六十八話 道中半ばの七彩迷宮
旅の記録、十五日目。
今日は面白い獲物が居た。生憎一匹しか発見できなかったのだが、爬虫類系の獲物で首が十もある蛇だった。ヤマタノオロチに首が二つ追加された程度の認識で大体合っている。
そいつは胴体が膨んでいてそこから大木のような六本の足が生えていて、近付いて来た瞬間に足音で発見。
大きさは十メートルはあったのだが、地形は起伏が激しく木や岩やトゲや動物の死骸が溢れていて視界も悪く、そういう確認に至った。
ちなみにこんな生物がティリカに襲い掛かってきた場合、緊急依頼が発生するレベルだろう。でもまあ形態もしっかりしてきてはいるので、倒せないこともないはずだ。
「うわっ、でかいな」
目線を遥か上に向け、僕は口をあんぐりと開いて声を洩らした。ズシン、ズシン、という足音がぴたりと止まり、そいつが持つ十の頭が一斉にこちらを向く。
「アリシー、あれ美味しそうじゃない?」
「そうだね。勿論全部は食べ切れないし持ち運びも難しいだろうけど、倒しちゃおうか」
「が、頑張って下さい」
そこからの行動は早かった。まずアリシーが左側の首を二本切り飛ばし、注意が彼女へ向いた瞬間僕の飛ばした鉄球の一つが残り八つの内二つの眼球を潰し、気を散らせたところで再びアリシーが首を切り落としていく。
向こうも長い首をしならせて鞭のように攻撃を仕掛けてくるのだが、攻撃がバレバレ過ぎて僕とアリシーには一切通用しなかった。
あんなキリンみたいな攻撃をしてくる奴、避けるのは造作もなく。
相手の巨大さにやや苦戦を強いられたものの、戦闘時間は十分にも達しなかった。
地面に落とされた十の頭を眺めた僕は、全ての首から血飛沫を上げる胴体へ全力の電撃を送り込む。最後の抵抗をしようと暴れ出したそれは容赦のない一撃に耐えかね、足元から崩れ落ちて動かなくなった。
「お疲れ。にしてもアリシー……こんなぶっとい首、その短剣でどうやって切り落としたの?」
「え、何も一回で切ったわけじゃないよ。同じ箇所を連続で切り付けただけ」
そう言い、アリシーは血にまみれる短剣を手際よく布で拭った。これはウェインから貰った短剣なのだが、相当に素材と出来がよろしいらしい。
一般の刃物であんな化物を斬り伏せたら一発で折れる若しくは刃こぼれしそうなものなのに、別にそうなったりはしない。
ぴかぴかだ。
尤も、アリシーの技術も相まってのことなのだろう。
アリシーは獲物を切る時、肉眼で大方の肉体構造を把握してから切れそうな部位を正確に狙う。
僕は刃物を使わないから分からないし敵の肉体など微塵も看破できないので、きっと堅い筋やら骨に当たってすぐに刃が駄目になってしまいそうだ。
まあ、でも一年以上も持たせるのは相当に凄い。
「ごちそうさま」
「うん、ごちそうさま」
「ふぅあ、いっぱい食べました」
本日のメニューは先ほど狩った蛇の焼肉、丸焼き、肉野菜炒め、皮と骨から出汁を取ったスープ。まさに肉尽くしだったが満足頂けたなら結構、ただ僕は米が欲しかった。こればっかりはパキルじゃ代用叶わないと思う。
ちなみにアリシーの世界には食後にごちそうさまと言う習慣がなかったそうなのだが、僕が癖で言っている内にいつの間にか言うようになっていた。
いただきますに関しては僕が言わないことも多く、アリシーも口にはしないのだが。リセルさんはお分かりの通り何も言わないが、言ったからどうにかなることでもないし、気にするほどでもない。
「あ、そうだ」
カップに入れた水を飲んでいたアリシーはふと気付いた様子で口を開いた。
「何?」
「ここから少し奥なんだけどさ、深く続いていそうな洞穴を見付けたんだよね」
「へぇ……何かありそうな感じ?」
「どうだろうね。流石に行ってみないと分からないけど」
そう言えばさっき飲み水を探すとかでここを離れていたっけ。その時に見付けたのかな。
「行ってみてはどうでしょう?」
「そうですね。地図には記載されてませんし、確認がてらの探索もいいかもしれません」
そうとなれば出発だ。綺麗に洗って片付けた調理器具や食器類を鞄に入れ、出発の準備を整える。
まだ手付かずの生肉は大量に余っていたが、流石にこれらはどうしようもない。
しかしながら端に寄せていた肉の一部にはどこからともなく現れた動物達が余り物を狙って肉を奪い咀嚼しているし、持って行かずともその内還元されるだろう。
何も自分達で全部食べる必要はないのだし、こうした食物連鎖の下に位置する動物に渡すのもありだ。
こいつらは僕らを警戒しない辺り、危険がないことを本能的に察知しているに違いない。
「こっちだよ」
各々が荷物を抱え、アリシーの先導で洞穴へと向かうことになった。
「う、うわ……」
暗がりに隠されてひっそりと存在していた洞穴は、七色に輝いて辺りを鈍く照らしていた。入り口が自ら発光しているのか、様々に反射した色が新たな色を作って幻想的な空間を生み出していた。
正に秘境、という表現が合っている。
光源が何なのか気になるが、とりあえずそこはいい。
「今までで、一番ファンタジー的な場所だなぁ」
「え?」
「ん、いや。何かがありそうだなあ、と」
ファンタジーだからと言って、洞穴の終着地でボスモンスターが待ち構えている、みたいなのは勘弁願いたいが……。
「どうする? 誰かが住んでいそうな気配も感じられないし、後回しにしても僕は構わないけど」
「それ本気で言ってるの? その割には目がきらきらしてるけど」
「……ちょっとは興味あるかも」
「ちょっと?」
「……実は入ってみたかったり」
「じゃあ入ろうか。正直、私も楽しみかな」
本来の目的とは無関係そうな場所だが、未知の世界をほったらかしにするのもアレだ、うん。アリシーも行きたいなら行こうか。
地図本を開いて現在地に『七彩迷宮』と記し、その前にリセルさんへ問い掛ける。
「ここから危険な感じとかってあります?」
「……いいえ、禁忌などはこの地からは感じられません。ですが、様々なエネルギーが混濁して内部は不安定になっています。注意は必要です」
「分かりました」
一応武器の鉄球だけは常に作動できるようにしておき、すっかり身体に染み付いた雷を発生、全身に付与した。
「そんじゃ、行きますか」
◇
隔絶された世界。蒼に覆われた空間の中で、スーツ姿の男は傷の手当てをしていた。
「ってぇな……ガタが来てんのか」
脱ぎ捨てたシャツを横に置き、ある程度の傷に軟膏を塗りつつ、空間の壁と同じく蒼色に侵食された右腕を見やる。
肘関節に取り付けられた深い蒼に輝く宝石、そこから悲哀の力が循環して右腕が能力を行使できるようになっている。
副作用は精神の磨耗と全身の疲労、それと能力を使用した媒体が悲哀に“喰われる”ことだ。
十全な休息さえ取れば大事には至らないのだが、今日は些か使い過ぎている。
悲哀の持つ機能を一時的に止めると、滲み出る脂汗は止まってくれた。
「洋助。大丈夫ですか?」
その空間に、長身の女性が現れた。すらりと伸びる肢体は紺碧の衣装――ではなく、質素な白の寝間着だ。
貿易都市エクサルの一般的な寝間着である。
「ああ、このまま休めばどうこうなる話じゃない。それにこっちでは害種もいないからな」
「ええ、戦わなくていいのは嬉しいことです」
つまりこちらの方は鈴峰律樹側の人間達が駆除したということ。
都市も発展し、隣町と提携まで組んで舗装路まで繋げているところはここを除いてこの世界には存在しないだろう。
最も安全と言える場だ。ここでなら隔離空間を持ち出してまで休む必要はないが、念には念を入れている。
竹内洋助はスーツを着直し、貿易都市エクサルで購入した分厚い本を広げた。
「しかし……こいつを書いたのが鈴峰、か」
精巧な地図だ。この大陸だけではなく、他の大陸のことまで書かれている。本人が行ったことのない地に関しては大体の部分のみではあるが、それでも良く作られていると言えた。
最初のページにはアラビア数字と英語のアルファベットが並び、地図のページにそれぞれ配置されている。これで目的の場所を調べられるということだ。
さて、竹内洋助は難なく見ることが可能だが、果たしてこの記号を解読できる者は何人いるのか。
これはどうやら最近になって売り出されたようだが、手書きで複製して販売しているのでやたら高価な値段だった。しかしそこはグリーフが“本物の通貨”を造って購入。
その程度なら然程影響も発生しないだろうとのことだ。
「なぁ、グリーフ。鈴峰の位置は特定できたか?」
「ええ。現在も移動中ですが、こうして追い掛ければすぐに追い付くかと」
「なら先を急ぐか」
もう大丈夫だ、とよれたスーツを叩いて伸ばす。当たり前のことながらクリーニングなどに出せないため、劣化する一方のスーツは後どれほど持つのだろう。
「いいえ、休んで下さい。明日に出発です。それまでは悲哀によるダメージを癒しておかないと駄目ですよ」
「……そうだな。悪い」
「謝ることではありません。私に付き合わせているのですから……本来謝るべきは私ですよ」
「んなことはない、俺がやりたくてグリーフに付いているんだよ。それで足手まといになってるんだ、だから。悪い」
「……いいえ。その気持ちだけで、私は嬉しいですよ。さ、ここでは何ですから、宿屋でも借りましょう」
スーツの上から悲哀に犯された腕を擦り、グリーフは悲しそうに呟いた。
「ああ。そう、しようか」
そうして隔離空間を解き、二人は路地裏へ出た。ここは貿易都市エクサルの一画。騒ぎが起きないよう人が居ない場に移動してからわざわざ能力を使っていたのだが――。
たった今隔離空間から出てきたところを直視していた人物が居た。
竹内洋助にばかり気を回していたグリーフは他人に見付かったことに歯噛みし、どのように始末をつけようかと思考する。
この世界には能力を持つ人間は大量に存在するが、グリーフのような絶対的な能力を備えた者は存在しない。騒がれたら困るとのことで、なるべく能力は晒さないようにと竹内洋助と話を付けていたのだが……。
「ん、あれ? 先生? ……だよねぇ、この私が間違えるはずもない」
その人物はグリーフのように長身の女性であり、金色の髪を豊満な胸元まで伸ばしていた。大きく整った碧眼が竹内洋助へ注がれ、右耳に付けたピアスがゆらりと揺れる。
彼女は少し特殊な服装をしていた。それはこの地では見られない、赤と黒が絶妙に折り重なった北の大地ならではの服装。
――レイジが統治していた国が、エルリア・アヤクスィダントの禁術行使後に変貌した『都市レイジ』に住まう人々がよく着用する服だ。
「お前は……?」
彼女に反応を示した竹内洋助は、驚いた様子で言葉を紡ぐ。
「おお……昔? の知人に会ったのは今日で初めてだよ。やっほー、私のこと覚えてます? セラですよー先生」
彼女は、何度かしか授業で顔を合わせたことのなかった生徒、アウゼン=セラだ。
授業後にやたら絡んできた生徒だということを思い出し、竹内洋助は片手を上げて答えた。
「ああ、さっきまで忘れてたがな。セラ、よく俺のことを覚えていたな」
「当たり前、私は人を覚えたら忘れないって評判なんですよー?」
人懐っこい笑みを浮かべたアウゼン=セラ。
彼女と竹内洋助が知り合いであったことで、グリーフは落ち着きを取り戻した。
騒ぎが起きなければそれでいいと決着を付け、グリーフもアウゼン=セラへ挨拶を交わす。
「初めまして、アウゼン=セラさん。私はこの方と旅をしている者で、グリーフと申します」
◇
迷宮とまで名付けた洞穴は、やはりというか予想通りの場所だった。
昔よくやっていたゲームで言えば、隠しダンジョンのようだ。通らなくても物語は攻略可能だが、通ると最深部で特別なアイテムを手に入れられるような、そういう場所。
まあ、現実に訪れた今ではそのようなアイテムが隠されているとは毛ほども思わないが……迷宮の名に合った敵が出てきていることは確かだった。
僕達の進行を止めているのは、虹色に輝く騎士だった。数えるのも億劫なほどに配備された騎士達は硬質な虹色の鎧を纏い、大剣を構えて襲い掛かってくる。纏うとは比喩したが、実際は鎧の中身は存在しない。
リセルさんが説明するには「不思議な力が迷宮内部を充たしていて、その迷宮を守護するためにこうした存在が生み出される」そうだ。
そうした存在を、僕とアリシーはひたすらに狩り続けていた。面白いことに七色の壁が輝き昼間のように明るいので視力は存分に使える。
それで迷宮内を縦横無尽に飛び回り、次々に現れる騎士達をそれ以上のスピードで破壊していく。
そんなことを続けていると、唐突に騎士は生み出されなくなってしまった。僕は疲労を息切れで表しながら、隣でぴんぴんしているアリシーへ話し掛ける。
「これで、終わりかな」
「そうらしいね。でも、まだ下があるよ」
一切疲れた素振りのないアリシーはさらりと言ってのけ、僕は相変わらずだなと苦笑いした。
彼女の体力は日に日に増している。正直、僕が勝てる要素は一つとしてないほどだ。
「この先にある穴が下層に続いているみたいだね。正直、この七彩迷宮がどう在るのかを分かっただけで充分だし、奥にまで行く必要はないかなぁ」
下もこの階層と変わらず退屈になりそうだ。現れる敵も倒すと霧散して消滅してしまうし、剥ぎ取って鎧を手にするようなことも行えない。
きっと活動の限界が訪れた時点で七彩迷宮のエネルギーとして再吸収されるような仕組みなのだろう。現れるのが唐突なら消えるのも唐突ってわけだ。
「得られる物も無さそうだしね。リッキーがそう言うなら出よっか」
「私は戦えませんし、お任せします」
二人もそれでいいならさっさと出るか。
「出口までの道は覚えてるから、僕に着いてきて」
確か、と四つに分かれた道の右から二番目を進もうと――。
「――え?」
気が付けば、暗闇の中を落ちていた。咄嗟に上を見上げれば遥か遠くにある第一階層。
雷を展開するも、自由が利かない。
――間違いなく、迷宮の仕業だ。
「アリシー! リセルさん!」
返事はない。
落下を防ぐことは叶わず、僕はただただ暗闇の中を落ちていった。
「いって……」
硬質な虹の床に背中を打ち付けたところで、やっと落下の時間も終わったのかと安堵する。
雷を展開することで直撃は避けたが、痛いものは痛い。
周囲は先の階層と同じような感じだった。強制的に落とされたとはいえ同じ七彩迷宮の中だ。そこまで内部構成に変わりが出ていても困るのだが……。
「やばい」
アリシーやリセルさんと、離れ離れになってしまった。
静寂を保つ迷宮内。壁に手を付き、電気を流して範囲の生物反応を探る。
少なくともこの階層に二人はいない。
この様子じゃ全員一人になっているだろう。
アリシーはまだいい。彼女なら一人でも危険が及ぶ事態にはならないだろうが……リセルさんが、危ない。
「早く見付けないと、取り返しが付かなくなる」
リセルさんは戦えない。不老不死という禁忌を持っているが、彼女自身に戦闘能力は備わっていないのだ。
はぐれたのが僕だけならいいのだが。
先を行こうと歩を進めた瞬時、眼前に騎士が現れる。その左右に一体ずつ鳥のような形をしたものが生まれる。いずれも虹色。
「……行かせない気、か」
舌打ち一つ、明らかに進行の邪魔を目的としたそいつらを雷で破壊し、奥へ走る。
とうとう騎士以外を象る奴らが現れた。
畜生、ともかくリセルさんを早く救出しなければ。
「――仕方ない、やるか」
こうなった今、出し惜しみはするべきじゃない。鍛練の本当の成果……まだ試したことはないが、十から二十分は持つはずだ。
深呼吸をし、精神を鎮めて雷の出力を一定に抑える。
脳神経の伝達、切り替え。脊髄は直接雷での伝達に切り替え、脳神経から発信された命令は雷で受け継ぎ全身へ展開。
「……成功」
今の僕は全身が脳味噌みたいなもんだ、だから神経伝達に遅延は発生しない。
全身から雷が迸っている。こりゃ、消費激しいな。
ともかく、さっさとリセルさんを見付けて脱出だ。




