五十三話 普通の女の子なんだ
日頃人の出入りで忙しいグループの入り口も、今日に限ってはがらんと空いている。
何故ならグループの運営側の人間が誰一人として城に居ないからだ。
そのため石城の内部は閑散としていて、静寂が薄暗闇の空間を寂しく魅せていた。
――正式名称クフェル城という名のここは全三階層の造りになっているが、最上階に上がるのはこれで初めてになる。
そもそもエステ以外の入室は滅多にないと聞いていたので、彼の私室に近い場所なのだろう。
メリーさんの禍々しい力を感じながらも最上階に足を踏み出した僕は――そこで背を見せて佇む彼女を、捉えた。
設置された窓から射し込む光はだだっ広い内部を僅かに照らし、彼女が身に付けた紫の外套が妖しく揺らめく。
赤毛が鮮やかに振られ、横顔を晒した彼女は――。
「おかえり」
幼い声で。エステに微笑み掛けた。
「ああ」
短く返答したエステは、何も言わずに踵を返す。メリーさんの瞳は、既に僕へと向けられていた。
まるで言葉を介さなくても通じているようだった。
「後は頼んだぞ、律樹」
太い右腕が上に上がり、ひらりと手のひらを舞わせてエステは階下へ降りていく。
「……」
え、一人で彼女と喋るの。
メリーさんの紫の双眸が、僕を射抜いて揺るがない。
怖いんですけど。
バクバクと脈動する心臓を必死に押さえ、僕は覚悟を決めた。このままでは何も始まらない、僕から切り出さなければ。
「メ、メリーさん? その、ひ、久し振り……ですね?」
「記憶あるんだ」
冷静に返され、そうだったと思考を張り巡らせる。
どうすればいい? どう彼女を説得すれば。
纏まらない思考の中、エステの言った言葉が甦る。
気持ちを落ち着かせ、僕は深呼吸をした。
「実はそうなんですよ。それで、少し思い出に浸りたくて。昔話でもしませんか?」
「うふふ、ふふ。面白いこと言うね。いいよ、鈴峰律樹君」
満面の笑みを展開させた彼女は、ちょいちょいと手招きをして見せる。
――なんだ。
こうしてみれば怖くないじゃないか。彼女は暴君には違いないだろうけど……元はルリさんで、根本は普通の女の子なのだから。
「ありがとうございます」
お礼を言って、僕は身構えで生じた身体の強張りを取り払った。
◇
彼女と会話をするのは、いつぶりだ。
最後に戦闘をしたあの時か。違う、あれを会話とは言わない。
だったら、彼女と共に行動をしたあの時か。そうだったな。
色々あった。
ルリさんのことなど何一つ理解していなかった僕は、ただ振り回されてばかりだった。今とは違って確固とした意思も持たず、漫然と日々を過ごしていた。
今じゃ考えられないが。
「――そう言えば、貴方のファーストキスを奪ったの私だったね」
「ちょ、今それ言いますか。というかなんで僕が初めてなの知ってるんですか?」
「仮にも貴方の魂を一旦は身体に入れたわけだし、筒抜けだよ」
「……あぁ……なるほどぉ……そりゃお見通しですねぇ……あはは」
こうしてメリーさんと腹を割って話すことができる日が来るとは夢にも思わなかった。
腹を裂かれたことはあるけど。
「思い返せば、僕ってメリーさんに殺されかけた数が一番多いんですよね……」
「よくそんな人と昔話をする気になったね。頭可笑しいよ」
彼女はくすりと笑い、どこからともなく出現させたナイフを無造作に片手で持った。
その所作に身体が震えたが、殺意がないのを悟って首裏に流れた冷や汗を止める。
――ナイフの色は、以前とは違って毒々しい紫色だ。
「逃げないんだ」
「逃げませんよ。刺す気無さそうですし」
「……じゃあ刺す」
殺意が、膨れ上がった。紫の障気が空間を包むのにはそう時間は掛からず、僕が反応を示す前にそれは訪れる。
「――っ?」
視界がぐるりと回って明滅し、背中に強烈な衝撃が走った。次に意識がはっきりとした時、僕は床に仰向けで倒れていた。
「あれ、なんかデジャヴ……」
その僕の両腕はいつの間にか後ろ手に縛られ、腹の上には幼女が跨がっている。
一瞬の内、完全に動きを止められてしまったようだ。全く気付けなかった。
「あれ、僕って結構強くなったと思うんですけどね……」
「中途半端に優位性示されるのは面白くないから、やっぱりこうでなくちゃ……ねぇ?」
僕の頬を撫で、メリーさんは異様な程に顔を接近させてくる。同時に腹へと伝わる冷たい感触。
――ナイフだ。
あれ、これって絶体絶命なんじゃ。
「……メリーさん?」
「なに?」
「トイレ行きたいんで、放してはくれませんかね」
「や、だ」
ですよね。
「漏らしちゃうかもしれません」
「その時は軽蔑するけど、私は気にしないよ」
「気にしてるじゃん!」
こういうふざけたやり取りをしたのはいつ振りだったか。どちらにせよ、僕を解放してやるつもりは毛頭ないらしい。
腹に伝わる冷たい感触を味わいながら、溜め息を吐いて苦笑いした。
「まあ、いいですけどね。鎖で両手足を大の字で縛られるよりはマシですし」
「まだ余裕ありそうな顔してる。全部奪っちゃいたいな」
「……これで勘弁して下さい」
目と鼻の先で恍惚に笑う彼女に気後れした僕は、表情を固くした。
「ふふふ」
微笑のみを返答にした幼女を前に、僕は。
力を抜いて、そろそろ彼女に言ってあげなきゃならない言葉を吐き出すことにした。
僕がただ言いたかっただけかもしれないが。
「メリーさん。この前のことは、すみません」
後頭部が床に付いていて眼前には彼女の端正な顔が映っているので、頭を下げることは不可能だが。
「この前って?」
「メリーさんを騙していたことです。こういう機会でもなければ、謝れなくて」
「拘束されて身動きできないようにされないと素直になれないの?」
「……そういうわけじゃ……ないですが……」
メリーさんにここまで突っ込まれるとは。反論を持ち合わせていなかった僕は、身振り手振りも行わせて貰えないのであははと愛想笑いをするしかない。
「一度謝っておきたかったんです。どんな理由があれ、僕はメリーさんを騙してましたから」
有無を言わさずに連れられた旅だったけど、それでも彼女は全力で僕を助けてくれた。どういう思いを張り巡らせていたのか知らないけど、彼女がいなければ僕はこの場に居ない。
メリーさんには殺されかけたかもしれないが、同時に命を救ってくれた恩人でもあるのだ。
だから憎めない。ルリさんを殺そうとしていたとしても、どうしてか。
「ふぅん」
メリーさんは目を細めた。障気が直接振り翳されるのが伝わり、危険信号が脳内に響く。
「ねぇ、許すってなに? 謝るってなに? 騙すってなに? 貴方は別に私を騙してないし、ましてや裏切ってもない。なにそれ、全然面白くないよ、そんなの」
理由が見当たらないが、少なくとも彼女が怒っているというのは身に染みていた。
狂喜に当てられて全身が畏縮する。彼女の眼に貫かれた僕は、身体を震わせることすら叶わない。
どうしてメリーさんが怒っているのか、僕には分からなかった。
ただ。
「面白いってのがどういうことだかは僕には理解できません。でも、騙していないかといえば、そうではな……」
腹部が、熱く跳ねた。呼吸ができなくなって、喉奥に気持ち悪い何かが込み上げる。
「もういいよ、喋らなくて」
僕が続きを話せなくなったのは、腹部にナイフが埋め込まれたからだった。
謝っちゃ、いけなかったのか……?
メリーさんが怒る理由が、僕には分からない。彼女は何を思って、何を求めている。
「メリー……さん」
呟いた言葉は、彼女に届かない。
「分からせてあげる」
甘い、甘い、彼女の溶けるような声が脳に浸透してきて。抵抗の間もなく、深い闇に落ちた。
◇
そこは暗闇だった。
だが頭は混乱せず、冷静過ぎるほどに落ち着いている。
ああ。
此処は、今までに何度も訪れた精神世界だった。
「律樹君」
――しかし今までと違うのは、僕は一人ではないということだった。
視界一杯に映っているのは、赤毛の彼女。紫の外套はそのままに、顔はひび割れて今にも壊れそうに原型を保っている。
ふと自分を見ると、何故か裸だった。お陰で爛れた全身が露になり、見るのも苦痛に感じてしまう。
「どうせエステの計らいでしょ? 私と話してくれ、とか言ったんだよね」
ひび割れた口元が開かれ、むすんと脹れる。眉は逆八の字にひん曲がる。メリーさんはむくれていた。
こっちだと何だか可愛らしく思えるのは、危害を加えられる心配がないからかな。
「まあ、そうですけど」
「だったらそんなの要らない。無理に話されても、意味ないよ。私に言いたいことがあって来たんでしょ?」
「……そうですね、その通りですけど。ってか、ここで話しするためだけに僕に致命傷与えたんですか?」
「当たり」
なんと強引な。
「そしてそんなに僕と雑談するのはつまらないんでしょうか?」
「楽しいよ。でも楽しいだけであって、面白くない」
哲学過ぎて返答に困る。
分かった。そこまで本題に入って欲しいってんなら、早いけど言ってしまおうか。自分でそう望むなら、これ以上続ける意味は彼女の言う通り、ない。
精神世界に入ってきたのは、恐らく彼女の魂の状態を見せるためでもあるのだろうし。
時間がないとエステが言ったのは、そういうことだ。
「じゃあメリーさん、単刀直入に言います。ルリさんを、殺すつもりですよね?」
「うん」
彼女は即答した。真っ直ぐ見つめるその眼差しには曇りの一片も見えない。
「分かりました。ではメリーさんの代わりに僕がルリさんを何とかします、あなたは手を出さないで下さい」
エステの言った言葉の意味は、やっぱりよく分からなかった。僕が彼女を助けられるとは到底思えないし。
「嫌だ」
物凄い形相で睨み付けてきた彼女を前に、僕は一歩も引かずに答える。
「でもメリーさん、あなたはもう長くない。きっとルリさんの禁術が起こした現象にもとうとう限界が来たのでしょう。そのひび割れはどうしたんですか? 次派手に戦ったら、メリーさんは“消えちゃいますよ”」
自分もそう言い返されたら終わりな言葉を放ち、自嘲の笑みを浮かべた。
まあ、彼女は助けられないけど。
彼女の命だけを助けるなら、まだ可能かな。
「ちなみに見て分かる通り、いつ僕もどうなるかは分かりません。それでも僕が彼女を止めます」
「どうして?」
「僕はルリさんが好きです。そのルリさんのやる事が間違っているのなら、僕が止めるのは当たり前でしょう」
今更恥ずかしいとは言わないぞ。正々堂々、何度でも言ってやる。
「……嫌だ」
「それは、何故ですか」
メリーさんはいまいち煮え切らない様子で首を横に振り、僕は彼女に問う。
今、彼女は混乱しているはずだ。どうして僕がルリさんの味方をするのではなく、ルリさんの敵に回るのだ、と。
前回と同じ状況ならメリーさんの態度はこうも沈まなかったはずだ。だが今回はそうではない。
僕も彼女もルリさんにやろうとしている根本は一緒。
じゃあ共闘するかといえば、彼女に譲れない理由がある限りはそういうわけにもいかない。
だからこそ僕は訊かなければならない。その上で、僕の道を邪魔させるわけにはいかないんだ。
「もう、私はアヤクスィダントを許さないからだよ。アヤクスィダントは私が必ず殺す、ただ止めるだけじゃ同じ過ちを繰り返す――だから、それがないように、私が殺す」
「そうですか」
メリーさんの言うことは最もだ。現に、過ちは数度に渡って繰り返されている。これ以上彼女を放置できないのは誰の目から見ても明白だ。
――が。
「じゃあ、僕はまずメリーさんを止めなければなりません」
手に負えないから殺す?
させるわけがないだろう。少なくとも僕が居る内は、もう二度と間違いは起こさせない。
そのためにメリーさんと戦うのはどうかと思うが――。やるってんなら、やるしかない。
そうしなければ、彼女は止まってもくれないのだから。
「……ふふ。ふふふふ、ふふ。私と、やるの?」
「不本意ですが」
「言うようになったね。後悔しても、もう遅いよ」
最後に笑顔を見せた彼女の姿が、すうと消滅した。
僕の精神から出ていったのだろう。
暗闇に取り残された僕は、彼女の言葉を反芻する。
「後悔、ねぇ」
今すっごくしてる。
普通に考えて彼女に敵うわけがない。けどそうする以外に方法が見付からなかったんだもの。
仕方ないだろ。
「……はは」
僕は暗闇の精神世界が壊れるまで、必死の形相でメリーさんとの戦闘シミュレーションをし続けていた。
◇
意識は現実に戻る。
腹部の鈍い痛みを受けて瞼を開くと、そこにはメリーさんが居た。
「あの、まだ覆い被さってたんですね」
どうやら腹の刺し傷は治されていたみたいだ。服が真っ赤な血で染み付いている以外は問題ない。
「このまましてもいいけど」
「抵抗はしますよ」
「でもそれだと、つまらないから」
外套が揺れ、彼女はあっさり僕から離れる。じゃあ意識を取り戻してから離れたのは何故だ。
「……よっ、と」
後ろ手の縛りはいつの間にかなくなっていた。解放された身体を存分に伸ばし、僕も立ち上がる。
「それで、これからを僕に任せてみる気はありませんかね」
「頼りない、駄目」
「……」
一応は敵対の仲。けどこの清々しさはどこから現れるのか。
出会い方がもう少し違えば、こうはならなかったんじゃないかと思う。尤も、別の邂逅は望めなかったに違いないが。
「つまり、僕がメリーさんに頼りがいのあるところを見せれば、任せてくれるわけですね」
「貴方が嘘とはったりで組み上げられてないことを証明してくれるのを、楽しみにしているよ」
「……手厳しいですね」
そういや彼女にははったりばかり仕掛けていた気がする。気のせいかな、気のせいだろう。気のせいだと助かるんだけど。
邪魔な髪を横に分け、深呼吸。身体の調子は最悪だ。害種との戦いの疲れは癒え切らず、四肢の痙攣は緊張とも相まって異常な震えを見せている。
これで戦うのかぁ……。正直、想定外だしできれば止めたい。
「場所は町の外にしましょう、ここまで瓦礫にはしたくないですしね」
脳内のネガティブな思考とは裏腹に軽快に回る舌が恨めしい。
今一度深呼吸をし、全身に酸素を送る。
――そうさ、こいつは試合じゃないんだ。全身摩耗したって死にかけだって、彼女はやる。
僕もやらなきゃ、話にならんだろ。
「んふふ、今度は逃げないでよね」
「前の僕とは一味違いますから」
あれ、こんな感じの言葉前にも言った気が……気のせいだよ、ね。噛ませにも程があるぞ。
メリーさんと二人、横並びで最上階の階段を降る。これで今から戦うのだから、世も末だ。
階下で待っていたエステの事情を説明すると、彼は呆れ顔で納得していた。
「お前はマジで馬鹿だな」
ちょっとした暴言も加えられ、僕ら三人で町の外へ向かう。途中の町人から発されるエステへの黄色い言葉に辟易しつつ、とうとう戦場に辿り着いた。
揺れる草原。僅かばかりに森から整地の施された歩道が町まで通っているだけの、自然が覆う空間。
始まりと旅立ちの場。
両者は離れた位置に立ち、中間で審判役を務めるエステが微妙な顔で佇んでいる。
「――言っときますが、“アレ”は多分使いませんよ」
「――じゃあ、私も奥の手は封印する」
アレってのは禁術に他ならない。その禁術を使えばメリーさんには勝てるかもしれないが、多分それで僕は終わる。
例え負けるのだとしても、ここを使い時には、絶対にしない。
両手に雷を発生、全身に力を漲らせつつメリーさんの出方を窺う。
いや、まて。奥の手だって? 今まで見た以外にまだ隠し技を残してるっていうのか。冗談だろ。
「行くよ」
かくして、幼くも凛々しい掛け声が張られ、彼女が動いた。
どうやらあの恥ずかしい名乗りをするつもりはないようで、紫のオーラを纏った彼女が眼前に高速移動し――消えた。
見える。
彼女はあの一瞬で両手にナイフを顕現していた。殺傷力は充分、当たれば致命傷で終わり。
しかし周囲に電子を散布していた僕は、彼女がどこからやって来るのかを正確に関知することができていた。
「……ふっ!」
上体を横に捻り、右腕に渾身の一撃を集約。真後ろから飛び込んできた彼女のナイフに合わせ、雷鳴を解き放った。
「あは、あははっ」
手応えはあり。
――しかし、ナイフごと雷撃に貫かれた彼女が、嬉しそうに哄笑した。雷に穿たれた部分から歪みが生じ、空に溶けて無くなっていく。
「惜しかったよ」
事態に気付いた瞬間、ぽん、と肩に幼い手が置かれた。
後ろから伸びたそれ。
恐る恐る振り返ると、恍惚に口を横一文字に引いたメリーさん。飛び退こうと身体が動く直前、二本のナイフが両脚の腱を断ち切った。
「……!」
力の入らなくなった足の根本から崩れ、目線が彼女と一緒の位置まで落ちる。
「今の……全然捉えられなかったんですけど……奥の手?」
「違うよ」
弱った僕の喉元に突き立てられたナイフから赤い血が滴り、雑草に染みてゆく。
「諦める? 貴方じゃ絶対に私には追い付けない」
――決着だ。
「メリーさん、甘過ぎですよ」
――僕が、雷さえ操れなかったのであれば。
切れた腱などお構い無しに雷を這わし、油断した彼女を蹴り飛ばした。通電させた足の甲が脇腹を抉り、衝撃に耐えられずに軽い肉体が真横に弾けて吹き飛ぶ。
「あはっ」
渾身の一撃だ。しかし受け身を取った彼女に大したダメージは見られず、より愉しげに笑った彼女から毒々しい力が溢れ出た。
「……害種なら一撃なんだけど」
痛みの不等価交換にぼやき、激痛を発する傷口の状態を確認……。
「あ、酷いなコレ」
するまでもなかった。深々と切り裂かれた足首からは大量の血液が流れ出ている。無理な駆動が原因か、傷の開きが著しい。
これやばくね。
「少し驚いた」
再び膝を付く僕を他所に、メリーさんは完全に体勢を整え、中空に紫の刃を無数に出現させる。
妖しく旋回するナイフの先がぐるりとこちらを捉え、それに僕は冷や汗を流した。
なんとか足に鞭を打って回避の準備をし、残り半分足らずの電気を纏わせる。
まあ、最初から分かっていたことだ。
彼女とは何回も戦った、地力で敵わないのはとうの昔に実感している。
窮鼠猫を噛む――というよりかは、鼬の最後っ屁程度の反撃しかできないのがいい証拠だ。
「あと一分で貴方の負けだよ」
ご丁寧に敗北の宣告を告げたメリーさん。
その場から一歩も動かないところを見ると、そろそろ戦う気も薄れているみたいだ。
まだ数分も戦っていないが、出血の状況的に一分もすればぶっ倒れるだろうし、彼女自ら手を下す必要もないのだけど。
「……やっぱりメリーさんって、僕と戦う時は手加減するんですね」
情けなくなりながら、僕は彼女に突貫した。ただ真っ直ぐ進むだけの無謀な攻撃は真正面から受け止められてしまい、行き場を失って彼女の足元に転がる。
「手加減じゃなくて、貴方にはこの程度で充分だからだよ」
辛辣な台詞が頭上から浴びせられる。それ手加減してると言いたかったが、生憎無理な駆動が原因で軽口を叩く気力も起こらなかった。
頭脳戦に回すだけの思考も残っていない。残りの雷での反撃は一、二回が限度だ。
負けた、一矢報いるのが僕の限界。これ以上の戦闘はもう意味を為さない。
彼女に跪いた僕は、土下座をして願いを乞うのでもなく、ただ自身の敗北を認めていた。
「僕の、負けです」
通算四回目の、敗北だった。




