第一章 「旅立ち」 第三十四話 「冷たい目」
「天眼 風をみる」
第一章 旅立ち
第三十四話 「冷たい目」
禊が終わり、各々の神々に祈りを捧げ終わると、
長政は、着替えを済ませ、兄、長棟の所に向かう。
お菊は、まだ春風に飾りを付けているようで、馬小屋に居た。
長政「おはよう、お菊さん」
お菊「あ、おはようございます。」
昨日の事が思い出され、お菊は、頬をほんの少し赤く染め、
目をそらしてしまった・・・。
長政「うむ、いい感じであるな、春風も心なしか、嬉しそうであるぞ」
お菊「そ、そうでございますか、そう言って頂けると、うれしゅうございます」
お菊の顔が、「ぱっと」華やいだ。
春風も大人しく、されるがままに立っているし、嫌がる様子も無い。
長政「もう少し、飾り付けに時がかかりそうじゃの、
わしは、兄、長棟の所に別の馬で参るゆえ、後で春風を
長棟の所まで、届けて欲しいのじゃが、お菊では、
無理であろうから、龍気に頼むとしよう。
お菊、そなたに渡した、 犬笛を借りるぞ」
お菊から、犬笛を借りると、長政は、それを吹いた。
すぐに、真っ黒い犬が駆けつけてきたが、今日は小鉄では、ないようだ。
長政「おう、今日は、「桃」か、よしよし、」
長政が、頭を撫でると、いかにも嬉しそうに、しっぽを振っている、
長政はさらさらと紙に筆を走らせると、「桃」の首の下にある竹筒に文を入れ、
「龍気」と唱え、「行け!」と命令する。
「桃」は、身軽に、跳ねるように龍気の元に走り出した。
長政「後、半時もしたら、龍気が来る、 お菊は、春風と共に父、
貞朝の屋敷に来てくれ、よいか?」
お菊「はい、承知いたしました。」
長政「うむ、では、後ほど「永光寺」で会おうぞ」
お菊「永光寺で、ございますか? 」
長政「うむ、そこで、昼の八つ(午後2時頃)に「舞」を披露する
事になっておる」
お菊「まぁ~!、それは、楽しみですわ、」
長政「詳しくは、龍気に聞いてもらえばよいが、
ほとんど、即興での「舞」じゃからの、どうなるかは、
分からん、ははは・・・、 では、行って参る」
お菊「はい、行ってらっしゃいませ、長政様・・・。」
長政は、春風の次によく乗る馬に、手際よく鞍をつけると、
軽やかに馬に乗り、長棟の屋敷に向かって走り出した。
お菊は、長政の後姿を見えなくなるまで、追っていた。
そして、本当に見えなくなってから、深く一礼して、
春風の飾りつけにとりかかった・・・・・。
「長棟の屋敷」
長政「ごめん、兄者は、おられるか」
門から入り、馬小屋に、乗ってきた馬をくくり付けながら、大きな声で言った。
出てきたのは、長棟の妻、「お松」である。
お松「これは、長利様、今回の事、急な元服で、ございますね」
長政「うむ、色々と、ご迷惑をかけるが、今日の「元服の儀」の衣装を
借りに参った。 兄者は居られるか?」
お松「それが、昨日の夜に元服の知らせがあってから、
あわてて、お父上の屋敷に行ったきり、戻っておりませぬ」
長政「うむ、そうか、兄者にも迷惑をかけたみたいじゃの・・、
して、元服の衣装はあるか?」
お松「はい、それは、ここにご用意いたしております」
長政「うむ、かたじけない、それでは、借りるといたそう、
さっそく、父の屋敷に向かうよって、これにて失礼する、御免」
お松「はい、御気をつけて、くださいませ・・。」
この「元服の衣装」とは、小笠原家に代々伝わる衣装である、
「衣装」と言っても、きらびやかな物ではない。
初代、小笠原家の祖が、着ていたとされる、ごく普通の「着物」である。
どちらかと言えば、地味な、色合いで、アチコチに擦り切れた所があり、
痛みが激しく、「烏帽子」も付いているが、この烏帽子も、
そうとう古いものである。
小笠原家にとっての「元服」とは、そのご先祖様が着ていた「衣装」に
袖を通し、烏帽子をかぶり、ご先祖様と同じ「服」を着ることで、
一人前の武士となった事をお披露目する儀式である。
行方の分からない、 長男 長高も、 家督を継いだ次男 長棟も
三男 定政も、この衣装を着て「元服の儀」を行った。
今日は、四男の長政が、この衣装を着て、「元服」を迎える。
長政は、ちょっと嫌な予感を感じながら、父の屋敷へと向かった・・・・。
「父、貞朝の屋敷」
長政「御免!、だれかおらぬか、」と大きな声で言うと、
ひょこ、ひょこと吾平が出てきた。 片手には竹ぼうき
を持ち、中庭を掃除していたらしい。
吾平「これは、これは、長利様、お早いお着きでごぜ~ますだ」
長政「うむ、今日からは、長政じゃ、よろしく、頼むぞよ」
吾平「そっただ、もったいないお言葉でごぜ~ますだ、
こちらごそ、よろしくおねげ~いたしますだ」
長政「それよりも、父上は、居られるか?
兄の長棟殿も来ておられるはずじゃが」
吾平「へい、お二人とも、奥の部屋に居りますだが、何やら、
朝から、慌ただしいご様子で、ちょっと、近寄りにくう~
ごぜ~ますだ・・・。」
長政「うむ、そうか、いや、わかった・・、では、失礼する・・、
(元服の儀を急に決めたのは、ちょっと悪かったかの・・・、)」
奥の間の襖の前で、長政が声をかける、
長政「おはようございまする、長利でございます、よろしいですかな?」
そう言うと、中から、父の野太い声が聞こえた、「うむ、長利か、入りよろう」
長政が襖を開けると一瞬、二人の目が冷たく、感じられた・・・。
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