第一章 「旅立ち」 第三十五話 「暗雲」
「天眼 風をみる」
第一章 旅立ち
第三十五話 「暗雲」
すぐに、二人の目は、いつもの目に戻った。
長政には、もちろん感じていたが、気がつかぬ振りをして、
いつものように、礼をする。
長政「おはようございます、お父上、長棟殿・・・。」
正座して、一礼すると、まず、父、貞朝が切り出した。
貞朝「うむ、長利よ、昨日の夜に忍びの者から連絡があり、
本日、「元服の儀」を執り行う事、真であるな、」
長政「はい、そのつもりでございます」
貞朝「知らせでは、長末に一目、元服した姿を見せてやりたいとの事で
あるから、そなたの気持ちは、よく分かるが、何故、
このわしに、一言いってくれぬのじゃ、長利」
長政「大変、失礼いたしました、拙者も長末殿の事を聞き、
気が動転いたしておりましたゆえ、平にお詫びいたします」
長政は、両手を前に出し、深々と頭をさげた・・。
貞朝「うむ・・・、 のう、長棟、此度の事は、これでどうじゃ、
鉾を収めんか・・・、」
長棟「・・・・、うむ、長利よ、わしは、この小笠原家を家督した身じゃ、
父上に報告するのは、もちろんじゃが、これからは、
このわしにも、報告するのが、礼儀と言うものぞ、
その事、肝に命じよ!」
長政「は、かしこまりまして、ございます。」
さらに、長政は、兄、長棟の方に向かい、再び、頭を下げた・・・。
貞朝「じゃが、先程、また忍びの者から、知らせがあり、
昼の八つに「永光寺」で「舞」を舞うとの事であるが、
それは、真か!」
長政「は、それも、真でございますが、それが、いかがいたしましたか?」
貞朝「うむ、いや、よくあの住職が、そんな事を許したものよと、
おもってな・・・、 そなたは、永光寺の住職と
懇意であったのか?」
長政「いえ、永光寺の雲水と知り合う事があり、そこから、
住職に話をつけてもらいました。
住職にお会いしたのは、一度きりでございます」
貞朝「な・なんと! あの気難しい住職が、たった一度会っただけで、
本堂まで貸す事を許したのか!」
長棟「し・信じられませぬ・・・、わしら親子が、何度、頼んでも頑として
断りよったものを・・・・、」
長政「何か? あったのでございますかな?」
貞朝「うむ、いや、何でもない、そなたには、関係の無いことじゃ・・・、」
長政「そうでございますか・・・、」
と、長政が言い終わると、貞朝の風(心)が長政の心に、
嫉妬の念と共に叩きつけてきた・・・
貞朝(あの住職め、わしら親子が、何度頼んでも、良い顔せなんだものを・・、
何故、長利には、簡単に貸すのじゃ・・、 ゆ、許せん!
わしら親子を愚弄しよって)
永光寺は、町の入り口にある為、何かの催し物をする際は、
何かと都合が良かったのである。
しかも、「本堂」は広く、使い勝手も良い。
父、貞朝と、長棟は、事あるごとに、永光寺のこの本堂を
使わせてくれと打診していたのだが、 住職は、一度も、
首を縦には振らなかった。
長棟の風(心)も同じように、吹いている・・・。
長政は、初めてこの事を知った。
長政(これは、意外な所で厄介な事になったな、遺恨が
残らなければ、よいが・・・、)
貞朝「それから、長利、 そなたは、小笠原家に仕えている「忍びの里」の
者共と、かなり親しく、つきおうておろう、 此度の事、
いずれも忍びの者からの報告である。 「元服」するとなれば、
これからは、小笠原家の忍びを使う事は、許さん!
よいか、わかったの!」
長政「は、わかり申しました・・・。」(やっぱり、そうなってしまったか・・・、)
貞朝「うむ、それでは、簡単に「元服の儀」を執り行うゆえ、用意いたせ」
長政「は、かしこまりました・・・。」
その後、父、貞朝の主催で元服の儀が屋敷の中で執り行われた、
と、言っても、長政が、借りてきた「衣装」をただ着替えただけの、
本当に簡単なものとなってしまった・・・。
父、貞朝と息子の長棟にとっては、嫉妬と自尊心を傷つけられたのである。
武士にとって、この事は、大きな意味を持つ、さらに、
この後の「舞」でも、この両名は、長政に嫌悪感をいだくのである・・。
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