祭壇を求めて
グレイヴ岩山を離れたウィンダは、そのままアステリアへ向かって空を飛んでいた。
眼下には岩肌の目立つ山岳地帯が広がり、それが少しずつ草原へと変わっていく。
ウェストポーチの中には、モルドに頼まれていた鉄鉱石が十個。
そしてもう一つ。
採掘中に偶然見つけた、青白い光沢を持つ見慣れない鉱石が入っていた。
「……これ、なんだろう」
飛びながらアイテム欄を開いてみても、表示されるのは相変わらず簡単なものだけだった。
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《???の鉱石》
詳細不明。
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「分からない」
それなら、分かる人に聞けばいい。
ちょうど今から向かう鍛冶場には、鉱石に詳しそうな者が二人いる。
ウィンダはアイテム欄を閉じると、翼を大きく羽ばたかせた。
◇
アステリアへ戻り、そのまま鍛冶場へ向かう。
建物へ近づくにつれ、金属を打つ甲高い音が聞こえてきた。
カンッ。
カンッ。
カンッ。
開け放たれた入口から中を覗けば、今日も職人たちが忙しそうに働いている。
炉からは赤々とした熱が放たれ、壁際には完成した武器や加工前の金属が並び、その中央では大柄なオーガが槌を振るっていた。
「モルド」
「ん?」
呼ばれたモルドが槌を止め、入口の方を見る。
「おう、嬢ちゃんか」
ウィンダが中へ入ると、モルドは手にしていた槌を作業台へ置いた。
「戻ってきたってことは、掘れたのか?」
「うん」
ウィンダはウェストポーチを開き、採掘してきた鉄鉱石を取り出していく。
一個。
二個。
さらに並べて。
最後の一個まで置く。
「十個」
「……本当に揃えてきやがったか」
モルドが並べられた鉄鉱石を見る。
頼まれていた数は、きっちり十個。
「グレイヴ岩山の採掘場は今かなり混んでるって話だったんだがな」
「上から探した」
「上から?」
「飛んで」
「ああ……」
モルドはウィンダの翼を見ると、それだけで大体を察したらしい。
「そういや嬢ちゃんには、その手があったな」
「うん」
「普通の奴が届かねぇような場所でも、お前なら直接行けるってわけか」
モルドは鉄鉱石を一つ手に取り、表面を軽く確認してから満足そうに頷いた。
「質も問題ねぇ。これだけあれば頼まれてた物も仕上げられる」
そう言うと、モルドは鍛冶場の奥へ向かい、少ししてから二種類の品を抱えて戻ってきた。
一つは、綺麗に加工された石造りの小さな祭壇。
もう一つは、黒い鉄で作られた燭台が二つ。
「待たせたな。頼まれてたやつだ」
ウィンダの前に並べられる。
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《綺麗な石の祭壇》×1
《鉄の燭台》×2
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「これ」
「ああ。石の祭壇は知り合いの石工に頼んで作らせた。燭台の方は俺が仕上げてある」
モルドは石の祭壇を軽く叩いた。
「嬢ちゃんが何に使うのかは知らねぇが、適当な仕事はしてねぇ。持っていけ」
「ありがとう」
「礼なら鉄まで集めてきたお前に言いてぇくらいだ」
ウィンダは祭壇と二つの燭台を受け取り、ウェストポーチへ収納する。
これで。
風の止まった祠に必要だったものが全部揃った。
「……よし」
さっそく祠へ行こう。
そう思って踵を返しかけた時だった。
「嬢ちゃん」
「?」
別の声に呼び止められる。
振り向くと、鍛冶場の奥から一人のドワーフが歩いてきていた。
「ガルム」
「よう」
先日グレイヴ岩山で助けたガルムだった。
怪我をしていた脚にはまだ包帯が巻かれているものの、あの時よりはずっと楽そうに歩いている。
「脚」
「ああ、まだちっと痛むが大したことはねぇ。骨も折れてなかったしな」
そう言いながら普通に歩こうとしたところで、近くにいたモルドの目が鋭くなる。
「ガルム」
「……なんだよ」
「無理すんなって言われてんだろうが」
「分かってるって」
「分かってる奴は仕事場をうろつかねぇ」
「ちょっと歩いてただけだろ」
「座ってろ」
「へいへい」
ガルムは面倒そうに返しながらも、近くにあった椅子へ腰を下ろした。
怖い顔をしているが、モルドがガルムの怪我をかなり気にしていることはウィンダにも分かった。
「嬢ちゃんも鉱石を掘りに行ってたのか?」
「うん。鉄、十個」
「十個?」
ガルムが目を丸くする。
「よく集めたな。今のグレイヴ岩山じゃ、安全な採掘場は人だらけだったろ」
「飛んで探した」
「……なるほどな」
ガルムもモルドと同じように納得した。
そこでウィンダは、もう一つの鉱石を思い出す。
「あ」
「どうした?」
「これもあった」
ウェストポーチへ翼先の指を入れ、青白い鉱石を取り出した。
「何か分からない」
「ん?」
何気なく顔を向けたガルムだったが、鉱石を見た瞬間、その表情が変わった。
「……ちょっと待て」
「?」
「嬢ちゃん、それどこで掘った?」
「岩山」
「いや、それは分かってる。どの辺だ?」
「高いところ。崖」
「見せてみろ!」
先ほどまでとはまるで違う食いつき方だった。
ウィンダは鉱石をガルムへ渡す。
受け取ったガルムは、青白い鉱石を両手で持ち、角度を変えながら表面を確かめ始めた。
「……この色」
指先で表面を擦る。
次に炉の明かりへ翳し、内部の輝きを覗き込む。
「おい、モルド」
「ああ」
いつの間にかモルドも隣へ来ていた。
二人とも先ほどまでとは違い、真剣な顔で鉱石を見ている。
「……やっぱりか?」
「たぶんな」
「?」
ウィンダだけが分からず首を傾げる。
「これ、なに?」
その問いに、ガルムがゆっくり顔を上げた。
「魔鉱石だ」
「まこうせき」
「ああ。《魔鉱石》だ。普通の鉄鉱石なんかとは比べ物にならねぇくらい珍しい鉱石だぞ」
ウィンダは、もう一度ガルムの手にある鉱石を見る。
青白い光沢。
採掘した時から変わった石だとは思っていた。
けれど、そこまで珍しいものだとは知らなかった。
「珍しい?」
「珍しいなんてもんじゃねぇよ。俺がグレイヴ岩山まで探しに行ってたのも、こいつだ」
「これ?」
「ああ」
ウィンダが少し目を見開く。
ガルムは魔鉱石を探すためにグレイヴ岩山へ入り、谷へ落ちて動けなくなっていた。
その本人が必死になって探していた物を。
ウィンダは鉄鉱石を集めている途中で偶然見つけてしまったらしい。
「……あったよ」
「それを言われると俺の苦労が馬鹿みてぇだな……」
ガルムが額を押さえる。
「まぁ、お前だから見つけられたってのもあるだろうな」
モルドが横から口を挟んだ。
「採掘場所が崖の高い位置だったんだろ?」
「うん」
「普通の採掘師なら、鉱脈があることに気づいても簡単には近づけねぇ。まして今は下の採掘場に人が集中してる」
「空から鉱脈そのものを探したのか……そりゃ俺たちとは探し方が違ぇわけだ」
ガルムは魔鉱石を見つめる。
その表情には、鉱石を扱う職人としての興奮が隠しきれずに浮かんでいた。
しばらく黙っていたガルムだったが、やがて顔を上げる。
「嬢ちゃん」
「うん」
「頼みがある」
「なに?」
ガルムは手の中の魔鉱石を示した。
「この魔鉱石、俺にくれねぇか?」
「……これ?」
「ああ」
少しだけ間を置いてから、ガルムは続ける。
「もちろん、タダで寄越せって話じゃねぇ。本来なら相当な値が付く素材だ」
「……」
「だが、俺はこいつを探してた。どうしても一度、自分の手で加工してみてぇ」
ガルムは真剣だった。
「それに俺は、嬢ちゃんに命を助けてもらってる」
グレイヴ岩山の谷。
鎧アリとストーンビートルに囲まれ、脚を痛めて逃げることもできなかったガルムを、ウィンダが空から見つけた。
そのまま助け出し。
アステリアまで運んだ。
「この借りはまだ返せてねぇ」
「……」
「だから頼む。この魔鉱石を俺に預けてくれ」
ウィンダはガルムを見る。
次に。
その手にある魔鉱石を見る。
「いいよ」
「……いいのか?」
「うん」
即答だった。
ウィンダにとっては、珍しい鉱石だと言われても、まだ何に使えるのか分からない。
それなら、使い方を知っていて、欲しがっているガルムが持っていた方がいい。
「使って」
「嬢ちゃん……」
ガルムは一瞬言葉を失い、それから魔鉱石を強く握った。
「分かった」
そして。
ウィンダを真っ直ぐ見て、はっきりと言う。
「これで必ず、嬢ちゃんの役に立つものを作ってみせる」
「うん」
何を作るのかは聞かなかった。
ガルムも、まだ言わない。
ただ、受け取った魔鉱石を大事そうに抱えている。
「任せとけ。半端なもんは作らねぇ」
「楽しみ」
「おう」
ガルムが笑う。
隣ではモルドも腕を組み、少しだけ口元を緩めていた。
「ガルム」
「あ?」
「だからって怪我が治る前から炉に立つんじゃねぇぞ」
「……」
「治してからやれ」
「分かってるって」
「本当か?」
「本当だ!」
また二人が言い合い始める。
ウィンダはその様子を少し眺めてから、ウェストポーチへ視線を落とした。
中には。
《綺麗な石の祭壇》×1。
《鉄の燭台》×2。
祠を直すために必要なものは全部揃った。
「じゃあ、行く」
「ああ」
モルドがこちらを見る。
「気をつけて行けよ」
「うん」
「嬢ちゃん!」
ガルムも声をかけてくる。
「本当にありがとな!」
ウィンダは振り返り、小さく頷いた。
「うん」
鍛冶場を出る。
外へ出れば、アステリアの空には変わらず青空が広がっていた。
ウィンダは周囲に人がいないことを確認して翼を広げると、大きく羽ばたいて地面を離れた。
目指すのは。
東の森を越えた先。
蒼風平原にある、風の止まった祠。
祭壇も。
燭台も揃った。
「……直せる」
風を受け。
ウィンダは東へ向かって飛んでいった。




