八十八話 最後の刻は静なる始まりを
偶然という言葉はあるけれど。
僕は、偶然ってのはないんだと思う。
僕がこの世界に来たのは、今にして考え直せば必然ではなかったのではないか――と、今更ながらに思い直していた。
この世界。
――ルリさんが世界に張り巡らせていた転移術式は、元来の使い道としては生物の怪我を治癒するための術だ。これらがどうして禁術として扱われていたのか、とかはどうでもいい。
この術式が星、惑星に張られた時に発現したのが“転移”だったことが重要だと言える。
そもそも。
惑星には自分で自分を治す術がない。何故なら惑星は人ではなく、地形そのものだから、生きてはいない。
人は生きている。肺や皮膚から取り込んだ酸素をエネルギーに変え、口から栄養を摂取することでエネルギーに変え、心臓が動くことで全身に循環する血液が肉体にエネルギーを与え、人は活動をする。
怪我をすると肉体は自動的に治癒し、元の状態に戻してくれる。部位欠損まで起きてしまえば“元”には戻らない代わり、患部を皮膚で覆うことで生命の終了を防ぐ。
その部位欠損すらも治してしまうのが治癒術式だ。しかしそれらは人が持つ再生機能を利用して、更に上位の再生を施しているに過ぎない。
しかし、惑星にはそんな機能は元々存在しなかった。もっとも、地表を皮膚とし人などの生物を皮膚に生息する菌だとでも表現してしまえば“惑星”はとても巨大な一つの生物と言えるのかもしれない。
しかしそれは宇宙を巨大な脳味噌とでも言っているような途方もないことなので、ここでは除外する。
さて、自己再生という機能が存在しない惑星が崩壊の危機に面した際、掛けられた治癒術式が“機能”してしまったのだとすれば、どうなるのか。
それが転移へと変化、変出した。自分で直せないのならば、他の正常な場所から持ってくればいい――そして、そんな都合に引っ張られ、僕はこうして転移でやってきた。
荒唐無稽な話だが、実際に起こってしまったことだ。
これは偶然か?
いいや。神隠しだなんて呼ばれていた転移だが、僕が数ある人間の中から無差別に連れてこられた――とは、考えていない。
必ず何か理由があるのだ。転移の条件に達する理由が。それをクリアしていた僕は“必然的”に転移の対象として選ばれ、この地に辿り着いた。
そこで、僕が初めて邂逅をしたのは、ルリさんだった。
勿論これも、偶然じゃなかったんだろう。
そこに居たのはルリさんだけではなく、憐華さんも居たのだから――あそこで僕が邂逅できたのは、そんな縁が生じていたからだ。そうでなければ、僕の言葉など聞いてもくれなかっただろう。
当然だ。
それで、ルリさんの手引きで入った学校――関わりを持った先生、クラスメイト達。無論、これも偶然では、なかったはずだ。
何故ならそこには“メリーさん”が居たから。
普通に考えて。
何も知らない時の僕が、そう立て続けに彼女達と邂逅を果たせるものか――否。たまたま数千人規模の学校に入学し、たかだか数十人程度で構成されたクラスの一つに入り、そこに偶然メリーさん――エクサルが存在しているなど。
所詮は結果論なのかもしれない。こうして今までの道を辿った僕だから、こうして都合よく思考が働くってことも考えられる。
けれど、行動に意味はあるだろう。
僕がルリさんを助けようとさえ思わなければ、そもそもこんな事態にはならなかった。その場合、僕がここまで強くなることもなく、もしかしたらとっくに死んでいる未来があったのかもしれないが。
そういう意志の介在、介入があって物語は進んでいくのだ。行動には意志があり、その意志が人と人とを突き合わせるのだ。
人の意志が存在する以上、そこに偶然なんて甘い世界はない。
少なくとも僕は、そう思っている。
「数十日振り、かな?」
日差しが雲に隠れた町の一角、僕とアリシーとセラとキルトナ――一名を除いた全員が面向き合わせるこれも、偶然ではないはずだ。
何の理由もなく、何の疑問もなくキルトナが気の赴くままにこっちに来て再会を望んだなど、考えてはいけない。
「おう、そんなもんだろ」
「悪いね、置いて行っちゃって」
「全く冗談じゃねえぜ……付いてこいったのはお前だろうに、追っかけようとしたら跡形もなく消えちまってんだからな」
「付いてきてもいいとは言ったけど、命令はしてないかな」
「おいおい最初からそんな気もなかったろ?」
「まあね」
あの時はかなり露骨に逃げたからね、あれで気付かない奴は鈍感を通り越しておめでたい奴だ。
「折角集まったんだし、どこか行ったりしてみない?」
アリシーの提案に、キルトナは首の裏を掻く。
「アリシード・ソニア――お前か。見ない内に、随分と大人になってんだな。あ、悪い俺飯食っちゃったからそれ以外の場所で」
「えー久しぶりに会って言うことがそれ?」
「胸大きくなったな」
「解散」
「あー待て待て待て! 冗談だって!」
「冗談だったら冗談でそれも失礼だね」
「お前変わってねぇなぁ!?」
あぁ、こいつらこんなに仲良かったんだ。僕はそこまで知らなかったからなんとも言えないけれど――。
アリシーは変わっていないわけではない。
ただ、そう振る舞っているだけだ。そうさせてしまったのは、僕なのだけど。
「そうそう、どっか行く前に俺は鈴峰に聞いときたいことがあんだよな。いいかな?」
「長くなるなら後でお願いするけど」
「ひっさしぶりの再会でんな野暮なことするわけねーだろ? たった一言の回答で終わるよ」
僕は眉をひそめた。
やはり、そうか。僕の考えに間違いなどはなかったのだ。
彼は。
「お前、敵か」
僕以外には聞こえないように、小さく、鋭く。
ただの旧友には絶対に言わないであろう言葉を、放った。
合点が行ったよ。
「一言では答えられないよ。キルトナ」
僕はそう答えて、一歩進み出て彼の右肩を叩く。そうして、同じように小さく伝えた。
「――長い話になる」
「……そう、か」
「お二人さん一体なんの話をしてるのかなー? なになに? 私にも教えてよ」
まぁ、今更なんだけどさ。キルトナの意志も汲んで、そこは僕も同調させて貰うとするよ。
既にもう、十分巻き込んでしまっているが――。
「いや、なんでもないよ」
「うっわぁ何それ、引いていい?」
「それセラの新しい口癖?」
ここまで小声でも、アリシーには聞こえてしまっているかもしれないが――。
僕達はあくまでも、ただの友達だ。
それで、いい。
「僕らの位置が補足されました」
隔離空間内部。
僕は入ってすぐに、まず最初にグリーフへそう告げた。
「すみません。こいつは僕のミスです」
「いいえ、あなたの問題ではありませんよ。時間の問題だっただけです。私の小細工がいつまでも通じている相手ではないでしょう。今日見つからなかったとして、明日見つかるのが関の山ですから。しかし、状況は最悪ですね。どうしますか?」
「……聞かないんですか? 何があったか」
憐華さんと竹内も事情を察し、こちらへ近付いてくる。
「過ぎたことを話しても仕方ありませんからね。この前の青年が絡んでいるのですよね?」
「……はい」
リニアル・ネルス・キルトナ。
レイジの手先にして、二つの都市に封印される【デスパイア】に【アスピレイ】を奪った張本人。
彼はレイジの手足となってこの町まで姿を現し、僕の姿を補足した。
――事は数時間前。
僕、セラ、アリシー、キルトナは友達として別れた。別れた後、すぐに僕とキルトナは指定の場所で再び会った。
「俺はあの後お前らとレイジを捜し回り、レイジだけを発見した。全身がずたぼろになった状態でな」
今度は友達としてではなく。かと言ってどのような関係だったかを説明するには、色々と足りない部分があるけれど。
「君がどこまで到達したのかは分からないけど。僕に“敵”か否かを聞くところまで行ったのであれば……何となくは理解しているみたいだね」
「そう買い被るなっての、ぽっと出の俺がそこまで深いこと分かるわけねぇよ」
おどけて言ってみせるキルトナだが、その目は僕を真っ直ぐ貫いている。
彼が何を本来の目的として足を運んだのか、そんなのは一つしかなかった。
最早隠し事をする必要はない。
「じゃあ教えるよ、そこから判断するといい。後は君が信じたことをすればいいさ」
本来であれば。
この場でキルトナを殺してしまうのが最善策だったのだ。しかしそれは“目的”のみに焦点を合わせた場合であって、そんなのは誰も望まない。
彼が知り合いではなく、ただの敵であれば僕は躊躇なく殺すだろう。
だが。
友達までもを殺してしまうようなら、僕に人を助ける資格はない。そこまで堕ちているのであれば、僕は生きている資格すらもない。
じゃあ。
それなら全くの他人なら殺していいのかって言われそうだけど。んなこと知るか。
知らない人間にまで構ってやるほど僕は甘くないが、それでも最低限の覚悟や信念はある。人の生き死にがあまりにも軽い世界だからこそ、僕は知り合いまで安易に手を掛けることはしたくない。
たとえ僕の首を絞めることになったとしても、それだけは譲れない。
こいつは僕に、ご丁寧に「敵か」と訊いてくれたのだから。それなりの応対はしてやりたい。
最初に四人で集合してから時間もそれなりに経っていたので、僕の希望で適当な飲食店へ足を運ぶ。ここでの“店”という呼称は可笑しいのだが……他に何と言ったらいいのかは分からなかった。
確かセラが家で作り置きをしていた料理があったはずだが、僕抜きでも十分に無くなりそうだし、ちょっと悪い気もするけどいいか。
そんなわけで、場所変えだ。
店では適当な料理を頼み、落ち着ける席へと座る。
説明には半時ほどの時間を要した。これまでの道のりをたったそれだけで説明できてしまうというのは短いものだが、口頭にしてしまうとそんなものなのだろう。
そこで、僕と彼は決裂した。
お互いの情報を共有し合い、お互いの意志を伝え合い、その上で別れた。
やっぱりレイジはキルトナを使う気だったのだ。見たところキルトナは強そうに見えなかったけれど、どうやらそうでもなかったらしい。
僕らの旧友で、二つも龍を奪取してスパイに送り出せるほどの人物で、レイジに好意……いや下心を寄せている奴など。どこまで都合がいいのか知らんけど。
「このまま隠れていても、そう長くは持ちそうにありません。同じ手法を二度使っても、あのレイジなら突破してくるでしょうから」
「まさか、この中にまで侵入してくるってんじゃあないでしょうね……」
「そのまさか、ですけどね。一度招き入れてしまったこともありますし、構造は見破られています。勿論直ぐにとは言いませんけど、やはり時間の問題です」
「すみません……」
「謝ることではないですよ。彼女が覚醒するまでの時間を稼げなかったことが、残念ではありますが」
ルリさんはまだ、深い眠りについている。
「分かりました。一つ、僕に考えがあります」
だが、悠長にただ待っている時間はもうない。だったら、やることは一つしかないだろう。
アリシーは言った、ルリさんのやったことを。それが災厄を増幅させるための術式だということも。
まだ万全ではないだろうが――やるしかないんだ。
「なんでしょう」
「あんまりいい策じゃないですけど、聞きます?」
「それしか残されてはいないのでしょう」
僕は頷いた。
「それは――」
リセルさんが憐華さんの両こめかみに手を置き、難しそうに唸っていた。憐華さんは何食わぬ顔で、しかし覚悟を決めたという風に目を閉じている。
「あの、本当にやるんですか?」
「私はこう見えても丈夫なので、ご心配なくお願いします」
「そういった問題じゃないのですが……」
よりいっそう複雑な表情をするリセルさんに、憐華さんは催促をする。
「あまり時間は残されていません。それに、私ならば心配は入りませんよ。伊達に今までこの方と共に在ったわけではないです」
「……分かりました」
僕はリセルさんと憐華さん二人の会話を聞きつつ、僕なりに憐華さんの状態を見守っていた。
彼女に何かしらの異常が起こった場合は直ぐに中止させるようにしてある。僕から言ったことではあるものの、それでも心配がないわけじゃない。
ルリさんが覚醒した時、どれだけの力を支払わなければいけないのか――それは、全く分からないのだから。とは言えアリシーが数日間も意識昏倒するレベルだ。
相当なものになるに違いない。
その代償を僕が肩代わりできない、というのはグリーフから聞いてはいるが……ただ見ているだけってのは、どうにも僕の性には合いそうにはなかった。
「それでは――」
いつもはほんわりとした調子のリセルさんだが、こういう時に限っては彼女らしからぬ真面目さと威厳さを兼ね備える。
この世のありとあらゆる“禁忌”を解する不老不死の女性。年齢不詳、見た目は若いが少なくとも僕の数倍は生きているであろう彼女――リセルさん。彼女だけの特別な能力を持ち、グリーフでさえも行えないことを平気で感知しやってのける超越者。
ルリさんという“禁忌”を呼び覚ますため、リセルさんは一言だけ呟いた。
「――始めます」




