五十一話 英雄の帰還
町は賑わっていた。
町の外に当たる草原にエンダーを着陸させ、既に町の中に入っていた僕は素直にそう思った。
活気が溢れるこの大通りは奥まで店が建ち並び、そこかしこから良い匂いが立ち込める。主に料理を売って生計を立てている店が多いからだ。
「へぇーすごいねぇー、規模はちっさいけど、都市より花があるよねぇ」
あちらこちらをキョロキョロと眺め、コンスタリエは呟いた。
「ところで『グループ』ってのは、あのでっかい城で合ってるのかな?」
「ああ、あれがそうですね」
彼女にグループのことを教えると、是非都市にも仕事をしに来て欲しいと頭を張り巡らせていた。それはこの町と都市が上手く提携を結べるかにもよるが、その方面はコンスタリエが勝手に上手くやるのだろう。
さて。
「にしてもこんなに活気が満ち満ちとした町並みを見るのは僕も初めてですね。何かイベントでも開催したのでしょうか」
通りの喧騒に揉まれつつ、賑わう人々を観察するように眺めて首を傾げた。
「君が居た頃から随分と間が空いたようだし、町も拡大しているんじゃないかい?」
「そうかもしれないですね」
だとしたら嬉しいものだ。町が大きくなれば住民は外から流れ込むだろうし、何より通貨の概念があるのは安心する。
道の変化はなかったのでそれにも安堵した。見慣れた風景を歩き、僕らはまず宿に顔を出すことにする。
アルベルトに挨拶だ。彼にコンスタリエを紹介して、グループで話を通して貰おう。
五年後のことについては、保留か。はぐらかして伝えても余計な不安を与えてしまいそうだし、彼に追及されたら隠し通せないかもしれないからな。
というわけで。
上階グループ専用の宿屋にお邪魔した僕は、案の定というかなんというか、カウンター内で座っていたアルベルトを見て苦笑いしたものだった。
受付業務にハゲの筋肉達磨ってのは、やっぱり似合わないな。門番でもやらせた方が割りに合っているぞ。
「……あ、あ? リッキーじゃねぇか……どうしてこんなとこに、っつうか嬢ちゃんはどうした? ソイツは誰だ?」
彼は目を丸くして僕らを見つめ、そんなことを言った。
「久し振りです、アルベルトさん。今日はグループにこの人を紹介しようと思って立ち寄りました」
「はーいー、君がアルベルトさんかな?」
彼女はずん、と前に出る。
ちなみに、彼女には僕がリッキーと呼ばれている理由も含めてこの町の大体のことは説明済みなので、会話に着いていけなくて困ることはまずない。
そんな彼女だが、アルベルトの容姿にも気後れした様子はないみたいだ、流石に人を纏めるトップでもある。見た目で動揺しないのはとてもいいことだ。
外見や雰囲気からは全くそんな風には見えないが。
「お、おう……? そうだが」
「私はここから遥か遠くにある都市エクサルからやって来た者で、名はコンスタリエ・ヴィ・マーニ。うん、端的に言えばね、この町と都市で仲良くやっていきたいんだよ。というわけでよろしくお願いできないかな?」
「んなこと俺に言われてもな……」
寧ろ彼の方が一歩引いている有り様だった。巨腕の先がこつこつと修繕されたカウンターを叩き、アルベルトは困ったように考え込んでいる。
そりゃあ、開口一番に途方もない話を持ち掛けられても、宿の主人であるアルベルトに決定権はないので仕方ない。
「とりあえずグループに案内してもいいですか? そっちの方が話しやすそうですし」
元々そのつもりだったので、アルベルトも連れてグループで首脳を揃えた会議をと提案すると。
「今日はグループ、やってねぇんだよ。だから行っても誰もいない」
「あれ、年中無休で営業するのがグループでは?」
「一言も口にした覚えはないが……、そうか。お前ら今日こっち来たのか?」
重大な点に気付いたような顔をして、アルベルトは片眉を上げる。
「ええ、つい先程」
「町が騒がしいのには気付いていたか?」
「あー……やっぱり町で何かやってるんですかね」
アルベルトはうんうん頷くと、ゆっくりと立ち上がった。約二メートルの巨体がこちらに歩いてくる光景を見ると、彼の屈強さが嫌というほど窺える。
ハゲた頭を一撫でして、彼は驚くべきことをさらりと言ったのだった。
「今朝、エステさんが帰って来たんだよ。それで町中大騒ぎさ」
◇
町の喧騒の正体はイベントでも何でもなく、ただエステが町に帰ってきたからという理由だった。
まるで英雄の帰還だ。んな大袈裟なとも思ったが、この町の彼は主にメイス達のお陰で英雄だからな。
そういうことなのだろう。
グループが休みになった理由としては、エステを交えた全員で話し合いがしたいからとのことらしく、受付嬢らを含めたメンバーが欠如するためだった。
エステが何をしに旅に出て学校に姿を現したりしていたのかは知らないが、するのは帰還と報告とかだろう。
そういえば以前彼には『グループ』に誘われた気がするぞ。
……あれはそういう意味だったのか。
「して、ちょっとエステさんの様子が可笑しくてな。お前らが来る前にメイスと話をしていたんだが」
これ以上先を言っていいのか戸惑うような仕草をした彼は、ちらりと僕を窺う。
あぁ、それなら僕も少し喋った方がスムーズかな。
「実は、記憶が戻りました。で、僕は彼と知り合っていたみたいで、アルベルトさんにも追々話しますけど彼とは知人同士です。なので何を言っても問題ないですよ」
「……は? そうなのか。そうか……じゃ尚更聞いてくれると嬉しい」
「彼がどうしたと?」
「あのな……エステさんが、女を連れて帰って来たんだ」
え。それだけ?
ああ。
メリーさんだ。
その確証を一瞬にして得た僕は、特に驚きもしなかった。
隣ではコンスタリエがふうんと相槌は打つものの、最初から知っている情報なのでこれといった反応もせず。
「それって、背が小さくて赤い髪をした女の子ですよね?」
「……知ってんのか?」
口をあんぐりと開けたアルベルトは大層驚いた顔をしている。アホ面だ。
「ええ、エステの彼女ですよ。それで二人はどこに?」
にべもなく答えて居場所を尋ねると、彼は引き笑いを起こしていた。
「い、いやぁ……そうなんだが……だって、ずっとティリカさん一筋だったエステさんが、ころっと……しかも幼女じゃねぇか……有り得ねぇ……」
本気で頭を抱えた彼の姿を横目で納め、僕はコンスタリエの方を向いた。
「……有名人ってのは、何かと大変なんですねぇ」
「私を見た理由がいまいちだけど、そうだねー、有名人だと噂一つで大変なことになるからねぇ。あることないことまことしやかに囁かれてろくに外も出歩けやしないかな」
そりゃ大変だ。
などとエステに同情をしていると、宿の扉が開かれた。
来客か、帰宅か。
後ろへ振り返ると、姿を見せたのは見慣れた人物だった。
動きやすそうな単一色の黒に身を包み、意気揚々と中に入ってきては僕を視界に入れて絶句した人物。
「お、おおおまえ……いつから……じゃ、じゃない! アリ……おねえちゃんはどうしたんだ! 誰だその新しい女!」
僕を指差して騒ぎ立てるのは、ウェイン。小綺麗になった服以外は何一つ成長していないようだ。
言葉遣いも失礼過ぎる。
「新しい女? つまり私はそこまで軽薄で女たらしの男と二人きりで密室を共にしたと、そう言うんだねぇ? 悪い響きじゃない」
勝ち気なつり目でからかってきた彼女をとりあえず視界から外し、ウェインに取り合う。
「少し用事があって急ぎで来たんだ、アリシーは今僕が滞在している家で留守番中。ちなみにこの人はかなり偉い人で僕とは何の関係もないから、滅多なことを言うと八つ裂きにされるよ」
「八つ裂き!?」
「偉い人は個人的な視点で物を捉えて怒ったりはしないよ、だから安心してねん」
「そっか、胸小さい割に心は広いんだな!」
「……へぇ」
閑話休題。
本当に余計な一言を口にしてしまったウェインは置いといて、話を戻そう。
いくらコンスタリエ・ヴィ・マーニという女が偉い人である意味気さくで心が広くたって、胸が小さいなと罵られれば頭には来るのだ。
うん、言われてみれば確かに平たい。
そしてそれをメリーさんに言ってみろ。怒るかどうかは別にして、怒ったら潰されるぞ。
「さて、アルベルトさん」
「なんだ」
裏でコンスタリエに絞り上げられているウェインを二人揃って眺めながら、僕は宿屋の主人になったつもりで物事を考えてみる。
「あそこでウェインが初対面の女の人に羽交い締めにされてますけど、治安的に止めなくていいんですか?」
「いや、然るべき処罰だ。受けさせておくのが正解だろう」
「そうですね。ところでこれからエステに会いに行きたいんですけど、彼がどこに居るか分かりますかね?」
エステ。
正直、あの戦い以降の彼を知らないので非常に気まずい思いはある。何故なら、僕は彼とメリーさんを裏切ったのだから。そして彼ともメリーさんとも、戦ったのだ。
だがリベルの言葉、託された僕が自分の口でエステに届けなければいけない。
たとえ彼が既に知っていたとしても、だ。
「お前、エステさんを呼び捨てにするような仲だったのか……いや、それはいい。多分、アリスの研究所に顔を出していたはずだが」
「シャインハートさんの?」
彼女と言えば、凍竜の研究をしていた念動力を操る人物だ。
エステが居るとなると、研究関連での話し合いでもしているのか、それともグループの集まりがシャインハートの研究所になったのか。
施設は広いしその可能性も有り得る。一応時間に限りもないし、片っ端から廻るのもありだ。
「じゃあ彼女の研究所に行ってきます。アルベルトさんも来ますか?」
「俺か? そうだな……行こう」
勿論ウェインは置いてけぼりとなった。
◇
「いやぁ、久々にすっきりした気分だよー」
自分で肩を揉みほぐしているコンスタリエが左隣に、普通に歩いている巨漢のアルベルトが右隣に。
そして平凡な僕が真ん中という三人で研究所への道を進んでいた。アンバランスな面子なのは自覚しているが、こればっかりはどうしようもない。
「すっきりって、鬱憤でも溜まってたんですか?」
彼女に流し目を送り、権威ゼロの姿に苦笑いする。
憂さ晴らしにウェインを羽交い締めにしてストレス解消、ってのもどうかと思うが。
ただまあ、ウェインも別に痛くはなかっただろうな。
彼が本気で抵抗すれば逆にやられていたのはコンスタリエの方だし、素直に罰を受ける心意気だけは大人になったと言えようか。
「いんや、派手に動いたのが久々ってことよ。最近は書類に追われてばかりでねぇ、命令とか情報とか、口で言ったことを忠実に覚えてくれさえすればいいのにさー」
それ、組織のトップが言っていい台詞じゃないよ。
と思ったが、右隣のアルベルトが何度も首を縦に振っていたのでそうなんだろうなぁと考え直す。
書類仕事は共通で面倒ってことだ。こういう人達の場合、自分は書かなくても分かってるだろうしな。
ただ伝達事項などを口で言って正確に記憶していられるのは、完全記憶能力持ちの受付嬢くらいなものだろう。
面倒だからこそ大事なことなのだ。そしてその面倒なことをしっかりこなしている二人は偉いのだ。
偉い偉い。
「あ、着きましたね」
大通りや住宅街からすっかり離れ、緑と畑が溢れる景色の中央にシャインハート研究所が見えてきた。
ここまで来るのに数時間。コンスタリエは歩き疲れたのか息を乱しているが、僕とアルベルトはまるで動じていなかった。
彼女を見ると、鍛練の成果を実感させられる。
僕も大分身体が強くなったものだ。アルベルトには遠く及ばないが。
「まずは呼んでみますか」
研究所入り口にある分厚い木製の扉を数度叩き、待つこと数十秒。
ギィ、と木が軋んで、ゆっくりと扉が開かれた。
「……あ」
開かれた扉の先に見えたのは、いつも通りにフードを深く被った女、アリス・レイシス・シャインハートだ。
「お久し振りです、シャインハートさん。エステ来てます?」
「居る。彼に用が?」
「はい。この方関連で、少し用事がありまして」
コンスタリエを手で示すと、彼女は挨拶をする。
「私はコンスタリエ・ヴィ・マーニ。エステの知人でいいのかなぁ、多分」
するとシャインハートはフードから覗かせた両の瞳でしばらくコンスタリエを眺め、素っ気なく返答した。
「入ってきて」
短くそれだけ伝えると、彼女は踵を返してさっさと奥へ消えてしまう。
あれが平常運転なんだな、やっぱり。
「変わった子だねぇ」
「入りましょうか」
許可は得た。二人を先に行かせて最後に入った僕が扉を閉め、彼女を追うように廊下を進む。
吹き抜けの開けた空間に出ると、そこには相も変わらず凍竜の死骸が転がっていて――。
「よぉ。生きてたんだな、お前」
シャインハートの隣。しばらく凍竜を見上げていた彼は、僕の方に顔を傾けて不敵に笑ったのだった。




