第七話:想定外の贈り物
人生には、時として、計画を軽々と飛び越えてやってくる出来事があります。
実家とヘンリー様の間には、「十五歳までは待つ」という、ある種の紳士的な約束がありました。
あれ以来、僕と彼は、肉欲に溺れる、ということも特になく。
しかし、一か月後、二か月後、少しづつ体の不調が目立つようになりました。
食欲が低下する、食べても食事を戻してしまう。
僕の体調を心配した夫はすぐに医者を呼び寄せました。
運命というものは、時としていたずら好きで、あまりにも効率的なものです。
あの日、すべてを分かち合い、心までひとつに重ね合わせた初夜。
そのたった一回で、僕たちの運命は加速しました。
……つまり、僕たちは、「当たった」のです。
正直なところ、恥ずかしさよりも先に、猛烈なびっくりがやってきました。
まだ十三歳。精神的には成人しているとは言っても、身体はまだ成長の途中にあります。
……そもそも、まだ「月」のものも来ていなかったのです。
もちろん、ヘンリー様は激しく動揺し、
「すまない! 本当にすまない! 君をこんなに早く、そんな……!」
と、床に額をつかんばかりの勢いで謝罪してくれました。
けれど、僕は不思議と嫌ではありませんでした。
むしろ、僕たちの間に、新しい命という「正解」が宿ってくれたことが、たまらなく愛おしく感じられたのです。
流石に身重の妻を動かすわけにはいかないと判断したヘンリー様は、すぐに実家へ連絡を入れました。
そして半年後。僕のお腹が、ふっくらと心地よい丸みを帯び始めた頃。
なんと、公爵家当主である父上が、母様と共に、僕たちの屋敷を訪ねてくれたのです。
公爵が自ら地方の子爵家に足を運ぶ。それは、社交界を揺るがすほどの異常事態でしょう。
けれど、今の僕にはそんなことはどうでもいいことでした。
応接間に集まった僕たちは、奇妙な沈黙に包まれていました。
僕は、無意識に自分のお腹を、ゆっくりとさすっていました。
僕の隣に座るヘンリー様は、今にも消えてしまいそうなほど肩をすくめ、視線を泳がせています。
対して、父上の表情は、実に複雑でした。
貴族として、世継ぎが早く決まることは、家の存続という点では喜ばしいこと。
けれど、父親として、「十五まで待つ」という約束を反故にされたことへの憤りと、あまりに若すぎる娘への心配。
その二つの感情が、父上の顔の中で激しくせめぎ合っていました。
「……デイヴィッド子爵。貴殿の、その……『精力的』なところは認めるが。
娘をあまりに早急に、その、どうしたものか」
父上の声は低く、威圧的です。でもかなりしどろもどろになっています。
ヘンリー様は「申し訳ございません!」と、さらに肩をすくめました。
その様子を見ていた母様が、ふふっと、小さく笑いながら口を開きました。
「あなた、あまり彼を責めないでくださいませ。思い出してくださいな、私たちの結婚のときのこと」
父上の眉が、ぴくりと跳ねました。
「……何の話だ」
「あら、忘れたんですか? あなたが私と結婚したとき、私はまだ十七歳でしたわ。
あなたは、すでに三十九歳。私より二倍以上も年上でしたわよね?」
部屋に、凍りつくような静寂が訪れました。
父上は、口を半開きにしたまま、呆然と母様を見つめていました。
実家では見たこともなかった父上の姿――圧倒的な権威を完全に失い、妻という名の絶対的な正解に完敗した、ただの困惑した男性の顔。
その様子が、僕にはたまらなくおかしくて、思わず「ふふっ」と吹き出してしまいました。
「まあ、エリー。あなたまで」
母様が優しく微笑みます。
父上は、居心地が悪そうに咳払いをし、ぷいっと顔を背けました。
けれど、その耳の先が、心なしか赤くなっているのが分かりました。
「デイヴィッド子爵」
気を取り直したような、父上の低い声が、応接間の空気を震わせました。
「子どもを授かったこと自体を責めるつもりはない。だが、娘の身体と心を守る覚悟はあるのだろうな」
ヘンリー様は姿勢を正し、父上の視線を受け止めました。
「ございます。エリーと子どもを守るためなら、僕にできることはすべていたします」
「言葉だけなら、誰にでも言える」
「でしたら、これからの生き方でお示しします」
いつもなら父上の前で小さくなるヘンリー様が、そのときだけは目を逸らしませんでした。
父上は、しばらく黙って彼を見つめていました。
「……よかろう」
やがて父上は、重々しく頷きました。
「ならば私も、この子の父親としてできることをする。
この領地と、ここで暮らす家族を守ろう」
それは公爵としての宣言であり、同時に、父上が僕へ差し出した不器用な愛情でもありました。
「公爵家の後ろ盾があることを忘れるな。……娘に、不自由はさせるなよ」
ぶっきらぼうな言葉。けれど、そこには父上なりの、最大限の愛情が込められていました。
僕は、幸せな気持ちで胸がいっぱいになりました。
厳格な父様、包容力のある母様、誠実すぎる夫。
そして、僕のお腹の中で静かに息づいている、新しい命。
役割に縛られず、正解に惑わされず。
ただ、お互いを想い合い、笑い合える。
そんな家族の形が、ここにある。
僕は、もう一度、幸せを噛みしめるように、自分のお腹を優しく撫でました。
僕の人生で、今が一番、幸せです。




