていく。
それから一花は勝来、二葉は菖蒲に付く。 三枝は小夜に付くことになった。
すると、吉原でも話題になっていく。
「三原屋が三人の禿を入れたそうだよ…… 景気いいね~」
「この年末にかい? 凄いな……」
花魁を置かなくても話題が多く、それだけ充実していると宣伝になっていくのだった。




