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断層世界のパラノイア  作者: くるい
第六章 悲哀はただ希望を信じる編
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七十二話 提案に再会と

 グリーフは深呼吸をすると、閉じていた瞼をゆっくりと開いた。薄い蒼が、魅惑的な輝きを持って僕に突き刺さる。


「まず貴方に問います。アヤクスィダント――彼女が何をしようとしているのか、分かっていますか?」


「……この世を“終わらせる”こと。具体的に何をしようとかまで言える情報は持ってないけど、野放しにした場合、大変な事態に陥ることは分かっています」


 ルリさんはあの日、確かに僕を助けると言った。そして最後に――元の世界で愛する人と結ばれる、と。そう言ったのだ。

 何を根拠に……いいや、決まっている。ルリさんは“憐華”と共に存在するからだ。そうでなければ言えないことだ。


 何故か、最後まで僕自身が彼女の姿を“視る”ことはなかったが――。それはルリさんの仕業だと思っておくにことにして。


 だから、今の世はきっとなくなる。異世界に神隠しされた“モノ”は全て元在ったところに還元するつもりなのだろう。

 それを本当に出来てしまうのが、やってしまうのがルリさんだから。


「ええ、その通りです。貴方の言う通り、彼女はこの世に終焉をもたらそうとしています。既にエクサルやレイジはアヤクスィダントを殺してしまおうと動いていますが――私は、それではいけないと思っているのですよ」

「――それは」

「私は彼女を“殺す”のではなく“止める”ことで決着を付けたいと思っているのです。志は貴方と一緒じゃありませんか?」


 グリーフは真剣な面持ちで言う。

 そうだ。あの時も、彼女だけはルリさんを殺そうとはしなかったはず。本来の目的は憐華さんを取り戻すことなのだから、殺せないのが正しかったのだろうけど……。


「つまり、貴女は僕と協力してルリさんを止めたい、と」

「はい、悪い提案ではないとは思いますが」

「……そうですね」


 一先ず僕は、ほっと息を撫で下ろした。

 アリシーが先手を打ってしまったがために戦闘になる可能性を危惧していたが、相手がグリーフで良かった、と思う。

 他の二人だったら終わっていた。


「分かりました、乗りましょう」


 一度アリシーとリセルさんへ頷きで合図を取り、僕はグリーフに承諾の返事を送った。二人とも困惑の色を隠せないようだが――大丈夫、彼女は信用には値する。


「うふ、ありがとうございます」


 グリーフは頭を下げる。

 かくして、短い相対は終わりを迎えた。






 場所は移された。ここでは会話に邪魔が入るとのことで、グリーフが何らかの能力を行使して僕らは黒い大地から移動した。


「……ここは」


 昨晩寝泊まりした渓谷、か。

 別に道を戻ってしまったことに嘆くわけではない。それよりも収穫の方が大きいのだから。


「一旦、安全なところまで避難しておきました」


 グリーフの能力下から解放される、なんとも説明し難い感覚が全身に行き渡った。これは……また、ルリさんとは違った移動法だ。


 お陰でゾンビ共の不愉快な呻きも消滅した。一安心だろう。


「鈴峰律樹さん、そちらの二人がまだ私を警戒されているようなのですが……どういった教育をしてきたのでしょうね」

「いや……教育って」


 確かに、アリシーもリセルさんもグリーフと距離を置いている。警戒というよりは疑心と不安、それらの感情が渦巻いているように思われた。


「二人共、安心していいよ。この人が僕らをどうこうすることはないから」

「ですが……」


 リセルさんは渋っている。それがどういうものに起因するのか――グリーフの方を一瞥して原因を確認した僕は、口を開いた。


「今グリーフが発現している禁忌に害意は含まれていませんよ。きっと、連れの人が危険に晒されないよう安全な空間へ匿っているのでしょう」

「あら、そこまで分かるのですか……本当に、そこまで強くなってしまったのですね。素直に称賛しますよ」

「僕を指先一つで叩きのめすことができるような人に言われても、あまり嬉しくはないんですけどね」


 最早、僕が強くなるために鍛練する理由は三姫を打倒することじゃない。だけど、グリーフに面と向かって言われたところで素直に喜べないのは確かだ。


「それでは中に隔離している人も分かるのですか?」

「え? いや、そこまでは……竹内洋助さんとかじゃないんですか?」


 グリーフは妖艶に微笑む。最後に会った時と変わらぬ艶かしい口元が、楽しそうに歪められた。


「そうですか。いえ、合っていますよ……凄いですね。ぱちぱち」

「あの、馬鹿にしてません?」

「していませんよ」


 絶対にしてる。調子の狂わされた僕はこほんと咳払いをして話を切った。


「もう出して貰っても構わないですよ。ここは危険地帯じゃないでしょう、悲哀を出されっぱなしだと不安が拭えないですし」


「……いえ、そこの暗殺者がまだ警戒心を完全に消せていないようですので。まずどうにかしてその子を無力化してくれないと、出した途端人質にされても困ります」

「暗殺者……? ああいや、そんなことは」


 しない、と言おうとして止めた。アリシーはそんな人間じゃないが、実際にどうなるか保証はできない。

 というよりは、初対面の相手の内面などをグリーフが知るはずないのだ。まずはアリシーに警戒心を解かせることから始めた方がいいだろう。


「アリシー、まあ落ち着いて」

「……うん。ごめん」


 僕がそう言って肩に触れると、アリシーはびくりと身体を震わせた。なんか傷付くと思うも一瞬、彼女は力が抜けたように僕に寄り掛かった。


「……ごめん、リッキー」

「あ、えっと、アリシーが謝ることあった?」


 なので彼女を抱き寄せてやり、結果的に僕が支えてやることに。


「私さ、何も考えずに、戦っちゃったから……だからごめん、ごめん、ね」

「いや大丈夫だから! そんなに思い詰めなくても」


 涙声だった。


 アリシーのこんな姿を見るのは初めてかもしれない。でも初めて失敗したことで深い罪悪感でも抱いているなら、それは違う。


「アリシーは悪くない。禁忌との詳細な関係を今まで話したことがなかった僕がいけなかったし、全部僕の負担を軽くさせようとしてやってくれたのは知ってる。――それに、僕はもっと失敗してきたから……あ、ごめん、これフォローできてない」

「リッキーは弱いから……でも」

「でも、なに?」


 あ、今のはちょっと聞き捨てならない言葉だ。

 アリシーに軽く拳骨を喰らわせ、続きを話すように促す。いや、言いたいことは分かってるんだけどさ。


「だから私は手助けするのに、その私が迷惑かけ――いたっ」


 だからもう一発殴った。勿論本当に軽くだけど。


「アリシーは弱くないから失敗しちゃいけない。ってんなら、それは違う」


 確かに僕は弱いな。だからこれまで大量に失敗してきたし、色んな人を傷付けたし、自分も取り返しのつかない傷を負った。

 でも弱くなくたって、失敗する。人は人である限り必ず過ちを犯す。あのルリさんですら間違うのだから――こう考えることすら、おかしい。


「僕のために頑張ってくれるのは嬉しいし、ありがたいよ。でも頑張り過ぎるのは駄目」


 そう。あの時の僕がルリさんにしたように、頑張り過ぎるのは逆効果だ。


「一人では出来ることと出来ないことがある。それでも出来るように頑張り過ぎる――って一見良いことには見えるかもしれないけど、実は全く良くないんだよ。そいつを僕は身を持って実感して、教えられた。だから、あまりやって欲しくはない。てかそんなこと言い始めたら、僕はアリシーに何回殴られなきゃいけないのか分からないからね……ははは」


 リセルさんにはひっぱたかれたけど。


「殴らないよ」


 そう返事が来て、常より弱気な彼女は僕に頭を預けてきた。あれ、これ甘えられてるのかな。よし、存分に甘やかしてやろうと頭を撫でてやる。


 ――答えも出してないのに。

 罪悪感が凄まじいが……今だけは許して欲しい。


 まぁ、言いはしたけど。局所的に頑張り過ぎるのならいいのかもしれない。マラソンのラストスパートとか、ボクシングの最終ラウンドとか、もっと言えばゲームのボス戦で溜め込んだレアアイテム消費したり温存してた魔法連発したり……ゲームとか懐かしいな、久々にやりた――そこはどうでもいい。

 まあ、そういうのは本当に本当の最後にちょっと気合いを入れて頑張るもんだ。

 少なくとも今じゃあ、ない。そんな無茶ばっかしてたら道半ばで倒れてしまう。


 ――あれ、これ全部僕に当て嵌まるんじゃないか? 全ての言葉がブーメラン過ぎて恥ずかしい。


 ここまで口にしたら鼻で笑われそうだ、主にグリーフとかに。


「それをリッキーに言われちゃおしまいだね、気を付けるよ」


 アリシーがくすりと笑った。まさかアリシーに笑われるとは……まあでも、少しは元気になってくれたならいいか。


「ええ。貴方の言う通り、何事においても頑張り過ぎるのはよくないですからね?」

「その、僕に訊く形は止めてくれませんかね……」


 非常に心が痛い。分かってるんだよそんなの……ごめんなさい。


「とまあ、警戒は解けたようですね。では今度は私が能力を解除します。もう宜しいのですよ、出てきて下さい」


 グリーフは背後に向け合図を出した。突如として半透明の壁が視界に出現し、その奥から男が歩いて出てくる。


「……よ。久し振りってんのかな鈴峰」


 よれよれのスーツ。やつれた顔。ある意味予想通りのような姿で挨拶を放ってきた。


「ええ、久し――は?」


 僕は挨拶を交わそうとして、竹内洋助の背後からいやらしい笑みを浮かべて登場した女を凝視して――。


「じゃーん! アウゼン=セラでーすってコラ、何知らない内にアリシーと仲良くなってるの!? 如何にも愛し合ってますみたいに肌と肌擦り合わせちゃってまあもう全部見てましたー、はい見てましたー!」

「……はぁああ?」

「え、えっ……なに、え……セラ!?」


 みっともなく叫んだのであった。


 頭の整理が追い付かなかった僕は硬直するも、頬を紅潮させたアリシーが僕を突き飛ばす。

 あまりの出来事に普通に吹っ飛んだ。


「……いたいよアリシー」

「ご、ごめん、つい」


 ついで突き飛ばされても困るんだけど、まあいいとしよう。

 それよりも。


「なんでこんなところに、セラが」

「ちょっと、再会して交わす言葉がそれ? あれだけ都市側に私のこと捜索させといて、いざ会ったら反応冷たくなっちゃうんだ? ふーん」


 確かにそんなこともあった。捜索というか、セラとキルトナの両名を都市や遠征先で発見したら報せてくれというだけのことだけど。

 まさか大々的に動いていたとは。知らなかった。


「いやそうじゃなくてさ、まあ再会出来たのは素直に嬉しいけどね? 突然過ぎて」

「……あーはいはい分かった、取って付けたような言い訳だけど、まあいいわよ」


 彼女の服は赤と黒が織り交ざったやたらと奇抜な格好だった。一見すると法衣のようだが、所々に見受けられる露出にはまるで神聖さを感じない。

 肩の露出とか、谷間がちらちらと窺えるのとか、腰の横に入った切れ目から生足が見えるとか。レイジを連想させる。彼女ほどではないが……。


「いやぁそれにしても、律樹君とアリシーがデキてたなんて知らなかったなぁ? ほれほれ、初々しいじゃない、どしたの」

「……いや」


 彼女はそうやって僕をからかい脇の辺りを小突いてくるが、それに関しての返答をすることはできなかった。笑ってやることもできなかった。


 アリシーへ横目を配るが、彼女も同じようにしている。

 ごめん。


「で。セラはグリーフや竹内さんと一緒だったけど、どういった経緯?」

「ああ、それは――」


 ――簡潔に説明すると、貿易都市エクサルで竹内洋助を見付け、僕らを追っている旨を聞いた彼女はゴリ押しで付いてきたそうだ。

 なるほど。


「ちなみに竹内さんが僕を追っ掛けてきた理由って知ってる?」

「いや全く。なんで?」

「知らないから聞いてるんだよ、セラが知らないなら大丈夫。本人に聞けばいいから」


 セラはこちらの事情をまるで知らない、と。

 適当な質問で裏を探ってみたが、それならそれでいい。どうせグリーフや竹内洋助とは詳しい話をしなきゃいけないし。


「まあ、改めて久し振り。会えて良かったよ、セラ。正直二度と会えないかと思った」

「うん、こっちに来たのは正解だったかな。捜してくれてありがとね」

「――は、ちょっ」


 そう言い、セラは僕に抱き付いてきた。胸の柔らかな感触を味わいながら、そういやコイツはこんな奴だったと思い出した。

 すぐに離れたセラへ、僕は無感情無表情を装って告げる。


「とりあえずアリシーのとこ行ってきなよ。僕はこの二人と大事な話があるから」

「はーい」


 抱き付いたことなど一切気にもしていない様子で、セラは金色の毛を靡かせ、僕に背を向けた。

 正直に言うと……良い匂いだった。この世界にはシャンプーなんて贅沢品など存在しないのに、どうやったらああなるのだろうか。


「あの、竹内さんだけじゃなかったんですね」

「聞かれなかったもので」

「……なるほど、そうですか」


 グリーフは悪戯っぽく笑っていた。教える気なかっただろう、それ。


「グリーフさん、竹内さん。お二人はこちらの事情をどこまで知っているんですか? 協力する以上なるべく情報は共有したいと思いますので」


 そのためにセラとの会話を打ち切ったのだ。彼女と雑談に興じるのも悪くはないが、後回しでいい。そんなものはいつでもできる。


「詳しくは知りませんよ。ただ、アヤクスィダントと別れた後も貴方はどうやってか単独で彼女の動向を知り、更にはラプスと対峙した――というくらいでしょうか。では一応、お話をお聞かせ願えますか? 有用なものかどうかは別にして、私も洋助も貴方のことには興味はあるのですよ。その後、こちらもこの数年での動きを伝えましょう」


 そこまで知っているのなら大方知っているようなものだが、知りたいというなら教えてもいいか。

 あの日。アリシーに声を掛けられた記憶喪失の時から今日に至るまでのことを思い出しつつ――ぽつぽつと、僕は自分が歩んできた道程を二人に説明するのだった。

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