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断層世界のパラノイア  作者: くるい
第七章 憤怒の訳、絶望の力編
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八十話 削れゆく存在

「レイジ、そこまでするというのですか?」


 大地に赤が染み渡り、ついには天空にまでその色が浸食し始めた頃。誰よりも前に出てレイジと対峙したグリーフは、そう言い放った。

 自然、レイジの圧力を一番に受けるのはグリーフなのだが、そこは同種だからなのか一切の怯えも見せず、更に展開したままの悲哀を僕ら側へ寄せながらも変わらぬ冷徹さ冷静さを保っていた。


 そこまでする、というのはどういうことなのかはまだ僕には分かっていないが、グリーフが言うのだ。今、レイジは“そこまでの”ことをやろうとしているという事実だけは明確に浮き上がっている。

 それは“名乗り”を上げて本領を見せていることについてなのか、実はもっと別にあるのかもしれない。


 だが今は。


「対話の時間は終わりだ、と。そう言ったつもりじゃが――」


 赤く禍々しい力の固まりが鞭となって、疾風の如く“僕に向けて”飛んできた。それはグリーフが弾いて別の方向に狙いを外し、新たに飛んで来たただの力の威圧に関しては僕が生み出している雷で抑える。

 一歩間違えれば防御に回した雷ごと潰されそうな勢いだったが、全力でなんとか防いだといったところだろう。

 レイジは全然、全く本気を出していない。


 なんとか耐え切り、僕はレイジを睨む。


「……何も言っていないですよ。貴女は僕の質問に答えなかったじゃないですか」

「そうか、言ってなかったか。ならば言おう、対談の時間は終わりじゃ」

「答えて――答えては、くれないんですか?」


 レイジは返事をしない。


 なぜだ。そんなわけがない。

 もしもレイジが本当にあの結論だけが言いたくて話を振ってきたのであれば、自分のことをああも赤裸々に伝える必要などなかったのだ。

 ただ「貴様には絶望した」とでも吐き捨てて、すぐに殺しにくればよかったのだ。


 僕が知らなかったレイジの心情。あの言葉、放った想いが嘘だと僕は思えなかった。終始、危険や凶悪といったワードしか浮かび上がらなかったレイジがそんな“甘ったれたこと”を考えていたなど――それもどうして、僕に伝えたんだ。

 今ここで伝えた言葉には理由があるはずではないのか? それともただの気まぐれで、自分の気持ちに整理を付けるためだけに僕に吐いたとでも? いいや、違う。

 レイジは、何かを口に出すずっと前から、既に決めていたはずだ。それは揺らぐことのない決定事項で、たとえ彼女以外の全ての人が止めても曲がることのない意志だった。


 だが、本当にそれだけだったのか。いくらこれを最期にするとしたって、レイジらしくない。僕は彼女の深い性格を知るほど彼女と話したわけではないけれど――レイジは、そんな心傷に浸るような存在じゃなかった。最期だからって饒舌に言葉を紡ぐような性格でもなかった。

 だから考えざるを得ない。そうした意味はどこにあるのか? ってのはただの僕の妄想で、本当はそうした意味なんてないのか? 

 全ては僕のだけの妄想でしかなく、意味がどうだかと甘えたことを抜かしているのは僕だけだとでもいうのか。


 思考は、長く続かせてくれなかった。


 それはレイジの繰り出す大量の鞭が、僕達全員へ襲ってきたからだ。空から降り、中空を突き抜け、地面を這い、地中から飛び出し、意志を持ったかのような憤怒が思いのままに暴れる。

 それは鞭というよりかは生物と表現するのが相応しいほどの自由さを持って、空間そのものを蹂躙する。


 先の様子見なんて比べ物にもならない威力で、僕と竹内は回避行動を取るしかなかった。当たれば一撃で致命傷まで持ってかれると分かっているから。

 昔の僕のように、いつもいつも無謀な賭けに出るつもりはない。


「グリーフさん!」

「大丈夫、と言い切るのは嘘を吐くことになりますね」


 周囲に展開させていた青白い粒子で円形の盾を創ってそれらを捌きつつ、グリーフは常より若干ばかり焦った声調でこう返してきた。

 レイジのように名を告げないことから、グリーフには使えない要因か理由のどちらかがあるのだろう。


「僕が全力でカバーします。前衛をお願いできますか?」


 それならば仕方ない。僕も全力で戦えば、少なくとも十分の間は後衛くらいの働きはできるはずだ。こうした制限時間を設けた肉体強化も、レイジの攻撃の一部を逸らすくらいが関の山ではあるが。

 グリーフは否定するようなことはいわず、ただただこう言った。


「どの程度持ちますか?」

「十分です。それ以上は、保証できません」

「分かりました」


 即座に使えるか使えないかの判断を下し、更にいつまで使えるかの問い掛けをするとは。そこは冷静な彼女だ。今の会話がレイジにも聞こえてしまうのは痛いところだが、その点は事前から確認しておかなかった僕が悪い。


「俺も援護をしよう」

「はい、お願いします」


 竹内が横に並んで右腕を前に突き出す。そこから悲哀が洩れるところまで確認し、僕も力を集中させた。


 雷、生成。体外に展開、よし、よし。万全ではないが、ここまで引き出せれば充分だ。

 それらを全身に纏わせ身体能力を強化し、より反応速度を早める為に脳と展開した雷を直接繋げる。

 この時点でびりっとした麻痺感覚手前の痛みがあったが、この形態が確実に十分持つのは七彩迷宮での一件で確かめているから構いやしない。

 準備は整った。


「覚悟はできたか、貴様ら」

「ご丁寧に待っていてくれたんですか……ありがたく活用させて頂きますよ」


 といっても展開に掛かった時間など一秒にも満たないのだが。レイジからすれば、一秒ですら永遠にも感じられるほどに長いのだろう。だったらその一秒に僕を何度殺せたと言うのか、怖ましいこった。


「絶望しろ」


 レイジの両手に二本の刀が出現する。血を被ったかのように赤黒く彩られた禍々しいそれは、どちらも日本刀のような、人間ほどの長さ、そこに鋭さ細さ繊細さを持って、鮮やかな刀はレイジの細い手に握り込まれた。

 ああ、そうだな。かつてその力の使い方はメリーさんがやっていたが――本場ってやつか。


 対してグリーフは何も持たなかった。グリーフの戦い方というものはこれまでまともに見たことがなかっったが、遠距離から中距離までの遊撃が得意なのだろうことは予測される。逆に、近付かれたら不利だ。

 そこは僕が何とかするしかない、ってやつだな。


 レイジがグリーフに向けて突っ込む体勢を取る。僕はいつでも邪魔ができるように。


「……っ!」


 ところが、その身を覆い隠すほどの憤怒を纏って、レイジは直立したまま高速で近寄り――グリーフを、憤怒が“すり抜けた”。

 いや、なんと表現したらいいのか分からずにそんな言葉を使ったが、とにかくレイジはグリーフ自体を無視したのだ。


 そして、そうなった場合、レイジが狙うのは――。


「貴様が真っ先に狙われるのは、当然じゃろう」


 僕だった。

 既に眼前まで迫ったレイジ、だが僕の反応速度も負けはせず、両手に持った刀の銀光から寸でのところで逃れる。一太刀、二太刀、重く迅い斬撃は掠っただけでも危ないだろう。何せ通常の刀ではなく、それ自体が“憤怒”という力そのものなのだから。


 当たってはいけない。そして僕は、少なくともあと十分間はこれらを躱し続けるだけの反応速度を持続させ続けられる。

 稲妻の如き速度で後方へ退き、レイジに追われて詰む前に気配を自分で制御する。この程度ではさほど意味がないように思われるが、しかし。


「……ほう」


 レイジは、ぴたりと動きを止めた。


「戦わずして逃走に全てを注ぐか」


 今度は僕が答えない。というより、答えている暇などなかっただけなのだが。

 全身を駆動させ、今までに会得した技術を総動員して攪乱、レイジの周囲を走り回る。レイジは恐らく、時折電光が大地を弾けるのみで僕の姿を目で捉えることはできないだろう。


 僕を狙うっていう腹積もりなら、逃げることしかできないのが僕だ。それでいい。

 戦闘はグリーフに任せるしかないのだから、逆に言えば僕を狙ってくるということはグリーフが自由になるということでもある。

 僕が逃げていられる限り、チャンスは何度も生まれてくる。


「その言葉、お返しします」


 立ち止まったレイジの前方位を悲哀が包囲した。紛れもないグリーフの全力が、幾億もの悲哀の粒子が、レイジへと叩き込まれた。

 耳が破裂しそうな轟音がレイジを穿った中心地点から発せられる。舞う血飛沫と憤怒が混じり合い、凍るような冷気が空気に乗って、こちらまで流れてくる。


「――く、ふふふふふ」


 まるで当然のことのようだった。

 びきりびきり、と粒子の鮮烈な攻撃が続く中。全身くまなく血で染めながら、レイジは笑う。攻撃など何ともないとでも言っているかのように、破壊音と重なって、レイジの哄笑が裂いた。


「笑わせてくれるなよ、“悲哀”め」


 レイジを襲う、全ての悲哀が、感情が、死滅し霧散し破裂し消滅する。

 そこに残るは全身を赤く染めてなお無傷で立つ、レイジ。際限なく溢れるその感情は、より高まって激しく周囲を旋回する。

 正に、怒涛の如き怒り。憤怒を体現するにこれ以上適切な者はどれほどいようか。


「貴様の実力など妾と変わらぬ程度。いや、余計な物を他者に与えている分、妾よりも劣るその力で、どう妾と戦おうとほざく? 貴様だけだ、この世で唯一平和ボケをした愚か者は。そのような者が、妾に返せる言葉があるとでも――相手にするだけの価値がないと、まだ分からぬか」

「うふふ、面白いことを吐くのですね。分かり合おうとしない者が言っても説得力はありませんよ」

「……貴様」

「――特別に招待しましょう。私の戦場へ」


 一瞬だけ、グリーフがこちらを向いた。既にレイジからの意識が離れて行動を止めていた僕が、驚愕に眉をひそめたその時には。

 ふっ、と。レイジとグリーフ双方の姿が消失した。


「おいおい……正気か……あの人」


 グリーフは僕らと移動手段に使っていた隔離空間を使って、レイジを閉じ込めたのだ。去り際に“できるだけ遠くに逃げて下さい”と、そう遺して。

 そりゃ、つまりは勝てないことが判明した上での台詞だった。レイジを打倒できないから時間稼ぎをする。その上で僕達に逃げろ、と。


「竹内さん」

「俺達がちょっとやそっと出しゃばってもどうしようもないことだという状況なのは、身に染みた。グリーフはお前が狙われていたからああやったんだろうな。ここは任せるしかない」

「ですけど……グリーフさん、あのままじゃ」

「俺はあいつを信じている。それに、突っ立っていても、俺や鈴峰じゃグリーフの空間には踏み入れないだろう」


 彼の言うことはもっともだった。グリーフは僕が殺される可能性を危惧し、自らを囮にしてまで僕を逃がすことを実行した。そんな僕が、グリーフの期待に答えないわけにはいかない。

 だが。無茶してくれるなよ。


 僕達は揃いも揃って、限界なんだ。

 それは竹内だって、分かっていてその上で判断しているはずだ。


 こんな。下らない戦いで、力尽きてくれるなよ。僕はそんなの許さないぞ。


「……全力でこの場所から遠ざかります。竹内さん、僕に掴まって下さい」


 けれど、どこまで危険なことを一人で背負わせているのかを知っていても、逃げることしか選択できないのは事実で。

 僕は竹内の腕を掴み、合図を取る。そうしてから、その場から逃げ去った。遠く、遠く。何処へ。何処へ逃げる? そんな宛てはない。

 グリーフの帰還だけを待って、ただ遠く。遠く。


 竹内に残されたグリーフとの繋がり。僕に残された、ルリさんのペンダント。それだけが最後へ繋げる鍵。全部持って――。


 ただ、逃げた。






 ――逃げた、つもりだった。大陸の果てまでがむしゃらに逃げて、さてここからどうしようかと、考えることさえなく。

 余裕綽々、とでも言わんばかりに。


 真っ赤なそいつは唐突に、空間の狭間から堂々と。正面から顕れた。今が心底楽しいのか、獰猛に張り付けた笑みはそのままに。漆黒の髪まで赤く染め、紅玉のように輝く瞳が僕と竹内を捉える。全身ぼろぼろ、血なのか衣服なのか判別が付かないほど赤く黒く変色してこびり付いた、凄惨な戦いの証。

 そいつの手に掴まれて引き摺られているのは――紛れもなく。

 血塗れで息も絶え絶えに生を残す、グリーフだった。


「最悪の展開……って、実のところ」


 今日が初めてなのかもしれない、と思ってしまった。

 そうだろ。

 身を呈して同種同士が戦い合って時間を作ったんだ。普通は逃げられるってもんだろ。


「貴様らが思っておるほど、妾は怠惰ではない」

「一つの考えに固執するのが怠惰ではないと、そうのたまうんですね」

「……ほう。まだそのような口が聞けるか」


 僕は逃げることについてはあっさり観念し、竹内を離して一人になる。逃走に大分体力を持ち去られてからの、レイジとの対面。

 向こうも多少は消耗している様子だが、そんなものあってもなくても変わらないようなものだ。僕が最高潮に絶好調な時でも、少ししか変動しないような差でしかなかった。


「戦うしかない、と。そんなところですかね」


 今回に限っては、グリーフの判断は良かったとは言えなかった。いやそもそも正しい選択肢など一つもなかったのかもしれないけれど。あの場で三人が死力を尽くして戦ったところで、ただレイジの勝利が長引くだけだった。

 それほどの、差。そしてそれほどの差を生み出すに当たってレイジが何をしているのかなど、分かり切っていたことだった。


「レイジ。それ以上禁術を乱用していると、存在ごと跡形も無く消えるんじゃないですか?」

「貴様がそれを言うのか……や、もうよいな。妾も貴様もグリーフも、何一つとして誰かを指摘するだけの行いなどしておらん」

「そうですね。残念なことに」


 僕は、身体の中に何らかのストッパーでも掛けられているのか知らないが、レイジと違って禁術を使用できない。どの道この場面で使うことはなかったろうが。

 なので、今自分が最大限発揮できる雷を再度展開する。大分消費し、もう弱々しくしか残されていない雷だ。

 くそ、持久戦にも対応できるように身体を作っておくべきだったのかもしれないな。今更嘆いたところで、後の祭りでしかないのだけれど。


「そんなに戦いたいのなら、戦ってあげますよ。でも最後に一個だけ、聞いてもいいでしょうか」

「なんじゃ。下らぬことでなければ、一言だけ受け付けよう」

「ルリさんは全面的に僕に任せて、貴女は引っ込んでくれませんかね?」

「貴様は妾の神経を逆撫でするのが大得意のようじゃな。褒めてやろう、ここで妾が止めを刺してやる」


 どうしてこうなるんだろうね。勝てるわけないのに。

 なんで、僕はこうまでなっても、戦うんだろうね。

 どうしてこう、揃いも揃って馬鹿しかいないんだろうな。

 全く、戦わねぇと分からねぇのかよ。


 どいつもこいつも、仕方ない。


 やってやるさ。やってやるしか道がないんなら、ここまで追い詰められたら、やっぱり戦うしかないのであれば。

 戦う。


「《陽炎》」


 お前を、殺す。

 来週はちょっと、大学での論文を書かなきゃいけなくてあまり時間が取れないので……すみません。できれば週に二回は更新したいのですが、恐らく一回しかできないと思います。

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