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断層世界のパラノイア  作者: くるい
第八章 災厄の想い、消滅の残香編
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八十九話 彼女と交わした約束を

 ぱちり、と。


 固く、固く。閉ざされていた憐華さんの瞼が、大きく見開かれた。

 その瞳は呆けたように辺りを見回し、見回し。最後に僕と目が合った。

 リセルさんが彼女から両手を離す。

 彼女は視線を下にやり、両手を握って開いて少し止まる。


 ああ。憐華さんが目を閉じていたのは、こういうことか。


 僕は“彼女”が再びこちらを見たのと同時――言葉を放った。


「……逢いたかった」


 選ぶ必要はなく、反射的に出た――そんな台詞だった。

 ずっと。


 ずっとだ。

 姿形は確かに憐華さんのものだ。幻覚を見せられていたのか、それとも幻惑にでも魅せられていたのかは知らないけど、今はそれが一切ない。

 けれども、身体は憐華さんのものだと分かってはいるのだけれど。僕は、彼女を感じていた。


 ずっと。

 この時を待っていたのだろうと、思う。そんな場合じゃないけど。

 そんな場合じゃないからこそ、こうして思うのかな。

 ――また直ぐ別れてしまうから、かな。


 もう二度と会えないからかもしれないから、かな。


 どうだろう。

 分からない。

 理解したくもない。

 けれども、覚悟はしている。


 さて。もう一言贈ろう。


「逢いたかったよ――ルリさん」


 言いたいことは沢山ある。感謝の言葉も説教したい言葉も謝罪したい言葉も大量にあるけれど。

 今は、これだけ言いたい。


 彼女は微笑んだ。


「――律樹さん。――はい、私も……私も。逢いたかったですよ、ずっと……」


 それは、良かった。


「――」


 しかし。

 何でだろう。

 らしくもない。これから重要な話をするってんのに、視界がよくない。ルリさんが、ぼやけて見えている。

 あれ。


 自分が涙を流していることに気付くには、少し時間が掛かった。

 ああ、恥ずかしいな。情けない。こんなところで泣いてる場合じゃないのに。


 まだ、終わってないんだから。

 ――もう涙は流せないって? 流す前に終わるって?


 さあ。

 知らないよ、そんなのは。


 でも、今は泣くわけにはいかない。ただ、喜んでいたいから。涙は必要ない。

 僕は袖に涙を染み込ませ、拭う。視界が開け、ルリさんはすぐ側まで来ていた。


「やっぱり。律樹さんは……律樹さんでしたね」

「僕は、いつも僕ですよ」

「分かっています。憐華さんにも言われたのですけどね……私が何をしても、駄目だと言っていました。律樹さんの記憶を消そうと封印しようと、私のことを忘れさせようとしても、最後には私の前にこうして現れると」

「当然だよ」

「……どうしてですか」

「今更、どうしても何もないだろうに」


 彼女の言いたいことは分かる。でも、言われる覚えはないな。

 ――そろそろ、本題に入らないと。


「ルリさん、どこまで記憶がはっきりしてる?」

「全て覚えています」

「なら話が早い。今、再び強制的に覚醒させたところなんだけど……ここ僕がいるってことは、大体事情は掴めてると思う」

「私の目的を止めたい、ということですか」

「そのつもり、だったんだけどね」


 お互いがお互いを差し出し合う。

 それは即ち信頼だ。言い換えれば自分の背中を任せるようなもの――僕とルリさんは、今までそれができていなかった。


 お互いが自分勝手にお互いを守ろうとするあまり――常に空回りが生じていた。

 僕は彼女に背中を守らせず、僕だけが彼女を守る側になろうとした。

 彼女も僕に背中を守らせず、彼女だけが僕を守る側になろうとした。


 それでは、いけない。それでは二人ともがら空きで無防備なまま、何も守ることができなかった。

 だからね。


 たまにはお互いを差し出してみようじゃないか。

 自分勝手にではなく、互いを。


「僕はてっきり、ルリさんがもっとやばいことするつもりでいたと思ってたんだよ」

「具体的には、なんですか?」

「歴史そのものを無かったことにしたり、僕たち全員を元の世界に還したり……とにかく、今ある状況を全部ぶっ壊そうとしていたのかと」

「そこまでする力は、残ってません」

「でも、レイジやエクサルも僕と似たようなことを考えてたみたいだけどね。だからルリさんは命を狙われている」


 根本的には似たようなもので、勘違いしてもおかしくないことをやっているのは確かだ。


「まぁ、憐華さんから話を聞いて僕は納得したよ。“ああ、そうなんだ”って。あなたの言っていた言葉の全てを理解した時、そう思った」


 ルリさんが何を考えているのかなんて。

 分かり切っていた。

 僕だって逆の立場で同じような状況になったら、そうしていたのかもしれない……う、ちょっとそれはそれで気持ち悪いな。

 想像したくもない。


「でも。そうは言っても、ルリさんは“僕だけは元の世界に戻そう”としていた」

「――彼女が、そう?」

「いやいや、んなこと誰に言われなくたって分かるよ。他人事のように話すのは悪いけどさ、憐華さんの身体を借りたルリさんに一目惚れした僕は、元は“憐華さん”に惚れていた男だからね。ルリさんはきっとこう勘違いをしたんだろう。本当は私ではなく、“憐華さん”の方に惚れ続けていただけなんだ、と」

「……っ」


 それが当たり前だよ。僕が憐華さんに気付かなくても、それが憐華さんのものだったからこそ僕が引き寄せられたんだ――と、そう考えるのは当然だ。誰でも自然にその考えに行き着くだろう。


「でもね、僕は確信したよ。憐華さんからルリさんへと変貌するその姿を目の当たりにして――はっきりと“そうじゃない”と言える」


 あの女には何度も言われていた。

 僕はどっちが好きなんだと。


 正直、あの時の僕に答えは出せなかった。

 確信がなかったから。


 でも今なら迷うことなく言える。

 言わなければならない。


「あのさ……これから恥ずかしいこと言うから、しっかり聞いて欲しい」

「はい」

「僕はルリさんが好きだ」


 あれ、なんかそんなに恥ずかしくないぞ。――今更、ってやつ? そうかもしれない。

 じゃあ行くところまで言ってしまおうか。


「僕が好きなのはルリさんだ。その他の誰でもない、ルリさんが好きなんだ。だからもう、僕の記憶を抹消したり、僕と距離を取ったり、自分に気持ちが向けられてないとか、思わなくていい。僕は君が好きだ」

「な、何度言うんですか」

「何度でも」


 即答してみせる。

 柄にもなく、ルリさんは押し黙って――僅かに顔を紅潮させた。

 何それ可愛い。


「ルリさん。お願いがある」

「は、はい。なんでしょう」


 僕は言う。


「あ、その前に情けないこと言っていい? 弱音吐きたいんだけどさ」

「堂々とし過ぎているのが逆に恐ろしいですね。新手の甘えん坊ですか?」


 そこで突っ込まないでくれグリーフさん。


「正直どうしていいのか分からないんだよね。エクサルもレイジも頑張って説得したんだけど、駄目だったよ。どうしてもルリさんを殺そうとしている。それを平和的に止める方法が見つからない」


 平和的な解決ができなければ、どうしろってんだけど。僕には彼女達をどう“納得”させるか困っている。

 迷ってはいないけど。


「でもまあ、最後まで僕のすることは変わらないよ。どうあれ、何度だって彼女達を説得することしかできない。今回も、そうするつもりだからね」


 レイジが襲ってきた時、僕は同じように働きかけるけれど。彼女が止まってくれるとは思わない。


「そこで、お願いがあるんだけど……ルリさん、“最終準備”ってのはどの程度終わってたりするかな」

「構成の段階は終了しています。後は、それを行使するための力が必要です」

「アリシーと一緒にやったことは聞いてる。時間はどのくらい掛かりそう?」

「万全を期するのであれば、やはり数年は欲しいところですけど……ええ、そうですね。短縮するために、あれを張ったのです。いつでも、作動はできます」


 そのための、増幅術式――か。


「了解。で、ここからがお願いになるのかな」


 前提を覆すことになる、それもいい。

 それでいい。

 そのくらいしなきゃ、止まらない段階にある。


「ルリさんのやろうとしていた目的、やりたかったらやっちゃっていいよ」


 騒然とした。誰もが視線を僕に送り、ルリさんまでもが絶句した様子で僕を見つめている。

 お前は何しに私を呼びだしたんだと言われているみたいだ。何のためにここまでやってきたんだと非難されているみたいだ。


「でもそれには一つだけ“条件”があるんだ。僕はこれからレイジとエクサルを説得してもう一度止めに入る」


 そのためにはどんな手段も厭わない。

 何をしようとも構わない。

 彼女達が止まろうとしないのであれば、止めざるを得ないって状況を少しでも増やしてやろうじゃないか。


「で、もしも僕が説得に失敗して、彼女達を止められないのであれば――」


 ルリさんに全部任せるよ。でもそれまでは僕に全てを任せてくれ、と。

 そう告げた。


「つまり……抑止力ですか」

「そんな綺麗な言葉じゃないよ。もっと汚い……そうだね、脅しってやつだ」


 まぁ。

 ルリさんに“禁術”を使われたくなければ、ここで退け――とは。破綻にもほどがあるやり口だ。

 あと諸刃の剣にもほどがある。というか、そうするためには前提条件として僕がルリさんを支配化に置いていることが必須なのだが――その説明をあの二人にしたって、聞く耳は持たないだろう。


 じゃあ最初からしなければいい。端っから脅して掛かる。

 これが、僕の考えた破綻だらけの最後の策。


 聡い彼女達なら僕の目論みに気付くはずだ。そしてその上で――選択しなければならなくなる。

 僕を完全にぶっ倒し、禁術が発動される前にルリさんを消し去り、予定通り無理矢理にでも連鎖を断ち切るのか。

 そこで完全に手を退き、ルリさんが“禁術”を使用しない可能性に懸けるのか。


 僕を倒せば“禁術”は解き放たれる。倒さなければ未来永劫何も起きることはない。

 彼女達はこれにより、考えざるを得なくなる。


 ルリさんを止める方法を一つしか知らなかった彼女達は、それによって選択肢を得る。

 まぁ……たったそれだけだが、他に何も方法が思い付かなかったんだ。


「ルリさん、どうかな」

「律樹さん、それだと少し足りないです」

「え?」


 ルリさんは少しだけ落ち着きを取り戻したみたいで、僕のとんでも爆弾発言を咀嚼してからそう返してくる。

 足りない、とは。


 ルリさんはグリーフを見やった。


「律樹さんが説得した後――私が何もしなければ、彼女達はいずれ“存在ごと消滅してしまいます”。なので、どうあったとしても私に助けさせて下さい」


 ――限界、か。


 僕が最初にそれに気付いたのは、メリーさんの存在そのものを覗いた時だったか。

 メリーさんは、僕のようにひび割れていて、全身が砕けて消えてしまいそうなほどに儚かった。

 エステも悟っていたし、グリーフも限界という言葉を口にしていた。


 そう。エクサルもレイジもグリーフも、感情を司る禁術の塊が人の形を取っているだけの概念生命体――だと、レイジは言っていた。

 存在していられる時間にも限界がある。

 力を使い過ぎれば消えて無くなる。

 このまま放置していれば、いずれ起きてしまう。

 それが彼女達の寿命。


 それだけは取り払わせてくれ、と。

 ルリさんは願う。


 だが、それは僕が判断していいことじゃない。


「……だそうですけど。グリーフさん、あなたはどう思いますか?」

「不愉快ですね」


 ほとんどノータイムで切り返したグリーフさんは、冷徹な視線をルリさんへ浴びせている。ほとんど冷えた、悲哀の瞳を。


「私はあなたですが、あなたは私ではありません。そのあなたが自らを削り、あなたの一部を“個”にして切り離してしまうというのは些か頂けませんね。律樹さん――彼の見解では私も人に含まれるようですが、私は人ではないのですよ。レイジは概念生命体などと揶揄して遊んでいましたが、私は私のことを生命体などとは表現できません。亡霊、精神体がいいところです」

「……」


 ルリさんはグリーフと見つめ合ったまま、開き掛けた口を閉ざす。


「その精神体であるところの私は、あなたには不愉快さしか感じられません。自分を自分でないものに切り離すことがどれほどの所業なのかを――考えたことはありますか?」

「……でも、あなたにも、大切だと言える人がいるのでしょう」

「いますが、関係はありません。自分と切り離して私を生き永らえさせる、その発想。もう少し別の意味に思考を費やしたことはなかったのですか? たとえば“私達の存在そのものを否定する行為”だとさえも」

「……」

「私達が産まれてきた意味などありません。ただの禁術の副産物ですから、それは当然です。しかし私達はずっと、存在する意味を感情に従って探し求めていました、無意識ですけれどね――しかし、あなたは私達を切り離すことによって、私達の意味も存在も、全てを否定して消し去ろうとしている。それによって後の世を漂うなど、恥そのものですよ。レイジとエクサルがあなたを消し去ろうとする理由が痛いほど分かりますね」


 グリーフは感情的になることもなく、淡々と静かに言葉を紡いでいく。感情は込められているのだろうが、それすら気取らせないような口調で。


「決めるのはあなたなので、これ以上とやかくは言いません。しかし、そうするのであればそうするだけの理由や覚悟があるでしょう。ただの罪滅ぼしといった気分で行うのであれば、先に言っておきます。私達をこの世に切り離すことは、罪を滅ぼすどころか重ねるのだということを覚えておいて下さい」

「罪滅ぼしのためではありません。それだけは確かです」

「――ふふ。そうですか。そうでしたら、何も問題はないのです。私に限ってはの話ですけれど」


 青い髪が、ゆらりと揺れた。グリーフは満足げに言って、後ろへ下がる。

 本当に、それで満足そうだった。ルリさんは具体的なことを言わなかったのに、グリーフはそれ以上喋る気は毛頭ないようだ。

 見た感じ愉快そうではなかったが、少なくとも不愉快そうな感情はどこにも見て取れなかった。


「……分かったよ。全部終わったら、そこんところはルリさんに任せるよ。けど、ルリさんが“居なくなるようなことは”あってはならないよ」

「はい、律樹さん」


 ――僕としたって。

 グリーフも、メリーさんも。オマケにレイジも入れてやっていい――消えて欲しいだなんて、思ってないさ。だから、断ることはしないでおく。彼女達がいなくなることで起きる損害ってのは、非常に大きいだろうし……何より、悲しいから。


「ルリさん。強制的に覚醒させてしまったのは、謝るよ。後どの程度なら持ちそう? ルリさんの状態は」

「彼女に負担を与えてしまっていますが……あと一日、です。それ以上は持ちませんし、私が自分の意志で眠ることも叶いません」

「それは、“最終準備”を行った地に行けば変わるものなの?」

「ええ。そのための準備でもありますから」

「では――」


 ごうん、と。

 空間に亀裂が入って、立っていられないほどの衝撃が地を穿つ。即座に戦闘体勢へと移行し、僕は叫んだ。


「ルリさん、“そこ”へ急げ!」

「分かりました!」


 現在、空間で待機しているのは僕、グリーフ、竹内、リセルさん、憐華さんの身体を借りたルリさん。その内非戦闘要員はリセルさんだが、彼女は僕らよりも一足先に察知したのか、それほど動揺はしていない。


 グリーフは悲哀を解放し、竹内も右腕を構えてその方向へ鬼気を洩らしている。

 ルリさんは一早くそこへ向かうために“災厄”を展開し――。


「ほう……“貴様”か。逃がすわけがないじゃろう」


 その背後を貫かんと、真っ赤なブレスが天から落とされた。

 目を見開いてそちらへ視線をやれば、地獄のような、溶岩のような色をした龍が一直線に降ってくるところだった。


「――【デスパイア】――!」


 僕らを覆い尽くさんばかりの巨大な翼を天に広げ、圧倒的力を内包された龍は咆哮した。仇敵を見つけ、歓喜するような絶叫。耳をつんざき、大地へ降り立った。


「ようやく――ようやくじゃな――アヤクスィダントよ」

「レイジ!」


 邪魔をさせるわけにはいかない。

 僕は全身に雷を纏い、ルリさんの眼前に立ちはだかるレイジの前に躍り出た。


 ったく、なんつうタイミングだよ。馬鹿。

 普通こんなぎりぎりの展開で出てくるか?


「ルリさん」

「律樹さん――」

「僕がなんとかする。言っただろう、僕がなんとかするって、僕に任せてくれって」


 一緒に戦ってくれようとしたルリさんを右腕で制し、僕はレイジを睨む。

 ルリさんは戸惑ってはいたものの、少しの空白の後に踵を返して遠くへ離れていった。それをレイジは追わない。

 僕はその間も蓄積し続けていた雷の全てを纏い、レイジへと向かう。こんだけ全力を注いでも全く勝ち目がない相手――レイジ。


 今のやり取りは好都合だったのかもな。


「貴様、アヤクスィダントと何かを“交わした”な」

「ええ、とある約束を交わしましてね」


 話が早くて助かるよ。

 僕は自分の胸を、強く強く、右手で押さえる。心臓が痛い。短期間に無理噛まし過ぎてるのが大分来ているな……。


「レイジ。もう一度聞ききます。ここで退いてはくれませんかね?」

「貴様の死をもって、答えとしよう」


 大量の憤怒を現出したレイジ。その背後に構える紅蓮の龍。

 僕は不敵に笑う。勝ち目などないのに、笑う。


「そうですか。ですが、僕はルリさんととある“約束をしていましてね”?」


 僕は言う。


「僕があなた達を説得できないようなら――“禁術”を使っちまえって、そう許可してあるんですよね。なので、ここで僕と戦うのなら禁術は作動します。戦わないのなら、作動しません。そういう約束です」

「ふん。成る程、成る程――貴様、随分と笑わせてくれる――」


 憤怒がレイジの背後で数十の尾を形造る。赤黒い、それら一つ一つが獰猛で凶悪な力の塊だ。同じような真っ赤な衣と併せて様になっており、中心を堂々と流れる漆黒の長髪が異彩を放つ。

 そいつの尖った赤の瞳が、僕を見据えて――憎たらしそうに、笑みを浮かべた。


「そのようなこと、させるわけがないじゃろう」

「――!」


 レイジの異常なまでの余裕。それに気付いた時には、もう遅かった。

 そうか。だから、レイジは――。


 僕の背後で、“狂喜”が爆ぜた。レイジに注視しなければいけないために後ろ向くことは叶わないが、それが何によるものなのかは最早見る必要さえなかった。


 身体の芯まで突き刺さるような、狂喜。そんな力を所有する人物など、この世に一人しか存在しない。


「まさか、共闘――? んな馬鹿な」


 ――だからルリさんが逃げても、僕が脅しを掛けても、一切の動揺をもなくそこから動かなかったのか。

 メリーさん――エクサル。彼女もまた、この空間に侵入してきた。


 いとも容易くあっさり空間に干渉してきて、【ローンギング】の咆哮が天と地を裂く。


「共闘? さて、どうじゃろうな。たまたま時期が被っただけだ――で、どうする? 律樹よ。貴様はこの状況でどう“禁術を発動”させると申すのじゃ?」

「……っは」


 戦力確認。


 僕陣営。

 僕。

 グリーフ。

 竹内。


 敵陣営。

 レイジ。

 デスパイア。

 エクサル。

 ローンギング。


 数でも個々の能力ですらも、負けている。質も量も何もかもが負けていて、しかも僕らはリセルさんとルリさんを戦禍から守り逃がしてやらねばならない。

 最低な状況だ。今までで何度も最低な状況には遭ってきたつもりでいるが、ここまで最低なのは初めてだ。

 レイジだけでも無理だってんのに。戦力のバランスすらも、崩れている。


 そうだとしても、やるしかなかった。少なくともルリさんが逃走するだけの時間は稼がなければならない。

 そうでなくては、脅しも交渉もクソもあったもんじゃないのだから。


「どうするもこうするもないでしょう、レイジ――僕は、あなたたちをきっと」


 止めてみせる。

 そうじゃなくちゃいけない。

 そうでなくてはならない。

 そうしなければ、いけない。


「――【レイジ】」


 レイジはその詞を言い放つ。自らを解放するための文言、自らの禁術そのものの名を、吐いて。

 憤怒が、解き放たれた。

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