はじめての冒険者登録
第3話はなります。
「大きい鳥、いた」
ウィンダの呟きは、広場を包むプレイヤーたちの喧騒に飲み込まれた。
誰も、クリスタルの前へ突然戻ってきたハーピーを気にしていない。
皆の関心は、先ほど空一面に響いた巨大な鳴き声へ向けられている。
ウィンダは騒ぐプレイヤーたちから視線を外し、もう一度、自分の身体を見下ろした。
少し前まで空の上にいた。
それなのに、今はアステリアの中央広場に立っている。
翼を広げてみる。
爪を動かしてみる。
身体に傷はなく、切り裂かれたはずの旅人服も元に戻っていた。
「……なんで?」
ウィンダが首をかしげた瞬間、目の前に赤い縁取りのメッセージ画面が現れた。
『重要通知』
『プレイヤー・ウィンダの死亡および復活を確認しました』
「死亡」
ウィンダは画面を見つめた。
「さっきの?」
『プレイヤー・ウィンダはモンスターから148ポイントのダメージを受け、HPが0になりました』
『HPが0になったプレイヤーは死亡し、最後に登録された復活地点へ転送されます』
画面には、先ほどの巨大な鉤爪が簡略化された映像として表示された。
『プレイヤーを攻撃したのは、初心者エリアの高度制限を大幅に超えた者へ襲いかかる、高高度警戒用モンスターです』
『警告を無視して上昇を続けたため、攻撃対象として認識されました』
ウィンダは少しだけ首をかしげた。
「警告、なかった」
『ガイドメッセージを非表示に設定していたため表示されませんでした。』
「消したから?」
『はい』
「そう」
ウィンダは納得したように頷いた。
自分で消したのだから、警告が見えなかったのも当然だった。
『死亡したプレイヤーには死亡ペナルティーが発生します』
画面の表示が切り替わる。
『死亡時、所持していた通常アイテムは消失します』
『手元に所持していたガルドは半減します』
『貴重なアイテムを持ったまま死亡した場合も、原則として失われます』
『ガルドについては、死亡時に所持額の半分を失います』
ウィンダは翼の先にある爪を開き、自分の身体の周りを確認した。
そもそも、失くして困るようなアイテムはまだ持っていない。
だが、最初に与えられていた五百ガルドは持っていた。
『死亡による損失を防ぐため、不要なガルドは銀行へ預けることを推奨します』
『貴重品や使用予定のないアイテムは、冒険者ギルドの倉庫へ預けることができます』
『多くの冒険者は、町を出る前に所持品を整理します』
『続いて、中断されていた初心者案内を再開します』
メッセージ画面に、大きな矢印が表示された。
矢印は中央広場の正面に建つ、町で一番大きな建物へ向いている。
『最初に冒険者ギルドで、冒険者登録を行ってください』
ウィンダは建物を見た。
先ほど空から見つけた、剣と盾の紋章を掲げた石造りの建物だった。
「わかった」
『案内に従ってください』
「うん」
◇
冒険者ギルドの中は、中央広場に負けないほど賑わっていた。
高い天井を支える太い柱。
磨かれた石造りの床。
壁には巨大な掲示板が並び、そこへ多くの依頼書が貼られている。
奥にはいくつもの受付窓口があり、その前にプレイヤーたちが列を作っていた。
ギルド内には、人間だけでなく、長い耳を持つエルフ、背の低いドワーフ、鱗に覆われた蜥蜴人、大柄なオーガ、獣の耳や尻尾を持つ獣人など、さまざまな種族が集まっている。
ウィンダは入口で立ち止まり、周囲を見回した。
メッセージ画面には『冒険者登録窓口へ向かってください』と表示されている。
しかし、どこが冒険者登録用の窓口なのかは書かれていなかった。
受付はどれも同じように見える。
「……どこ?」
『案内表示を確認してください』
ウィンダは受付の上に掲げられた文字を見た。
けれど、人が行き交う中で、一つずつ確認するのは面倒だった。
そこで、最も多くの人が並んでいる列へ向かう。
たくさん並んでいるのだから、きっとここだろう。
ウィンダが列の最後尾へ立った瞬間、前にいた獣人の青年が振り返った。
一度ウィンダを見て、正面へ戻る。
そして、すぐにもう一度振り返った。
「……ハーピー?」
その声に反応し、近くにいたプレイヤーたちもウィンダを見る。
「うわ、本物だ」
「初めて見た」
「腕が完全に翼なんだな」
「装備、本当に初期服だけじゃん」
「ハーピーでクエスト受けるのか?」
ウィンダは周囲の視線を受けながら、静かに列へ並んでいた。
何を話しているのかは聞こえている。
だが、自分から会話へ加わる理由も分からないので、そのまま前を向く。
列は少しずつ進んでいった。
やがてウィンダの順番が訪れる。
「お待たせいたしました。受注を希望するクエストをお伝えください」
受付にいた女性職員が、にこやかな笑顔を向けた。
ウィンダは受付の前に立ったまま、女性の顔をじっと見つめる。
「……」
「はい?」
「……」
女性職員も笑顔のままウィンダを見返す。
しばらく、二人の間に沈黙が続いた。
「あの……受けたいクエストは決まっていますか?」
ウィンダは首をかしげた。
「クエスト?」
「こちらはクエストの受注、報告用の窓口です」
女性職員はウィンダの首元や装備を確認する。
しかし、冒険者の身分を示すものは見当たらない。
「もしかして、冒険者登録でしょうか?」
ウィンダは頷いた。
「うん」
「冒険者登録でしたら、隣の列になります」
女性職員が示した先には、先ほどよりも短い列があった。
その上には、大きく『新規冒険者登録』と書かれている。
ウィンダはその文字を見た。
続いて、自分が並んでいた長い列の上を見る。
『クエスト受注・達成報告』
「間違えた」
「そうですね」
ウィンダは受付から離れ、隣の列へ並び直そうと翼を動かした。
「あ、少々お待ちください」
女性職員が呼び止める。
ウィンダは振り返った。
「せっかく長い時間並んでいただきましたから、こちらで登録を受け付けます」
「いいの?」
「はい。今は後ろの列も落ち着いていますから」
「ありがとう」
ウィンダは再び受付の前へ戻った。
女性職員は机の下から、透明な水晶板を取り出す。
「それでは、こちらの水晶へ翼の爪を触れさせてください」
ウィンダは右の翼を伸ばし、先端にある四本指の爪を水晶板へ触れさせた。
淡い光が爪から翼へ、翼から全身へと広がっていく。
『プレイヤー情報を確認しました』
『名前――ウィンダ』
『種族――ハーピー』
『冒険者登録を開始します』
水晶板の上に、ウィンダの姿と能力値が映し出された。
女性職員はその情報を確認しながら、受付の端末を操作する。
「登録が完了しました」
受付台の上に、二つの物が現れた。
一つは、細い鎖のついた金属製の札。
もう一つは、手のひらほどの大きさをしたカードだった。
「こちらが冒険者用のドッグタグと、ギルドカードです」
女性職員が、金属製の札を持ち上げる。
「ドッグタグは、現在の冒険者ランクを示す身分証明になります。ランクが上がると、材質や表示も変化します」
続いて、カードを示す。
「ギルドカードには、ご自身のステータス、習得スキル、冒険者としての記録などが表示されます」
「なくなる?」
「ドッグタグとギルドカードは重要品に分類されますので、死亡しても失われません」
ウィンダは翼の爪でドッグタグを受け取る。
四本の爪で鎖を挟むように掴み、首へ掛けた。
「ギルドカードがあれば、町の銀行を利用できます。預けているガルドの金額も、カードから確認できますよ」
「お金、預けられる」
「はい。また、冒険者ギルドの共用倉庫も利用できるようになります。失くしたくないアイテムは、冒険へ出る前に預けておくと安心です」
ウィンダはカードを見つめた。
「ステータスを確認したい場合は、表示したいと念じてください」
「見る」
そう思った瞬間、カードの上に半透明の画面が浮かび上がった。
───
名前:ウィンダ
種族:ハーピー
HP:1/20
MP:30/30
STR:7
DEF:4
VIT:9
INT:15
EDX:10
AGI:25
LUK:20
所持金:250ガルド
銀行預金:0ガルド
スキル:
『飛行』
『魔法(初級風魔法Lv1)』
『格闘』
『軽業』
『鷹の目』
───
「1」
ウィンダは、現在HPの数字を見つめた。
「先ほど死亡した影響ですね。復活直後はHPがほとんど残っていない状態になります」
「お金も減った」
「死亡時に半分失ったようですね」
最初に所持していた五百ガルドは、二百五十ガルドになっている。
ウィンダは画面を上から順番に眺めていく。
そして、スキル欄の最後で視線を止めた。
「知らないの、ある」
「どのスキルですか?」
「鷹の目」
女性職員が受付側の画面を確認する。
「ああ、新しく習得したスキルですね」
「いつ?」
「この世界では、レベルを上げるだけでなく、特定の行動を繰り返すことでも新しいスキルを習得できます」
女性職員は『鷹の目』の詳細を表示した。
「鷹の目は、遠くにあるものを見ようとしたり、小さなものを細かく観察したりする行動を繰り返すことで習得できます」
「遠くを見た」
「それが習得条件を満たしたのでしょう」
ウィンダは、先ほど空から見た景色を思い出す。
町の建物。
草原で戦う冒険者たち。
東西南北へ続く道。
森の向こうの草原。
遠くに見えた町。
もっと遠くを見ようとしながら、何度も高度を上げていた。
「見てたら、覚えた」
「はい。ゲーム内でどのような行動をするかによって、習得するスキルも変わります」
「飛んでも?」
「飛行を繰り返せば、飛行に関係する新しいスキルを習得する可能性はあります」
その言葉を聞いたウィンダは、ギルドの高い窓へ顔を向けた。
窓の向こうには、青い空が見えている。
女性職員は、その視線がすでに自分から外れていることに気づいた。
「まずはHPを回復してから外へ出てくださいね」
「うん」
「それから、高すぎる場所には行かないようにしてください」
「わかった」
ウィンダは小さく頷いた。
だが、その目は窓の向こうを飛ぶ鳥を追っていた。
読んでいただきありがとうございます。
直した方がいいところがあれば、どんどん教えて下さい。
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