新たな世界
ここから冒険が始まります。
光が収まったとき、ウィンダの視界いっぱいに、透き通った青色が広がっていた。
「おおお……」
思わず、声が漏れた。
それは空ではない。
ウィンダの目の前にそびえ立つ、巨大なクリスタルだった。
三階建ての家屋ほどの高さを持つ結晶が、石造りの広場の中央に鎮座している。
内部には淡い光が揺らめき、ときおり水面の波紋のような輝きが表面を走っていた。
ウィンダは首が痛くなりそうなほど顔を上げ、その先端を見つめる。
これほど大きなものを、彼女は現実で見たことがなかった。
病室の窓から見える建物とは違う。
手を伸ばせば触れられる場所にありながら、見上げなければ全体を見ることさえできない。
もっと近くで見ようと、ウィンダは一歩踏み出した。
翼の先端にある四本の爪が、無意識に開いたり閉じたりする。
その周囲では、次々とプレイヤーがクリスタルから姿を現していた。
剣を背負った人間。
猫の耳と尻尾を持つ獣人。
背の低いドワーフ。
尖った耳を持つエルフ。
多くの種族が広場を行き交う中で、両腕が翼になり、膝から下が鳥の脚となっているウィンダの姿は、ひどく目立っていた。
「なあ、あれ何の種族だ?」
「え? ハーピーじゃないか?」
「ハーピーって、あのハーピー?」
近くにいた三人組のプレイヤーが、声を潜めて話している。
本人たちは小声のつもりらしいが、すぐ近くなのでウィンダにも聞こえていた。
「初めて見た。使ってるやつ、本当にいたんだな」
「あんな種族を選ぶやつとかいるのか?」
「武器持てないんだろ? 防具もほとんど装備できないって聞いたぞ」
「しかもダンジョンじゃ飛べない。完全にハズレ種族だろ」
ウィンダはクリスタルを見上げたまま、一度だけ首をかしげた。
何かを話していることは分かったが、自分に関係があるとは思わなかった。
すぐに興味はクリスタルへ戻る。
翼の先の爪を伸ばし、結晶の表面に触れてみようとした、そのときだった。
目の前に半透明の青い画面が現れた。
『アルカディア・クロニクルへようこそ、ウィンダ様』
ウィンダは伸ばしていた翼を止めた。
『初回ログインを確認しました。これより、選択された種族の基本情報を説明します』
画面に、ウィンダ自身の姿が表示される。
『種族――ハーピー』
『ハーピーは、高い敏捷性と飛行能力を持つ鳥人種です』
『広い場所では優れた機動力を発揮しますが、狭い洞窟、建物内、障害物の多い森林などでは飛行能力が制限されます』
『また、両腕が翼となっているため、多くの片手武器、両手武器、盾を装備できません』
『一般的な人型防具の大部分も装備対象外となります』
次々と文字が流れていく。
ウィンダは最初こそ画面を眺めていた。
しかし、やがて視線が横へずれる。
クリスタルの向こうには、石造りの町並みが広がっていた。
中央広場から東西南北へ大通りが伸び、その間を細い石畳の道がクモの巣のように走っている。
屋根の上には煙突が並び、そのさらに向こうには高い城壁が見えた。
『ハーピーの初期能力は、敏捷性と運に優れています。一方、物理攻撃力および物理防御力は低く――』
ウィンダは画面から少し身体をずらした。
画面も一緒に移動し、再び目の前に現れる。
『初期スキルは、飛行、魔法・初級風魔法レベル一、格闘、軽業です』
画面の横に、四つのスキル名が表示された。
『飛行』
『魔法・初級風魔法Lv1』
『格闘』
『軽業』
『使用可能な初期魔法は、風属性攻撃魔法ウィンド・カッター、および無属性攻撃魔法エネルギーボルトです』
「うん」
『ウィンド・カッターは、圧縮した風を刃として放つ初級魔法です。エネルギーボルトは――』
ウィンダは広場の上空を見上げた。
青い空に、白い雲が浮かんでいる。
飛んでいる鳥も見えた。
『――使用者の魔法能力によって威力が変動します。続いて、各能力値について詳しく説明を――』
ウィンダは翼を広げた。
『お待ちください』
その言葉を無視し、翼を大きく羽ばたかせる。
身体がわずかに浮いた。
ような気がした。
しかし次の瞬間、翼が空気をすり抜けるように力を失い、ウィンダはその場でぺたりと座り込んだ。
「……飛べない」
『初回チュートリアル終了前は、広場内における一部スキルの使用が制限されています』
案内音声が、先ほどよりもわずかに強い口調になる。
『説明中に勝手な行動を取らないでください』
ウィンダは画面を見た。
「飛びたかった」
『お気持ちは理解しますが、先に操作方法を学習してください』
「今、飛ぶ」
『まだ飛べません』
「少しだけ」
『できません』
ウィンダは不満そうに画面を見つめた。
表情はほとんど変わらない。
それでも、翼の羽がわずかに逆立っていた。
『これより、基本チュートリアルを開始します』
広場の一角が淡い光に包まれる。
次の瞬間、ウィンダは円形の訓練場へ転送されていた。
周囲には木製の柵があり、正面には人型の訓練人形が立っている。
『最初に、格闘スキルを説明します』
ウィンダの視界に、訓練人形を蹴るよう指示が表示された。
『ハーピーは一般的な武器を使用できないため、脚による蹴りと、手足の爪を利用した攻撃が基本となります』
「蹴る?」
『はい。正面の訓練人形へ攻撃してください』
ウィンダは人形へ近づいた。
右脚を持ち上げ、軽く前へ蹴り出す。
その瞬間、身体が自然に動いた。
軸足が回転し、腰が入り、鳥の脚が正確に人形の胴体を捉える。
乾いた音とともに、人形が大きく揺れた。
ウィンダは蹴り終えた姿勢のまま、首をかしげる。
「勝手に動いた」
『格闘スキルには、動作補正が適用されます』
『使用者が攻撃を意識することで、仮想身体が基本的な攻撃動作を補助します』
『ただし、攻撃の方向、タイミング、威力は、使用者の能力と動作によって変化します』
続いて、翼の先端にある爪で人形を攻撃するよう指示が出る。
ウィンダが翼を横に振ると、四本の爪が人形の表面を引っかいた。
薄い傷跡が残る。
「これで掴める?」
『小型の物品であれば、翼爪で保持できます』
訓練場の床に、小さな木製の球が出現した。
ウィンダは翼を伸ばし、先端の四本指で球を掴む。
人間の手ほど自由ではない。
それでも、持ち上げることはできた。
「持てた」
『はい。しかし武器の使用には適していません』
ウィンダは木の球をしばらく眺めたあと、床へ置いた。
『続いて、魔法を使用します』
訓練人形が元の位置に戻る。
『魔法名を発声するか、使用する魔法を強く意識してください』
『ウィンド・カッターを選択します』
ウィンダの前に、魔法の説明が表示された。
『魔法の詠唱中は、その場から移動できません』
『移動すると詠唱が中断され、魔法は発動しません』
「動けない?」
『はい。詠唱を開始してください』
ウィンダは訓練人形を見た。
「ウィンド・カッター」
周囲から風が集まり、ウィンダの前で小さな渦を作る。
その間、脚が地面へ固定されたように動かなくなった。
数秒後、風が三日月状の刃となって飛び出す。
風の刃は訓練人形へ命中し、表面に細い切れ目を作った。
「おお」
『ウィンド・カッターの使用を確認しました』
『次に、エネルギーボルトを使用してください』
「エネルギーボルト」
淡い光がウィンダの前へ集まり、拳ほどの大きさの弾となる。
光弾は直線状に飛び、訓練人形の胸へぶつかった。
『エネルギーボルトは無属性の初級魔法です。属性による有利不利の影響を受けにくく、安定した攻撃が可能です』
ウィンダは再び魔法を使おうとする。
『現在はチュートリアルです。次の説明へ進みます』
「もう一回」
『後ほど自由に使用してください』
「……わかった」
『続いて、軽業スキルを説明します』
訓練場に、低い柵と木箱が並んだ。
『軽業スキルは、跳躍、着地、回避、姿勢制御などの動作を補助します』
『障害物を越えてください』
ウィンダは柵へ向かって走る。
踏み切った瞬間、身体が軽く持ち上がった。
翼を広げると、姿勢が自然に安定する。
柵を越え、その先の木箱の上へ着地した。
鳥の足にある鉤爪が木箱の表面を掴む。
ほとんど揺れることなく、ウィンダは片足で立っていた。
「できた」
『軽業スキルにより、通常よりも高度な身体操作が可能です』
『最後に、飛行スキルを説明します』
ウィンダの瞳が、わずかに大きくなった。
訓練場の天井と壁が光に溶け、周囲が広い草原へ変化する。
『飛行をはじめとした一部のスキルは、スキル名を発声する必要がありません』
『飛びたいと強く意識し、翼を動かすことで発動します』
「飛びたい」
『その意識を保ちながら、翼を広げてください』
ウィンダは両翼を大きく広げた。
風が羽毛の間へ入り込む。
翼を一度、強く羽ばたかせる。
身体が浮いた。
今度は落ちなかった。
地面が少しずつ遠ざかっていく。
一メートル。
二メートル。
三メートル。
ウィンダは翼の角度を変えた。
教えられていないはずなのに、どの羽をどのように動かせばよいのか、自然に分かった。
右の翼をわずかに下げる。
身体が右へ傾く。
尾羽と脚で姿勢を整え、緩やかに旋回する。
『規定高度を維持してください。急激な上昇や加速は――』
ウィンダはさらに強く羽ばたいた。
身体が一気に上昇する。
『規定高度を超えています』
空中で身体をひねり、翼を畳む。
落下しながら向きを変え、地面の直前で翼を開いた。
風を受けて速度を落とし、両脚で軽やかに着地する。
ウィンダは顔を上げた。
ほんのわずかに、口元が緩んでいた。
『……飛行チュートリアルを完了しました』
「もう一回」
『チュートリアル終了後に行ってください』
草原が消え、再び最初の訓練場へ戻る。
『最後に、町で使用する通貨について説明します』
ウィンダの前に、一枚の硬貨が表示された。
『アルカディア・クロニクルの通貨単位は、ガルドです』
『ガルドは、クエストの報酬、モンスターから得られる素材の売却、生産品の販売などによって入手できます』
『町の商店では、ガルドを使用してアイテムや装備品を購入できます』
『現在の所持金は五百ガルドです』
「五百」
『初心者向けの消耗品や装備を購入できます』
ウィンダは自分の服を見下ろした。
ベージュ色のタンクトップとハーフパンツ。
飛行を妨げないように作られた、ハーピー用の旅人服だった。
『以上で、基本チュートリアルを終了します』
『続いて、冒険者ギルドへご案内します』
視界が再び光に包まれた。
◇
ウィンダが戻ったのは、アステリア中央広場だった。
目の前には、巨大なクリスタル。
その先には、石造りの町並みと大通りが広がっている。
半透明の画面に、矢印が表示された。
『冒険者ギルドは、中央広場から東大通りを進んだ先にあります』
『初めに冒険者登録を行い、初心者向けクエストを受注することを推奨します』
『道中では、道具屋や装備店を利用することも可能です』
ウィンダは矢印を一度見た。
それから空を見上げた。
雲が流れている。
町を囲む城壁よりも高い場所に、何羽かの鳥が飛んでいる。
『それでは、矢印に従って冒険者ギルドへ――』
ウィンダは翼を広げた。
『ウィンダ様?』
飛びたい。
ただ、それだけを強く思う。
飛行スキルが発動した。
翼が風を掴み、ウィンダの身体が石畳から離れる。
『冒険者ギルドはそちらではありません』
もう一度羽ばたく。
巨大なクリスタルの半ばまで、一気に上昇する。
『まずは冒険者登録を行うことを推奨します』
さらに高く。
町の屋根が、少しずつ小さくなっていく。
『未登録の状態では、一部施設およびクエストが――』
「うるさい」
ウィンダは目の前の画面を、翼の爪でつついた。
設定項目が表示される。
その中から『ガイドメッセージを非表示』を選択した。
『初回案内を非表示にすると、重要な説明を見逃す可能性が――』
「消す」
『本当によろしいですか?』
「うん」
画面が消えた。
視界を遮るものは、もう何もない。
ウィンダは町の上空で翼をいっぱいに広げた。
風が全身の羽を揺らす。
下には、巨大なクリスタルを中心に広がる円形の町。
クモの巣のような石畳。
赤や青の屋根。
東西南北へ伸びる大通り。
高い城壁と、四つの大きな城門。
そのすべてを、一度に見渡すことができた。
病室の窓から眺めていた空とは違う。
今は窓も、壁も、ガラスもない。
見上げるだけではない。
自分も、その中にいる。
ウィンダは翼を大きく羽ばたかせた。
一気に速度が上がる。
風が頬を撫で、髪を後ろへ流していく。
クリスタルの周りを旋回し、大通りの上を飛び、屋根の間を抜けていく。
地上のプレイヤーたちが、驚いて空を見上げていた。
「あいつ、もう飛んでるぞ!」
「チュートリアル終わったばかりじゃないのか?」
「速っ! 飛行ってあんな動きできるのか?」
そんな声も、ウィンダには届かなかった。
彼女の目には、青い空しか映っていない。
いつも無表情に空を眺めていた少女は、今、自分の翼でその空を飛んでいた。
口元には、本人も気づいていない笑顔が浮かんでいる。
「飛べた」
誰に聞かせるでもなく、ウィンダは呟いた。
そして、さらに高い場所を目指して、翼を羽ばたかせた。
ウィンダは、始まりの町アステリアの上空をゆっくりと旋回していた。
翼を強く羽ばたかせるのではなく、風を受けるように角度を調整する。
すると身体は、大きな円を描きながら少しずつ高度を上げていった。
地上にいたときは壁のように見えていた建物の屋根が、少しずつ足元へ沈んでいく。
ウィンダは首を左右へ動かしながら、町を見下ろした。
「おお……」
中央の巨大なクリスタルを中心に、石畳の道がクモの巣のように広がっている。
地上では入り組んで見えた道も、空からならどこへ続いているのか一目で分かった。
クリスタルの正面には、町で一番大きな建物が建っている。
石造りの立派な建物で、大きな扉の上には剣と盾を組み合わせたような紋章が掲げられていた。
先ほど案内画面が示していた冒険者ギルドかもしれない。
だが、ウィンダはすでに案内の内容をあまり覚えていなかった。
少し離れた場所には、長い煙突のついた黒く平べったい建物が見える。
煙突からは薄い黒煙が昇り、建物の周囲には金属を打つような音が響いていた。
さらに別の場所には、広い庭を持つ二階建ての建物がある。
庭の広さはサッカー場ほどもあり、剣、槍、斧、盾など、さまざまな武器が並べられていた。
人型の人形へ向かって剣を振る者や、弓を構えて的を狙う者の姿も見える。
「いっぱい」
ウィンダはゆっくりと旋回を続ける。
白い石で造られた、細長い塔を持つ建物。
入口に色鮮やかな布が何枚も吊るされた店。
赤い屋根が連なる住宅街。
大きな樽を積み上げた倉庫。
地上を歩いているだけでは見つけられなかったものが、高度を上げるたびに次々と視界へ入ってくる。
ウィンダの口元が、自然と緩んでいった。
もっと見たい。
そう思い、翼をもう一度羽ばたかせる。
町を囲む高い城壁が、少しずつ低くなっていった。
やがて、壁の向こう側が見え始める。
「外」
城壁の外には、青々とした草原がどこまでも広がっていた。
東西南北の城門から伸びた街道が、緑の大地を切り分けるように遠くまで続いている。
病室の窓から見ていた景色とは、何もかもが違った。
窓枠がない。
ガラスもない。
建物に遮られることもない。
視界の先まで、世界が続いている。
ウィンダの胸の内に、これまで感じたことのない高揚感が膨らんでいく。
あそこには何があるのだろう。
あの道は、どこへ繋がっているのだろう。
あの森の向こうには、何があるのだろう。
「行きたい」
誰に聞かせるでもなく呟き、旋回する円を少しずつ広げていく。
やがてウィンダは、城壁の上を越えた。
初めて、始まりの町の外へ飛び出す。
城門の外に広がる草原では、多くのプレイヤーがモンスターと戦っていた。
ウサギに似た小さな身体。
だが、その額には短く鋭い一本角が生えている。
数匹の角ウサギを相手に、剣を持った戦士と杖を持った魔法使いが連携して戦っていた。
「そっち行ったぞ!」
「分かってる!」
「詠唱する、引きつけてくれ!」
別の場所では、大盾を構えたプレイヤーが角ウサギの突進を受け止めている。
その後ろから、弓を持った獣人が矢を放っていた。
さらに離れた場所にも、いくつものパーティーが見える。
モンスターと戦う者。
倒したモンスターから素材を集める者。
東に見える森へ向かって歩いていく者。
反対に、森から町へ帰ってくる者。
怪我をした仲間を支えながら歩く集団もいた。
ウィンダはそれらを眺めながら、ゆっくりと草原の上を飛ぶ。
地上のプレイヤーが何人か彼女へ気づき、空を指差した。
「あれ、ハーピーか?」
「町から飛んできたぞ」
だが、ウィンダは気づかない。
彼女の視線は、もっと遠くへ向いていた。
草原の先を見たい。
ウィンダは再び上昇を始めた。
高度が上がるにつれ、今まで見えなかった地形が、少しずつ姿を現す。
北には、緑の草原とはまったく違う荒れた土地が広がっていた。
地面は茶色く乾き、ところどころに大きな岩が突き出している。
そのさらに奥には、天を突くような高い岩山が連なっていた。
「山」
南には、どこまでも草原が続いている。
その中を一本の道が真っすぐ伸び、遠くには町のようなものが小さく見えた。
建物の屋根らしきものと、そこから昇る煙。
「町?」
東には深い森が広がっている。
木々の隙間を縫うように道が伸び、森を抜けた先には、再び明るい草原が見えていた。
西の街道は、ほかの方角よりも明らかに人通りが多い。
荷物を積んだ馬車。
大きな袋を背負って歩く商人らしき人々。
武器や鎧を身につけた冒険者たち。
町へ向かう者と、町から離れていく者が絶えず行き交っている。
世界が広い。
空から見ても、すべてを見渡すことはできない。
高度を上げれば上げるほど、新しいものが現れる。
ウィンダの表情は、もう現実世界のソラとはまるで違っていた。
瞳を輝かせ、楽しそうに笑っている。
「もっと」
翼を強く羽ばたかせる。
身体がさらに上へ昇る。
風が少し冷たくなった。
町も、草原のプレイヤーたちも、小さくなっていく。
本来であれば、この時点でウィンダの視界には警告が表示されるはずだった。
『警告。初心者エリアの安全高度を超えようとしています』
『これ以上の上昇は、強力な飛行モンスターとの遭遇率が上昇します』
『ただちに高度を下げることを推奨します』
しかし、ウィンダは先ほどガイドメッセージをすべて非表示にしている。
目の前に警告が現れることはない。
警告音も聞こえない。
彼女はただ、上へ上へと昇っていく。
「高い」
アステリアの町が、手のひらに収まるほど小さく見える。
城壁の形も、東西南北に伸びる街道も、すべてがはっきりと見えた。
さらに遠くの景色まで見渡せる。
ウィンダは嬉しそうに翼を広げ、上昇を続けた。
そのときだった。
『キィィィィィィィィィ――ッ!』
空を引き裂くような、巨大な鳥の鳴き声が響いた。
音は一方向からではない。
空そのものが震えたように、周囲一帯へ広がった。
「……?」
驚いたウィンダは羽ばたきを止めた。
翼を広げたまま、空中でゆっくりと速度を落とす。
周りを見る。
右。
左。
下。
何も見えない。
だが突然、ウィンダの身体に大きな影が差した。
頭上から、光が消える。
ウィンダはゆっくりと振り返った。
視界いっぱいに、巨大な鉤爪があった。
「え」
避ける間もなかった。
鋭い爪が、ウィンダの身体を一息に切り裂く。
衝撃とともに、視界が激しく揺れた。
身体が空中で弾き飛ばされる。
目の前に、赤い数字が浮かんだ。
『―148』
ウィンダの最大HPは、20。
残っていたHPが、一瞬で消失した。
『HPが0になりました』
『プレイヤー・ウィンダは死亡しました』
「……死んだ?」
そこまで呟いた瞬間、視界が真っ暗になった。
◇
次に目を開けたとき、ウィンダは石畳の上に立っていた。
目の前には、見覚えのある巨大なクリスタル。
その周囲を、さまざまな種族のプレイヤーが行き交っている。
先ほどまで見下ろしていた、アステリア中央広場だった。
ウィンダは無言で自分の身体を見下ろす。
傷はない。
切り裂かれた服も、元に戻っている。
翼を開く。
爪を動かす。
すべて元通りだった。
「戻った」
近くにいたプレイヤー達は、突然現れたウィンダを気にせず周りの仲間と騒いでいた。
「なんだ!?今の鳴き声!?」
「わかんねぇよ!初めて聞いたよ!」
「何何!なんかのイベント!?」
ウィンダは声のした方を見た。
それから、もう一度空を見上げる。
青い空。
白い雲。
先ほど巨大な鳥に襲われた場所は、地上からでは見えない。
ウィンダはしばらく空を見つめたあと、小さく首をかしげた。
「大きい鳥、いた」
そして、何事もなかったかのように言うがその声は周りの喧騒に飲み込まれてしまった。
良ければ感想お願いします。




