飯テロ⑩下準備
異国料理は形から入るのも楽しいものです。
人族を迎え撃つべく早速準備といこう。まずはいろいろな逃走ルートの確保。ヒットエンドランを繰り返し、姿を繰り返すためには毎回逃げるルートが違う方が良い。隠れる場所もたくさんあった方がいいし、料理の香りが常に人族の方に流れるよう、風向きに応じて拠点を転々としたい。敵は大群の可能性が高いので最悪の場合はホバーボードとかこだま様の力技で逃げるけど、強力な武器があるとか力があるとばれて変に興味をもたれるのも面倒なのでいかに手数を増やせるかが肝となる。取るに足らない小物だが、手を出すと面倒くさいと思わせるレベルの嫌がらせが今回のゴールだ。
そして俺の準備といえばもちろん料理の下ごしらえだ。
実は俺は今、非常に気合が入っている。なぜなら、ノマディ族と出会ってからずっと心の中にいた、インドの宝石ご飯で勝負しようと考えているからだ。インドには行ったことはないが、いつの間にか日本で起こった南インド料理ブームで食べる機会も多くなったのだが、大阪で出会ったとある専門店で食べて以降俺の好物へと昇格したのだ。そう、宝石ご飯とは【ビリヤニ】だ!世界三大炊き込みご飯とも呼ばれているようなので知ってる人も多いのではないだろうか。ノマディの若者と会った時に残念ながら犠牲となったサテュロスが5頭。羊と山羊の間のような味わいと聞いた瞬間からマトンにしか見えなくなった。かわいそうと思わなくもないが、うまい欲求の前では無力ですよ、人間の心なんて。だったら最高に美味しく食べて弔おうじゃないの。そして、この貴重なマトンで作れる香り高い至高飯。あぁ、想像しただけでよだれが出てしまう。
「久々の【ビリヤニ】。折角だから形から入ってビリヤニ鍋から作るか。」
「ビリヤニ鍋ってなんだ?それ、面白いのか?」
逃走ルートの確保などで忙しくて構ってもらえなくなったエティは俺の手伝いをすることになった。見張りも兼ねて大きい岩の上に座り込んだ俺とエティは早速ビリヤニに必要なものを作ることに。
「ビリヤニ鍋は壺みたいな形の鍋だよ。」
俺が設計図とばかりに岩の表面にビリヤニ鍋の形を描いていく。
「おぉ!変な形の鍋なんだぞ!」
「中が丸くなってるから蒸気が回りやすくてふっくら炊き上がるらしい。」
「…?よし、オラに任せるんだぞ!」
エティは蒸気うんぬんは理解できなかったのか、はてなを浮かべたのち、気を取り直してビリヤニ鍋を作り始めた。俺には魔法も鉄製品を作る技術も持ち合わせていないので鍋はエティ任せだ。いらなくなった鉄製品や鉄を多く含んだ石をかき集めてきて早速魔法を使う。エティが手をかざすと、炎こそ上がらないが素材がどんどん赤く熱せられると不要な成分だけが熱で消滅し真っ赤な鉄だけが残る。続いて手を宙でこねこね動かすと真っ赤な鉄が粘土みたいにグニャグニャ動き出す。どうやらこのまま鍋の形に形成していくつもりのようだ。
「それ、凄いな…。溶鉱炉いらずじゃないか。」
「当然なんだぞ!オラは凄いんだぞ!」
「それにそんなに熱くない。」
「空気でバリア作ってあるから大丈夫なんだぞ!」
「へー。あ、そうだちゃんと焼き入れもしておけよ?」
「焼入れ??なんだぞれは?」
「鉄は焼き入れをすると丈夫で壊れにくくなるんだって。確か熱く熱して、すぐ冷ます?これを何度か繰り返すと強くなるらしいぞ。」
「おぉ、本当か!?強い、いいな!やってみるんだぞ!」
そういうとエティの前の真っ赤な鉄の塊がジュッ…と音を立て急激に元の鉄の色へと戻る。どうやら冷たくしたらしい。すると今度は再び真っ赤に熱せられる。急激にやると割れたりしそうなものだが特にそんな様子はない。きっとこれも異世界特有のご都合主義だろう。「大抵の疑問はご都合主義で解決できる。」どっかのインチキビジネス本みたいだな…。なんて思わず思考の波に拐われていたら、
「えいっ!なんだぞ!」
「な…」
「おぉ!楽、本当にちょっと頑丈になってるんだぞ!」
焼入れの効果を試してみなくなったのだろう。焼入れしたものとしてないものを並べ、チョップで同時に壊してみるエティ。どちらも見事に潰れているが、エティ的には強度の違いが感じられ、満足げだ。そしてあらためて鍋づくりに取りかかり始めた。芸術は爆発するんだぞ!と楽しそうな様子にちゃんと鍋として使えるものを作ってくれるのを祈るばかりだ。さて、俺の方はケオラウォーターの代替品としてローズウォーターを作っておこうと思っている。ケオラウォーターとはケオラの花から作った蒸留水らしいのだが、如何せんケオラの花というものが分からない。そこでバラから作るローズウォーターにすることに。インドではローズウォーター使うことあるみたいだし、日本で食べれる【ビリヤニ】で何が使われているのかも分からないので適当だ。
【ローズウォーター】
材料
・バラの花びら
・水
まずは水を沸騰させる。バラの花びらを綺麗に洗い、ボウルに入れたら沸騰した水を花びらにかけるように静かに注いでいく。しばし放置したのち濾す。以上。後は冷やしておくだけだ。バラの花がほのかに香る水、ローズウォーターの完成だ。簡単すぎて準備と言うほどのものでもないな。
「よし、こんなもんかな。エティそっちは…え、もうできたの?」
横を見るとなんとエティも鍋を完成させていた。エティの前にはなんとも可愛らしい鍋がずらりと整列。まるでハニワのように、一方は腰に、一方は空を指差すようなポーズの短い手がつけられていて、なんとも脱力してしまう表情の顔がついていた。鍋の蓋には輪っかの取っ手がついていて、上げた方の手にはめれば、蓋を開けた状態で固定でき、腰に手を当てている方はマグカップの取手のように持ち手となっていた。
「…この手の部分、意外と便利だな。ん?底についている丸いのは?」
「それはキャスターなんだぞ!これで動けるんだぞ!」
鍋の底には窪みが3箇所付けられていてそれぞれにビー玉サイズの鉄の玉が嵌め込まれている。窪みには3箇所ひっかける出っ張りがついていて、そこに引っかかっているから鉄の玉が外れないという感じだ。エティが号令をかけると、なんとエティに続いてビリヤニ鍋…いやハニワ鍋?がぞろぞろと動き出す。まるでカルガモ親子のようだ。
「こりゃ凄い。これなら食べてる途中でも一緒に逃げられるな。」
「そうなのだ!オラ天才だからな!」
そんなこんなで万全の準備を終えたタイミングでついに人族の姿が見えてきた。
「多いな…。1000?いや2000か?」
見えてきたのは予想以上の大所帯だった。イルーヴァントで洗脳した戦士達は2000とそれを操る人族の兵は3000はいるのではないかとガルゥボーイが言っていた。総勢7000人の兵。もしかしたら反対側からも攻撃して挟み撃ちなんてことを考えている可能性もある。そうなったら1万以上の兵を率いて攻め込もうとしていることになる。本気でトラムンターナを攻め落とそうとしているのが窺える。トラムンターナは戦う気はないが戦闘能力の高い魔族の国。そこを手中に収められれば最大武力を獲得したも同然らしく、トラムンターナを皮切りに他の国も狙っているのだろう。イルーヴァントは戦いに慣れた兵が洗脳され奪われてしまっているので制圧も簡単だろう。嫌がらせだけでなく、トラムンターナ対策も考えた方がいいかもしれない。
「お前達、ここで何をしている!!!!」
見れば人族の先行部隊と思われる一行が近づいてきて声を上げた。使い込んだ鉄の甲冑に筋骨隆々な騎士が10人。殆どが剣を腰に下げているが、後方には杖っぽいのを持っている人もいる。きっと魔道士てきなやつだろう。剣などの武器以外は殆ど荷物を持っていない。乗っている馬の頭には兜が付けられていて前しか見えないように一部目隠しがついている。左右に気を取られずただひたすら前へ進めるように、ということだろう。そこからも窺えるように、スピード重視の偵察要員なのだろう。
「わしらは狩りをしているだけじゃ。やばんな野盗に食料の備蓄を奪われてしもうたのでのぉ。」
誰がとまでは言わないが、たっぷり嫌味を含ませ返事をする爺さん。
「ふん、ノマディの蛮族か。備蓄を奪われたのは災難だったな。しかし簡単に奪われるとは管理が甘かっただけではないか?なんなら今持っている食料を差し出せば無駄になる前に有効活用してやるぞ?」
「な、なんだと…!!」
「カップさん落ち着いて。」
人族の白々しい物言いにカッとなり飛びかかろうとするカップをすんでのところで抑える。人数に圧倒的な差があるからか、それとも単にノマディ族を下に見ているからなのか悪意ある挑発的な言い方だ。こういう輩は挑発に乗って怒ると喜んでしまうので、品よく対処するのが鉄則だ。
「残念ながら自分達で食べる分しかまだ確保できていないのでお渡しできるものはないようです。騎士の皆さんは先を急がれているようですから、我々は邪魔をしないよう離れた場所で狩をしておりますのでどうぞ気にせずお通りください。」
「ふん、つまらぬやつだ。こっちには血の気の多いものも多い。せいぜい遠くに離れておくことだな。」
冷静に返され興を削がれた様子で軽口を叩きつつ先行部隊は隊へと戻って行った。この人数では大した食料も見込めないし先行部隊として近づいてきたのは10人ほど。さすがに倍以上いるから攻撃を仕掛けても面倒だと思ったのかもしれない。人族の背中を見送りながら、俺達は目で作戦開始の合図を送り合う。
さぁうまい飯を食うとしますか。




