第二章 「胎動」 第二十話 「温もり」
「天眼 風をみる」
第二章 胎動
第二十話 「温もり」
元々、龍気の素顔を知る者は、小笠原家の中でも、先代の貞朝
と家督を継いだ、長棟ぐらいである。
龍気が「忍びの仕事」をする時は、いつも黒ずくめに身を包んでいたし、
何かの用事で町に出かける時は、 「変化」(へんげ)して出かけていた。
忍びが素顔を見せるのは、雇い主と、よほど信頼している者のみである。
町人の姿で、町の旅籠に泊まったとしても、ごくありふれた光景であった。
ただ、問題は、「お鈴」である。
旅籠に着くまでに三人は、風雨にさらされ、 ずぶ濡れになってしまった。
小さな体の「お鈴」は、 体の芯から冷え、「ガタガタ」と震えている、
それは、右目の傷のせいでもあった。
お鈴が頭から、かぶった雨は、右目を通る度に、「赤い血の涙」となって
滴り落ちた。
傷が腐ってきているのである・・・。
旅籠の「上がりかまち」に腰を落とし、水桶に足を突っ込み、
「足」を洗いながら、龍気の背中で 「熱」が上がる前の悪寒を、
お鈴は「身震え」して、訴えている・・・。
龍気(このままでは、いかんな・・・。)
旅籠の割り当てられた座敷に上がると、まず、
お鈴の着物を総て脱がす、
濡れた着物は、お鈴の肌に「ピタリ」と張り付き、
お鈴の温もりを奪っていく。
総ての着物を脱がすと、体のアチコチに、殴られたアザが、
いたるところに浮き出ている。
多少のすり傷もあるが、やはり一番やっかいなのは、右目である。
「右目」は、完全に潰れていた。
その、「目の玉」が、腐りかけて、「毒」が体を回り始めている。
龍気「お鈴、よく聞け、今からその右目を取り除く、そうしなければ、
腐った右目が、そなたの命を奪うであろう、覚悟いたせ! よいか。」
静かに、それでもはっきりとした口調で言うと、
お鈴は、弱々しく、うなずいた。
長政の屋敷から、持ってきた「酒」・「剃刀」・「綿」・「小刀」を準備すると、
まず、お鈴の口に「猿轡」(さるぐつわ)を噛ませる。
声を出させない為と、痛みの「ふんばり」を持たせる為である。
龍気は、桶に酒を入れ、その中に剃刀と小刀を沈ませ、
その中に「手」を浸すと、お菊に話しかける。
龍気「お菊さん、手伝ってくれぬか、今から、お鈴の「右目の玉」を取り出し、
目の奥を酒で洗い流す。
痛みには強いお鈴ではあるが、激痛である事は、間違いない。
お菊さんは、お鈴の頭が、 動かぬように、 「頭」を両のふとももで「ギュッ」
挟み、押さえ、右目の瞼を両の手で開いて欲しいのじゃ
出来るか?」
お菊「はい、わかりました。」
龍気「うむ、痛みの時は、なるべく短くしたい。 手順はこうじゃ、
まず、小刀で目の玉を取り出し、
繋がっている血脈を剃刀で切る。
その後は、酒に浸した、綿を目の玉の穴に詰める。
暴れたら、それだけ痛む時が長引くだけじゃ、どうか、頼む。」
お菊は、その手順を聞くだけで、身震いしたが、 その中でも
龍気の「優しさ」と「強さ」を感じていた。
その期待に応えるのは、もちろんだが、お鈴を早く「楽」にしたいと
思う気持ちは、同じである。
龍気は、お鈴の頭の下に、沢山の手拭いを敷き、お鈴の腕を挟むように
馬乗りになり、
お菊は、着物の前をめくり、両のふとももで、お鈴の頭をギュッと挟むと、
両の手で頭を押さえながら、 親指で右目の瞼を開く。
お菊「これで、いいですか?」
龍気「「うむ、そのままじゃ、お鈴、いくぞ!」
そういうと、龍気は、小刀を右目に浅く入れると、右目から目の玉を
取り出した。 素早く血脈を剃刀で切ると、酒に浸していた、綿を右目に
詰め込む。
この間、「ししおどし」が一回なるか、ならないかの時であった・・・。
お鈴は、目の玉を取り出した時は、我慢出来たが、酒で浸した綿を
詰める時には、その痛みで、気を失っていた。
龍気「うむ、これでよい。 お菊さん、ありがとう、助かった。」
ここで、ようやく龍気の顔に安堵の色が見えた
お菊「いえ、お鈴ちゃんは、ほとんど、動きませんでしたから、助かりました。
本当に強い子ですね・・。」
龍気「この後、わしは、「薬」を調達してまいる、お菊さんも着替えて、
休むとよい、」
お菊「はい、わかりました。 どれぐらいで、お戻りになりますか?」
龍気「そうじゃの・・、半刻(一時間)程で、戻ってまいる。
それまで、お鈴を頼む。」
お菊「はい、任せて下さい。お気をつけて・・・。」
龍気は、「黒装束」に変化すると、再び暗闇に姿を消した。
龍気が、闇に消えた後、お菊は、自らも裸になり、布団を敷き、
冷えた体のお鈴を抱き、一緒に布団に入る。
お菊の温もりが、序々にお鈴に伝わっていく。
いつしか、お菊とお鈴の温もりは、同じになっていた・・・・。




