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断層世界のパラノイア  作者: くるい
第四章 クラスメイト捜索編
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五十話  終わりの崩壊に始まりを与え

 突如出現した灰色の生物達。それらは危険生物とされ、《害種》と名付けられた。


 害種の行動は害種以外の全種族の殺戮及び捕食で、それ以外の行動はなし。

 害種に捕食された生物は栄養としてではなく害種として再びこの世に顕現することが確認済み。


 今回のエクサル襲来でワイル=ルーリアはほぼ全滅、鈴峰律樹やアリシード・ソニアの助力によって後剣撃部隊が生き残るも、組織としては崩壊の一途を辿るのみとなる。


 予定していた遠方の町との邂逅は中止となり、首都市防衛に全てを注いで鈴峰律樹らを筆頭に害種の排除殲滅に当たった。

 前線で彼らが戦っている間、後剣撃部隊隊長の指揮で住宅の呼び掛け、封鎖を行い、住民の被害を軽減。

 総勢数百体にもなる様々な個体の害種を狩り尽くし、約十日ほどの戦いの後、害種は姿を現さなくなった。



 ◇



 ――というのが、今回起きた事件のあらましである。


 戦いに戦いを重ねた僕の身体は悲鳴を上げ、現在はタッピスの営業する装飾店での療養を余儀なくされていた。


「禁術、手を出さないでよかっただけマシだと思えばいいか」


 傷だらけの全身を眺めて嘆き、独り言を呟く。


 アリシーとの特訓で身に付けた身体能力とサインダにより、それ以上の力に頼ることなく無事に《害種》を狩り終えることができた。


 もしも以前の僕であれば、魂を削る禁術に頼るしか道はなかったのだろうが……。


 それこそ、本当にどうしようもなくなった時の最終手段だ。

 こんな場面で使っていいはずがない。


「……それにしても、あれは」


 寝室の壁に背を預けながら、“灰”の異形達のことを思い返していた。




 ――多腕の化け物を雷で穿つと、それは雄叫びを捻り出して直進してきた。


 肩から頭部までの間に生えた、数十本にもなる灰色の腕。その全てに握られた黒一色の長剣が、絶妙なタイミングで切り込まれる。


 しかし遅い。

 漆黒の残影をアリシー直伝の身体能力と雷の加護を組み合わせたスピードで躱し、隙を見せた一本に手刀を浴びせた。


 青白い軌跡が宙を流れ、雷鳴の一撃が腕の一本を斬り飛ばす。


「フッ!」


 そのまま手刀の勢いに任せ、後ろ回し蹴りを背中に直撃させ。

 よろめいた化け物の前に回り込んだ僕は、戦闘中に溜め続けていた雷を掌底と共に叩き込んだ。


 軽快な破裂音が前方から発せられ、巨体が弾けて入り口手前の壁にぶつかり四散。


 これで終わり。なんとも呆気ない幕切れだ。

 もう少し手強いものと予想を付けて戦っていた僕は、肩透かしを食らって微妙な感覚で突っ立っていた。


「大丈夫?」


 参加する間もなかったアリシーが駆け付ける。

 一撃も喰らっていない僕の安否を確かめるとか、心配性だな。


「いや、大丈夫……だよ」


 と。自分ではなんともないと思っていたのだが。

 主に掌底を放った右腕が痙攣し、痺れていた。まだ自由に動いてくれそうではあるが、あまり無理はできない。


「全然そんな風には見えないけど。掴まって」

「ああ……うん、ありがとう」


 彼女は身体の異変を察知してくれたのか。なんとまあ、締まらないこった。


 アリシーに支えられながら席まで戻ると、驚きのあまりか静止していた隊服の一人がこちらへ歩み寄って来るのが見えた。

 先程の青年ではなく、皴の刻まれた老年の隊の人だ。体格は良く、それなりの経験を積んできたというのが見て分かる。

 脇に差した長剣は先の青年と同じ物。支給品の類いかな。


「君は、強いのだな」

「……まあ、それなりには」


 アレを一体倒しただけで強いのならば、どれだけ楽なことか。

 痛む右手を確かめるように握って開き、彼に懸念を尋ねる。


「今みたいなのが何体攻めに来てるか分かります?」

「数は聞いてはおらんが、少なくとも我々の部隊が壊滅するだけの力はある」

「分かりました、では僕も加勢します」

「……助かる」


 より多くの皴を刻み、老年の男は頭を下げた。

 彼が何を言わんとして僕に近付いたのかは、聞かずとも理解できる。なら先に助太刀宣言しておけば時間の無駄も省ける。


「ワイル=ルーリアの皆さんはどうか死なないように気を付けて下さい、僕は一体ずつ始末して回りますから」

「一人で行く気?」

「できればアリシーにも着いてきて欲しい。でも、危険だよ」

「危ないのは私じゃなくてリッキーだよ。着いてく」


 僕は苦い笑みを浮かべ、自分の身体を鞭で叩く。


 予定が完全に崩れ落ちたが、それも仕方のないことだった。




 ――遭遇し倒してきた害種の数は計り知れない。本当に獣の姿を象った化け物もいれば、人形も見られる。流石に空を飛んだりする敵はいなかったが。


「なんなんだろうな……」


 突如にして訪れた世界の異変に溜め息を吐き、目の間を指でほぐす。


 害種は見なくなったが、街の被害が甚大だ。どこかに害種の残りが潜んでいる可能性もあるし、しばらくは油断できなかった。


 灰色の女は今回は出てこなかった。

 彼女がこの現象を握っているのは間違いないが、姿を現さなかったとなれば今後とも僕の前に出ようとはしないだろう。

 何より、彼女のお誘いは拒絶している過去もあるが……。


 記憶を失った“彼女”。

 エクサルとの戦いにもいたらしい、存在しないはずの灰色。見たことのない、異形の力。


 あの戦いで、僕の知らない内にどんなことが起こっていたのか。

 嫌な予感だけが、脳内を駆け巡っていた。


「起きてる?」


 その思考は、寝室の扉が開かれてアリシーが入ってきたことにより、中断させられた。


「起きてるよ」


 アリシーはあれだけの戦いに身を置きながら、少なくとも表面上は元気に見えた。

 今の僕にはそのように振る舞うことさえできる気力がないから、やっばり彼女には敵わないと思う。


「アルバードって人が、リッキーに用があるってさ」

「……アルバード」


 誰だったか。名前だけは聞いたことがある気がして首を傾げていると、


「太ってる人」

「ああ」


 ワイル=ルーリア銃撃部隊副隊長、だったか。今は本部に居た彼しか生き残っていないけれど。

 その彼が、一体どんな用事で僕に。


「分かった、今行くよ」


 ゆっくりと立ち上がり、着ていた服を一応程度に整えて寝室の外へ出る。

 私室とされるところから店内カウンター横の踊り場まで行くと、アルバードが突っ立っていた。


 最後に見た彼の記憶と全く変わらないぱつんぱつんの姿である。


「この度は協力感謝する。君がいなければ、我々とこの街は闇に沈んでいただろう」


 半分以上はアリシーの功績なんだが。


「堅い前置きはいいですから。今日はどのようなご用件で?」


 正直彼とはあまり会話をしたくなかった。気に入らないとかではなく、僕が犯人だとバレたくないからだ。


 今更ないとは思うが、万が一ということもある。


「こちらの方も少しは落ち着いた。ギンラの件について、君に来て欲しいとのことだ」


 あの話、まだ有効だったのか。


 などと半ば失礼なことを思いながら、僕は「分かりました」と返事をする。


 ううむ。

 この街の自警団に当たる組織は潰れてしまった。潰れはしたが、それらを総轄する組織が無くなったわけではない。

 しかし壊滅的な打撃を受けたのは事実であり、たった数十日足らずで落ち着くだなんてことがあるのだろうか。


 それ以前に、終始忙しく面倒そうにギンラの受け答えをしていた彼が、緊急事態があった後にも関わらずにわざわざ報せてくれるとは。

 どうして戦場にいなかったのかはさておき、こちらとしては嬉しい。


「てなわけだから、僕は少しだけ本部に顔出してくるよ」


 アリシーにそのことを伝え、アルバードと共に本部へ向かうことにした。

 今や僕もただの一般人ではないため、場違いになることはなさそうだ。



 ◇



 ギンラと同じく雷を使える。

 本部での僕の印象は、それ一色だった。


 もっと他になかったのか、例えば「エクサルの宝玉を盗んだ盗人だー」とか。冗談。


「やっほう。鈴峰律樹君ってのが君かぁ、全然強そうには見えないけどひとまずはありがと、ギンラちゃんから聞いたけど『エンダー』とか借りたいんだっけ?」


 救助隊長の部屋まで案内された僕は、現在はアルバード抜きで組織のトップと顔を合わせていた。


「あれ、なんだか余計な言葉が先行してる気が……」

「んんー?」


 天井から吊るされた黄色の灯りが雑多な室内を明るく照らし、その真ん中に配置された茶色の執務机を境に、僕と救助隊長が対面している。


「あーごめんごめん、弱そうに見えて弱くなかったってことで、まいいじゃないか」

「いや、そっちじゃなくて乗り物の方……」


 巨大な肩書きの印象を上塗りするように軽快に笑った救助隊長の“彼女”が、指を鳴らした。


 全く外に出ていなさそうな白磁の肌に似合わず、短く切られた黒髪に挑戦的な眼がつり上がっている。

 まさか女だとは。


「あぁ、そっかそっちか。悪いけど一台しかないから、そっちは諦めてねん」

「まあ、期待はしてなかったですが」


 ギンラ自身、この期間に一度話を通してくれていたみたいだった。それがちゃんと伝わっているのかどうかは別にして。


「その、では僕の話は聞いてますか?」

「うん聞いてるよー、情報提供する代わりに乗り物貸してってやつでしょ?」


 あれ、なんか違う。根本的な部分が間違ってる。


「違います、情報提供するだけです。代わりに、そこの人達と連絡を取れるようにして欲しいんですよ」

「分かっているよ。ギンラちゃんから聞いたし、その話ってのは非常に興味深いしねぇ」

「興味深い?」

「そう、そうじゃなかったらいくら恩人でも君をこの部屋には呼ばないから。“エステの町”だよ、“エステ”」


 大事なことなので二度言いました。と言わんばかりに口角をつり上げ、彼女は楽しそうに眉を歪ませた。


「もしや、その人を知っているんですか?」


「知ってるもなにもねぇー。彼、ウチの都市のエネルギーを奪ってくれた張本人だから。君もだけど」


 ――彼女に指を差された瞬間、僕は雷を全身から迸らせた。


 バレていた? そんな馬鹿な。だったら普通密室に呼ぶのは可笑しい。

 罠? まあいい、先に潰してしまえば全て終わりだ。考えるのはそれからで構わない。

 交渉は終わりだ。


 右腕に電流を集中させ、救助隊長の頭部に狙いを定め――。


「おいおいおいちょっ、ちょっとま、タンマ!」


 両手を勢いよく上げた彼女は、慌てた様子で首を左右に振った。


「君をどうこうする気はちっともないって、私以外の誰もそれは知らないし。落ち着いて、まずは右手を下げてくれると私は嬉しいかなぁ」

「……」


 この態度は一体。


 いつでも放電可能な状態にしつつ、右手の照準を彼女に向けたまま問う。


「では僕を呼んだ理由は?」

「聞きたいことがあるから、じゃ駄目?」

「……何が知りたいんです?」


 強張った顔をした彼女は、ぎこちなく笑ってみせる。少しでも不審な動きがあれば、迷わず撃つぞ。


「エクサルって娘のこと、知りたいなぁって」

「……へぇ」


 エクサルと言えば、この人達からすれば主都市エクサルしか頭に浮かばないだろう。


 しかしこの人はエクサルを「娘」と言った。

 彼女との関わりがなければ、まずその名を知るのは不可能だ。


 どうやら、裏があるらしいな。


「分かりました、信じましょう」


 雷撃の構成をほどき、右腕を静かに下ろす。彼女は安堵からか深い溜め息を吐くと、数度瞬きして僕の目に視線を合わせた。


「まあこっちおいでよ、心配なら私は両手を後ろで縛るし壁に磔にしてくれても構わないんだからさ」

「そこまではいいです」


 きっぱり断ると、彼女は「良かったぁ」とほっと一息吐いて執務机の隣にある椅子を差し出してきた。

 本当にそうなったらどうする気だったんだ。


 僕はそれを対面するように移動させ、一応警戒しながらも座る。


「さて、エクサルの娘のことを聞く前に僕から質問したいことがあります」


 先手を打って、すぐに切り出した。


「彼女とはどうやって知り合いました? そして彼女のことはどこまで知っていますか?」


 最初から前提条件を付けたが、問題なし。彼女と会話をしなければ絶対に入手不可能な情報がエクサルなのだから。

 肝心なのは後者の方。彼女のことをどれほど知っているかで、僕の話せる内容は変わってくる。


「彼女とはここで知り合ったよん。向こうから挨拶に来た、それだけの関係かな」

「……え、向こうからですか?」

「そ。その時に自ら事件の犯人であることを名乗って、彼女達はここからいなくなった……てなわけだがねぇ」

「いつ頃ですか?」

「君達がここを襲ったその日」


 目をすっと細め、彼女は眉間を人差し指で数度叩いた。


「私が黙っているのは、あれが彼女の持ち物だったからというわけだよ。エネルギーの正体もばっちり見せて貰ったから、ちゃんと信じてるしねぇ」

「そこまで聞いたんなら、恐らく僕から話すことはないですが」

「いんや、私が聞きたいのはそういうことではなくて。つまりだよ、どうして彼女の持ち物がここにあって、彼女の名前がエクサルなのかということ。訊いても暗い顔をされただけで返答はナシだったからさ、君に聞いたわけなんだよー教えてくれるかな?」


 変な上目遣いで、彼女は顎の横で上品に手のひらを合わせた。


「……」


 無言で彼女を凝視していた僕は、その意図を察知できずに苦笑する。


「……教えてくれるかな?」

「いや聞いてましたよ」

「あーなら良かった、てっきり難聴なのかと思っちゃってぇ」

「……」


 真面目なのかふざけているのかの微妙な雰囲気に鼻白み、僕は首の裏を掻いて溜め息を吐いた。

 というか、どっちにしたって。


「本人が喋らなかったことを僕が喋ると思いますか?」


 話したところで理解できるかも分からないし、知らないのであれば知らない方がよっぽどこの世界は楽しいだろうし。

 エクサルが話さなかったのがどのような理由かは別にして、他人の秘め事を口にするのは遠慮願う。


「うーん、それもそうだ。でも。君は、知らないとは言わないんだ」


 嫌に鋭く尖った目付きが僕を真正面から捉えた。


 僕が知っているのは、言わば世界の闇。誰にも話してはいけないと言われたことはないが、だからこそ僕は誰にもぶちまけたりしない。


 話してしまえば。それはきっと神隠しの神秘ではなく、ただの誰かが起こした現象で。そこに救いはなく、あるのは理不尽な現実の絶望のみ。

 それを良しとするかはその人次第。喜ぶも恨むも感謝するも憎むも、その人次第。それ故僕は、誰にも話さない。


 勿論、アリシーにだって。


「敢えて言うなら、そうですね。知っています。知った上で、伝えるつもりは毛頭ないということです」


 答えて言い切って吐き捨てた。


「……なーるほど。えらく深い言葉じゃないかぁ、私は気に入ったよ、私個人は君の共犯も見逃してやるかな」


 すると彼女は双眸を開き、勝ち気な笑みをその口元に浮かべる。


「よっし。それじゃあ雑談は止めにして……っとと、そうだ。私の名前くらいは教えてもいいか。私の名はコンスタリエ・ヴィ・マーニ。救助隊の長であり、同時にワイル=ルーリアの司令だよん。エステの町との邂逅、お願いするとしようかねぇ」


 今のは決して雑談の部類ではない気がするけど。


 よし、と彼女と同じく意気込んだ僕は「了解です」と言葉を返した。



 ◇



 その後の方針はあっさりと決まった。装飾店に来ると言って聞かなかったコンスタリエを連れて戻り、驚いていたギンラとタッピスに事情を説明。


 部屋に置いてあった地図を見せて進路を確認。エステの不在と町の状況を教え、明日の明朝に『エンダー』を使用して向かうことになった。

 乗り物の人数制限は二人。コンスタリエが直々に向かうことになったが、彼女の意向により何故か僕も乗せられることが決定。


 突然だったが旅立つ準備もしていたので特に困ることもなく頷き、次の日はすぐにやって来た。


「いってらっしゃい。ちゃんと帰ってきてね、待ってるから」


 アリシーの不安げな言葉が胸を抉る。彼女やリセルさんはここに残って生活して貰うことになるが、エンダーでの移動なら今日出掛けても明日か明後日には帰ることができる。

 そこまで心配しなくてもいいだろうに。


「うん、ちょっと出掛けるだけだから。もしも害種が現れたら、頼んだよ」

「任せて」


 にこりと笑った彼女の表情はどこか寂しそうだったけれど。


 大丈夫だと伝え、エンダーに乗り込んだ。黒塗りの戦闘機みたいな外見だ。こんなのがあったのかと多少驚き、助手席横の窓から顔を出す。


 装飾店件タッピス宅のここには、美味しいご飯もある。温かい風呂もある。優しい人達もいる。それらを無償で貰っているのは悪い気もするが、その恩は必ず返すつもりだ。なにより、そんな充実したところで生活していたお陰かアリシーの髪は以前にも増して艶が増し、学校に居た時のように健康な彼女に戻っている。


 嬉しい限りだ。


 後は、メリーさんに頼むだけ。そのためのエステの町との邂逅だ。彼女にまだ返事も返していないし、戻ってこないわけがない。


「それじゃ、行って来ます」

「うん」

「大丈夫だとは思うけど鈴峰君も気を付けて」

「リッキーさん。どうかご無理はなさらずに」

「まさかこのようなことになるとは私も予想外ですが……ではまた後ほど、いい返事が貰えることを期待しています」


 見送りに来たアリシー、あっくん、リセルさん、ギンラを見やり。


 僕とコンスタリエを乗せたエンダーは、エステの町へと出発した。

ゲリラ更新ついでにお知らせ

今回の活動報告でイベント告知しました。


あと変更点について。話単位で書き終えることができたら、その場でソッコーで投稿することにしました。

一話も書きあがらなかったらそれはもう本当にもうしわけありません。

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