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第八十二話 探偵物語

 第八十二話    探偵物語



 江戸末期から明治初期にかけて長屋が多くあった。

 この日、片山が引っ越す。 今までは吉原の中にあった長屋に住んでいたのだが


 「お前が住んでいたから病気の妓女も入れなかったが、ようやくだね……」

 采はキセルを吹かせながらニコニコしている。



 「お婆、拾ってもらって……仕事まで頂き、感謝しています」 片山が頭を下げると


 「何、別れみたいなことを言ってるんだい! 明日だって仕事だろうが!」

 采が片山の頭を叩く。


 「そ そうでした……」


 片山は引っ越すだけであって、三原屋を出ていく訳ではない。 鳳仙と暮らす為に、荷物運びに休みを貰っただけである。



 「潤、こことここ…… どの長屋にするんだい?」


 采は吉原に通勤できるように近場を選んでいた。



 「それにしても、花魁だった鳳仙が長屋暮らしなんてね…… 大丈夫かい?」


 「はい。 良い思いはさせて貰いましたから、これからは普通の生活ができればと思います」 鳳仙は目を輝かせている。



 今回は下見ということで、目星を付けて帰っていく。

 吉原に戻り、大門で小夜が許可書を渡すと



 「あんな妓女ひといたかしら……」 小夜が見る方向には見慣れない派手な妓女が歩いていた。



 「誰だろうね? 今じゃ花魁は葉蝉だけなのに……」 采はキセルを吹かせながら妓女を見つめる。


 ここ数年、客入りは悪くないが派手さを失いつつある吉原。 時代が明治に入り、規制などがあって派手に立ち回ることが出来なくなっていたのだ。



 夏が過ぎ、玉菊灯籠が終わると吉原には厳しい季節がやってくる。


 明治政府は人身売買を禁止している為、どこの妓楼も慢性的な人手不足もあり苦しい経営をしなければならない。



 全員が三原屋に戻り、小夜は外の感想などを梅乃や古峰に話している。

 「やっぱり吉原が落ち着くけど、たまに外の空気も良いもんだね~」

 小夜はウキウキで話していると


 「そ そうなんだね……梅乃ちゃんも違いはあった?」


 「いや……誘拐だったから景色を楽しめる余裕がなくて……」

 梅乃が苦笑いでいると、古峰も苦笑いになっていく。



 「あのね…… 帰って来るとき、吉原に花魁のような格好の妓女がいたの! でも、どこの見世か分からなくてさ……」 小夜が説明すると、



 「葉蝉花魁じゃないの?」 梅乃にはそれしか頭に浮ばず


 「葉蝉花魁なら、顔で分かるじゃない」



 そして三人が悩んでいると、岡田がやってくる。

 「梅乃、診察だ。 行こう」 


 梅乃は支度をし、岡田と三原屋を出ていく。



 「う 梅乃ちゃんは医者になるのか遣り手になるのか……」 古峰がボソッと呟く。



 「こんにちは~」 梅乃が元気に挨拶をする。 この日、中見世からの依頼だった。


 「あぁ、すまないね…… 今回は梅毒の検査をお願いしたいんだ」 中見世の主人はニコニコしながら話す。


 「ここ最近で梅毒になった人はいますか?」 梅乃が主人に問診していくと、 岡田は見世の中をキョロキョロしていた。


  “クンクン……” 岡田が何かの匂いを感じると、

 「主人、何か匂わないか?」 


 「いえ、いつも香を焚いていますので その匂いかと……」



 梅乃は黙って問診票となるものを書いているが、岡田の言葉で鼻に意識を集める。


 「やっぱり何か匂いますね……」 梅乃が主人を睨むと

 「そうでしょうか?」 主人は鼻を動かしている。



 「これは腐臭じゃないのか?」 岡田が聞くと、

 「そんなことは……」


 その後、梅毒の検査をして二人が出て行くと

 「何か隠していますよね……」 梅乃が呟く。 岡田は何かを考えながら歩いていく。


 そして三原屋に戻ってくると、梅乃が匂いを確かめる。

  “クンクン……”


 「どうしたんだい?」 采が訊くと

 「さっき行った妓楼、変な匂いがしてさ……」


 「変な匂い? もしかして、鼻に刺さるような匂いかい?」

 「そう…… なんか嫌な臭いだった」 梅乃は目を伏せる。


 「まだやってたのか……」 采が息を落とすと

 「まだ? 何かあるの?」 梅乃が言うと、岡田も寄ってくる。



 「こんな商売だろ。 子を孕んだまま仕事をさせる妓楼もあるんだ…… そしてギリギリまで働いて、妓女は出産するが育てられないから押し入れに入れたまま殺してしまうんだよ…… その腐敗臭じゃないのかな」


 采の話を聞いて、梅乃は顔が青ざめてしまう。

 (普通なら浄閑寺に置いていくか、売りにだすのに……)



 吉原では亡骸は浄閑寺に投げ捨てていく。 これは子供であっても例外ではない。 江戸の中期であれば出産して七歳を迎えられる子供は三割程度と言われていた。


 それもあり、七五三という祝いまで出来たほどだ。



 吉原という特別な場所に拾われた梅乃と小夜が珍しいくらいなのだ。


 「お婆…… 本当に感謝しています」 梅乃は采に抱きついた。


 「な なんだい― いきなり……」 采は苦笑いになる。



 「梅乃、来たよ」 慌てて小夜が飛び込んでくると

 「来たって、誰が?」 「早く―」 小夜は梅乃の手を引いて走っていく。



 「ほら、あの人……」 小夜が指さす方向には、花魁さながらの衣装で歩いている妓女がいた。


 (見たことのない妓女だ……)



 それから梅乃と小夜は、その花魁のような妓女を追っていく。

 (こうやって私も誘拐されたんだろうな……) コソコソと後を付ける梅乃は、過去の苦い思い出を掘り起こしてしまっている。



 そして妓女が辿り着いた場所は『花菱はなびしろう』という中見世であった。


 「花菱楼……」 梅乃が看板を読むと

 「もしかして……」 小夜が驚いた顔をする。


 それは小夜の初恋の相手、本多ほんだ 喜八郎きはちろうの父親が出した見世だからだ。



 小夜が喜八郎に会った時、見世を探している時だった。 その後、小松屋が大見世に移った場所に花菱楼が入ったのを思い出していた。


 「やっぱり喜八郎さんの見世だったんだ……」 小夜は感慨深そうに見ていると


 「あれ、久しぶりだね。 小夜ちゃん……」 

 「あっ、喜八郎さん……」 小夜の顔が赤くなる。



 「こちらの男の子は?」 喜八郎が訊くと

 (ムッ……) 梅乃の顔が厳しくなる。 段々と髪は伸びてきたが、まだ男の子と思われてしまうようだ。


 「コッチは梅乃。 女の子で、私と双子のように育ったの」

 小夜が説明すると、喜八郎は驚き


 「それは申し訳ない。 髪が短いから男の子だと思って……」


 一生懸命、謝る喜八郎に (誠実そうだな…… だから小夜が好きになったんだな……) 梅乃にも好印象だったようだ。



 「じゃ、せっかくだから小夜とゆっくりしてて……」 梅乃は気を利かせて走っていく。


 「あれ、梅乃って名前…… 聞いた事あるような?」 喜八郎が言うと、


 「あはは、梅乃は有名人だからね。 問題ばかりで困っちゃうんだ」 小夜は笑って話す。



 それから小夜は、喜八郎と談笑してから帰ってきた。

 「小夜……ちょっと来な」 早速、采の声が掛かると 「どうしましたか?」 遣り手の前のチョコンと座る。



 「お前、中見世の花菱楼の子供ガキと仲が良いそうだね。 少しずつでいい、拾ってきてくれないかい?」


 采の言葉に断れる訳もなく、小夜は黙って頷いた。



 翌日、小夜は中見世のあたりをウロウロする。 采の言いつけ通り、情報を拾う為である。


 (喜八郎さん、来ないかな……)

 小夜は外行き用の白い化粧帯を着けていた。



 小夜の目に飛び込んできたのは花魁姿をした妓女だ。


 (あの人……) 小夜は気になって妓女を尾行しだす。

 妓女は吉原大門に向かい、キョロキョロして折り返す。 これを数度やっていた。


 (なんでウロウロしているだけなんだろう……)


 小夜は三原屋に戻り、采に報告をすると

 「何? まさか……」 采は地図を取り出し、吉原の物件を細かくチェックしていく。


 「あった……」 采が声をあげると、 “ビクッ―” 小夜は肩をすくめる。


 「どうしたの、お婆……?」 小夜がキョトンとすると

 「小夜、花菱楼が大見世に乗り出してくるかもしれない。 いつ頃か探っておいで」 小夜は黙って頷いた。



 (こうして梅乃は、お婆から任務を貰っていたのね。 私も同じように評価されたのかしら?)


 翌朝、小夜は張り切っていた。 ただ、自分だけの任務と思って内容を梅乃や古峰にも話さなかったのだ。



 「さ 小夜ちゃん、出掛けるの?」 古峰が訊くと、

 「古峰……私は禿の班長として重要な任務を負ったのよ。 梅乃はどこに行ったの?」


 「う 梅乃ちゃんなら、いつも通りにウロウロしに行ったよ」

 (梅乃と鉢合わせにならないようにしなきゃ……) 小夜は立派にスパイ気取りだった。



 そして仲の町、千堂屋の二階を借りて様子を探る。 しかし、派手な妓女は現れない……


 (小夜ちゃん、一時間も何しているのかしら……) 怪しい行動に野菊は心配になっていた。



 そして、派手な妓女が仲の町に現れると小夜は勢いよく千堂屋を飛び出していき


  “コソコソ……” 遠くから妓女を見つめている。


 「姐さん! 綺麗ですね~」 そこには梅乃が笑顔で話しかけている。


 (何しているのよ? 危険―) 小夜が慌てて走り出す。

 「姐さん、花菱楼にいますよね? いつ引っ越すのです?」 梅乃が妓女に訊くと


 (ストレートッ!) 小夜は調べる任務を与えられ、極秘で遂行しようとしたが梅乃がハッキリと言ってしまったことに驚く。



 「来月なのよ。 まだ私は宣伝係なの」


 (返事もストレートッ!) 小夜は極秘だと思っていたことが、まったくのオープンであることに落胆してしまう。


 「姐さんは綺麗ですから、すぐに花魁ですね」 

 「あら、嬉しいことを。 貴女はどこの禿なの?」

 「はい。 三原屋の梅乃といいます」 梅乃が名乗ると



 「私は小町っていうんだ。 よろしくね」 そう言って、派手な衣装の小町は大門に歩いていく。



 「んっ? 小夜…… いつからいたの?」

 「あぁ、結構前から……」


 落胆した小夜が肩を落としたまま動かずにいると、

 (どうした?) 梅乃はキョトンとしている。



 そして、小夜が梅乃に事情を話すと

 「それで尾行をしていたって訳ね……」 


 小夜の探偵物語で笑いあった二人がいた。


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