六十九話 意思を持つ迷宮
「……どうしよ」
鈴峰律樹、リセルの二人とはぐれてしまったアリシード・ソニアは短剣を構えて七彩迷宮を進んでいた。
眼前で形造られた怪物を片っ端から切り伏せながら、虹色に輝く洞穴内を探索してとにかく奥に進む。
鈴峰律樹とリセルは突如発生した穴に落ちて階下に落とされてしまった。残されたアリシード・ソニアは進むことを余儀なくされ、こうして迷宮を攻略していく。
「リセル、大丈夫かな」
懸念は戦闘能力を有していない彼女のことだった。不老不死ではあるが戦うことができないリセルにとって、ここの怪物達は脅威だ。上手く逃げていて欲しいものだが、なるべく早く見つけてあげなければ力尽きてしまう可能性がある。
「入らなきゃよかった……てのは、言っても遅いよね」
後悔したところで何も変わらない。今考えるべきは、どうすればリセルと合流できるか、だ。鈴峰律樹もリセルを助けるために同じく動いてはいるだろうし、彼に関しての心配は今のところない。
そう思考を重ねる内にも敵は沸いてくる。それらを一撃の元に斬り、砕き、階下への道を探す。
「……あれ?」
ふと、まだ大丈夫かと短剣を見やると、刃の部分が七色に光っていた。更に固い物を切っているのにも関わらず、刃は欠けた部分の一つもなく寧ろ切れ味が上がっているようにも思われる。
「なんだろう。この迷宮の敵を切ると、切れ味が上がるとか……?」
確証も何もないただの憶測だが、そうだとすればかなり嬉しいことだ。少なくともこの中で戦う限りは使い続けられる、ということなのだから。
ただこの輝きが何を指すのかが分からないため、そう決め付けるのは早計だ。今まで通り武器の状態を確認しながら、こちらが足を掬われないように行動しよう、と七色の地を蹴った。
「待っててね、今迎えに行くから」
言い聞かせるように呟き、アリシード・ソニアは迷宮を駆ける。
◇
「ここ、は……?」
伏し目がちながらも目を開けたリセルは、ぼやけた視界が気になり瞼を擦る。しかしそれは逆効果で、依然として視界はぼやけたままだ。
「そこにいるのは、だれ、ですか……?」
うっすらと、自分の前で動く影が見える。視界が慣れるまでそれを眺め続けていると、少し経ってようやくその姿を確認することができた。
それは、鎧を着込んだ騎士の姿をしていた。
だがその騎士は何をするでもなく、リセルの前で座っている。散々アリシード・ソニアや鈴峰律樹の前に現れ襲ってきた騎士ではあるが、どこか暖かさを感じたリセルは声を掛けてみることにした。
「あの……騎士さん?」
「おや、お目覚めですかな。当方がしたことながら非常に言い辛いのでありますが……大丈夫でしょうか?」
「はい、私は大丈夫ですよ」
今騎士はなんと言ったのか。
ゆっくりとうつぶせに倒れていた身体を起こして座り直すと、虹色の鎧が至近距離で輝いているのが分かる。
顔も窺えぬ騎士は、兜の上から後頭部をぽりぽりと掻いて頭を下げた。がしゃり、と鎧が音を打ち鳴らす。
「いやはや、そうでしたら嬉しい限りであります。こうして戦闘区域から逃せてよかったものです」
「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「おお、当方に答えられる質問ならいくらでも承りますが」
姿形は敵そのものだが、言語も用いる上に敵意もないときた。話が通じると理解し、リセルは思ったことをそのまま言葉にする。
「ここで騎士さんと同じ姿をした騎士さんに襲われたのですが、貴方は私を襲わないのでしょうか?」
この騎士は最初に“当方がした”と自分で言っていたが、どういった意味でそれを言ったのか。三人を襲ったのがこの騎士の仕業だとすると、どうして襲ったのか。
そして何故リセルをこの場で襲わないのか。
「はっはっは、襲いませんとも。貴女のように綺麗な方に言われるとどうにも変な方向に勘違いしてしまいそうではありますがな、はっはっはっは……いや、今のは聞かなかったことに下され。ほんの冗句です」
「えっと……変な方向、ですか?」
「いやいや! なんでもありませんとも!」
がちゃりと鎧を動かし、身体をくねらせて照れる騎士。リセルは言葉の意味を分かりかねたが、とりあえず頷いておくことにした。なんでもないのなら、本当に何でもないことなのだろう。
「それでは私は逃げなくても大丈夫なのですね」
「ええ、勿論ですとも。当方は暇潰しがしたいだけでありますからな、戦う力のない貴女に危害は加えません」
「……? つまり、私は襲わなくても律樹さんやアリシーさんを襲う、ということですか?」
リセルは頭の天辺に疑問符を浮かばせた。彼の台詞の文脈から理解に繋げると、そういうことになる。
どうしてなのだろうと首を傾げたものの、それ以上は分からない。
「そうなりますな! しかしてあの二人はそういう名前なのですか、するとアリシーという方が女性で律樹というのが男性ですかな?」
「ええ、そうですよ」
この騎士は随分とご機嫌がいいようだ。リセルは彼に話しやすい印象を持ったが、やはり気にはなる。できれば二人もここに連れてきて欲しいものだが。
「貴女の名前をお伺いしても?」
「はい、私ですか? リセル、ですよ」
「ほう、美しい名前ですな。当方はローランドと申します」
名を訊かれて答えると、騎士は自分の名も教えてくれた。どこからどう見ても悪い人には見えない。
「ローランドさん、二人をここに呼ぶことはできませんか?」
二人ともそれぞれバラバラになってこの迷宮内を彷徨っているはずだ。自分を心配して探してくれている可能性も高いのだし、リセルとしても二人と合流したい気持ちが高い。
「それはできかねますな」
「何故でしょう?」
だがリセルの予想通り、ローランドはその申し出を断った。先程から妙に話を逸らしたりすることや、そもそもがリセル一人だけをこちらに連れてくる時点で二人を呼ぶつもりは最初からないのだろう。
「暇なのです……いや、死活問題なのです。実は当方はこの迷宮の主でしてな、迷宮と一体化してしまった当方の霊魂が内部に漂う力で具現化された姿であります。当然外にも出られず、悠久の時を一人で過ごしていてですな……遊び相手が欲しいと思っていたところ、三人が来てくれたのです。それで二人と戯れようと思ったのですが、リセル殿だけは戦えないみたいでしたからな、このように保護したのです」
「は、はぁ……そうなのですか」
ローランドがけしかけてきた騎士達は戦おうとしたのではなく、ただ暇だから戯れようとしてきたと。
「そうですとも。久方の手練ですからな、途中で帰ると言い出したもんですから、是非とも最深部のここまで来て欲しいのです。安心してください、戦うとは言っても怪我になるようなことは致しません。もっとも、本気を出したところでこちらが一方的かつ無慈悲に破壊されているのですがな、はははは」
兜に覆われて表情が見えないものの、笑ったローランドは己の胸を叩く。無機質な鎧が弾ける音だけが、やや広い空間に反響した。
「ま、単なる暇潰しです。ちゃんと律樹殿とアリシー殿のお二人がここまで辿り着いたら出口へ返しますから、それまで話し相手になっていただけないものですか」
ローランドは若干ばかり申し訳なさを内包した声色で言い、頭を下げた。どうやら本当のことを言っていそうだ。二人が来るまで話し相手になるだけなら、とリセルはローランドの言葉に了承する。
「分かりました。そのくらいなら構いませんよ」
「おおおありがとうございます! なんとお優しい方! では有意義な時間を楽しみましょうぞ!」
テンションの高いローランドへ苦笑を送り、リセルは彼のする話に耳を傾けた。
◇
「何階層まであるんだ? これ」
この迷宮は明確に層で分かれている。それはくまなく探索しているうちにわかったことだ。最初に落とされた階層から既に五層は降りているが、未だにアリシーにも会えていない。
現れる騎士やその他の有象無象をばったばったと倒していく内にまた階下へ降りる穴を発見した。
「まだまだありそうだけど……」
電気が感知する範囲では底は見えなかった。上の階層にも下の階層にも、二人の気配は見当たらない。
「このままじゃ持たないぞ」
十分は経過した。本来なら脳に負担が掛り過ぎるためこの辺で雷の強制接続は中断したいのだが、何の発展もないままでは終われなかった。
気合いで動けばあと五分は持たせられるが、それ以上は保証できない。どうするか……考えるまでもなかった。
「できることをやんなきゃ、後で必ず自責の念に駆られる。そうだよな」
雷を維持し、僕は階下へ飛び込んだ。
最善かどうかは知らないし、自分のやっていることが最善だとは、とてもではないが思えない。
だけど、今こうするのが一番確実で早いからやるのだ。
ここで死力を尽くさねば後悔する。今だって、昔の僕に今のような決断力と能力があればと思っている。
ならば、やる。
何、後五分でリセルさんを見付ければいいだけだ。
「……――はぁっ!」
階下層でも襲い来る騎士の群れを一掃し、馬鹿の一つ覚えのように数で攻める敵を叩き潰して先を行く。
破壊し空間に還元された敵の数など最早数えられる領域を越えていた。
そして。
「……ここ、は」
あからさまに開けた空間へ、僕は飛び出した。
ここまでで五分。脳は痺れを訴え、既に身体へ伝播している。
これ以上の奥は見当たらず……ここが迷宮としての最終階のようだ。
広場の最奥には壁があり、その奥からリセルさんの気配を感じ取る。無事、か。
「……へぇ、なる、ほど」
さっさと壁を破壊しようと右足を踏み出し、僕は固まった。
止まった原因、異変が発生したのは広場の中央だ。そこに虹色の光が迸り、エネルギーが収縮して生物の形を象っていく。
それは人形だ。身長は百七十ほどで、細身だが筋肉質であることが容易に窺えるであろう体躯が現れ、最後に頭部が露になる。硬質な虹の髪が垂れ下がり、そいつはニヤリと憎たらしい笑みを溢してこちらを睨んだ。
「……僕、か」
そいつは、僕と同じ姿を模した者だった。手には武具の一切を身に付けず、全身から虹色のエネルギーを放出して宙に浮かぶ。ばちりと地を這うエネルギーは、まるで“雷”のよう。
「……ぐっ」
頭痛がいっそう激しく脳をつんざく。
――こんな時に、限界だと。
痺れを生む両手を、血が出るほどに握り締めた。爪が柔らかい手の平に突き刺さり、だくだくと血液が流れる。
ふざけんな。
こいつを倒せば終わりだ。それまで持たせることぐらいは可能だろ。
沸騰する程熱される脳をまだ酷使する。電子レンジにぶちこまれたような感覚だ――あと数分、持て。
「――ぁあああああああっっ!」
乱れ、制御の利かなくなりだした雷を無理矢理支配下に置く。この状態を維持していいのは後一分切るかといったところか。
今後の使い方には、十二分に気を付けないと、いけないな……。
僕の姿を模した虹色の人形、そいつはエネルギーを迸らせて僕へと肉薄する。
ぶつかり合う拳と硬質なそれ。速さは互角だが僕の方が反応が早く、数瞬の攻防の果てに優勢を手にした。
無遠慮な僕の拳が“それ”の頭部にヒビを入れる、そのまま己の速さに任せて殴り続ける。
「猿真似なんざ――十年早いんだよ!」
止めの一撃には全力を。強化した自身の拳をも砕きかねない威力を持たせて弱った箇所を破砕――。
パキ、とガラスの割れる音が一つ。それを皮切りに、“それ”は衝撃で後方へ散らばる。綺麗な光を煌めかせ、それらの破片は跡形もなく消滅していった。
「っ……がぁ!」
後は、隔たりを壊すだけだ。
雷を全解除せざるを得なかった僕は、ぐちゃぐちゃに掻き回されるように痛い脳味噌から命令を飛ばし、痺れる全身を動かす。
後遺症が酷い足はまともに歩くこともできず、僕は頭を押さえて七色に光る広場の奥へ身体を引き摺って歩く。
「はっ……最後の敵が自分の幻影とか、どんな茶番だってんだ……」
何とか倒しはしたが、それでも本気を捻り出してぎりぎりだった。今までの騎士と化物共が嘘じゃないかってくらい精巧に作られた“僕”は確かに動きも僕に良く似ていた。
そんなのと戦わされたお陰でもう、身体はぼろぼろだ。雷は使えなくはないが、全身の麻痺が祟ってまともに動かせない。こんなんで、どうやって、壁を壊せってんだ。
血にまみれた手は、弱々しく壁を叩く。
今の力で壊せそうな箇所はない。
もう探知はできないが、この先にリセルさんはいるのに。最後の最後で躓くか。
「……もう少し、踏ん張れ……」
ここで階層は終わりだ。この先にリセルさんが居るというのなら、必ず何かが起きている。変な場所に落とされたか、自ら隠れる場所を見付けたとか……ともかく早く助けなきゃいけないのに。
ずる、と壁に寄り掛かっていた手が血で滑った。立つのもやっとだった身体は支えを失い地へ落ちる。
立ち上がろうとするが、身体のどこにも力が入らない。
いっつも、こうだ。一番最後で力が及ばず、何もできなくなる。後は壁を破壊するだけなのに、そのちょっとの力が生み出せない。
自らの負荷で熱された脳は、活動の限界を訴えている。目眩がしてきた。
この症状は電気を生み出し過ぎた結果だ。本来使える限界を振り切った五分もの時間が相当にきているらしく。
壁に張り付けた手は、ずるりと滑って血に落ちた。
その手を温かい何かが包み込む。
「また無茶したでしょ」
見上げれば、僕の手を握ったのはアリシーだった。彼女も少々疲労の隠せない様子で伏しそうになった僕を抱き起こす。
「……まあ、ほどほどには」
「でも無茶したんでしょ。リッキーが敵を蹴散らしていたお陰で、ここに来るまでほとんど裳抜けの殻だったし」
壁に一度手を当て、アリシーは懐に伸ばして短剣をその手に構えた。
刃が、壁に突き立てられる。
――その刃は、七色に輝いていた。
「リセルはこの壁の向こうだね。大丈夫、リッキーは一人じゃないよ。後は私がやるから」
アリシーはその刃で壁を二度切った。それだけで隔たりとなっていた壁に十文字の亀裂が入り、そこをアリシーが蹴っ飛ばすと壁が崩壊して瓦礫が地に散乱した。
「……それ、は?」
「分かんないけど、戦ってたらいつの間にかこうなってたんだよね」
短剣を鞘に仕舞い、アリシー自身もさぞ不思議そうに言った。ウェインから貰った剣には壁を切ったりするような切れ味も耐久力もなかったはずだ。それがバターのように平然と壁を切った、ということは……この迷宮が関わっているのには間違いない。
「一人で立てる?」
「ああ、大丈夫――……だめかも」
立ち上がろうと力を振り絞ったが、足の力が抜けて地へ崩れる。元々の力も全然入らず、雷を通そうとしても辺りに霧散するだけに終わってしまった。これじゃ歩けないし、立てたとしてもそれ以上が望めないだろう。
「はい、担いであげるから、手貸して」
「ごめん……ありがとう」
「気にしなくていいよ。リッキーは弱いんだから、もっと私を頼ってね」
「はは、は……なんも言えない」
情けない。
女の子に抱き上げられ、肩に担がれる男って一体なんなのだろうか。手足をぶらぶらさせながら、僕は弱々しく頭を掻く。
まあ、アリシーは僕の師匠でもある。僕より強いのは最初から分かっているのだし、師匠に助けられると思えば……いいのか?
「もっと、力つけなきゃな……」
「リッキーが一年間ちゃんと努力していれば、こうはならなかったのかもね」
辛辣なお言葉ありがとうございます。
でも、事実だ。あの空白の間に何もしなかったわけではないが、少なくとも自身を鍛えたことはほとんど無かった。僕の落ち度だ。だからこうして助けられている。
今後は鍛錬の量上げようかな。
「でも、それでいいんだよ。リッキーだけでできなくても、私が居ればできるでしょ。リッキーはもう少し人の力を借りるってことを覚えた方がいいんだよ。頼り過ぎるのは別の意味で駄目だけど、何でも一人でやろうとするのも駄目だと私は思うから」
それでいい、か。本当にそうだろうか。子供のように頭をくしゃりと撫でられ、僕は返事を返さないまま黙りこくる。
できるならば一人でやってしまいたい。できることなら誰にも迷惑は掛けたくないし、自分が強くなった分誰かを守ることができるのだから……。いや、何もアリシーは、強くなるなとは言ってないな。
……僕のこの考えが駄目なのかな。それで一人で無茶して空回りするようなら、確かに駄目だ。今回みたく、最後で力尽きては途中でどれだけ頑張っても意味がない。
「これからも、頼りにするよ」
だからそれだけ言って、僕は身体の力を抜いた。
壁を破壊したところに出てきた小さめの通路。そこを少し歩くと(アリシーが歩いた)六畳程度の大きさに開いた空間が見え、リセルさんはその場の真ん中に居た。一目見た限りでは外傷はなく、恐らく無傷であろうことが分かって少しほっとした。
それはそれとして。
「……うん?」
リセルさんは誰かと話していた。アリシーに降ろされた僕は情けなくも地に横たえ、会話をしていた人物へ視線を合わせて眉間に皺を寄せる。
話し相手は虹色の鎧を纏った騎士であった。その姿はどう見ても僕らが戦った迷宮の騎士そのものだが、眼前の騎士からは敵意という類の意思は感じられず、胡坐で座りリセルさんと談笑して楽しんでいるように思われた。
何これ?
と思考を巡らすのも束の間、こちらを向いた騎士は左手をすっと上げる。
「なんと、ほんの数十分でここまで来るとは当方も予想外でしたな、はっはっは」
表情は分厚い鎧に包まれて見えないのだが、言動からして上機嫌そうだという印象を受ける。いや、そもそも中身は存在しないのかもしれない。その場合、どうやって喋っているのか気になるが……。
「これってどういう」
「はっはっは。久々に戦いというものに触れられて楽しかったですぞ、律樹殿」
虹色の騎士は大声で笑った。傍らに置いてある剣を抜こうともしなかったので、一先ず僕はリセルさんへ意識を移す。
「ええと……とりあえずリセルさん、大丈夫ですか?」
「はい、私はこの通りですよ。律樹さんこそ、大丈夫ですか?」
「う、うん。こんな格好だけど、まあ平気です」
リセルさんは頷いた。両手で握り拳を作って上下に揺さぶっている辺り本当に元気そうだ。特に怪我も見当たらないし、この騎士と喋っていただけなのだろうか。
二人で……? 何話してたんだ。ってかこいつ誰だ。迷宮で生活していたであろうことは容易に窺えるけど。
なんだか、肩透かしを喰らった気分だ。僕の苦労を返せ。
「律樹殿、どうぞ当方のことはローランドとお呼び下され」
「あ、はい。ローランドさん」
危機感も無しに名乗る辺り、危険はないと見るべきか。まぁいざとなればアリシーも付いているし、なんとかなるか。
ていうかこの人僕の名前を知っているみたいだけど、もしかしてリセルさんが話したりしたのかな。
体力も少しは回復したので上体をしっかり起こし、ローランドと向かい合うようにして姿勢を整えた。
「――さて、まずは謝罪ですな。唐突に当方の遊びに付き合わせたのは申し訳ないと思っています」
騎士ローランド。彼はこの迷宮に囚われた魂、だそうだ。迷宮に渦巻く何かしらの力が原因で姿を保つことができていて、死後永らくここで過ごしているらしい。勿論迷宮の外に出ることは叶わず、当然このような異質な場に入ってくる連中も中々現れないため、暇を持て余していた、ということ。
そこに運良く僕らが入ってきたので、暇を潰そうとした――なんという顛末だ。
でもまあ、戦闘力のないリセルさんを事前に非難させておいてくれた分、その辺りは判別が付く人らしい。無事に終わったのだし、いいか。
その他にもここ二年間ほどは一切の来客がいないと説明してくれて、ローランドがこちらに転移してきたのは二年前だと推測は立てられた。が……まあ、出られないのなら救出も難しいか。
無理矢理外に出してその瞬間にお陀仏されても困るし。
「事情は分かりました。僕らを離れ離れにしたのも貴方で今まで倒してきた敵も貴方の仕業だというのなら安心です。ですが、僕らものんびりと過ごしている暇はないので、外に出して頂けるとありがたいですね」
「できればもう少し居てくれると嬉しいのですが、急ぎの身ならば仕方ないですな」
がしゃりと鎧の擦れる音を打ち鳴らしてローランドは立ち上がる。
「いつでもいい、もし今度来て下さる時がくれば、今度はゆっくり話そう! はっはっは!」
最後まで上機嫌な騎士だった。
迷宮の入り口まで案内された僕らは、それ以上進めないローランドと別れの挨拶を交わして外に出る。随分呆気ない幕切れではあったものの、何かが起きるよりはマシだった。
「……あ、これ聞くの忘れてた」
外に出て少し、アリシーが短剣を取り出して残念そうに呟いた。
しかし鞘から刀身を抜いたところ、七色の輝きは失われて元に戻っている。どうやら、切れ味が上がったのはあの迷宮内部だからということらしいな。今更迷宮に入り直して聞く、というのもどうなのだろう。
「ま、いっか」
最終的にそんな結論に行き着き話は終了した。アリシーにとって、通常性能以上の物にそこまでの執着はないらしく、とまあ今まで通りで充分なのだ。
「次は……」
地図を開き、次の目的地を確認する。
「ああ。このまま何事もなく行けば、グリーフに着きそうだね」
港町グリーフ、一年前の目的地だ。そこにグリーフと竹内洋助が居るかは知らないが……。
敵でなければいいな、とは思っている。が、そんな上手い話はなさそうだ。
とりあえず、クラスメイトの手掛かりがあればいい。
「行こうか」
目的地へ向け、僕らは出発した。




