八十一話 貫く信念
力は及ばない。戦っても負けが見えている。
そんな、無謀で無策な戦い。
レイジが僕の動きに注視してグリーフを離した瞬間、僕は行動に出る。極限まで鋭敏化させた感覚を解き、アリシーから教わった技術もフル活用してレイジを翻弄しに掛かる。全力で気配を遮断し、緩急を付けた動きで行動の予測をされにくくする。
「貴様も言うようにはなった、ということか……」
竹内もグリーフ救出のために動き出したことを確認がてら、僕も攻勢に飛び出した。
今度ばかりは逃げることのみに全てを費やすわけにもいかない。全身全霊、言葉通りに全ての力と技術を総動員して、レイジを叩く。
一撃で殺せない相手は、何度でも殺す。そうする技こそが、アリシーが生み出した最強の奥義。
速さに磨きをかけた連撃必殺。雷で自身の限界を越える動きを実現させ、展開した磁界を縦横無尽に駆け巡る。
それらは数十もの動きを同時に行うほどの速さを実現させた。
一瞬で何回も必殺を叩き込むために編み出された、対三姫用の――。
「ならば、多少は喰わせてやろうではないか」
レイジは不敵な笑みを見せ、自ら僕が攻撃しやすい絶好の位置まで歩を進めた。人を小馬鹿にするように哄笑し、レイジは両手を大きく広げる。
「ほれ。どこからでも掛かって来るがいい」
余裕だらけのそんな行動。そこには必ず罠が張られているのだとしても、僕は攻撃する以外の選択肢など用意はしていない。
ただ、殺す。殴って蹴って叩いて潰して壊して終わらせることだけが、僕のするべきことだ。
もう逃げられない。逃げてもただ無意味にやられるくらいなら、そこにせめてもの抵抗を。
レイジに特攻する寸前、彼女から離れたグリーフを救出しようと竹内が動く。その様子をしかと確かめ、
「それで心置きなく戦えるか?」
「――はぁ、わざと、ね」
何の躊躇いすらなくグリーフを離したのは、僕に何の懸念も抱かせないためか。そうする理由は、言い訳ができないようにするためだってんなら――やっぱり舐めている。
「あああぁぁああああ!」
雄叫びを上げ、数十にまで膨れ上がった僕の残像が一斉にレイジへ襲い掛かった。
得物は持っていない。こんな相手に針の電磁砲が通ずるわけもなく、結果的に両手に帯びた雷を武器とした。
ガリ、と地面を蹴ってレイジの顔面を狙う。同時に背後から首筋を、真正面から鳩尾を、左右から両足を、両斜め前から左右の腕を、文字通り同時に斬り捨てる。
「――その覚悟だけは気に入ったぞ。律樹よ」
閃光と紅蓮とが、重なる衝撃と混じり合って空間に爆ぜた。僕とレイジとが正面から相殺し合い破壊し合う力が衝撃波となって周囲へ飛び散り、派手に大地を抉り取る。
その時間、時間にしてコンマ一秒ほど。刹那の攻防から脱した僕は地面を擦って後方へ退避し、レイジは突っ立ったままこちらを睥睨している。
「ま、そりゃそうだよな……」
ぼとり、と地面から音が発せられた。見なくてもそれがなんだか分かる。僕の右腕が肩から離れ、落ちたのだ。レイジの攻撃を見切れず、見事に憤怒で斬り裂かれたのだろう。
冷静な判断で脳へ送る激痛の信号を断ち、自身の耐性を超える雷撃でもって肩口を焼いて止血する。これでしばらくは安心だ。
レイジに与えたダメージも予想に反して対したものだった。
残念ながら首を落とすことは叶わなかったが、鳩尾部分に風穴を空けて右腕と左足を斬り飛ばすことに成功し、お陰でレイジは片足で地面に立っている。
レイジ本人が“多少は喰わせてやる”と言っていた手前、これもわざとなのだろうが……成果としては十分だ。僕の腕一本とその傷の交換じゃ、こちらが利を手に入れた。
無論、相手が直ぐに再生することも加味した上で、だ。
「今更じゃが、貴様はよくやっていると言える。ただの生物の身体でようそこまで付いてこられるものじゃな。妾が保証しよう、“よくやった”」
「《陽炎》」
会話をする猶予など僕には存在しない。落とした右腕を即座に拾い上げ、そこに雷を纏わせる。最早こいつも武器だ。自分の肉体だけに、電気との相性は抜群に良い。
牽制とばかりに高速で飛ばし、肉体再生中のレイジを狙い撃つ。自分の腕が赤い憤怒の鞭に切り刻まれる時には、僕はレイジの背後と左右を取っていた。
鳩尾の風穴は再生したが、四肢はまだ。それなら機動力も落ちている。再生する隙なんて与えないぞ。
「何度でも死ね」
今度は全員でレイジの首を狙う。残された腕が一本しかないお陰で手数は減ってしまったが、それはレイジの首を飛ばすのには十分過ぎた。ざくり、と雷を纏った手刀がレイジの首を刎ね飛ばす。
レイジの反撃で今度こそ左腕も切り落とされたが、問題はない。
くるくると宙を回転する生首とレイジの肉体の両方を視界に入れ、僕はにやりと笑みを浮かべた。
これくらいはさせてくれよ、レイジ。
僕はお前と違って、一度切り落とされた腕は回復しないんだからさ。
「あああああああああああああああああああああぁあぁぁあぁっ!」
声帯が擦り切れんばかりの雄叫びを上げ、両肩から高密度の雷を展開させた腕を生やす。全てが電気で形作られた――義手? 即席の腕。感覚までもを持った雷の集合体は確かな腕の感触を僕にもたらす。
初めての試みだが上手く行った。そしてこの腕に質量はほとんどない――即ち、更なる高速移動を可能とする。
ただ、こいつで僕の手は全て使い果たすことになるが。
「――よし」
遙か後方にてグリーフの視線が突き刺さっているのが分かった。無事に意識が戻ったか。
てか、グリーフがそこまで消耗するってことはレイジもかなり無茶をやらかしたのだろう……お陰で僕もここまで縋り付くことができた。
ここに来て一撃離脱のチャンスが生まれた。
もしもここでレイジを潰せたのならば、首尾よくグリーフの元へ退避して腕を治すことも可能だろう。
さぁ、喰らいやがれ。
「――《陽炎》ォォオォ!」
――こいつが正真正銘、僕の最高速度と技術で繰り出される必殺だ。全身を覆うようにして雷が迸り、雷の一部と化してレイジの肉体と頭部へ突き進む。
豪雷に焼かれ、その身朽ち果てろ。そうすりゃ回復だって時間が掛かるだろ、レイジ。
ここまでして倒せないってのは正直言って馬鹿げてる話だと思っているが――戦うところまで持ってかれた時点で僕の敗北だ。そこは認めよう。でも、タダで終わると思うなよ。
溢れる憤怒を貫いて直進し、まず近くにあるレイジの胴体を丸呑みにして消滅させる。もう一方がレイジの頭部も飲み込もうと、雷を走らせて。
その頭部が心底愉しそうに、顔を歪めた。
「多少は喰わせてやる、と。言ったはずじゃがな」
――あ。
――あぁ、そっか。
予定通り、僕はレイジの頭部を雷で焼いて消滅させる。しかし、僕はそこで、辺りに形成された大量の憤怒に捕らえられた。赤く、赤く、どこまでも赤い空間の一部がレイジを形創り、がんじがらめに縛り上げた僕を見下ろして眉をひそめる。
「失念……してましたよ」
「妾を最後まで人間扱いしてしまったことが、貴様の落ち度よ。戦う前からかなりのヒントはくれてやったんじゃがな」
概念生命体。そいつはそのままの意味だ。レイジという存在は人間ではなく、禁術がもたらす底なしの憤怒が彼女の存在そのもので。
つまり、レイジに核など存在しない。如何に実体化している肉体を破壊したところで、周りの憤怒がレイジそのものであるのならば意味がなかったのだ。
「やっぱ、それ。反則ですね」
「はん、元より勝つ気などなかったのじゃろう? そのようなペースで飛ばして来るのは、後先を考えない愚か者がすることよ。そうでもしないと渡り合えない、これが妾と貴様にある絶対的な壁じゃ。貴様の選択が間違っているとは言わんが、相手が悪かったな。して、もう満足か? 引き出しがあるのならば相手をしてやるが、ないなら終幕じゃな。もう、貴様も楽になれ」
レイジの言う通り、既に僕に残されたものは何も無かった。雷の義手は制御を失って霧散してしまい、両腕を失った無様な僕が憤怒に身を拘束されているだけ。
体力はすっからかん、出血も酷く脳への負担も絶大と来た。せめてもの幸運は、痛覚を切ったままってのだろう。
痛くない。それはある意味恐ろしいことなのかもしれないが、別に不安などはなかった。
あるのは心残りだけ。
僕が死んだ世界でルリさんがどうなるかなど、目に見えている。
結局。ちゃんとした告白さえできずに力尽きてしまうってのは……寂しいものだ。
「……レイジ。遺言代わりに一つ。訊いて、いいかな」
憤怒が巨大な槍を形造ったところで、レイジは僕が発する台詞に動きを止めた。
おや、訊いてくれるってのか。話は終わりだって言ってた割には、随分と優しいじゃないか。
「……なんじゃ」
「死ぬ間際だからなのかな。考えてみると、僕はレイジのことはそこまで嫌いじゃなかったんだと思う。レイジだって、ルリさんの一部なんだよ。ただただ巡り合わせが悪過ぎただけで、出会い方が違ったら、もっと平和な未来があったんじゃないかって、思う」
「貴様一人の独白なら、それ以上は聞かぬぞ」
「……ああ、そう。じゃあ、これだけでいいか。レイジ、ルリさんは悪い人じゃないんだ。正しい道をちょっとばかり踏み外して後に戻れなくなっちゃってるだけで、本当は誰よりも優しい人だからさ。もう一度、考え直してはくれませんかね。僕は死んでもいい、でも、ルリさんは死んじゃいけない人だ。あれだけ頑張って頑張って頑張って、何も報われずに消えてなくなるなんて、僕が許さない。そんなことになったら、死んでも怨念だけが残って死に切れない」
「貴様が死んでも何も残らぬ。本来の意味で、消滅して終わりでしかない」
「そうかな。まぁ、別にいいんだよ。後、これはエステの願いで、僕の願いでもある。どうか自分達同士で殺し合うだなんて馬鹿げた行為は止めて欲しい。一度ゆっくり考えて、できれば――」
「もうよい、それ以上口を開くな。貴様の言いたいことは分かった。分かり過ぎるほどにな。妾は、貴様のそういう姿勢は――大嫌いだ。虫酸が走る」
うん。そうだろうね。
「このような状況になってまで他人のことばかり考えおって。弱い人間なら弱い人間らしく、命乞いでもしたらどうじゃ? 他のことなんでどうでもいいから、僕を生かして下さい、逃がして下さい、とな。そうすれば逃がしてやったかもしれんのにな」
「考えたこともありませんね」
自分の命が助かっても、それ以上のものを失ってしまえばそれは終わりだ。僕は命を残したまま、死に続けることになる。そんなのは生きているとは言えないし、そうまでしてこの世に残りたいとも思わない。
目指した理想の果てに死ぬのは断じて格好いいことではないけれど、無様に拾った生を無駄に続けるよりはマシだと僕は思う。
というか。レイジは大事な勘違いをしているよ。
僕は、別にルリさんのためにやっているわけじゃないんだよ。僕がルリさんと一緒に居たいからこうして動いているんだ。ルリさんともう一度会いたい一心でこうしているんだ。勝手に色々先走るルリさんを本気で叱ってやりたいから戦っているんだ。ルリさんが幸せにならないと僕が嫌だから、最後まで抵抗しているんだ。
それらは全部、自分のため。
僕はそこまで善人じゃない。
「考えるだけ、お願いできますか」
「断る。どのような言葉を浴びせられようと妾の意志は曲がらん」
「……お願いしますよ」
「……」
レイジはとうとう黙ってしまい、空中に浮かべた大槍を僕の心臓へと突き立てた。後数ミリでも動けば、呆気なく貫かれるだろう距離。
レイジはもう、笑っていなかった。“悲哀”でもないのに酷く辛そうな顔をして、小さな言葉でこう告げる。
「断る」
そうですか。そうだろうとは、思っていたよ。
レイジは眉をしかめたまま、険しい顔のまま、僕を見る。
憤怒の槍の先端が僕の胸に食い込んだ。僕はそっと力を抜き、下を向く。痛覚はなくても、何故か苦しいという感覚はあった。
圧迫されて押し潰されそうで、辛い感覚だ。それがどのようなものなのかは内心理解はしていたのかもしれないが、無心になることで排除する。
まぁ、そんなもんだよな。人生ってのはさ。
どう足掻いたって、上手くいかないもんだ。
「ああ……」
僕が最期に口にするであろう台詞は、言葉ですらなかった。溜息かただの声か、泣き言か。
何とも情けない最期だった。
ずん、と。心臓が赤い槍に貫かれて、僕は。
「ルリ、さん」
これこそ最期の抵抗とばかりに、ふと彼女の名を呟いて。
動きを止めた。




