ウィンダはじめてのお買い物
始まりの町の探索回になります。
冒険者登録を終えたウィンダは、ギルドカードに表示された自分のステータスを見つめていた。
『HP:1/20』
最大HPは二十。
現在のHPは、たったの1だった。
先ほど空で巨大な鳥に襲われ、死亡した影響らしい。
このまま町の外へ出て、角の生えたウサギに一度でも攻撃されれば、またすぐに死んでしまうだろう。
ウィンダはギルドカードを翼の先にある四本の爪で挟んだまま、受付にいる女性職員へ顔を向けた。
「体力、どうやって戻すの?」
「HPの回復方法ですね」
女性職員は慣れた様子で頷いた。
「主な方法は四つあります。料理を食べる、回復用のポーションを使う、宿屋に泊まる、そして安全な町の中で自然回復を待つことです」
ウィンダは小さく首をかしげた。
「違うの?」
「はい。それぞれに特徴があります」
女性職員は指を一本立てる。
「食堂などで料理を食べれば、HPが回復するだけでなく、一時的に能力を高める効果を得られることがあります。料理によって、上昇する能力や効果時間は異なります」
「強くなる」
「そうですね。ただし、料理を食べるには代金が必要です」
続いて、二本目の指を立てる。
「ポーションは、その場ですぐにHPを回復できます。戦闘中や町の外でも使えるため、冒険へ出るなら何本か持っておくと安心です」
「すぐ治る」
「はい。こちらも道具屋で購入する必要があります」
三本目。
「宿屋に泊まると、HPやMPをまとめて回復できます。また、宿泊した場所を新しい復活地点として登録することもできます」
「復活地点?」
「町によっては、転移ポータルが設置されていない場合があります。そのような場所でも、宿屋を復活地点に設定しておけば、死亡した際にその町から再開できます」
ウィンダは少し考えた。
「遠くに行くとき、使う?」
「その通りです」
最後に、女性職員は四本目の指を立てた。
「町の安全区域内にいれば、時間の経過とともにHPとMPが少しずつ自然回復します」
「お金は?」
「自然回復なら必要ありません」
ウィンダはすぐに頷いた。
「それにする」
「ただし、完全に回復するまでには時間がかかりますよ」
「待つ」
ウィンダの所持金は250ガルド。
最初に持っていた500ガルドの半分は、先ほどの死亡で失ってしまった。
これ以上減らすのは、何となくもったいない。
待っていれば無料で回復するのだから、急いでお金を使う必要はないと判断した。
「自然回復は、町の安全区域にいる間だけ有効です。城門の外へ出ると回復が止まりますから、気をつけてくださいね」
「外、だめ?」
「HPが戻るまでは、町にいることをお勧めします」
ウィンダはギルドの高い窓から見える空へ目を向けた。
青空の中を、小さな鳥が横切っていく。
今すぐ追いかけたい。
けれど、町の外へ出れば体力が回復しなくなる。
「……わかった」
口では素直に返事をしたものの、翼の羽が目に見えて力なく垂れ下がった。
女性職員は、そんなウィンダの様子を見て苦笑する。
「町の中にも、いろいろなお店や施設がありますよ。回復を待つ間に、見て回ってはいかがですか?」
ウィンダはギルドカードを翼の爪で掴み、受付へ小さく頭を下げた。
「ありがとう」
「どういたしまして。今度こそ、気をつけて冒険してくださいね」
「うん」
そう返事をしたウィンダの目は、まだ窓の外を飛ぶ鳥を追っていた。
◇
冒険者ギルドの外へ出ると、目の前にはアステリアの石造りの町並みが広がっていた。
ウィンダは、先ほど空から見下ろした景色を思い出す。
長い煙突のついた黒い建物。
広い庭を持つ二階建ての建物。
白い石造りの建物。
入口に色鮮やかな布を垂らした店。
上空から見つけた場所を、今度は地上から見に行くことにした。
ウィンダは石畳の道を歩き始める。
身につけているのは、初期装備であるベージュ色の旅人服。
上は翼の動きを妨げないタンクトップ、下は鳥脚を自由に動かせるハーフパンツになっている。
両腕は、白と淡い水色の羽毛に包まれた大きな翼。
その先端には、物を掴むための四本の爪がある。
太股までは人間の少女と変わらないが、膝から下は鱗に覆われた鳥の脚となっていた。
ただ道を歩いているだけでも、周囲の視線が集まる。
前から歩いてきた人間の戦士が、ウィンダを見て目を丸くした。
隣を歩いていたエルフへ何かを囁き、一度通り過ぎたあとでもう一度振り返る。
「今の、ハーピーだよな?」
「たぶん。実際に使ってる人、初めて見た」
「本当に腕が翼なんだ……」
露店を眺めていた獣人の少女も、ウィンダへ気づいて二度見した。
荷物を運んでいたドワーフは足を止め、珍しいものを見るように顎髭を撫でている。
ウィンダは、周囲の反応を気にすることなく道を進んだ。
見られていることには気づいている。
けれど、どう反応すればいいのか分からない。
何より今は、別のものが気になっていた。
道の先から、硬い金属を何度も叩く音が聞こえてくる。
カン、カン、カンと、いくつもの音が不規則に重なっていた。
空から見つけた、長い煙突のある黒く平べったい建物だった。
近づくにつれて、熱を帯びた空気が流れてくる。
「急げ! 次の鉄を炉へ入れろ!」
「そっちの箱を運べ! 納品の時間に間に合わんぞ!」
「温度を落とすな! そのまま打て!」
建物の中から、いくつもの太い怒声が響いている。
ウィンダは開け放たれた大きな入口から、そっと中を覗いた。
そこは鍛冶場だった。
いくつもの炉が赤々と燃え、長い煙突へ黒い煙を吐き出している。
分厚い革の前掛けを身につけたドワーフが、真っ赤に熱せられた鉄を大槌で打っていた。
その隣では、人間の職人が細い金槌を使い、剣の刃を丁寧に整えている。
大柄なオーガたちは、身体ほどもある木箱を軽々と持ち上げ、建物の奥から入口付近まで運んでいた。
別の職人たちは、完成した剣や鎧を布で包み、一つずつ木箱の中へ収めている。
鉄を打つたびに、赤い火花が飛び散った。
炉の前を誰かが通るたび、熱風が入口まで吹き抜けてくる。
ウィンダは開いた翼で、無意識に風を受けた。
「熱い」
それでも離れず、しばらく職人たちの作業を眺め続ける。
真っ赤な鉄の塊が、叩かれるたびに少しずつ剣の形へ変わっていく。
大きな鉄板が折り曲げられ、鎧の部品になっていく。
何もなかった場所から、次々と武器や防具が作られていた。
やがて一人のドワーフが、入口に立つウィンダへ気づいた。
「嬢ちゃん、注文か?」
ウィンダは首を横に振る。
「見てた」
「そうか。危ねえから中には入るなよ」
「うん」
ウィンダはもう一度だけ炉の炎を眺めると、その場を離れた。
◇
鍛冶場の隣には、広い庭を持つ二階建ての建物があった。
庭はサッカー場ほどの広さがあり、武器を試すための木人や的が並んでいる。
剣を振る者。
槍を突き出す者。
弓の弦を引き絞る者。
購入を検討しているらしいプレイヤーたちが、店員の説明を聞きながら武器を試していた。
建物の上には、剣と斧を交差させた看板が掲げられている。
『武器・防具 鉄獅子商会』
「武器屋?」
ウィンダは入口から店内へ入った。
壁や陳列台には、先ほどの鍛冶場で作られたらしい武器と防具が整然と並べられていた。
磨き上げられた剣。
長い槍。
両手で扱う大斧。
大小さまざまな盾。
金属製の鎧や兜。
ウィンダが近づくたび、装備品の横へ小さなメッセージが表示される。
『装備不可』
『種族の身体構造が適合していません』
『装備不可』
『武器を保持するための条件を満たしていません』
剣も、槍も、盾も、すべて装備できない。
鎧の前へ移動しても同じだった。
『装備不可』
『翼の可動域を阻害するため装備できません』
「全部だめ」
ウィンダは特に落ち込むこともなく、店の奥へ進んだ。
武器には最初から興味がない。
空を飛ぶために、剣は必要なかった。
金属製の防具から離れた場所には、革や布で作られた軽装備が並んでいる。
そちらへ近づくと、表示されるメッセージが変わった。
『装備可能』
『装備可能』
翼を通すための大きな開口部を持つ革製の胸当て。
鳥脚へ巻きつける脚当て。
飛行の妨げにならない、薄い布製の外套。
その中に、小さな革製のウェストポーチがあった。
腰へ巻きつける細いベルトに、手のひらほどの鞄が取りつけられている。
『旅人のウェストポーチ』
『価格:80ガルド』
『アイテム保有数:3』
ウィンダは翼の爪で、ポーチを軽くつついた。
「三つ入る」
「そちらは初心者にも人気の商品ですよ」
店員の女性が近づいてきた。
「小さな物しか入りませんが、ポーションや採取した素材を持ち歩くのに便利です。ハーピーの方でも問題なく装備できます」
ウィンダは、翼の爪で持っているギルドカードを見た。
今は、ほかに持ち歩く物がない。
それでも、カードをずっと爪で掴んでいるより、ポーチへ入れておいた方が楽だった。
「これ、買う」
「ありがとうございます。八十ガルドになります」
購入処理が終わると、店員がウェストポーチをウィンダの腰へ装着してくれた。
翼を広げても邪魔にならないよう、身体の横ではなく、腰の前寄りに固定されている。
ウィンダは翼先の爪を使い、ポーチの留め具を開けた。
ギルドカードを中へ入れる。
『重要品を収納しました』
『ギルドカード』
『重要品は通常のアイテム保有数を使用しません』
ウィンダは表示された文字を見る。
「三つ、空いてる」
「はい。ギルドカードやドッグタグなどの重要品は、通常のアイテムとは別に管理されます」
「便利」
ウィンダは何度か留め具を開閉し、問題なく扱えることを確認した。
残った所持金は百七十ガルド。
ウィンダは店員へ小さく頭を下げ、武器屋を出た。
◇
次に向かったのは、入口に色鮮やかな布を何枚も垂らした建物だった。
赤、青、黄色、緑。
風が吹くたびに、細長い布が柔らかく揺れている。
ウィンダはしばらく布の動きを眺めてから、店の中へ入った。
そこは、冒険用の雑貨を扱う店だった。
棚には小瓶や道具が所狭しと並べられている。
赤い液体の入ったポーション。
火を起こすための道具。
縄や携帯食料をまとめたサバイバルキット。
簡易テント。
採取用の袋。
方角を示すコンパス。
ウィンダは、赤い液体の入った小瓶へ近づいた。
『低級ポーション』
『価格:30ガルド』
『使用時、HPを50回復する』
「50」
「低級ポーションに興味がおありですか?」
カウンターにいた男性店員が話しかけてきた。
ウィンダは頷く。
「一本で、50?」
「はい。初心者が受ける程度の怪我なら、一瓶で十分に回復できます。ただし、最大HPを超えて回復することはありません」
ウィンダの最大HPは20しかない。
今使えば、一本で完全に回復できる。
だが、町を歩いている間にも、HPは少しずつ戻っていた。
今すぐ飲むより、町の外で怪我をしたときのために持っておいた方がよさそうだった。
「三本、ほしい」
「三本ですね。90ガルドになります」
店員は三本の低級ポーションを、小さな布で一つずつ包んだ。
ウィンダは翼の爪で受け取り、順番にウェストポーチへ入れていく。
三本目を入れたあと、ポーチの情報が表示された。
『旅人のウェストポーチ』
『収納数:1/3』
『低級ポーション ×3』
ウィンダは表示を見つめた。
「三本なのに、一つ?」
「同じ種類のアイテムは、一つの収納枠にまとめられます」
店員が説明する。
「所持している数は、アイテム名の横に表示されます。今は低級ポーション三本で、一つの収納枠を使用していますね」
「あと二つ入る」
「はい。ただし、種類の違うアイテムを入れれば、そのたびに新しい収納枠を使用します」
ウィンダはポーチを覗き込んだ。
見た目には三本の小瓶が収まっている。
しかし、システム上では一種類のアイテムとして、一枠にまとめて管理されていた。
「便利」
「冒険へ出るなら、空いている枠に素材や戦利品も入れられますよ」
「わかった」
残った所持金は80ガルド。
半分になったばかりの所持金が、さらに少なくなった。
それでもウィンダは、特に困った様子を見せなかった。
腰のポーチには三本のポーションがあり、それでも収納枠は二つ空いている。
今度は怪我をしても、すぐに回復できる。
◇
それからも、ウィンダは町の中を歩き続けた。
空から見つけた白い石造りの建物へ向かう。
ほかの建物よりも壁や柱が白く磨かれ、入口には硬貨を模した大きな紋章が掲げられていた。
建物の中へ入ると、整った服装のNPCがウィンダを迎えた。
「アステリア中央銀行へようこそ」
「銀行」
「ガルドをお預けになりますか?」
ウィンダは首をかしげた。
「ここに預ける?」
「はい。ギルドカードをお持ちであれば、口座をご利用いただけます。預けたガルドは、死亡しても失われません」
ウィンダは腰のウェストポーチから、翼の爪でギルドカードを取り出した。
カードの銀行欄には、
『銀行預金:0ガルド』
と表示されている。
「今は、いい」
「承知しました。いつでもご利用ください」
ウィンダはギルドカードをポーチへ戻し、銀行を出た。
さらに石畳の道を歩き、西門へ続く大通りへ向かう。
この辺りは、ほかの通りよりも人の数が多かった。
通りの両側に露店が並び、野菜、果物、肉、魚、香辛料などが売られている。
焼いた肉やパンの香りが、風に乗って漂ってきた。
露店の布屋根も、赤や緑など、さまざまな色をしている。
ウィンダは積み上げられた果物を眺めながら、店番の女性NPCへ尋ねた。
「ここ、ずっと店?」
「この辺りは西門市場だよ。西門と南門へ続く通りには、食材を扱う店が多いんだ」
「南にもある?」
「ああ。南の方は、近くの農村から届く野菜や穀物が中心だね。西は遠くの町から来る商人が多いから、珍しい物も集まるよ」
女性は、遠くの城門を指差した。
「毎月一度、大きなバザールも開かれる。普段は見ない商人や職人も集まるから、その時期はもっと賑やかになるよ」
「バザール」
「珍しい品物が欲しいなら、覗いてみるといい」
「うん」
ウィンダは市場をゆっくりと歩いた。
見たことのない色の果物。
角ウサギの肉。
籠の中で動く小さな魚。
香りの強い香辛料。
薄く切った肉を焼く露店。
興味を引かれるたびに立ち止まり、眺め、また歩き出す。
いつの間にか、太陽の位置が少し変わっていた。
ウィンダは中央広場へ戻る途中、ふと自分のステータスを表示した。
───
名前:ウィンダ
種族:ハーピー
HP:20/20
MP:30/30
所持金:80ガルド
銀行預金:0ガルド
装備:
『旅人のウェストポーチ』
収納数:1/3
所持品:
『低級ポーション ×3』
重要品:
『ギルドカード』
『ドッグタグ』
───
「戻った」
待ち続けていたHPが、ようやく最大まで回復している。
ウィンダは顔を上げた。
大通りの先には、中央広場の巨大なクリスタルが見える。
そのさらに上には、ずっと我慢していた青空が広がっていた。
ウィンダの歩く速度が、少しだけ速くなる。
中央広場へ到着すると、周囲にいたプレイヤーたちが、また珍しそうに彼女を見た。
だが、今のウィンダは誰の視線も気にしていない。
広場の中央で足を止める。
左右の翼を、いっぱいに広げた。
白と淡い水色の羽が、陽光を受ける。
「行く」
飛びたいと強く思う。
『飛行』のスキルが発動した。
翼が風を掴み、ウィンダの身体が石畳から浮かび上がる。
一度。
二度。
大きく羽ばたくたびに、町の建物が少しずつ低くなっていく。
今度は、高く上がりすぎない。
あの巨大な鳥に襲われる場所へ行けば、また死ぬことは分かった。
けれど、空を飛ぶことをやめるつもりはなかった。
腰には、新しく買ったウェストポーチ。
中には三本の低級ポーション。
収納枠は、まだ二つ空いている。
残っているガルドは八十。
そして眼下には、四つの城門から広い世界へ続く道がある。
ウィンダは上空でゆっくりと向きを変えた。
どこへ行くかは、まだ決めていない。
ただ、町の外へ出たかった。
風の流れる先へ顔を向け、ウィンダは嬉しそうに笑う。
そして始まりの町を飛び越え、再び広い世界へ向かって翼を羽ばたかせた。
良ければ、感想やご指摘よろしくお願いします。




