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わたしの翼

アバター作成となります。


 久遠零司が退院してから数日後。


 天宮ソラの病室に、大きな荷物が届いた。


「天宮さん、お届け物ですよ」


「……大きい」


 看護師が運び込んできた箱を見て、ソラはベッドの上から目を瞬かせた。


 横幅だけでも、ソラの上半身がすっぽり隠れてしまいそうな箱。


 側面には見覚えのある企業ロゴと、製品名が印刷されている。


 差出人を見る。


『久遠零司』


「本当に送ってきたんですね」


「うん」


 看護師も話は聞いていた。


 入院していた会社社長とソラが知り合ったこと。


 その零司からゲームと、それを遊ぶための機器を贈ってもらえること。


 ソラ自身は数日前から知っていたのだが。


 実物を目の前にすると、箱から視線が離れなくなった。


「開けます?」


「開ける」


 即答だった。


「ふふ、じゃあ一緒に開けましょうか」


「うん」


 箱を開ける。


 緩衝材を取り除くと、中から流線型の機械が姿を現した。


 完全没入型VRシステム。


 頭部へ装着するヘッドギア。


 身体の状態を読み取るための各種センサー。


 専用の制御装置。


 そして、説明書。


 市販されているものの中でも最新型の機種だった。


 ソラには値段など分からない。


 ただ。


「これで、入れる?」


「ゲームの世界に?」


「うん」


「入れるみたいですね」


「飛べる?」


「それは……ゲームを始めてみないと分からないかな」


「そっか」


 ソラは少し残念そうに言ったものの、その視線はすぐに機械へ戻った。


 その横には、すでに零司から受け取っていたゲーム。


---


『ALCADIA CHRONICLE』


『アルカディア・クロニクル』


---


 世界で今、最も多くの人が遊んでいる完全没入型VRMMORPG。


 神と悪魔が消えた世界。


 いくつもの種族が暮らす大陸。


 冒険者になって、好きなように生きられる場所。


 そして。


 自分の翼で空を飛べる場所。


「……やりたい」


 ソラはぽつりと言った。


「すぐ?」


「うん」


 返事だけは、とても早かった。


     ◇


 機器の準備を終え。


 ソラはベッドへ横になった。


 頭にはVRヘッドギア。


 身体の状態を読み取るセンサーも接続されている。


 目の前にあるのは、見慣れた病室の天井。


「では」


 機械音声が聞こえる。


『完全没入型VRシステムを起動します』


『ユーザー認証中』


『認証完了』


『接続状態――正常』


『《アルカディア・クロニクル》を起動します』


 ソラは目を閉じた。


「……ログイン」


 意識が沈む。


 奇妙な感覚だった。


 眠るときとは違う。


 自分の身体が遠くなる。


 ベッドへ触れていた背中の感覚が消え。


 シーツの感触も。


 病室の音も。


 すべてが遠ざかっていく。


 そして。


 次の瞬間。


「……」


 ソラは立っていた。


 何もない。


 どこまでも真っ白な空間。


 上も。


 下も。


 前も。


 後ろも。


 白。


 けれど。


「立ってる」


 ソラは自分の足を見る。


 病院着ではない。


 簡素な白い服。


 裸足。


 そして何より。


 自分は立っている。


 現実でも歩けないわけではない。


 けれど長い入院生活の中では、身体の調子を気にすることなく立っていられる時間は決して多くなかった。


 今は。


 身体が軽い。


 痛くない。


 息苦しくない。


 疲れていない。


 ソラは試しに一歩歩いた。


 次。


 もう一歩。


「……軽い」


 少し速く歩く。


 問題ない。


 なら。


 走る。


「おお」


 白い空間を走った。


 足が前へ出る。


 身体がついてくる。


 息も切れない。


 ソラはその感覚が面白くなり、しばらく意味もなく走り回った。


『ユーザーの身体動作確認が完了しました』


「?」


 目の前に半透明のウィンドウが現れた。


---


『ようこそ、《アルカディア・クロニクル》へ』


『初回ログインを確認しました』


『キャラクタークリエイトを開始します』


---


「キャラクター」


 プロローグで零司から聞いた話を思い出す。


 アルカディアでは、自分とは違う種族になれる。


 人間。


 エルフ。


 ドワーフ。


 獣人。


 リザードマン。


 オーガ。


 他にもたくさん。


 そして。


「ハーピー」


 ソラが呟いた瞬間。


『種族を選択してください』


 周囲へ、いくつもの姿が現れた。


 人間。


 長い耳を持つエルフ。


 小柄ながら屈強なドワーフ。


 様々な動物の特徴を持った獣人。


 鱗に覆われたリザードマン。


 巨体を持つオーガ。


 その一つ一つに説明が表示されている。


 けれど。


 ソラはほとんど見ていなかった。


「ハーピー、どこ?」


 視線を動かす。


 横へ。


 さらに横へ。


 そして。


「いた」


 見つけた。


 少女の姿。


 薄い空色の髪。


 人間と似た顔。


 人間と同じ太腿。


 だが。


 腕がない。


 正確には――腕そのものが翼になっている。


 肩から伸びる、大きな白い翼。


 羽毛の先端には、ごく淡い水色。


 翼の先には四本の爪のある指。


 そして膝から下は、人の脚ではなく鳥の脚。


 鋭い鉤爪。


 画面上部には種族名。


---


『ハーピー』


---


 ソラが近づく。


 翼を見る。


 大きい。


 広げれば、少女の身体よりずっと横幅がある。


 翼の先へ触れる。


 指。


 四本。


「掴める?」


『ハーピーの翼端部は簡単な把持動作が可能です』


「掴める」


 次に説明を読む。


---


『種族:ハーピー』


『鳥類の特徴を強く持つ亜人種』


『固有能力として《飛行》を使用可能』


『高いAGIを持ち、空中機動に優れる』


『反面、一般的な武器・防具の多くに装備制限が存在する』


『洞窟・狭所・森林などでは大型の翼が移動を妨げる場合があります』


『初心者推奨度:低』


---


「飛べる」


 ソラが見ていたのは、そこだけだった。


 装備制限。


 洞窟。


 森。


 初心者には向いていない。


 そんな説明は目に入っても、ほとんど意味を持たない。


『種族《ハーピー》を選択しますか?』


「うん」


『本種族は装備制限および地形適性による不利が――』


「これ」


『……』


『種族《ハーピー》を選択しました』


 白い光がソラの身体を包んだ。


「!」


 身体の感覚が変わる。


 肩。


 腕。


 指。


 脚。


 重心。


 すべて。


 光が消えた。


 ソラは自分の身体を見下ろした。


「……ない」


 人間の腕がない。


 代わりに。


 肩から大きな翼が生えていた。


 白い羽毛。


 先端は淡い水色。


 ソラは翼を動かそうとする。


「こう?」


 右。


 ばさっ。


「おお」


 動いた。


 左も。


 ばさっ。


 両方。


 ばさばさっ。


 自分の意思で翼が動く。


 肩から先。


 一枚一枚の羽。


 風を受ける面積。


 すべてが「自分の身体」として感じられた。


「翼」


 ソラは少し笑った。


 次に翼の先を動かす。


 四本の指。


 曲げる。


 開く。


 握る。


「動く」


 鳥脚も見る。


 太腿までは人間。


 膝から下は細い鳥脚。


 先端には鋭い鉤爪がある。


 片脚を上げてみる。


「変」


 重心が違う。


 でも。


 嫌ではない。


 むしろ。


「これで飛ぶ」


 ソラはすでに、空のことしか考えていなかった。


『外見設定を開始します』


 目の前に鏡が現れる。


 映っているのは、ハーピーになったソラ。


 顔立ちは現実のソラを元にしながら、変更できるらしい。


「髪」


 色を変える。


 黒。


 茶。


 金。


 銀。


 赤。


 青。


 何度か切り替える。


 そして。


 淡い空色。


「これ」


『髪色を設定しました』


 長さはロング。


 瞳は青。


 白い翼の先には、ごく淡い水色を残す。


 体格は小柄。


 年齢相応の少女。


 服装は初期装備として選択できるものの中から、最も動きやすそうなもの。


 ベージュ色のタンクトップ。


 同じくベージュ系のハーフパンツ。


「軽い」


 翼の動きを邪魔しない。


 それで十分だった。


 鏡の中。


 薄い空色の長い髪。


 青い瞳。


 白と淡い水色の大きな翼。


 鳥の脚。


 ベージュの軽装。


 ソラはしばらく自分の姿を見た。


「……鳥」


 少しだけ楽しそうだった。


 次。


『キャラクター名を入力してください』


「名前」


 ソラは考える。


 長くは考えなかった。


 空。


 風。


 飛ぶ。


 頭の中に浮かんだ言葉から。


「ウィンダ」


---


『キャラクター名:ウィンダ』


『この名前を使用しますか?』


---


「うん」


『使用可能なキャラクター名です』


『《ウィンダ》に決定しました』


 そして。


 最後の設定画面。


『初期ステータスを確認してください』


「ステータス」


 ソラの前に数字が並ぶ。


---


 名前:ウィンダ

 種族:ハーピー

 レベル:1


 HP:20

 MP:30


 STR:7

 DEF:4

 VIT:9

 INT:15

 DEX:10

 AGI:25

 LUK:20


---


「素早さ、高い」


 AGI25。


 他の数字と比べても、明らかに高い。


 ハーピーの種族特性らしい。


 続いて。


『初期スキルを確認してください』


---


『飛行』


 翼を持つ種族が使用できる飛行系スキル。


 自身の翼を用いて空中を移動する。


---


『魔法(初級風魔法Lv1)』


 初歩的な風属性魔法を使用可能になる。


 使用可能魔法:


『ウィンド・カッター』


 風の刃を飛ばし、対象を切り裂く。


 消費MP:3


『エネルギーボルト』


 魔力を弾丸として前方へ放つ。


 消費MP:2


---


『格闘』


 素手・脚・爪などを用いた近接攻撃へ補正を与える。


---


『軽業』


 跳躍・着地・姿勢制御など、身軽な身体動作へ補正を与える。


---


「飛行」


 やはり最初に見たのは、それだった。


 ソラ――ウィンダは、自分の翼を広げる。


 ばさり。


 左右へ大きく開いた翼は、端から端まで三メートルを超えていた。


「飛べる」


 説明には、他にもいろいろ書かれている。


 STR。


 DEF。


 DEX。


 魔法。


 格闘。


 軽業。


 けれど。


 今のウィンダにとって、一番大事なものは決まっている。


『飛行』


 それだけだった。


『キャラクタークリエイトを終了しますか?』


「うん」


『最終確認』


---


 Character Name:ウィンダ


 Race:ハーピー


 Level:1


 HP:20

 MP:30


 STR:7

 DEF:4

 VIT:9

 INT:15

 DEX:10

 AGI:25

 LUK:20


 Skill:


『飛行』


『魔法(初級風魔法Lv1)』


『格闘』


『軽業』


---


『このキャラクターで《アルカディア・クロニクル》を開始しますか?』


 ウィンダは迷わなかった。


「始める」


『決定しました』


 白い空間に、光が満ちていく。


『始まりの町《アステリア》へ転送します』


 ウィンダは自分の翼を見る。


 白い羽。


 淡い水色の翼端。


 自分の意思で動く、大きな翼。


 零司に見せてもらったホームページ。


 そこで見たハーピー。


 あのとき聞いた言葉。


 自分の翼で飛べる。


「……早く」


 飛んでみたい。


 翼を広げる。


 まだ風はない。


 それでも、もう少しで。


 自分は空へ行ける。


 光がウィンダの身体を包み込む。


 白い世界が消えていく。


 そして。


 天宮ソラの――。


 ウィンダの。


 初めての冒険が始まった。


次は冒険の世界へ羽ばたきます

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