五十二話 再会の言葉
更新が遅れてしまいました、もうしわけありません。
それは唐突な再会だ。
なのに彼は平然としていて、寧ろ緊張しているのは事前に知っている僕の方だった。
彼の姿は最後に見た時と同じ、金色の髪を後ろに流したオールバックスタイル。革服を着用した姿だと、学生だった印象すら浮かばない。
そこに、メリーさんの姿はなかった。
「といっても。お前は俺のことを覚えちゃいないだろうが……」
彼は頭一つ分ほど下にあるシャインハートをフードの上からそっと撫で、アルベルトとコンスタリエに目を配る。
「マーニ。よくここを発見したな」
「鈴峰律樹君のお陰、って感じだから、私の功績じゃないさ」
「だろうな」
撫でていた手を離し、彼は眉間に皺を作った。
「用は?」
「都市と町で提携を組みたいと思ってね。エステんがこの町の責任者だったみたいだし、丁度いいから交渉しにきたんだよねぇ、二つ返事で受けてはくれない?」
「交渉の前に、その呼び方は止めろ」
「どうしてさぁエステん。この呼び名、非常に可愛いと思わない?」
「交渉は決裂だな」
「ああーっ早まらないで! 分かった、金輪際その奇妙な呼び名は付けないから交渉、続けよ?」
黙って二人の会話に耳を傾けていた僕は、彼らの漫才振りに苦笑を刻む。
何、コイツら仲良いのかな。少なくとも茶番が会話に組み込める程度には、面識があるみたいだけど。
さてまあ、とりあえずエステはまだ僕が記憶喪失だと思っているらしかった。
そこまで知っているということは、僕らの事情は大体把握していると判断して間違いはない。
最初に伝えるべきことは“リッキー”でと決めていた。それならそれで、都合がいい。
「コンスタリエさん、先に彼と話しますので少々待っていて下さい」
話が長くなりそうなので彼女の両肩を押さえ、後ろに引き戻す。何やら喋ろうとしていたが、聞かないことにしよう。
「貴方に一つ、お伝えしたいことがあります」
「……なんだ、言ってみろ」
彼の言葉は、よく覚えている。最後は僕に当てられた言葉ではなく、直接本人に向けられたものだったことを。
それを僕が代わりに言って本当に意味があるのかは、正直なところ、分からないけど。
「リベリアル・ハウルのことは聞いていますか?」
「ああ、もう聞いた」
「彼から貴方に、言伝を頼まれています」
目を閉じて、少しだけ彼のことを思い出す。
たった数日だけの短い関わりだった。だがその数日間は、僕にとっては大切な時間だった。その彼の言葉、感謝は今聞き届ける。
「これは彼が遺した最期の言葉です。『俺を拾ってくれてありがとう』、彼はそう言っていました。それだけは、伝えておきたくて」
「……そうか」
エステはいつになく悲しそうな瞳で遠くを見つめ、目を閉じた。
僕に彼らの事情を聞くことはしてはいけないが、どのような関係であったかは想像できる。
リベルにとってエステは恩人であり、エステにとってリベルは信頼できる仲間だった。
だがその彼は、旅から帰ってくると死んでいた。
恐らくエステはとっくに折り合いを付けているだろうが。それと悲しいか悲しくないかは、また別。
そして僕の報告も、終わりだ。
「もう一つ、エステに言いたいことがあるんだけど。実は先日に、記憶が戻ったんだ」
このまま隠し通せば彼と真正面から向かい合わなくても済んだだろうに。
僕はそうしなかった。彼とは、もう一度向き合っておきたいから。
「つまり、僕はエステを知ってる。あの時の戦いも、全部」
「――なんだ。そりゃあ、良かったじゃねぇか」
すっと口元を広げた彼は、薄く笑みを作る。まるで戦いなどなかったかのように。
「……それだけ?」
「あ? それだけだよ。どうかしたか」
僕の動揺を余所に、彼はあっけらかんと言い放った。静寂が、研究所の内部を伝わっていく。
ああ。エステらしくはあるけれど。
「僕に、何か思うところは無かったの?」
「ねぇよ馬鹿。あの時俺とお前は戦って、終わっただろうが。少なくとも俺にはねぇな」
間髪入れずに返された言葉。
エステは間違っても嘘を吐かない男だ。その彼が言ったのだから、本心以外に有り得ない。
ただの杞憂だったか――。その言葉を聞いた僕は、安心した。
「それなら良かった。でも、謝っておく。ごめん」
「お前はお前の意思を通した、ただそれだけのことだ」
彼はそう返事をし、「記憶があるなら話したいことがある」と告げた。
「なんですか?」
「エクサル――そう言えばピンと来るだろ?」
彼のきな臭い台詞に――僕は目を細めて、首肯した。
◇
エステからメリーさんの話を持ち出されるとすれば、浮かぶ内容は一つしかない。
コンスタリエ、アルベルト、シャインハートを置き去りに、僕とエステは外に出る。
これからするのは世界に関わる会話だ。だから、他人に知られるのは非常にまずかった。
「エクサルが一緒に居なくて良かったな」
と切り出したエステは雑草の上にどかりと座る。お前も座れと言いたげに睨んできたので、彼と対面する形で胡座を組んで座ることにした。
「アヤクスィダントが今どこで何をしているのか、お前は知っているか?」
飛び出したその質問。つまり『ルリさん』に関する話であることは確かだった。それも、穏やかな話ではない。
「どこにいるかは分からない。でも、彼女が何をおっ始めようとしているのかは、掴んでる」
「なら話が早いな。エクサルはアヤクスィダントのその行動に激怒している。このまま現状に変化が見られなければ、アヤクスィダントを殺しに出るだろう」
淡々と説明をしたエステと比べ、僕は目を大きく開いた。
「一応訊きますが、激怒の理由は?」
「一度創ってしまったものを丸ごと無かったことにしてしまう――んなこたぁ、エクサルは許さないだろうな」
今度ばかりはルリさんを擁護する言葉が見当たりそうになかった。黙った僕は、ただ溜め息を吐く。生暖かい風が、地味に伸びた髪の毛を拐っていった。
ルリさんのやろうとしていることは、何もかもが間違っていると僕は思わない。
だが世界を変革し今の世を無に帰すると言うことは、メリーさんら三姫の存在そのものを否定しているのと一緒だ。それを彼女が許せるはずかなかった。
「僕は、このことに関してルリさんに与するつもりは欠片もないよ。彼女のアホな行動は、責任を持って止めるつもりでいる。でも、彼女が悪いから殺すってのはちょっと――止めて欲しいかな」
相変わらずなメリーさんの極端な思考に難しい顔を作り、僕は雑草を一つ毟った。それを宙に放し、風に流されて消える緑を数瞬ばかり見つめ、
「怒る気持ちは痛いほど分かるし理解もできるけど、僕がなんとかするから少しだけ我慢してくれると嬉しいよ」
「奇遇だな。俺も今回のエクサルの行動には同意しかねているところだったんだ」
彼は足元に視線を落とし、僕の言葉に顎を引く。
「……え?」
「アイツはあの時戦いが終わった後、用が済んだはずの俺の元に寄って傷を治してくれた。その後はなんつったと思う? エクサルは俺に着いてくと言ったんだぜ」
再度顔を上げたエステの表情が若干綻んでいるのに気付いた僕は、ちょっとばかり妬ける思いに駆られた。
僕とルリさんがちっともイチャイチャできないのに、コイツらは。
まあいいさ。
「あの戦いで、エクサルはいつでもアヤクスィダントを殺すことが可能だった。だがそうしなかったのは、アヤクスィダントがお前に愛されていたからだ。だからお前に寄り添ったアヤクスィダントを見て、エクサルは見逃すことに決めた」
「――で、こうなったのを後悔していると」
「まあな。肝心のお前は記憶を失ったと伝えられ、アヤクスィダントは独りで動いている。んなことが後に分かったら、誰だって自分の行動が愚かだったと考え直すさ」
エステは遠くを眺め、ぽつりと呟いた。
「でもな、それでもエクサルがアヤクスィダントを討つのには賛成できない」
「どうして?」
エステは僕の野暮な問い掛けに舌打ちし、苦笑した。
「腐っても自分の欠片だろうが。俺はエクサルには自分同士で殺し合って欲しくはねぇ」
「……全く持って、同意見だよ。エステ」
戦いは終わった。エクサルもグリーフもレイジもルリさんを殺さなかったのは、そういうことだ。
だから本来、もう争う必要はなかったのだ。なかったのに、ルリさんは争わなくてはならない理由を作ってしまったのだ。
「……五年後、それまでに何も出来なかったら、皆離れ離れになる。だから僕はルリさんを全力で止めるし、止めなきゃならない」
しかし。彼女の歪な気持ちは、痛いほど伝わっていたからこそ、心が複雑に絡まっていたのかもしれない。
「――でもさ、可笑しいだろ。あいつ、これが本気で僕のためになると思ってやってるんだよ」
けれど、やり方が間違っている。
そんなルリさんだけど、これ以上傷付いて欲しくはないんだ。
僕の言葉を耳に入れたエステは、呆れたように失笑する。そうしてから、彼は真剣な表情で口を開いた。
「律樹、エクサルと話を付けろ。俺じゃエクサルを助けることはできなかったが、お前ならアヤクスィダントを助けられる。お前だからこそ、エクサルを助けられる」
「なんだそりゃ。せめてメリーさんは自分で助けてくれよ。エステの彼女だろ」
「ハッ。助けられるってんなら、とっくにやってるさ」
自嘲するように言ったエステは話は終わりとばかりに立ち上がる。彼は僕の肩を叩き、静謐に唸った。
「エクサルはアヤクスィダントの一部だが、その逆はない。――アイツにはもう時間がない、それだけは覚えておけ」
その言葉の全てを、僕は理解することができなかった。
◇
シャインハートの研究所に戻るや否やコンスタリエとエステが色々と詳しい話を繰り広げ始めたので、町同士の提携に関してはそっちに任せることにした。
「まぁ、あれですね。お久しぶりですシャインハートさん」
アルベルトもそちらに参加してしまっているので、シャインハートと二人残された僕は彼女に話し掛けることにした。
エステがコンスタリエとの交渉が終わり次第にエクサルの元へ連れていくと言っていたが、それまで無言なのはいくらなんでも辛い。
「彼とは何を話していたの?」
「……話せないから外に出た、じゃ駄目ですかねぇ」
会話早々突っ込んだ質問をしてきた彼女に言い訳をすると、「そう」とあっさり引き下がる。
何を話そうか。そうだ、凍竜の研究は進展したのだろうか。
「シャインハートさん、凍竜の冷却器官はどうなりました?」
「まだ未解析。原理が理解できていない」
「それは残念ですね」
「でもそうでもない」
シャインハートは淡白な声調で言い、僕の右腕を掴んで引っ張った。
「原理は解らないから量産はできないが、器官を取り出すことはできた」
彼女は鉄製の机の上に置いてあったそれを躊躇なく手で掴む。青くてぶよぶよした塊だが、これがその器官なのか。
「これがそう。凍竜の身体に入れると冷気を発するということしか判明していないが、解明さえできればこれを量産して食料品の保存などに貢献できる」
ああ冷蔵庫、ね。
生肉とか野菜とかが長期保管できるようになれば食の革命が起きそうだが。
「つまり、研究は進んでいるんですね」
「そういうことになる」
「これからも頑張って下さい」
「ありがとう」
会話終了。
中々話も弾まないのは予想済みだったが、以前の僕はどのようにしてシャインハートと長時間話していたのだろうか。
そんなことを考えながらシャインハートを見つめていた僕は、ふと疑問に思った。
「シャインハートさんっていつもフード被ってますけど、何か理由があるんですか?」
彼女は白いフードを被っている。いつ見ても頭にそれをかけているが、どうかしたのか。
「……」
あれ。
返事がない。
「あ、あの、聞いちゃいけなかったり……しました?」
「……」
黙ってしまったシャインハートは固くフードを掴み、俯く。その姿はまるで恐怖に怯える小動物のような、そんな姿だった。
「すみません。聞かなかったことにして下さい」
「……分かった」
僅かばかりに顔を上げたシャインハートに罪悪感を覚えた僕は、もう一度謝る。
人には触れてはならないことがある。僕が話さないのに、彼女には話せなどと妄言を抜かすつもりはない。
その後は彼らの話し合いが終わるまで、研究や世界についてぽつぽつと語り合っていた。
「――律樹」
その内エステに呼ばれ、僕は彼の方を見やる。
「交渉は成立した。まだ奴らが集まるまでには時間がありそうだし、行くぞ」
「了解」
奴らってのは、アルスやローゼルのことだろう。受付嬢辺りが迎えに行っていたりするのかな。
「ええ? またどこか行くの?」
不満を全開にしたコンスタリエが嘆いた。
今度はただ言葉を交わすのとは違うから、数時間以上帰らないことになる。けど彼女は連れていけない。
「すみません、僕も用事を思い出しまして。あまり時間は掛けないので、シャインハートさんやアルベルトさんと仲良くしていて下さい」
「しょうがないなぁ、そうしたげよう」
コンスタリエは嫌々ながらも含み笑い一つで承諾した。まあシャインハートはどうか知らんが、アルベルト辺りならいい茶化し相手になると思うよ。
「それでは」
と一礼してから、先へ行くエステを追う。不思議と緊張はなかった。エステの手引きがあるから、というわけじゃなさそうだ。
そうか。これから、メリーさんに会いに行くんだな。
「エクサルはグループの最上階で俺を待ってくれている。最初から頼むんじゃなく――ちょっとは仲良くしてやれよ」
木製の扉を開けて待っていたエステは――寂しそうに、そう呟いた。




