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第八十四話 新たなる風

 第八十四話    新たなる風



 明治八年 十月。 吉原には冷たい風が吹いていく。

 江戸時代、東京(江戸)では小氷期と言われる時期には隅田川が凍ったと言われている。 


 現代と比べて気温が低かった。


 「寒い…… う 梅乃ちゃん、小夜ちゃん、中に入ろうよ」

 古峰は身体をよじりながら催促をしている。


 梅乃と小夜はホウキで掃き掃除をしていた。

 これは、小さな言い争いから発展したものだった。


 時を戻して二十分前。


 「小夜~ ここはいいから勉強しなよ!」 


 梅乃が掃除をしている小夜に言ったことから始まった。


 「なんでよ? 私だって禿なんだから掃除するわよ」 小夜が不思議そうに言うと、


 「だって、春には新造でしょ? お婆だって期待しているしさ……」

 梅乃は大部屋をチラッと見る。


 「そういう梅乃だって、新造になる訳でしょ?」


 「ほら、私は遣り手でも岡田せんせいの助手でもいいんだし……」


 梅乃は気にせずに話したのだが、小夜には違った意味で伝わってしまったのだ。



 「ほら、やっぱり私の事を下に見ている訳ね? 私は遣り手でも医者でも出来るって言いたい訳でしょ?」


 小夜が梅乃を睨むと、大部屋が静まり返る。 今まで二人が一緒にいても喧嘩にまで発展することはなかった。


 ただ、年齢を重ねて解釈が違ってきたようだ。 これは自我が出てきたと言っても良いだろう。



 「そんなこと……」 梅乃は言葉に詰まってしまう。 これ以上を話せば、本気の喧嘩に発展しかねないからだ。


 梅乃は先の展開まで読めてしまった。



 「私、外を履いてくるから……」 不機嫌になった小夜は、外に出てしまう。


 外は風も強く、寒いし落ち葉なども飛んで来てしまう。 風邪をひいたら大変とばかりに梅乃は小夜を追いかけて行った。



 小夜は不貞腐れたまま掃き掃除をする。

 「……」 黙って見ていた梅乃はホウキを持ち、負けじと掃き掃除を始める。



 そのまま十分が経過、風が吹いて落ち葉が舞う。 当然ながら綺麗にならない玄関前……


 しかし、弱音を吐かない二人が黙々と掃除を続けていると


 「い いい加減にしてよ! お姉ちゃんたち!」 古峰が声を荒げてしまう。

 妓女たちも心配になり、玄関から顔を出して様子を見ていた。



 平和だった三原屋に不穏な空気が流れる。


 采は昼見世が終わると香梅楼に出向いていた。


 梅乃と小夜は大部屋に座らせられる。 座らせたのは古峰だった。

 「お お姉ちゃんたち、どうして?」 古峰が困った様子で話すと、

 「古峰はいいよね。 あと一年ある訳だし、これから新造になる私達とは違うんだから……」


 小夜が古峰に強く言い放つ。 いつもの『ほんわかさ』が売りの小夜にしては珍しいことだった。



 「う 梅乃ちゃんは……」 

 「私は何もない…… 小夜の言う通りなんだと思う……」 梅乃は小さく頭を下げて外に出て行ってしまった。



 「小夜……」 妓女が声を掛けると、

 「すみませんでした……」 小夜も頭を下げて出て行く。


 「古峰、これはどういうこと?」 二階から菖蒲が降りてくると



 「あ 菖蒲姐さん……」 古峰は言葉に詰まってしまう。 古峰自身もハッキリとした原因を知らないからだ。


 「す すみません…… わ わ 私が声をあげたばっかりに……」


 (古峰、また吃音……) 菖蒲は気づく。 古峰の吃音が酷くなる場合は、見世の雰囲気か姉の二人が原因だということに。



 それから古峰は自己嫌悪になってしまい、妓楼の隅に座っていた。


 「古峰ちゃん……」 千がそっと声を掛ける。

 「せ 千姐さん……」


 千は勝来がため息を漏らしていた理由を聞いていた。



  ●

 「勝来姐さん、どうされましたか?」

 「あぁ、千か…… さっき下で梅乃たちが喧嘩をしていたみたいだね…… 菖蒲姐さんが下に行ったから、私は行かなかったけどさ」

  ●


 そんな話を聞いて、千は勝来に断りを入れて古峰のもとに向かっていた。



 「古峰ちゃん…… もう二人は大丈夫だから、古峰ちゃんも自分のことを考えても良いと思うわ……」


 千が言った事はこれだけだった。 最後に頭の上に手を置く。

 「千姐さん……」 古峰の頬に涙が伝ってきたが、千は顔の認識が出来ないので気づかなかった。


 (なんなんだよ、小夜……) 梅乃は鳳仙楼に顔を出していた。


 「こんにちは……」 梅乃が声を出すと、信濃が玄関に来る。

 「あら、梅乃。 珍しいわね。 入って」 


 そして梅乃は信濃と話をする。

 「…… それで言い争いになったの……?」 信濃が目を丸くすると

 「はい…… 私がいけなかったのかな……」 梅乃は下を向いてしまった。



 そこに花緒がやってくる。

 「ちょっと聞いちゃって申し訳ないね……」


 「花緒姐さん…… いや、花緒花魁」 梅乃が咄嗟に言い直すと

 「いいんだよ。 そっちの方が慣れてるだろ」 花緒はニコッとする。



 それから三人で、喧嘩になった原因などを話していくと

 「あ~ 思春期か……」 信濃と花緒が顔を見合わせる。


 「思春期……?」 梅乃は思い出していた。 以前、小夜の初恋の時に梅乃を避けていたことを。


 (前に赤岩先生が話していたことか……)



 「案外、お前は変わらないよね~」 花緒が言い出すと、

 「確かに…… 自由奔放は変わらないし、だからといって反抗したり機嫌が悪くなったりしないわね……」


 信濃が言うと、梅乃はポカンとしている。


 小夜は恋をしたり、嫉妬したりと多感な時期に入っていきている。 感情的になったりするのも年齢なのだろう。 梅乃は子供の頃から活発だった為、意外にも感情的な部分は見せなかった。



 (まぁ、梅乃の場合は事件に巻き込まれたりしたからね……)


 三人でお茶を飲みながら話していると、鳳仙楼の妓女たちも入ってくる。

 「久しぶりね、梅乃…… 私達も入れておくれよ」 瀬門が笑顔で話しかけると、


 「お久しぶりです、瀬門姐さん」 梅乃も笑顔を見せる。


 鳳仙楼の雰囲気は明るかった。 花緒が花魁になり、見世の柱が出来たことが大きい。 信濃も遣り手になって、しっかり支えていたのも要因だろう。



 「それも何より、お前が鳳仙楼に来てから変わったんだよ。 お前の献身さや、遊郭という特殊な場所でも お前は人間らしく接してくれたからね……」


 瀬門が言うと、鳳仙楼の妓女たちは頷いた。



 「さっ、夜の為に頑張るわよ。 支度なさい」 信濃が声をあげる。 妓女たちは笑顔で大部屋に向かっていった。



 (みんな、いい雰囲気だ……) 梅乃の顔もほころんでいく。



 「それと、梅乃…… 中見世に勢いのある見世があるって知ってる?」

 花緒が小声で話すと


 (何か拾ったのかな?) 梅乃は察し、花緒の部屋に向かう。



 「もう噂になっていたんですね…… さすが花魁」 

 「茶化さないでよ…… 梅乃は知っているの?」


 「はい。 花菱楼という妓楼で、宣伝の為の妓女で小町さんという方とお会いましたが……」


 「やっぱり早いのね…… お前に聞いて良かったわ」 花緒は驚いた表情をしている。


 (なにかあったのかな?)


 「それで、花菱楼がどうかしましたか?」 梅乃が前のめりで訊くと

 「随分と勢いがあって、花魁候補がいるとか……」


 「はい。 その小町さんですよ」 


 「何で知っているのよ?」 花緒が驚くと


 「お婆が言っていました。 宣伝の為に歩かせて、宴席には顔を出さないそうです。 過去に玉芳花魁が同じ事をしていたとか……」



 花緒は理解した。 まだ近藤屋の禿をしていたとき、玉芳が花魁襲名して爆発的に人気を集めたことに。



 「綺麗な方ですし、人気が出そうですよね」 梅乃は言葉を残して三原屋に戻っていった。



 「梅乃、お前に客だよ……」 帰るなり、片山が声を掛ける。

 「客? 私にですか?」 梅乃がポカンとしながら妓楼の奥を見ると、喜八郎と小町が頭を下げていた。



 二人を客間に案内し、梅乃と顔を合わせる。

 「わざわざ、私に用事ですか?」 梅乃がポカンとすると、


 「突然、すみません…… この吉原で有名な禿と言ったら梅乃さんなので……」

 喜八郎が微笑むと、小町が同じように微笑む。


 「いえ…… ここは玉芳花魁という方が三原屋を有名にしただけですので……」


 ここで空気が重くなる。 お互いの話の出方を伺っているようだ。



 「ただいま戻りました……」 そこに小夜が戻ってくると

 「おかえり小夜…… 今ね、お客さんが来ていて……」 妓女が説明すると、小夜の機嫌が悪くなる。


 それは喜八郎が梅乃に会いに来たということを聞いたからだ。

 (やっぱり私じゃなくて梅乃だったんだ……)


 小夜は三原屋を飛び出した。


 「ちょっと、小夜―」


 その声が梅乃に聞こえてしまう。

 (まさか……?) 梅乃は感づいてしまった。



 「梅乃さん…… 吉原を盛り上げていきましょう……」

 喜八郎はニコッと笑う。 そして小町も小さく笑顔を浮かべていた。



 その様子を見て、梅乃は新たなる風が嵐の前触れなのではないかと思ってしまうのであった。



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