服従香
リアの依頼が漸く一区切り。
楽が仕事から逃げ出していた頃、3日間の森移動を経てリアと依頼主達は街へともどってきていた。道中、2匹の子ジャイアントシベットの餌の為の狩りをしていたのだが、赤ちゃんとはいえ嗅覚の鋭い2匹のおかげでロックバードを発見。無事確保することもできていた。依頼主達は3種の素材を全て揃えることが叶いほくほく顔だった。
「おかげで全ての材料を無事手に入れることができました。ジャイアントシベットの解体するお時間もありますし、待つ間に是非素材からどんな香が作られるのか見て行きませんか?」
本心から言うと、長いことみんなの元から離れてしまっているし、帰りたい。2匹の子ジャイアントシベットをみんなに見せびらかして、そしてみんなで名前を考えたい。すっかりリアを母親と認識し、どこへでもヨタヨタついてくる姿は本当に愛くるしい。鋭い嗅覚と、親が見せたあの戦闘力。きちんと育ててあげれば立派な番犬、いや番ジャイアントシベット?となってくれるだろう。本能でより美味しい魔物、ロックバードを見つけ出したことから狩りの才能だってある。リアの腕の中で丸まって気持ちよさそうに眠る2匹を撫でながら暫し考えるリア。
「そこまでお時間はかからないと思いますので是非是非是非。それに、ジャイアントシベットの解体ももう少し時間がかかりそうですし。」
推しが強い人は苦手だが、無碍に断るのも忍びない。
「…。わかった。でもやっと帰ってこれたから先に水浴びをしてくる。」
「そうですか、そうですか。見学いただけて良かった。ではふた刻の後に奥の間にいらしていただけますか?」
「奥の間?」
「なにせ、香りが命の商品です。窓のない部屋が奥の間だけなので、そちらで品評会をしようと思っているのです。」
「そう、わかった。」
商品が完成するまでの間を使って、しばし体を休めることにした。旅の間は濡らした布で体を拭くくらいしかできなかったため、自身の汗臭さに不快感を覚えている。早く水浴びをしてさっぱりしたい。
部屋へ戻るべくに屋敷の中を歩いていくとすれ違う商人たちはどこかギラギラしている。素材が思い通りに手に入り、屋敷全体が高揚しているような。その為か時折ギラついた視線をリアにまで向けてきている気さえする。推しの強い人は苦手だな。短い時間でまた同じことを考えてしまっていた。
久しぶりのゆっくりな水浴び。猫科である子ジャイアントシベットたちも水に抵抗がないのか、リアと一緒に水浴び、そしてブラッシングを楽しんだ。
「あなたたちは匂いが敏感だから香り付きはダメかな?」
リアは楽に作ってもらった花の香りの匂い取る君を好んで使っていた。エルフは体臭があまり強くないのだが消臭ができるデオドラントウォーターを気に入り、中でもほんのり香る花の感じが好きだった。子ジャイアントシベット達の前に匂い取る君を並べてみると少し体が大きくて色が濃い方の子が率先して香りを確かめる。そしてペパーミントの香りの小瓶を手で推してリアにアピールしてくる。
「この香りが好きなの?」
リアが尋ねると、ニャァ。若干舌ったらずな泣き声でそうだと言わんばかりに声をあげる。すると色が淡いもう一匹が別の小瓶を手で押してアピールしくる。
「あなたはこっち。甘いお花の香りね。」
ニャァ。こちらもすぐに返事をする。
「不思議。兄弟でも香りの好みは違うのね。」
各々好みの香りでリフレッシュし、英気を養っていたらあっというまにふた刻が過ぎていった。
「おぉ、リア殿お待ちしておりました!」
奥の間の扉をノックするとすぐさま扉が開き、商人のでかい声に迎え入れられた。商人達も素材採取の冒険スタイルから仕立ての良い色鮮やかな商人服へ着替えられていた。さほど大きな部屋ではないが何人もの商人達が、品評会に参加すべく部屋に集まっていた。
「香りが特徴の商品ですし、折角なので窓のないお部屋を用意しました。男が多くてむさ苦しくて申し訳ないですな!ささ、奥へ!」
ガハハと笑う男に背中を押され奥へと入れば、確かに奥の間は窓のない部屋だった。商品の情報が漏れないようにか、他の部屋より若干壁も厚めに作られているとのことだ。しかしそこは商人の部屋、フカフカの絨毯に壁は細工が施され、豪華な部屋となっている。
リアが部屋に入ると、テーブルを覗き込んでいた男達もリアに気づき場所を譲るべく左右へと道を開けてくれる。そうして奥へと進んでみると部屋の奥には大振りのテーブルが置かれていて、そのテーブルの中央には装飾品がゴテゴテと飾り付けられている箱が置かれていた。
パタン。
後ろで音が聞こえたかと思えば、全ての商人が部屋へ入ったのか扉が閉じられた。
商人臭いな。好きな香りを纏ってきてよかった。大勢の男達でひしめきあい、思わず失礼なことを思うリアだった。そんな中、子ジャイアントシベットたちはたくさんの人達に囲まれているというのに気にする様子もなくすやすやリアの腕の中で眠っている。
「こちらの箱に入っているのが、リア殿が確保してくれた香嚢とコパールで作った商品です。香嚢とコパール、どちらも最高の品質で、なかなか上物が完成しました。是非是非開けてみてください!」
「なんで私が?」
「私どもはもう既に開けてみたので次はリア殿に。開けると香りが立ち込めるので、是非体験してみてください!」
促されて箱に向き合うリア。箱には2つのパッチン錠が付いていて、高価な商品の香りを少しも逃さない頑丈な作りとなっていた。パッチン、パッチン。周りの男達も注目しているのか静まり返った部屋に錠の留め具を外す音が響く。少し重みを感じる蓋を一気に開けると、
!?
一気にモワモワモワッ、煙と共に不思議な匂いが立ち込める。濃い煙に思わず顔を背けてしまう。香りは、臭いわけではないが、別段良い香りという感じもしない。強いていうならほのかに甘く、粉っぽい香り。広がった煙が徐々に薄れてきて辺りを見回すと、何故か商人達は一様に布当てで鼻と口を隠していた。
「どうして?」
その様子に首を傾げるリア。すると腕の中の2匹が徐に腕から飛び降り、男達に向かって威嚇を始める。
「あなたたちどうしたの?それに、なんでみんな布当てを?」
「ど、どういうことだ…?効いてない?」
「そんなバカな!最高品質の服従香だぞ!?」
これには流石に雲行きの悪さに気づかざるをえない。
「服従香?聞いたことないアイテムだけど、きっと…そういうことね。」
瞬時に風魔法を発動して、飛びかからんとしていた男の布当てを吹き飛ばす。慌てて口を塞ごうとする男。しかし薄れつつあるがまだ漂っていた煙を吸い込んでしまう。すると突然動きが止まる。そして目の中の輝きがすっと消えたかと思うと腕をだらんとぶら下げ、棒立ち状態になってしまう。
「え、エルフを捕らえろ!」
誰かが叫ぶと、再び男が動き出しリアに襲いかかってきた。たかだか商人一人にリアが負けるはずもなく、軽く蹴り上げただけで男は気を失い伸びてしまった。
「くそっ!服従香は聞いてるのにエルフには効いてないみたいだ!」
「みんな!エルフを捕らえるだ!!」
掛け声と共に一部の商人がバッと上着を脱ぎ捨てる。上着の下から出てきたのは使い込まれた装具と武器だった。万が一に備え、商人の中には手練れの冒険者を何人も仕込んでいたようである。しかしそこはジャイアントシベット2匹を軽々捕らえることのできるリア。並の手練れがかなうはずもなく、的確に敵の布当てを剥ぎ取っていく。布当てを取られた冒険者達はどんどん動きを止め、物言わぬ人形のようになっていく。布当てを取るだけで戦闘不能にすることができるなんて、こんな簡単な戦いはない。あっというまに全ての男達を戦闘不能に持ち込み、辺りを見回すといつの間にか服従香の入った箱が消えていた。商人は、冒険者では敵うはずがないと当て馬にし戦いに乗じて逃げおおせていたのだった。
「不愉快。私もあいつらの狙い、商品だったみたいね。」
服従香とエルフが狙いだったのか、あるいは服従香を使ってエルフを捕らえるのが狙いだったのか、どちらかかは定かではなかったがまんまと嵌められていたことに不快感を隠せないリアだった。唯一の救いは、敵がいなくなり呑気にリアの足にじゃれつく2匹だった。この子達に出会えただけで良かったと感じる。じゃれつく2匹を抱え上げ、愛おしそうに撫でるリア。
「この子達に免じて今回はゆるすけど…、次はないから。」
こうしてリアは漸く屋敷を後にした。途中もちろん解体所へ立ち寄り、ジャイアントシベットの素材はきっちり回収、依頼の代金もその場できっちり回収してきたのは言うまでもない。リア捕獲計画を屋敷の者達は知らされていなかったようで、問題なく回収できたのは僥倖だった。
一方、リアが素材を回収している頃、屋敷の地下、秘密の部屋に商人達が集まっていた。
「クソッ!服従香がエルフに効かないなんて聞いてないぞ!」
「効かないはずはないんだ…。きっとあいつだ!人族みたいなあいつが関係しているはずだ!」
辛くも逃げてきた商人達は作戦失敗を嘆いていた。
「しかし、どうする?依頼は、『エルフ』『トロル兵』『フィギュア』だったよな?」
「人族と行動を共にしているエルフなら拉致しても足がつかなくていいと思ったんだがな…。」
「『エルフ』はとりあえず後回しだ。幸い『服従香』はまだ手元にある。『フィギュア』も見つかりそうだって話だからあとは『トロル兵』だな。盗賊どもがおとり取り逃がしちまったらしいが、こっちには『服従香』があるからなんとかなるだろう…。」
「トロル兵が昼間戦えるようにするための道具は手に入ったし、後少しだ。道具の複製の方は?」
「今取り組んでるとこだ。一応作り方を見てたらしいからなんとかなるんじゃないか?」
まだ挽回可能だ。自分たちに言い聞かせるように次の作戦を立て始める商人達。
しかし商人達はまだ知らない。『フィギュア』回収に向かった部下と同行する人族が地下水に流されたことを。見ていたつもりの道具作り、最も大切な部分を見逃していることを。
商人達の嘆きはまだまだ続きそうだ。
若干忙しくなってきてしまった。ボチボチ更新して行こうかと思います。GWでしっかり書き上げたいな。




