七十三話 パラノイアと呼ばれた理由
一通り説明し終えると、グリーフは少なからず驚きの表情を浮かべていた。
「では、既に私以外の面子とは顔を合わせているわけですね……」
レイジとのこと。メリーさんとは完全に対立してしまったこと。その他にもティリカや都市での活動や出会いなども話したのだが、とにかくグリーフにとって記憶に深く刻み込まれたのはそれだったらしい。
「ええ。まず間違いなくメリー……エクサルは僕に立ちはだかるでしょう。レイジは言うまでもありませんね。彼女達と戦わない道はなさそうです」
「分かりました。最初から覚悟はしていたことです、確実に敵だと分かっているならそれで充分でしょう」
三姫の二人も敵に回ってそれでもいいと言える辺り、グリーフだった。ただグリーフも二人を越す力を持っているわけではない。相性あるにはあるだろうが、彼女達は同格なのだ。
「ここからは私が話すより、洋助が話した方がいいでしょう」
「そうだな」
グリーフが下がり、今度は洋助が僕の前に出る。
ここからは二人が話をしてくれるらしい、しっかり聞いておこう。
「アヤクスィダントの企みに勘付いたのは、二年ほど前のことだった」
二年……って言ったらまだ僕はティリカに居た時だったかな。ほとんど最初の方に気付いているわけか。
「同時期に、俺とグリーフは世界各地に張り巡らされている魔方陣を破壊して回っていたんだ」
「――その魔方陣って」
「ああ、アヤクスィダントが生み出した回復魔法のことだよ。それによって強制的に行われる転移を防ごうとしていたんだ」
ルリさんが世界に掛けた禁術は大きく三つに分けられるそうだ。
無意識による文明発展の禁術。
世界を守るための再生の禁術。
意思疎通方法を統一する禁術。
この内決定的に邪魔だったのが回復魔法の応用で作られた“世界を守るための再生の禁術”だった。
本来人体に行使し部位欠損を完治させる役割を持つ魔法。禁術とされる所以は、使う側も受ける側も魂に損傷が発生するからだ。
――僕のと一緒の傷。勿論使い過ぎれば魂の存在しないただの肉塊と成り下がる。そりゃ禁術に指定されるのは当たり前だった。
肉体を完全再生する過程というのは、周囲の空間に存在する全ての物質を原子単位まで分解し、行使した肉体の遺伝子情報から得た欠損部位の情報通りに分解した原子で再構築する、というものだ。
それが半永久的に持続する魔方陣として惑星全体に埋め込まれると、また違った働きを見せた。“転移”である。
転移の範囲は次元をも越え、他世界の物質を強制的にこちらの世界に持ってくる方式へと変換された。
その理由は惑星は生物ではなく、物質だったことに起因する。つまりは遺伝子情報を抽出できなかったのである。だが。
本来であればその時点で魔方陣は起動できないはずだったのだが、ルリさんが内容に手を加えたことにより魔方陣は異常動作をするようになった。
その結果、この世界には今もなお他世界の物質が運ばれてくるわけである。
「調べる内、俺は転移が持つ性質を発見した」
竹内洋助――以後竹内と呼ぼうか。竹内は、この転移が発生するにはとある条件が必要なことに気が付いた。
その条件が、“こちらの世界に悪影響を持たないもの”というわけだ。回復魔法がベースの魔方陣ならば、この世界に転移してきたものがこの世界を壊してしまっては回復魔法ではなくなる――と術式自体が判じたのか、この世界に転移してくる“生物”がこの世界に悪印象を抱いていれば転移がされにくくなる、とのことで。
しかし逆に言えば、通常の方法ではこの世界の存在すらも認知することができず、転移の障害とは言えない――そう、通常では。
「もしかしてそれが――パラノイア、ってことですか」
「その通りだ」
では地球で呼ばれる“断層世界パラノイア”とは、竹内が広めたことになるのか。しかしそうなると――。
「竹内さん、こっちに来てから一度地球に帰ったんですか? どうやって」
「グリーフの力だよ。俺の記憶から地球の位置情報を割り出し、次元を介して地球に戻り、これまたグリーフに力を借りて“そういう存在がある”と生物の根本的な部分に認識させ、こちらへ帰ってきた」
「まさか地球への移動手段があるとは思わなかったですが……どうしてそんなことを」
そこまで発したところで、竹内は「決まっている」と言った。
「来ないなら、来ない方がいいに決まっているだろ」
「それもそうですね。聞いた僕が馬鹿でした」
普通は世界を移動するなんてことは有り得ない。転移するということは強制的に今までの関係を断ち切らなければならないわけで――その関係は、他者の手で無理矢理切ってはいけないものだと、そう言った。
ならば、そこで僕は意地悪な質問をしてみることにした。
「竹内さんは、どうしてそのまま地球に残ろうとしなかったんですか?」
「お前は今から元の世界に戻るかと言われて戻るのか?」
「……いいや。絶対にそれはないですね」
「同じだよ」
聞き返されてはどうしようもない。
そうだ。彼は彼で大切な人がいる。それがグリーフなのかどうかは知らないが――もう長い時をこっちで過ごしてきた。彼にとっての数年と僕の数年は重みが違うが、同じ時間に変わりはないのだ。
僕にはこっちで出来た大切な友がいる。そりゃ、戻れるなら戻って家族や知人に挨拶くらいはしたいなとは思うけど、別に向こうに帰りたいとは思わない。
それと、同じなのだろう。
もう遅いのだ。一度こちらに来てしまった時点で、もう。
まあ。全ての人がそうなのかどうかは別にしても。少なくとも僕も竹内もそうだった。彼は帰らなかった、それが既に答えだったというだけだ。
「まあ、そういうわけで各地を旅していたところ、一旦静止したはずのアヤクスィダントの動きに気付いた。放置してちゃ不味いってことで、今はアヤクスィダントを追っているってことだ」
竹内とグリーフが壊した魔方陣は膨大ではあるが、まだ術式には然程の問題はないようだ。正常とは言えないが作動し続けており、再生は今もなお行われている。
「ま、地球に干渉したのは単なる保険だよ。俺達が独力じゃ何もできないのは俺達が一番知っているんだ。術式を完全破壊するまで、被害は少なくしておきたいからな」
竹内はそう締め括った。以上で二人の活動は終了したらしいな。
僕はその話に対して思った疑問を一つ、訊いてみることにした。
「ルリさんはこの星が消滅寸前まで破壊されてしまったと言っていました。そのために“転移”で処置をしているのだとも。なのでその術式を壊した途端に星が消滅、だなんてありませんよね?」
「確認済みだ。もうこの世界は危機を脱した。グリーフが言うには昔はそこまでやらなければならないほど世界が損壊していたらしいんだがな、度重なる“転移”の結果無事に定着したそうだ。昔の面影などほぼほぼないらしく、異世界に来たも同然らしいがな」
つまり原型はないが、星は消滅せずに済んだ。そういうことか。
過去の地図を血が滲むほど見ていた僕なら分かる。
その通りだ。精々今の世と昔の世の一致点は、大陸と海の形のみ。
中身はまるで別物なのだから。
うん、と僕は頷いた。
彼らは彼らでそんなことをしていた。僕も見た限り転移魔方陣を潰してもこの世界に影響はなさそうだ。これだけ転移されて来たら、それもそうなんだろうけど……。
「とりあえず、どうしますか?」
「お前の目的はエルリアの捜索と、残るクラスメイトの捜索だろ?」
「ええ。まあ」
もうセラは見つかった。
後はキルトナだけだ。奴に至っては本当にどこで生息しているのかすら検討も付かない。もはや友達とは言えないけど、一応捜すリストに入っている。
それが当面旅をする理由になるのだろう。
「じゃあ、そいつを捜そう。俺達も鈴峰に付いていく形になるな。その道中で通る魔方陣を壊して行こう。どの道アヤクスィダントがどこに隠れているか分からんのでな」
「それは心強いです。ではこれからよろしくお願いします」
そういうことになった。
これで僕達の旅にはランサー以上に心強い連中が入ってくることになる。三姫のグリーフに、悲哀の力を借りている竹内洋助。
セラはリセルさんと同じ立ち位置に落ち着くとして……五人で旅か。随分と大所帯になったもんだ。旅の始まりはアリシーとの二人だったのに。
「お前らが向かってんのはそこの港町だろ? 海でも渡るのか」
「はい。中央大陸にはもう僕の知り得る限り人里はありません。このまま大陸を廻って捜索していこうと思うので」
グリーフが仲間に加わった以上、既にやることはほとんどない。ひとまず港町グリーフを見て回り、次は都市レイジに向かおうかな。
「それでしたら私の能力で港の方面まで飛びましょうか」
グリーフはそう言ってきた。先程使ったアレでということなのだろう。随分便利な能力だ、僕が旅をするためにする準備が馬鹿らしく感じられるよ、本当に。
僕はそれに同意し、アリシーの方を見やる。呼びに行こうとして、なにやらひそひそと話している三人に眉をひそめた。アリシー、リセルさん、セラは円を作るように固まり時折僕をちらちら見ながら会話を続けている。
唐突にセラが立ち上がった。
何故だか悪い予感がするのは気のせいだろうか。
「律樹君、ちょっとこっちおいで?」
「え、いや……どうしたの?」
「いいからおいで?」
セラがこっちに歩み寄りながら黒い微笑を湛えてそんなことを言うので、僕は若干顔の表情が強張る。そのまま動かずにいると、セラが僕の右肩にぽん、と手を置いて。
耳元でこんなことを囁いた。
「エルリアさんのこととか全部聞いたわよ。それって、きちんとお話しなきゃいけないよね?」
……え、何話してたの。
じゃあセラがこんな顔してるのはつまり。
「拒否権ないから」
「いだだだ!」
セラが僕の右耳をむんずとと掴む。あ、と口を開けたその瞬間、その耳が勢いよく引っ張られ、僕は悲鳴を上げながら無理矢理彼女達のところまで連れていかれることになった。
よくアニメとかマンガとかで耳引っ張られる主人公の姿を見たことがあった気がする。
が、まさか自分がやられるとは思わなかった。
そして超痛かった。耳が引き千切れるんじゃないかというほどの激痛が耳裏から走り、セラに従わざるを得ない状況で。
その調子で引っ張られて引き摺りだされた僕は、三人の中心に投げ飛ばされる。
「いって、てて……」
雷を纏わせていなかったのが失敗だったか、足をもつれさせてその場にぶっ倒れる。顔を上げるとアリシーの苦笑が目の前にあって、僕は固まってしまった。
「さ、始めようか」
セラの無慈悲な一言で、僕は更に硬直する。
十中八九、聞かれるのはアリシーとの関係だろう。セラがどことなく乱暴だった原因はそこにあるに違いない。
「説明しなくても何の話か分かるよね」
背後からセラの追い討ちが掛けられた。
分からないわけがなかった。近い内、打ち明けようと思っていたことだった。でもそれを言う準備は、今は出来ていないというのに。
「……分かってる」
ただそれだけの返事をするので精一杯だった。アリシーは僕の返事を待っているのかどうか、じっと僕を見つめている。
横からもリセルさんの視線が突き刺さっているのが分かる。
「これ、今言わなきゃならないかな」
「律樹さんがどうするかを決めて下さいと、私はそう思っていますが」
そりゃ、そうだ。今までずっと答えを先延ばしにしていたことだ。ただ――。
「じゃあ、二人きりで話したい。いいかな」
次の町か、それくらいか。ゆっくり出来るところに着いたら言おうと思っていたが。今答えを出せ――そう言うなら、覚悟を決めよう。今後に左右しかねない結論だが、僕はもう迷わない。
「それではいいところへ案内して差し上げましょうか」
気付けば後ろからグリーフや竹内もこちらへ来ていた。グリーフがそう放つと同時、悲哀の力が流れ出る。
そうか、隔離空間なら丁度いい。
「お願いします」
そう返事をして、僕は静かに目を閉じた。




