四十九話 命の期限(タイムリミット)
翌日の昼頃、予定通りにタッピスが帰って来た。
見た目は歳三十半ばほどの、柔和な印象のある男性である。
そんな彼はあっくんのお陰で既に僕らのことを知っており、挨拶は簡素なもので済んだ。
リセルさんは当然ながら知らないものの、僕らの連れということで紹介も終わり――。
「次の目的地も見付けたことだし、今度はそっちへ向かってみるよ」
現在。積み重なった資料と自身で書き記した本を見比べて、僕は小さく首を縦に振った。
「にしても行き先は港町ねぇ、そんなところまで二人が行く可能性があるのかな」
「どうだろうね、一応向かってみるよ。そういえば調べて分かったんだけど、この街には乗り物があったでしょ? それをどうにかして入手できれば幾分楽な旅になりそうだけど」
あっくんから適当に見せてもらった周辺の地理や街の資料には、色々書いてあった。
その中、地理で見付けたのは新たな人里の情報、資料では乗り物というわけだ。
決まった行き先もない以上、そこへ向かうのがベストな気がする。
「あるにはあるけど、量産品じゃないからね。僕も乗ったことはないし」
「それなら諦めるしかないね」
因みに乗り物の名は『エンダー』と言う。なんだか聞き覚えがあった名前だが、メリーさんの言ってたやつだ。
まさか本当にあるとは思いもしなかったけど、恐らくは一般人がそうポンポンと乗れる代物ではないのだろう。
「さて」
一つあっくんに忠告しておかなきゃいけないことがあった。
用済みの本を片付け、僕は右手をあっくんに差し出すように伸ばした。
そこに雷を発生――青くうねった電気が手指を這う奇妙な感覚を確かめつつ、出力が落ちていないことに安堵する。
「あっくん。その右手の指輪は『スレイリア』で合ってる?」
彼の人差し指に嵌められた指輪について、僕は少しばかりの危惧を抱いていた。
彼の持つ力は雷だが、部類としては僕の雷とは大きく異なる。
まず第一に彼の生み出す雷には際限がない。一度に出力可能な電圧には限界があるものの、それを延々と身に纏わせることが可能なのだ。
基本的には、だが。
「うん、そうだよ」
指輪に目を向け、彼は不思議そうな顔で僕の言葉に耳を傾けていた。
あっくんの力の暴走。ギンラを助けた時に出力されたという彼の雷は、単なる意思の作用ではない可能性が高い。
僕はそれが指輪にあるのではと睨んでいる。寧ろそうでなければ、あっくんに訪れた力の変質は悪い兆候と言えるのだから。
「多分、それに人の力を増幅させるような力が宿ってるよ。反動で倒れた過去もあるし、それを付けての力の使用は気を付けた方がいいかもしれない」
本来ならば指輪を外すのが一番だが、話を聞く限りそうもいかないのは承知している。
なのだが、一時的にでも力が喪失してしまうということは、彼の右半身が一時的に機能しなくなるということ。
危険だ。
「あー……そうかもしれないね」
指輪を擦ったあっくんは納得の表情を浮かべている。
これではギンラの作品が悪いみたいだ。一応フォローはしておこう。
「魂を込めて作られた物には力が宿るっていうし、かもしれないという話だよ」
「いや、大いに有り得るよ。今まで同じように倒れたことはないし、それが指輪の副作用なら納得かなぁ。気を付けとく」
よし、これで一安心。
特に要らなかったかもしれないが説明用に展開していた雷を解いた。
ふと最近伸びてきて邪魔になりつつある前髪を分け、僕は「あっ」と呟く。
「あのさ、この街って食糧タダで貰えたりしない?」
「しないね」
ですよね。
配布所があれば良かったのだが、これからの旅も保存食になりそうだった。
自分はそれでもいいが、二人が飽きてしまわないか心配だ。食のバリエーションはちょっと考えとこう。
調味料も何もないけれど。
「それじゃあそろそろアリシーとリセルさん、呼んでくるよ」
今ここにいない二人は僕を排除してお話し中だ。何の話か知らないが、僕を入れない辺りそういう感じの話なのだろう。
どこか行き難いが、いつまでもそうは言ってられない。
本の入った麻袋を持った僕は二人を呼びに行くべく、あっくんの部屋から退出することにした。
◇
「行き先が決まったよ」
二人の居る寝室。そこで、まずはこれからの動きを伝えていた。
港町グリーフ。これから向かう場所の名称だ。
名前からして察するべきではあるが、そこにはエクサルと同じようにグリーフの宝玉があるのだろう。
既にグリーフが入手しているような気もするが、まあそれはどうしようもない。
とにかく、情報収集は港町で行う。
エクサルと同じ規模の街であるのなら、色々調べられるはずだ。
「距離は?」
「大雑把だけど、一週間から二週間だと思うよ」
「ふぅん」
アリシーは口を尖らせ、先程から僕をじっと見つめている。
非常にやりにくい。
昨日の今日だ。なるべく考えないようにしようとはしていたが……あとリセルさんもアリシーに便乗してか、僕を一心に見つめてくる。
怖い。一体何話してたんだ。
「ま、まあ、そんなわけで。明日には出発しようと思いますが」
「リッキーさん」
にこやか笑顔のリセルさんが、顔を傾けて僕の名を呼んだ。笑顔なのがかえって恐ろしい。
「なんですか?」
「私から一つ提案があるのですが……」
「提案、ですか?」
「はい」
優しく垂れた眦をすっと細め、彼女は鮮やかに伸びる桃色を一房掴む。
「以前にもお話ししましたが、私の身は不老不死の“禁忌”に侵されていますよね」
「ええ、そうでしたね」
リセルさんは確かめるように髪先をはらりと解放し、片手で横から人より長い耳に触れつつ言う。
「そして“禁忌”を察知できるとも、言いましたよね」
「そうです、ね……?」
つまり何を言いたいのか。
リセルさんは、その両耳をぴょこぴょこと可愛らしく跳ねさせた。
それ自体はなんだか緊張感の欠ける仕草だったが。
口から放たれたその言葉は、衝撃だった。
「はい。では、私を好きなように使って下さい」
「は?」
いきなりぶっ飛んだことを言い出した彼女に狼狽した僕は、今の発言を必死に咀嚼する。
それ提案? どういうこと?
「え、私何かおかしなこと、言いましたか?」
リセルさんは困惑顔で首を傾げている。
「うん……ちょっと。つまりどういうことですか?」
「言葉通りの意味ですよ?」
へぇ。
絶対に違いますよね。でもそれなら本当に好きに使っちゃいますよ? ぐへ、ぐへぐへへ。
と。若干ふざけつつも彼女の言いたいことを無事に理解した僕は、真面目な表情を作った。
「気持ちは嬉しいですが、駄目です」
真剣な眼差しで彼女の瞳を射抜く。
彼女には、そんな穢れ仕事を任せてはいけない。
「今はまだ友達を捜すのが先です。見付けた禁忌が目的の人物ではなかった場合を考えると危険ですし、一息付いたら僕がやりますよ」
「リッキーさん」
断っても引き下がらないリセルさんは、不安を抱いた様子で再び名を呼ぶ。
「私には“禁忌”が見えているのですよ。リッキーさん。時間、ありませんよね?」
その言には落ち着きがない。
どうして彼女が焦らなければならないのか――自身の惨状を一瞥し、遂に苦笑さえも浮かべられなかった。
彼女は言わなかったが、既に見抜かれていたということだ。
僕の魂の、取り返しの付かない傷に。
そして物事をはっきりと言わない辺り、アリシーには伝えていないか。禁忌を知らない彼女に、きっとこの会話はピンとは来ない。
「いえ、まだ大丈夫です。この意思が有る限り、恐らくは平気ですから。ゆっくり行きましょう、焦ってもいいことはありません」
それでも、僕はこれ以上他人を巻き込む気にはならなかった。
それに、リセルさんの禁忌は彼女自身が望んだものではない。彼女がそう吐き出さなくても、感じ取ることはできる。
なのに彼女を利用して禁忌に近付くなど、馬鹿げている。
不自然にならないよう、僕は袖で皮膚の見える部分をなるべく隠した。
いいんだ。因果応報の傷に、同情も協力も必要ない。自分で作った痛みは自分で癒す、当たり前のことだ。
「そう、ですか」
目を伏せた彼女は、困った顔をしたまま僕の耳元まで顔を寄せる。
「……死んでしまったら、意味がないんですからね」
ぼそりと小さく呟かれたその言葉は、とても重たかった。
「分かってます」
同じく小さな声で返し、僕は本来の目的を果たすことにした。
――最悪の場合。僕は多分。
――全てを懸けて、そうして生きることを諦めるだろうが。
「さ、今日は軽く外に出るよ。ギンラさんが待ってる」
今日は、これからギンラがエステの町との連絡手段を開通する準備をしてくれる予定だ。
こうしてパイプを繋いでおけば、きっとエステとメリーさんにも会うことができる。
彼には僕の口からリベルの言葉を伝えなければならないし――。
何より。頼み込んででも、アリシーの腕は必ず治すから。
◇
ギンラはあっくんと合流して店の外で僕らを待っていた。
――町の正式名称自体は聞いていないので、その町は一応『エステの町』と称してある。バルム・メイスの件もあるので間違ってはいないだろう。
彼の町の存在をエクサルの住人は誰一人として認知していなかった。
原因として町の規模がそれほど大きくはないのもあるが、そもそも情報の伝達が行き届いていないのが大部分のそれに当たる。
「しかし。今でも少し信じられない話ではありますがね」
ギンラは僕の書き記した粗雑な地図に目を通している。
彼は、ここと同じ地域であるアヤクスィダントが設置された街については知っていた。が、あれはメリーさんが管理していた(らしい)ので、知っていても何もおかしくはない。
「ですが、貴方が言うのであれば間違いないでしょう。そちらへ逃げた避難民も捜せますので、これを上に報告すれば多少の融通は利かせて貰えるかもしれません」
「それってもしかして『エンダー』借りれたりします?」
「不可能でしょう。避難民名簿を漁る程度なら、恐らくは」
渋顔を作ったギンラは、本を僕に返す。
「しかし遠い、向こうへ行くのにも逃げるにも相当な距離を歩かなければ辿り着けないはずなんですが……」
「僕らは移動に一ヶ月ほど費やしましたね。探索メインで急いでいたわけでもなく、休憩も多かったので実質半分ない程度で徒歩でも到着できそうですが」
確かに遠かった。
そして、遭遇した動物との戦いも視野に入れると、避難民がエステの街まで到着するのは至難。
アリシーはともかく、僕はルリさんにそこまで瞬間移動で送られただけなのだろうし。
「あちらと連絡を取るのにはまず私が向かうことになります。『エンダー』の使用許可が降りれば、明日には帰ってこられるでしょう」
「分かりました。一応出発は明日ですが、ギンラさんが報告しに戻って来るまでエクサルを動くつもりはないですよ」
「別に向かってもらっても構わないですよ。その内グリーフにも赴く予定でしたから」
流石に薄情だ。彼らに益のある情報提供とはいえ、僕らに損は愚か得しかないのだから。
そこまで急を要するものでもない。
「では人数も揃ったことだし、本部へ行きましょうか」
これから向かうのは救助隊の本部。そこではワイル=ルーリアの面々も居を構え、救助活動を行っている。
「バレなきゃいいんだけど」
小さくぼやき、僕は後方でギンラ達を追うように歩く。
ワイル=ルーリアの連中とは一度戦ったが……顔、知られてないよな。
そこでは多くの人を殺した。多分、対面した人間は誰一人として生きていない。
人を殺したのは、この身体。この目はそれをはっきりと覚えている。
だが殺さなくてもよかった選択肢など、存在しなかった。それだけだ。
「ここです。関係者以外は立ち入りできませんが、私の後を着いてきて下されば結構です」
ギンラが注意をし、先に進む。
つまり、自分から離れるなということだろう。
中に入ると、救助隊の一人がギロリとこちらを睨んでからやって来た。
「ギンラ、後ろの奴らは誰だ?」
「お久し振りですアルバードさん。こちらの方々は私共に情報提供をして下さる者です、二階へ通しても?」
口髭を蓄え、でっぷりと腹を肥やしたおっさんだ。白を基調とした隊服がぱつんぱつんと張っていて、言っちゃ悪いが見苦しい。
この制服は確か、ワイル=ルーリアのかな。
「構わないが事前連絡は入れろ。俺が確認するから端の席で待たせておけ、五分で戻る」
面倒そうに言い伝え、彼は脂肪が邪魔で歩き難そうにしながら去っていった。
「だそうです。待ちましょう」
「今の人は?」
「ワイル=ルーリアに所属する銃撃部隊副隊長ですよ。まぁお偉いさんだという認識で充分です」
ギンラはそう答え、僕らを端に置かれる席に座るよう案内する。
ギンラの振舞いによって、僕ら以外の他の人達の奇異なる視線も薄くなっていた。
なんだろう、隊服の連中が多いな。
「ここは人が多いですね」
「いえ、基本的には隊長格以下の人が一階に待機することはありませんが……何かあったのでしょうかね」
気になってそれとなく聞いてみると、辺りを見回したギンラが考えるように呟いた。
そんな僕らの会話を聞き付けたのか、隊服に一振りの長剣を腰に差した青年が横から入ってきた。
「失礼、まだ情報が回られていないようなのでこの私からお伝えしましょう。現在、街が得体の知れない獣に襲われています。よって、先剣撃部隊と銃撃部隊が獣の掃討に当たっております」
「獣……? いつからでしょう?」
「つい先ほどです」
淡々と述べた青年は、それから僕へ視線を合わせる。
「君は――。いや……盗み聞きのところ済まないが、君達は救助隊の協力者か?」
「え、ええ」
青年が何かを言いそうになったな。不自然に見られないよう目から視線を外さず、僕は問う。
「それより、襲われているんですよね。大丈夫なんですか?」
「勿論。力の加護を受けた我々が二部隊も出て獣に遅れを取るはずがない。保険として我々もこうして指示待ちの待機をしているのだから、安心するといい」
僕の肩を叩いた青年はフッと一笑する。やたら自分に自信がありそうだ。
まあ相手がエステならともかく、そこらの獣ならなんとかなるか。
などと納得していると、後ろから腕を引かれた。
「リッキーさん」
リセルさんだ。彼女は困惑と焦燥に満ちた金の瞳を揺らめかせ、告げる。
「外から“禁忌”を感じます」
「……ああ、なるほど。分かりました」
顔色を変えた僕は、青年に振り返る。
先ほどあったとされる襲来。それに禁忌が関わってくるのなら、ワイル=ルーリアでは役不足だ。
瞬時に灰色の女を思い浮かべ、僕は青年に尋ねる。
「外の状況がどうなっているか分かりますか?」
「ん、十分おきに定期連絡が入るからそろそろ報告が来る頃だ。そんなに心配か?」
とりあえず。つまり状況は分からないらしい。
彼に言っても意味がなさそうなので、「ええ」とだけ返答した。
さて、禁忌が近くに迫っている。何を理由に何が目的でそれがこのタイミングで現れたのか。
禁忌と言えば――この前出会った灰色の女は、僕を知っていた。――だが記憶を取り戻した僕は、やはり彼女を知らない。
そこには引っ掛かりを感じているが。
襲来はあの女関連に間違いあるまい。そして狙いが僕であるのなら、あの時の出会いが原因だ。
「アリシー。ちょっと確認してくるから待ってて」
彼女に言い残し、立ち上がった僕を――青年が止める。
「おい、死にに行くつもりか? 何のために我々がいると思ってるんだ。心配事ならこの私が聞いてやろう」
「少し外に出るだけですから」
「だから――」
入り口の扉が、開かれた。青年は目を見開き、言葉を紡ぐのを止めた。
彼の見つめた扉の先。
――白の隊服を真っ赤に染め上げた男が、血を吐くように叫んだ。
「先剣撃部隊、銃撃部隊共に全滅――」
予定通りに報告が成された。
だがその言葉を最後まで言うことなく、男の首が、胴から離れる。
絶望的なまでの表情の生首がごとりと床に落ちて。沈黙が、室内を支配した。
隊服の誰もが静止する中、僕とアリシーだけが素早く構える。
彼女はウェインに貰った愛刀を左に握り、僕は両手に雷を生む。
扉から入ってきたのは、細長い無数の腕。灰色に染まった腕が、入口を潜り、本体が姿を現す。
人間と変わらない作りをした、漆黒の体躯。人と違うのは、肩から頭部にかけて、数十本も生やした灰の腕――それが、ぐねりと蠢いた。
次の瞬間、その全ての手に剣が握られた。灰一色の、おぞましい無骨な剣がその手に構えられたと同時、その怪物は咆哮する。
獣? 馬鹿言え、あんなのは獣とは呼ばない。ただの化け物だ。
「アリシー、先に僕がやる。僕の戦い方を見て、入れるところでフォロー頼んだよ」
「無茶、しないでね」
「了解」
一歩、二歩と前に出て、僕は電子を辺りに撒き散らす。
身体が軋む。爛れた肌が、痛い痛いと叫びを脳に伝えてくる。
知ったことか。
まだやれる。まだ戦える。そうでなければ、僕がこの世界で生きる意味はない。
相手が灰色に染まる以上、そいつは僕の予想通りの敵だと言うこと。
あの時は防戦一方だったが、今度はそうはいかない。
舌打ち一つ、眉間に縦皺を刻む。
予定は取り消し。
まずは外敵の殲滅、状況確認だ。
「……持ってくれ」
小さく漏らし。
怪物の頭部に雷の狙いを定めて、僕は駆け出した。




