七十九話 かつて目指した理想は崩れ落ち
「おいおい、ここは公正な場だぜ。乱闘するなら移動してくれや、俺が営業できないんだよ」
「貴様が公正か? 笑わせるでないわ。じゃが、言われずとも妾がこのような場所で暴れることはない。安心せい」
僕と竹内は、どうしようもできずにいた。グリーフはあれから一歩も動かずにレイジへ意識を向け、キルトナは突然の事態に付いていけていないようだった。
悪いが説明してやれる暇はない。そんな場合でもなくなった。
「では。場所を変えようではないか、鈴峰律樹よ」
「……今度は何をしに現れたんです?」
僕は渋面を刻みながらも、彼女に抵抗を試みる。――雷の展開ができない。帯電させた雷が、憤怒によって強制的に押さえ込まれているのか。
レイジはそれをあざ笑うかのように、僕の首元に腕を這わせてくる。まるで生殺与奪を握っているとでも言わんばかりの圧力で、これ以上は意味がないと判断した。
仕方なく抵抗を止め、力を抜く。
背後から、レイジが声を殺して笑うのが分かった。とことん性格が悪い。
「今更それを聞くか。少しは自分で考えてみたらどうじゃ?」
そんなこと、言われる前から考えている。レイジが何をもって僕達に接触を仕掛けてくるのか、どこに理由があるのか。
――デスパイアを奪取したいなら、気配を消して僕達が居なくなるのを待てばいい。だがこいつはそうしなかった。
では、何が目的で?
分からない。全く分からないのだが、逆を言えばこれは好都合でもある。
僕達が必死で捜索しようとしていたレイジが、向こうからのこのこと姿を現したのだ。後手に回らないようしっかりと僕と竹内を拘束しているが……。
「おいおい、なんで殺伐としてんだ……? 旧友とかの再会ってのと……なんかちげぇけどよ」
「ふうむ、貴様もこ奴らに同行しているとは予想外じゃったな。後で相手してやるから、今は黙っておれ」
キルトナはまだよく分からないといった反応を示していたものの、その言葉で押し黙った。次に僕を見る目が疑念を孕んだものとなっていたが、仕方ないことだ。
いずれ気付く。本当は知らないのが一番なのだけれど。
こうして関わってしまった以上、必ず知ることになるのだから。
「で、どこに移動すると言うんですか」
さて、キルトナが本当に何も知らない人間だということは今ので確定した。もしも彼に何か裏があってレイジから指示でもされていたのなら、こうはならない。
「ここの主が文句を言えない場所に決まっておろう? 話は変わるが……実のところ、此度も戦う気はない。貴様らが変に敵意を抱いているからこうして現れたまでよ」
「信じられませんね」
「じゃろうな」
失笑が、背後からでも分かるように流れてきた。
「ですが、敵意を抱いているのは貴女も同じなんじゃないですか?」
「貴様を敵として認識したことは一度たりともないな。グリーフよ、少々付き合え。妾との最後の歓談だ。どうじゃ?」
「“歓談”ですか……そうですね」
殺意の固まりしかない憤怒を僕と竹内に突き刺しておきながら、よくもそんな台詞が吐けたものだ。
「いいでしょう。ではお二人を解放して下さい」
「仕方ないのう、ほれ」
すると。
身体に張り付いた殺気が解け、あっさりと解放された。即座にレイジから離れたが、精神状態の根本的な安堵からか全身からどっと汗が流れ出る。
「これで分かったか? 分かったのなら黙って妾に付いてくることじゃな。今日が平穏でいられる最後の時じゃ。よく考えて、この平穏を平穏なままで過ごすんじゃな」
「それは、どういう――」
「聞く耳は持たぬ」
一蹴して、レイジは建物を出て行った。彼女がいなくなったことで静寂が訪れるが、心中は穏やかではいられなかった。
レイジの後を追えってことなのか。
レイジは、何をしようとしているんだ。
「さあ、全員用は済んだのだろう。出てけ出てけ! 長居されっと仕事の邪魔になる」
鬱陶しそうに叫んだ情報屋を横目で見て、僕は目を逸らす。物言いは腹立たしいが、これ以上ここにいても仕方ないのは確かだった。
「グリーフさん、どうするんですか?」
「大丈夫でしょう。彼女が戦いたいと望んだのなら、既にここは戦場になっていますから。行きますよ」
僕はグリーフの様子を窺う。グリーフは何事もなかったかのような冷静な顔付きで、一同を眺めて確認を取る。そこには当然のように、キルトナは含まれていなかった。
どうなのだろう。いや、キルトナは別にどうだっていい。僕が考えているのは、あの赤い女のことだ。ひたすらに僕を敵視し、煽り、ちょっかいを掛けてくるレイジの思惑が掴めない。そんなレイジは今回、また現れやがった。
ティリカの町でのこと。奴はエクサルにも顔を出したそうで、とうとうここまで出てきた。まるで僕を追い掛けてきているかのように。
いや“追い掛けている”という表現には語弊があるかもしれない。僕に何かが存在しているから、何か目的の達成と成り得るピースがあるから、レイジはそれを利用せんとしているのではないのだろうか。
じゃあ、ピースは何だ。
僕の中に存在している“禁忌”のことか? いや、あんなものをどう使うっていうんだ。
「ちょっと待ってくれよ。お前ら本当は、“一体何が理由でレイジを捜していた”?」
「さあね。僕から口にすることは何もないよ」
後は本人から聞いてくれ。と言おうとして、そこで区切りを付けた。本当ならばこちらの事情にすら踏み入っては欲しくない。何も知らないからこそ、そのまま何も知らないままでいるべきなのだ。
――僕のような手遅れになりたくなければ。
何なら全てが終わった後に、知ればいい。そこで知っても全然遅くはないのだから。部外者は蚊帳の外のまま、殺人事件をニュースで知った時のように無関心な反応をしてくれればいいのだ。
――そうなった時、僕達は。
「いや、止めだ」
小さな声で自分を制して、僕は口を閉ざした。
結局、最後に決めるのは自分自身なんだよ。その選択で満足するも後悔するも、自分だけ。
「キルトナ、付いてきたければ付いてくるといいよ。グリーフさん、頼みます」
口だけはそう言ったが、端から彼をレイジとの場に連れて向かうつもりなど毛頭なかった。「分かりました」と答えたグリーフの前を通って外へ出て、通りに人が歩いていないのを確認する。
続いて竹内、グリーフと出てきて、付いて来ようとするキルトナとは扉一枚隔てて完全に見えなくした。
表通りに面していない立地で良かった。これなら能力を使いやすいと思われる。
「こういうことですよね」
「はい」
グリーフが扉のドアノブを押さえ付けたまま同意を求めてきたので、一も二もなく頷いた。
まぁそれでも来るってんなら、それが、それこそがキルトナの選択なのだろうさ。どうしようもない、そうなるしかなかった、選択だ。
「では」
僕ら三人は青い光に包まれ、その場から消えてなくなった。
僕らが隔離空間から外に出ると、眼前にはレイジが仁王立ちで待ちかまえていた。風が吹きすさぶ都市の外、三人と一人は対面する。
どうしてこんな短期間でレイジがここまで移動できたのかなんてのは、最早考えるまでもないだろう。僕達とは一線を画す別格なのだから。
強いて考えるとしても、グリーフができるのだからレイジもできるのだろう、といった思考放棄の結論しか浮かび上がらなかった。
「過去の話をしようではないか」
まずレイジは僕を一心に睨んで、そう口を開いた。グリーフと歓談したいと言っていた奴が真っ先に僕に話を振ってくる、それはどうなのかと思うが……。
「昔ではなく、過去ですか?」
「そう、何も数百年も昔の話を披露するわけではない、じゃから過去と言った」
「……それに、意味は?」
「あるな。少なくとも、貴様にはなくても妾にはある」
僕に意味がなくて、レイジに意味のある話か。本当にそうであれば何より有り難いのだけれど、残念ながらそうはならなそうだ。わざわざ“過去”とまで言う辺り、必ずどこかで僕や周りが関係してくることになる。
僕に話すような内容があるとすれば、それはもう一つしかなかった。
いいさ、聞いてやろうじゃないか。
「妾がこうして一つの個として存在する起源は、分かっておるな。いや分からないとは言わせんぞ、鈴峰律樹よ。貴様は既にエクサルから話をされているはずだ」
「それはエクサルが言っていたんですか?」
「質問ばかりで黙るということを知らぬようじゃな、貴様は。まあよい。よく考えろ鈴峰律樹よ、妾がエクサルと仲良く話す仲だと思うのか? 個人的なことまで掛け値なく話し共有するような仲だと思っているのか?」
「じゃあ僕かエクサルの側で聞き耳を立てていたと?」
「そうだろうと、予測していた。それだけのことじゃが――なんだ、話は聞いていないのか?」
聞いていませんよ、と答えれば彼女の意表は突けたのかもしれないが、素直に答えておいた。それが戦略に繋がれば話は別だったが、レイジが顔をしかめるのを見たいがために嘘を吐いても時間の無駄だった。
そしてそんなことが頭に浮かぶくらいには、僕がそれだけレイジを快く思っていないということなのだろう。
「貴様も聞いた通り、そこに居るグリーフもエクサルも、妾も元は一人の人間じゃった。が、エルリア――アレの怒りの感情だけが抽出され、レイジが創られた。それが妾で、言うなれば概念生命体じゃ、精神と置き換えてもいい。その方が幾分も貴様には分かり易い」
「僕には貴女は人間にしか見えませんがね」
「見えるだけじゃな。人間が感情そのものを物理的な力に変換できるはずがなかろう」
さあ……どうだろう。僕もそれなりに沢山の人間を見てきたつもりだが、いないとは言い切れなんじゃないか。魂を力に変える禁術もあれば、体力を災害に変換するものまである。
今の話には、あまり関係ないのかもしれないけれど。
少なくとも僕には、レイジは人間にしか見えない。その意見が変わってしまうことはない。そうでなければ、いけない。
「信じられんか? ではそうじゃな、妾には繁殖能力がない。が、みなまで言わずとも分かるじゃろうが――モノは付いておるぞ? しかしそれなのに繁殖できない。子を宿すことができない。機能を失ったのではなく、最初からそんな機能はこの存在が始まった瞬間から存在しない。では何故要らない器官が付いている? それが概念生命体とした理由じゃな。ならばそんな存在が人間と呼べるか? 精々が劣化コピーの模造品で、絡繰で、人型をした機械でしかない」
レイジは何故こんな話をするんだ。それは僕に意味のある――そうじゃない。いや、そういうことなのか?
だがそうなのだとしたら、話す相手が僕である必要は? あるわけがない。それに、これが言いたいことの全てじゃないはずだ。
会話を続けよう。
「……人間の定義は、二本足で立って思考をし、感情を持つ生物ですよ。僕はそう思っていますが」
「人間は人間から生まれるから人間と呼ばれる。果たして妾は人間から生まれたものか? 違う、人間が分裂してそうでなくなった成れの果てでしかない……じゃが、そんなことについて熱く話すつもりはない。さて、この時点で妾が言いたいことの欠片でも分かるか? 鈴峰律樹よ」
「分かりませんね。それと毎回フルネームで言わなくてもいいでしょう。別に律樹と馴れ馴れしく呼んで貰って構いませんよ」
「ほう、そうか。ではそう呼ばせて頂こう、律樹よ」
少し躊躇ったようだったが、レイジは素直に僕を“律樹”と呼んできた。てっきり「貴様と妾がそのような仲なのか」とか「ならば名前すら呼ばぬ」などと言われると思っていたが。
僕も、毎回フルネームで呼ばれるのはむず痒い。たまにならともかく、こう何度も何度も呼ばれるのはちょっと、苦手である。寧ろ得意である人を知りたいけど。
「分からぬのであれば、少しだけ話をしてやろう。これは昔の話になるが――妾は生まれた当初、本当の意味で“憤怒”という感情しか持ち合わせていなかった。自らの飛んだ異質な感情にその身を任せ、暴れて回って世界を砕いた。破壊して回ってこの世を存分に謳歌した」
それは謳歌した、と本当に言えるのだろうか。
「しかしな、途中で気付いた。どうして妾はこんなことをしているのかとな」
「いやに哲学的ですね」
レイジは僕の言葉を完全に無視して話を続けた。
「それが初めて妾が得たものだ。思考、簡単な脳味噌の働きを覚えた妾は楽しくなって、膨大な時間を掛け様々な物事に対して考えた。そうしていく内に、憤怒という初めから持たされた邪悪な感情以外を知るようになっていてな。どうじゃ、妾からこのような話を聞くのは……可笑しいじゃろ?」
「いえ。はっきり言って貴女を快くは思っていないですけど、だからといって笑うことはありませんね。珍しくはありますが」
このようにしてレイジと話す――実際は聞いているだけなのだが――とは思わなかった。別に、嫌ではない。記憶を失ったままの僕なら或いは撥ね退けて逃げていたかもしれないが、今の僕はそこまで短気なわけでも、無知なわけでもない。まだまだ子供だといった自覚はしているけれども。
「随分とはっきり言ってくれるのう。しかし、今の貴様はそこそこにいい目をしとる。残念なことに妾が貴様を嫌悪していることに変わりはないが、妾の身の上話をするには足りるな。では、過去の話に戻ろう」
「待って下さい。その前に、この話は一体何に繋がるのか……それだけ、教えてくれますか?」
決して歓談ではないことは分かっている。あんなものはただの言葉の綾だ。レイジがここまで改まったことを言ってくる以上、必ず最後にどでかい爆弾が飛んでくる。
レイジに和解など有り得ない。
今までのようなちょっかいではなく、それこそ、全てを終わらせに来るはずだ。
それはきっと。
「無論。全ては、妾の話は全てエルリアに帰結する。これで満足か?」
「……そうですか。いえ、予想通りでした。満足に足りる回答でしたよ」
レイジは若干、常の不機嫌そうな雰囲気よりも更に不機嫌といった風に眉をつり上げる。僕の返答に不満でも持ったのだろうか。そんな小さなことではないのかもしれない。
とにかく僕は気を引き締め、レイジの紅蓮のように真っ赤な瞳には真剣さが帯びる。グリーフと竹内は、隣り合わせで立って静観している。自分達が口を挟む場面ではないとでも言いたげに、ひたすらに無言を貫いていた。
「では、どうぞ」
「……フン。貴様、あの時の戦いは覚えているか?」
「四人全員とオマケで僕達が戦った、あの日ですか」
「そうじゃな。妾は他の三人に侵入し、ずっと機会を窺っておった。それまで三人の精神に入っていた――そこから得られるものは、素晴らしく尋常ではない量じゃったぞ。妾はな、貴様が“エルリア”と過ごした日々も知っていて、アウレルキッド・メリーとしてのエクサルと会話をした貴様も知っていて、グリーフとのやり取りをした貴様も記憶に遺している。鮮明に、な」
「それは……嫌な記憶ですね」
何故か僕だけが気付いた“憤怒”の力。結局最後の最後までレイジ本体には気付くことはできなかったのだが――その間にも、レイジはずっと僕を監視していたのだ。監視ではないか……その頃は多分、視界に入っていただけの目障りな生物ってだけの認識だったに違いない。
「妾は色々なことを知りすぎて、逆に目的を見失っていたのやもしれぬな。妾以外の全員を消して妾だけがこの世に残ろうと考えてのことじゃったが、それ以上に妾は他の三人のことを知りすぎたんじゃな。余計な感情までもが妾に渦巻いて、どうしたものかと散々迷って、違えて、誤った」
今まで一度も聞いたことのなかった、レイジの心からの声。その言葉に嘘も偽りも感じられず、レイジは確かに自分の気持ちを晒していた。
僕はレイジの答えを、知っている。多分、聞くまでもないような簡単で単純な答えだ。今までの言葉から彼女がどう感じ、どう考えるのかなんてのは――。
でも。
知っていたところで、どうしようもできるはずがなかった。この僕が目的を絶対に変えないように、レイジも必ず貫き通す。それはきっと、僕にとっては最低最悪の、結論。
「じゃが、今にして思う。妾が本当の意味で後悔したのは、あの時が初めてじゃ。妾が顕現して、全てを滅ぼしてやったあの戦――とうとう情に流された妾は、拭うことのできぬ過ちを犯し続けた“エルリア”を、何を思ったか逃がした」
そう。
「本気でこう思っとったのかもしれぬな。貴様がエルリアをどうにかできるのだと。気持ちが悪くなるほどの相思相愛ぶりを見せ付けられて、“こ奴らならばなんとかなりそうだ”と。妾ともあろう者が、勘違いしていた」
あの戦争。どうして僕とルリさんが生存できていたのかは、説明するまでもなかった。全員が全員、あそこまでで退いてくれたのだ。これで負の連鎖が消滅することを願って。ルリさんはもう何もしないと確信したからこそ放置してそれぞれ自由に散った。
レイジは、自分を完膚なきまでに裏切ったルリさんを絶対に許さない。今度こそ絶対に、徹底的にルリさんを。
「そのような夢物語は最初から存在成し得なかった。貴様はよく頑張った。人の身でありながらも概念生命体によくやってくれたものだ。しかし、成果は皆無じゃったな。貴様とアヤクスィダントはお互いがお互いを信じられぬあまり、見事に潰し合っている」
「そんなことは――」
「ないと申すのか? いいやそのようなことはない。断言できる。貴様は自己犠牲の塊で、アヤクスィダントも同じく自己犠牲の塊だ。偶にはお互いを差し出すくらいのことはしてもいいのに、貴様らはそうしなかった。相手を思いやるばかり、自らの限界を計算に入れなかった段階で貴様らは端から破綻していた。守れるはずがなかった。これでは均衡を保てるはずもないわ。何故なら、貴様らは相手を思いやれていなかったからだ」
僕は、その言葉に対する返答を持ち合わせていなかった。捻り出そうと思えばできたのかもしれないが……自己犠牲、という単語が脳裏にチラついて、離れない。
その通りだった。
その通りでしかなかった。
僕は。なんでもかんでも自分を差し出すだけの無能で。ルリさんはそんな僕を見ていられなくて、自分を差し出すしかなかった。この体たらくもしも十分頑張ったと本当に思えるのなら、僕はただ単に“自己犠牲してる自分が可愛い”だけだった。
もう、遅い。とっくに審判の時は過ぎ、レイジの気持ちは固まっている。それは絶対に崩れることはなく、後はそれを僕に宣言するだけだ。
「しかしそのようなミスで貴様が嘆くことは全くない。妾の思惑違いで、間違ったのなら妾が直々に正すまでじゃ。さて、律樹よ。この場にどうして妾が現れたのか、分かるか?」
「……遠回りで言わなくても、いいですよ。貴女は傷害となる僕達を消し、ルリさんを消す。そのために準備が整ったから、この場に姿を現したのでしょう」
「後半部分だけは合っている、と言えようか。グリーフ、貴様にも問いたいことがある」
グリーフは静かにレイジと目を合わせた。ずっと黙っていたグリーフは、ふふ、と小さく笑う。別に可笑しいから笑っている、というわけでもなさそうだった。
「何を聞きたいのでしょうか?」
「貴様は何故、アヤクスィダントを助けようとする? また同じことの繰り返しじゃぞ」
「助けているわけではありませんよ。ただ、律樹さんに力を貸しているだけですから」
「そうか――貴様は、これ以上アヤクスィダントを野放しにしていいと思うておるのか?」
「いいえ、そうは思いませんが」
静謐でいて涼やかな言葉が、悲哀の青白い奔流と共に伝えられる。
それに対し、レイジは目付きを鋭く尖らせた。グリーフが戦闘態勢に入ったと同時、レイジの背に十数本の尾とも表現すべき、赤黒い憤怒が形を成していく。
「貴様らのことは十分に理解した。ならば一つだけ妾が言っておくことがある――全力で“エルリア”を護って見せろ。そうでなければ“エルリア”は死ぬ。そしてそのくらいはできなければ鈴峰律樹という存在自体に、“エルリア”は荷が重い。大人しく散れ」
今までのとは質も格も違う、高濃度の力が空間を蹂躙する。グリーフを冷徹な“悲哀”が覆い尽くし、片やレイジには燃え盛るような“憤怒”が暴れ回る。
僕も僕でなけなしの雷を放出するが、果たしてこの場に於いていったいどれほどの戦力となるのだろう。
ならないんだろうな。
「果たしてそれが一番、言いたかったことですか?」
今にも戦闘が始まらんとしている中で、僕は最後となるかもしれない言葉を放った。それはしかとレイジに届いたのか、赤い瞳が僕へ突き刺さる。
結局レイジの思惑を暴くことができず、準備とやらも分からなかった。
そして後手に回り続け、レイジはとうとう正々堂々と現れた。そこにどんな裏が隠されているのかが分からないが、こうなった以上。
戦いは避けられない。
「――【レイジ】」
レイジは答えず、そんな台詞を詞にした。
僕は、それを知っている。かつてメリーさんが本気を出した時にだけ言っていた、自身の名。
――世界すらも埋め尽くさんばかりの赤が、解き放たれた。




