九十話 勝ち目など
レイジからしてみれば、僕がどう対抗してこようが関係なかったのだ。
既にルリさんを消し去る準備は完了していて――見つけさえすれば、禁術など“使わせない”から。
僕の脅しは全く意味を成さない。
「でも逃げるくらいなら――」
隔離空間内部では、二つの色が暴れ回っていた。原色のペンキでもぶち撒けたように、僕の側では赤色が。背後のグリーフ達には紫色が。
どちらも禁術龍を使役し、ここで終わらせんとしている。
僕は右脚部に力と雷を込め、横っ飛びにレイジから離れた。
「どこに逃げておる」
「――!」
レイジの声は、左から聞こえてきた。
なんだ、今のは。まずいぞ。
身体を回転させて地を蹴り、今度は逆へと後退して距離を取る。取ったはずが、後ろから僕の首へと伸びる腕があった。雷で焼き切ろうとしたが、超速再生する腕はそのまま――僕の首を、締め上げた。
「……っがぁ――!」
「根本的なところを勘違いしているようじゃな」
これでも、全力で逃走したんだぞ。この前だってそれで逃げ切れたはずだが――僕の警戒網と速度を超えて、割り込んでくるなど。
「貴様がかろうじて妾と戦えていたのは、妾がグリーフとの戦闘で少なからずダメージを受けていたから、というのを忘れてはならんぞ?」
それでも、だ。
忘れてなんかいないさ。レイジが僕と戦う前にグリーフと戦っていたことくらい、お陰で付いていけてたことくらいは――しかし、この差は。
異常だ。
一体どれほどの代償を支払えば――そこまでの力を、手にすることができるんだ。レイジ、お前は一体どれだけの代償と引き替えに、力を手にした。
「させませんよ」
濃密に漂う憤怒に、青い、青い、悲哀が紛れ込むのは、同時のことだった。
景色が変貌し、解放された僕は重力に従って地面に頭を打ち付ける。自由になった肺に酸素を取り込み、顔を上げる。
ここは。
「そ、と」
「あの場が私の制御下にあることを忘れて貰っては困りますね」
岩壁に囲まれた大自然の地形、そこに僕達は居た。いつの間にか、レイジもメリーさんもいない。
そうか、隔離空間を使って……自分達だけ移動してきたのか。
満身創痍ではあるが、全員無事――リセルさんが、いない。
「安心して下さい、彼女は町に置いていきました」
「そう、ですか」
「もう追い付かれます。下がってください」
グリーフは悲哀を僕達の周囲まで展開し、町の方面を睨む。そこから、ぱりんと空間を破壊するような音を鳴らして二人の姿が飛び出してきた。
レイジ。
メリーさん。
それに禍々しい二体の龍。
共闘なんてしていてもしていなくても、状況は絶望的なことには変わりなかった。
「よう、律樹」
「……エステも来ていたんだね」
その更に後ろから、あまり乗り気ではなさそうな様子で歩いて来たのは――エステ。正直言って今の僕でも勝てる気はしない、そんな相手だった。
さっきの空間内にはいなかったみたいだが。
「今回、彼女の意見には否定的だったみたいだけど……どうやら僕に協力してくれるわけでもないみたいだね」
「悪いな。エクサルの悲願は叶えてやりてぇんだよ。例えそれがどんな願いでもな」
「……」
メリーさんの思いを変えることができなかったから、彼はこうして敵に回っている。なら、もう説得なんざできなさそうだ。
「今にして思えば、随分と仲良くなったもんだよ……本当に」
「そうだな」
雷を再展開する。立ち回りとしては前回グリーフをサポートしたような位置でいいのだろうが、果たしてどうやって場を切り抜ける?
と、思考を巡らせようとしたところで。
「仕方ありませんね。私も戦いましょう」
「……ルリさん? だけど、あなたは――」
グリーフと同じく、僕と竹内を守るようにして“災厄”を生み出したルリさん。彼女の眼光は、確かな覚悟を決めていた。
「この面子を相手に、逃げられる可能性は限りなくゼロに等しいですよ。それに、私だけ逃げようとは――思いません。いいですね、“グリーフ”」
「……ふふ。仕方ありませんね、分かりました」
「グリーフさん」
「律樹さん、あなたには彼をお願いします。こちらは三人で、向こうの二人を食い止めますから」
「――分かりました」
最悪の状況、か。僕は意識をエステの動向に移し、深呼吸をする。
数年前に起こしたあの戦いと、状況はほぼ一緒。
前よりも更に悪くなったと言えようものの、今回の勝利条件はまた違う。
グリーフは確かに僕に伝えて来た。“なるべく時間を稼いで下さい”と。それは言葉にさえしなかったものだが、意図と意志だけは伝わった。
とにかく今は、全員が無事でなければならない。しかしその中でも、とにかくルリさんだけはあの地へ逃がさなければならない。
グリーフもルリさんも一言だって説明はしなかったが、僕は瞬時に理解した。
――その考えが正しければ、今目の前に居るルリさんは“ルリさん”ではないのだと。
その正体は、幻惑を掛けて自らをルリさんとしている憐華さんだ。恐らくルリさん本体は最低限活動可能程度の――微量の災厄だけを持って、既に魂だけの姿でそこへ向かっている。“最終準備”を仕掛けた荒野へと。僕たちが戦った、ラプスが出現した、因縁の地へと。
そのために時間を稼ぐ。今のルリさんが直接狙われたらたまったもんじゃない。
「“ルリさん”、グリーフさん、竹内さん、そっちは任せます」
だからわざわざそう言って、僕はエステと向き合った。
「悪いけど手加減はできねぇぞ」
「こっちの台詞でもあるよ」
何も守るものがないと分かれば、それはそれで力のセーブをする必要も懸念もない。
少なくとも十分は、持ちこたえてみせよう。できればその間にエステは倒しておきたいが――夢物語は、言ってられない。
「悪いけど、以前のようにはいかないと思って欲しいね」
「テメェ、何年前の俺に言っていやがる」
それもそうだ。
グリーフと“ルリさん”が力を解放するのに合わせて――僕は、エステと衝突した。
制限時間は十分。
それ以上が経過してしまえば僕は弱体化してしまい、エステを打ち負かせることはできなくなる。
脳と電気をリンクさせた状態から早五分。
僕とエステはほぼほぼ互角の戦いを繰り広げていた。
「本当に言葉だけでもねぇみてぇだな!」
戦意を極限まで高め、精神が高揚したエステは叫ぶ。流れるように拳での乱打を放ってきて、僕はそれを受け流しつつ反撃の機会を窺う。
彼に隙は見られない。
ここまで感覚を鋭敏化させた僕と渡り合う時点でふざけた身体能力だが、彼はとにかく冷静だった。
ただ打ち込んでくるのではなく、僕の防御の薄いところを的確に突いてくる。こちらの動きも常に先読みしているのか、どうにも攻めには転じられずにいた。
彼が爆弾を所持していれば雷で起爆してやろうとも思ったが、どうやらその手の類の小道具は置いてきたようで。
そりゃ僕相手に爆弾が通じないのが分かっていたら置いてくるのも当然か。
こっちの動きが制限付きなことを考えれば、互角というよりは押されているってのが正しいのかもしれなかった。
まぁ、グリーフやルリさんから徐々に戦闘の距離は離している。そろそろ、攻めのタイミングもやってきそうだ。
「何をすればそんなに頑丈になるんだろうね、エステ」
攻防の中、そう吐いて彼の繰り出す拳を右腕で外側へと弾く。
通常なら。
雷を這わせた腕で反撃され、あまつさえそれが直撃したのならば逆に攻撃を仕掛けた部位が吹っ飛ぶようなものなのに――それほどの威力を加えているのに、エステの拳には傷一つ付いてはいなかった。
頑丈なのは昔から知っていたが、今やそれに拍車が掛かっているようだ。
最早、頑丈なんて言葉が生易しく感じられる。
だが、特別雷に耐性を持っているわけではなさそうだからちゃんと痛みは発生してそうなもんだけど。その程度じゃ意にも介さない、か。
僕は一旦後方へ飛び、岩壁に片足を付けて留まった。エステは僕を追ってくるようなこともせず、その場で構えを取る。
「このくらい距離離れてりゃ、思う存分戦えんのか?」
「あ……なんだ、気付いてるならそう言ってくれよ」
「ああ? 俺はそこまで親切じゃねぇ」
まぁ、一アクション起こす度に戦闘区域から距離を離していったんだ。それで気付けないのは、よっぽど頭に血が昇ったとか冷静じゃなくなったとかくらいのもんか。
ここならやれる。
制限時間は後半分以下。四分か三分……まぁ、いい。
「気付いていながら僕の思惑に乗ってくるんだ。充分に親切だよ、エステ」
僕は雷を迸らせ――エステをも覆うような距離まで、一気に雷を展開させた。
「……へぇ」
相手がレイジやメリーさんじゃできなかったことだ。雷で満たされた空間、エステは納得したように一人静かに頷く。びりびりと肌を刺す電気から、展開されているだけの雷の量にも気付いたことだろう。
こんなもの、戦場のど真ん中で発生させても壊されるだけだったから、使えないのだ。特にさっき挙げた二人が居ては一瞬でこの空間を壊されてしまうし、仲間にも邪魔な代物だけだからな。
「あん時と同じ、とは思わねぇ方がいいみたいだな」
「誘いに乗ってくれたエステに一つ教えようか。僕が今やってることは、エクサルが狂喜を漂わせているのと一緒みたいなもんだよ」
直接的な攻撃の用途というより、反応と感覚強化の意味合いが強いのだけど。
こんなものを堂々と展開しても彼女達なら容易く破ってくるだろうが……エステ、お前は破壊する術を持っちゃいない。形という形を持っていない電気を乱して破壊するには例え持っていようが爆弾では役不足だ。
それこそメリーさんやレイジが持つような禁術クラスの塊でも持っていれば話は変わるのだが、それは今【ローンギング】を使役していないエステにはないものだ。
彼がいくら頑丈で身体能力や肉弾戦の技術が高かろうと、そういった技を持ってなければ看破はできても破るには至らない。
「あんま時間ないし、話は終わり――ごめん、恨みはないよ」
「気が早いな、りつ――」
時間がないのは本当だ。稼ぐといってもこれを発動させた以上、僕はそんなに長くない。だったら戦力の一つでももがなきゃ話にならないだろう。
エステの背後へと回り込み、気配を隠す。一本、電磁砲用に仕込んでいた針を取り出した。
エステは気配の消えた僕を見失い、注意を辺りへと変更している。
僕は最大出力で、電磁砲を撃ち出した。
電気によって加速を得た針は、絶大な威力と突破力で獲物を貫く。そのまま進めば、砕くのはエステの右肩。肩胛骨を砕き、貫通――。
「そこ、か」
とは、ならなかった。
エステは、針が当たる寸前で身を旋回させ電磁砲の進路から外し、あまつさえその針を横から拳で弾いて地面へ叩き落とした。強制的に進路を変えられた電磁砲は地を砕き、深くめり込んでその動きを停止させる。
「……っち、割と洒落にならん威力だな」
弾いた拳は、ほんの少し感電した程度だった。
僕自身はエステに発見される前に身を隠したが――どうする。
今ので電磁砲のカラクリは知られてしまった。避けたのにも関わらずわざわざ接触したってことは、つまりそういうことだろう。二度目はない。あれだけの反射神経で避けられるってんなら、直撃は不可能と言ってもいい。
仕方ない。
両手に四本針を構え、雷を流し込む。やることは一つ。
倒すだけだ、ぶっ倒して皆の元に戻って、それから――それから、考える。
針の一本を、エステに向けて発射した。超高速、真っ直ぐに向かう電磁砲にエステは気付いたが、その発射元に僕はいない。暗殺技術の歩法を用いてエステの両サイドからほぼ同時に電磁砲を二度発射、ワンテンポ遅れたそれらは初弾を躱したエステへ迫る。
「それがお前の戦い方か!」
エステは僕に気付けていない。一本目を避けた隙で両サイドの電磁砲を躱す余裕がなくなった彼は、その針を横から掴んで拳と拳を打ち合わせた。
――拳の握った穴と穴をくっつけたのだ。電磁砲はエステによって強制的に進路を変えられ、衝突した針が――がぎりと硬質な破砕音を慣らす。電光と火花が絶え間なく散る。
一歩間違えば拳を二つとも消し飛ばしてしまうような行動だ。だがその手段を瞬時に判断し実行するなど、人間業ではない。
僕はそれでも予定内だと呟き、最後の一本を撃ち放った。狙うは頭上から。
そして、既に僕はそこにいない。
――撃ち放った瞬時、僕はそれすらも凌駕する速度でエステの周囲に分散した。
そうだ、こいつが僕の――戦い方だ。
使えるものは全て使う。雷でも暗殺術でも武器でもそれら全てを使い、全身全霊を持って相手を始末する。
エステなら、恐らくは――。
「《陽炎》」
三姫と渡り合う為だけの、技術。
こいつには使うだけの、必要がある。
全身に高密度の雷を纏った僕が四つ、上から降ってくる電磁砲と共に奇襲を仕掛けた。
エステは。
「――後は、任せるぜ」
「――!」
確かにそう言って、抵抗を止めた。何故止めた、そんなのは分からなかった。あのエステだとしても、抵抗しなけりゃ致命傷――もう、止まれない。この距離じゃ、抑えられない。
「ばっ……!」
結局そういうつもりだってんなら、端っから戦おうとするんじゃ――。
僕は、攻撃の進行方向をほんの少し変えた。正面で首元を狙っていたのが、頭部へ。左側は脇腹を狙い、右側は肩を狙い、背後から背中を狙い――最後まで抵抗しなかった彼を、電磁砲の範囲外まで吹き飛ばした。
刹那。
轟音、破砕音、炸裂音、全てが一斉に辺りへ広がり、電磁砲と僕が衝突した光が周囲の空間を飲み込む。
「あっぶねぇ……なぁ……――」
それらが一頻り収縮した後、僕はぐちゃぐちゃに形を崩した針を握り潰して、そこに立っていた。
あの距離じゃとても避けることはできなかったから、威力を最小限にするしかなかったわけだが……間に合って、良かった。
「毎度毎度こんなんじゃ、持たないっての……」
見るのも耐え難いほどに壊れた左手を見やり、そうぼやいた。
――エステを攻撃する寸前、僕は動きを止めたエステに対して行動を変えた。倒すための動きから、救出するための動きへ。
あの電磁砲が馬鹿正直に頭蓋に直撃すれば、エステは間違いなく致命傷を受けただろう。加えて僕は彼を確実に仕留めるため、四方から同時特攻を仕掛けていた。
僕は、エステなら“死にはしないだろう”と、思っていたのだ。
だが、彼は抵抗を止めた。後は任せるだなんて言葉を放って、動くことを止めた。
なら、僕も止めるしかないだろう。しかし一度放ってしまったものは停止させられないから、せめてもの対処としてエステを吹き飛ばした。お陰で電磁砲を受けるのは僕になってしまったわけだが――左腕一本で済むのなら、それもいいだろう。
脳天から突き刺さるよりかは。
「まぁ、それでも。普通の人間なら死んでるんだけどな……」
全身を凶悪な攻撃によって吹き飛ばされるまでに至ったエステは、数十メートル先の岩壁にぶつかって倒れていた。
気を失っているようだ。それなりの打ち所と加減はしたつもりだから、エステほどの頑丈さなら大したことにはなってはいないだろうけど……。
「ごめん」
彼も、本当は戦うつもりなどなかったのだ。戦わざるを得なかったのは、メリーさんが本当にあれで最後で、そう望んだから。そして僕が、もっと前に彼女を止めることができなかったから、だ。
でも彼は、戦いたくなどなかったのだ。三姫と“ルリさん”が対面して――あの時の焼き回しなど、もう二度と。
変な方向へ曲がってしまった指と腕の骨を右手で一個ずつ戻していく。その度にぐじゅりと嫌な音が響くが、痛みにはなれた。
こんなもの、大したことじゃない。
何、骨の位置さえ元に戻ってしまえば……後はどうとでもなる。
雷で無理矢理動かせばいい――とはいえ、この状態はもう続けられない、か。
脳への接続を切り、最小限の雷だけを纏わせる状態へと戻す。
エステを倒すのに全力を使い切ってしまったお陰で、もう力の半分も出せそうにない。
「だが――」
利はこちらにある。
僕を囲むようにして二人の姫が囲んだとしても。
空を二体の龍に阻まれていたとしても。
「アヤクスィダントはどこ」
「貴様ら――奴をどこに逃がした」
怒り心頭、と言った様子で現れた二人に、僕は問う。
「グリーフさんは、“ルリさん”は、竹内さんは――どうしたんですか?」
「まだそのようなことをほざく余裕があると申すのか?」
全く。ごちゃごちゃと……そうか。
皆、やられたか。
仕方ない。相手は二人だけではなく、龍までいたんだからな。十分も時間を稼いだだけ、よくやった方なんだろう。
後は僕がどれだけ稼ぐか、だ。
しかし、気付いたとなると……。倒されて意識がなくなったりすると、幻惑とかって無くなってしまうのかな。
「ルリさんはルリさんだよ。“アヤクスィダント”でも、“奴”でもない」
「ここまで来て、世迷い言を抜かす気か」
「“ルリさん”はさっき、レイジとメリーさんが倒していますよ。残るのは僕だけだ」
「ねぇ。あなたは――あの娘と、どうしたの?」
メリーさんは、僕への質問を変更した。
脈絡すら感じられなかったそれに、僕は一瞬たりとも迷わずに言う。
「彼女は友達です。ルリさんは、僕が好きな人ですから。そんな人を消し去ろうとしている二人に……何を教えるってんですか?」
「ならば、死ぬがいい」
レイジが生み出す赤色が、視界を埋め尽くす。
僕は鼻で笑って、無事な方の腕をレイジに突き出した。
「殺せばいい。その場合、ルリさんの所在は永遠に不明となる。そして、禁術は作動するだけです」
ルリさんを見失った以上、取引は有効だ。
今持てる全力で雷を再展開し、僕は二人に“脅し”を仕掛けることにした。
「もう一度、改めて訊きます。ここでルリさんを諦めさえすれば禁術は作動しませんが、ここで僕を殺してルリさんの元へ向かおうとするのであれば――禁術は作動します。どうしますか? お堅い思考でルリさんを殺そうとして禁術を作動させますか? それとも、もうルリさんに関わらないことを誓って禁術の作動を止めますか」




