第ニ章 「胎動」 第六話 「独り言」
「天眼 風をみる」
第二章 胎動
第六話 「独り言」
次にお菊が目を覚ました時は、すでに夏の夕闇が迫っていた。
そっと、目を開けると、朝と同じように龍気が、同じ姿勢で傍らに居た。
お菊(・・・龍気様は、ずっと、そばに居てくれたのね・・・、
もう、薄暗くなってきているのに・・・。 体は・・・、うん、大丈夫だわ、
朝より随分と楽になった・・、 これならもう・・・、)
お菊「あの・・、龍気様」
龍気「む、起きられたか。 どうですかな? お体の具合は?」
お菊「えぇ~、もう大丈夫です。」
そう言うと、お菊は、半身を起こすと、いかにも大丈夫であることを、
強調する仕草をした。
お菊「あの・・、龍気様、ずっと傍にいてくれたのですか?」
龍気「う、うむ・・、やはり、心配での・・・、
そうじゃ、お昼に玄海殿が、飯をつくってくれての、
どうじゃ、食べられそうか?」
お菊「えぇ・・、食欲は・・、うん、ありますね、大丈夫です」
龍気「そうか、なら、膳を持って来るゆえ、暫し、待たれよ」
お菊「いえ、そんな事まで、していただかなくても、もう大丈夫ですから・・・、」
龍気「いや、いや、ここまで、持ってくるだけじゃよ、気にされなくてともよい」
龍気は、すっと立つと、お菊に立つ隙を与えぬように、
勝手場に行ってしまった。
お菊(この感じ・・・、これは、長政様に似ている・・・。
いつだったか、長政様が、龍気様をたいそう、誉めて
おられたけれど・・、 本当に良い方なのね・・・。
同じ「気質」を感じるわ・・・。)
龍気「まだ、病み上がりじゃから、 喉の通りの良いものばかりじゃが、
玄海殿が、考えて買うてきたものじゃ
口に合わんかも知れんが、「薬」と思うて食べなされ」
そう言いながら、お菊の前に出された膳をみて、お菊は、
それまで、こらえていたものが、こみ上げてきた・・・。
二人の好意がその膳には沁みこんでいたからである。
お菊「あ、ありが・・・とう・・ございます・・。
何とお礼を言ってよいのか、わかりません。」
龍気「よい、よい、さ、さ、お茶だけは、腹を冷やさぬように、
少し熱めにしておくからの。」
その心遣いも、嬉しく、お菊は涙が止まらなくなってしまった・・・。
龍気「そうじゃ、わしも行かねば成らぬ所があったゆえ、
これにて、失礼するが、何かあったら、
また、犬笛で小鉄を呼べば、すぐに飛んで参るゆえ、
ここで失礼するが、気軽に呼べば良いからの、よいか?」
お菊「は・はい、 本当にありがとうござ・・います。」
龍気「うむ、それでは、失礼する・・・、」
龍気は、一旦、長政の屋敷を出たが、「行かねば成らん所」など、
あるはずもなく、自分が居ると、余計、お菊さんを休ませる事が出来ぬで
あろうと、判断しての芝居であった。
龍気は、屋敷の外に出ると、自分の「犬笛」を吹いた。
すぐに、小鉄が来たが、「待て」の指示を小鉄に与え、
自分のすぐ傍に「待機」させた、その上で、お菊が居る屋敷の
反対側でその日一晩小鉄と「待機」するのであった・・。
お菊が犬笛で小鉄を呼んだ時は、すぐに自分も「走る」つもりであった。
部屋に一人になったお菊は、膳に箸をつけ始める、
思いのほか美味しく、きれいに、たいらげていた
膳を持ち、洗い場の方に向かうと、勝手場が綺麗に掃除されている、
おそらく、玄海が掃除してくれたのであろう・・。
お菊は、本当に申し訳ない気持ちになったが、
それ以上に嬉しく、人との繋がりの喜びを噛み締めていた。
部屋に戻ると、もう、すっかり日が暮れていた、行灯に火を点すと、
自分だけの影が襖に映る・・。
さっきまでは、龍気様が傍にいた・・、そう考えると、一人である事が、
今の現実であり、無性に寂しくなってきた・・・。
お菊「何かあったら・・・、犬笛を吹けば・・・、
すぐに龍気様が来てくれるのよね・・・、
ただ、寂しいから呼んでは、いけないかしら・・・、
そんなの、ダメに決まって要るじゃない」
お菊は、一人でつぶやいていた・・・。




