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帰還


 深い谷間を抜け、ウィンダは助け出したドワーフを両脚で掴んだまま、グレイヴ岩山の上空を飛んでい


た。


 下には、


 ごつごつとした岩山。


 切り立った崖。


 乾いた岩盤。


 そして、先ほどまでいた深い谷が見えている。


「ふぅ……助かった……」


 ウィンダの下で、ドワーフが大きく息を吐いた。


「いや、本当に死ぬかと思ったぞ。あの数に囲まれた時は、もう駄目かと――」


「……」


「それにしても嬢ちゃん。見た目以上に力あるんだな」


「ん」


 ウィンダは短く返事をしながら、安全そうな場所を探していた。


 岩山の上


 少し平らになっている場所


 周囲にはモンスターの姿も見当たらない


「あそこ」


 降ろすならあの辺りがよさそうだった。


 ウィンダは少し高度を下げる。


「お、降りるのか?」


「うん」


 そのまま平らな岩場へ近づいていく。


 けれど、


「……」


 途中でウィンダの羽ばたきが少しゆっくりになった。


 ドワーフを降ろす、その後、このドワーフはどうするのだろう。


 足を怪我している。


 走れないと言っていた。


 歩くことはできても、この岩山からアステリアまではかなり遠い。


「……」


 ウィンダが下を見る。


 脚で掴んでいるドワーフ。


 その向こうには、どこまでも岩山が続いている。


 さらにその先。


 アステリア。


 モルドから頼まれたのは、行方不明になったドワーフを探すこと。


 見つけた。


 助けた。


 なら、


「……」


 わざわざここで降ろす必要は


「ない?」


 ウィンダは首を傾げた。


 ここで降ろす。


 怪我をしたドワーフが歩いて帰る。


 時間がかかる。


 もしかしたら、またモンスターに襲われるかもしれない。


 それなら、


「このまま」


 連れて帰ればいい。


 ウィンダは降下をやめた。


 ばさっ!


 再び翼を大きく羽ばたかせる。


「お?」


 ドワーフが顔を上げた。


 先ほどまで近づいていた岩場が、また少しずつ遠ざかっていく。


「……嬢ちゃん?」


「?」


「いや、降りるんじゃなかったのか?」


「降りない」


「降りない?」


「うん」


「じゃあ、どこ行くんだ?」


 ウィンダは前を見る。


 グレイヴ岩山の向こうアステリアがある方角。


「このまま連れてく」


「……は?」


「モルドのところ」


 一瞬。


 ドワーフが黙った。


「……このまま?」


「うん」


「俺を掴んだまま?」


「うん」


「アステリアまで?」


「うん」


「…………」


 ドワーフは、自分の肩を掴んでいるウィンダの鳥脚を見る。


 次に遥か下に広がる岩山を見る。


「いや、待て待て待て!」


「?」


「距離あるぞ!?」


「飛べる」


「そりゃお前は飛べるだろうけどな!?」


「大丈夫」


「何を根拠に!?」


「さっき飛べた」


「そういう問題じゃ――」


 ばさっ!


 ウィンダが大きく翼を羽ばたかせた。


 身体が加速する。


「うおおっ!?」


 ドワーフの身体が風に煽られ、ぶらりと後ろへ揺れる。


「嬢ちゃん! もう少しゆっくり――!」


「アステリアに帰る」


「聞いてるか!?」


 目的地は決まった。


 ウィンダは進路をアステリアへ向ける。


「行く」


「だからもうちょっと慎重にだな――うわあああああっ!」


 ドワーフの悲鳴を風の中へ残しながら、ウィンダは彼を両脚で掴んだまま。


 グレイヴ岩山を離れていった。


     ◇


 アステリアの鍛冶場では、


 カンッ!


 カンッ!


 いつも通り、金属を打つ音が響き渡っていた。


「そこ、温度を落とすな! 赤みが消える前に打て!」


「はい、親方!」


「そっちの剣はまだ水に入れるな! 早すぎる!」


「分かりました!」


 巨大な炉の前で、


 モルドは真っ赤に熱せられた鉄を見ながら、周囲の職人たちへ次々と指示を飛ばしていた。


 行方不明になった同僚のことは、もちろん気になっている。


 だが、鍛冶場を止めるわけにもいかない。


 ウィンダへ捜索を頼んだ以上今は任せるしかなかった。


「親方、こっち頼む!」


「今行く!」


 モルドが手にしていた大きなハンマーを置き、別の炉へ向かおうとした。


 そのときだった。


「――うわああああああああああっ!!」


「……?」


 どこからか遠くから悲鳴が聞こえてきた。


 モルドが足を止める。


「なんだ?」


 周囲を見る。


 鍛冶場の中では。


 人間。


 ドワーフ。


 オーガ。


 いつも通り、職人たちが仕事を続けている。


 悲鳴を上げている者はいない。


「今、なんか聞こえなかったか?」


「悲鳴?」


「外じゃないですか?」


「……?」


 モルドが眉をひそめる。


 確かに聞こえた。


 しかも、聞き覚えのある声だったような気がする。


「気のせいか……?」


 首をひねった、そのとき、


「――うおおおおおおおおっ!? 高い高い高いぃぃぃぃ!!」


「……」


 また聞こえた。


 今度はさっきよりも大きい。


 そして、


「……この声」


 知っているような。


 モルドは鍛冶場の入口へ目を向けた。


 だが、誰も入ってこない。


「どこから聞こえてんだ?」


 外へ出る。


 通りを見る。


 右。


 左。


 行き交う冒険者や町人はいる。


 だが、悲鳴を上げている者は見当たらない。


「うわあああああああっ!! 揺れる! 揺れてるぞぉぉぉぉ!!」


「?」


 さらに声が近づく。


 モルドはますます首を傾げた。


 右でもない。


 左でもない。


 正面でもない。


「どこだ……?」


「うわああああああああっ!! 落ちるぅぅぅぅぅ!!」


「……上?」


 そこで、モルドが顔を上げた。


「……は?」


 青い空。


 その中に、一つの白い影があった。


 大きく広がった翼。


 淡い空色の髪。


 こちらへ向かって飛んでくるハーピー。


「ウィンダ?」


 目を細める。


 間違いない。


 ドワーフの捜索を頼んだウィンダだった。


 だが。


 何かがおかしい。


 ウィンダの下に何かがぶら下がっている。


「……ん?」


 モルドがさらに目を凝らした。


 ウィンダの両脚。


 そこに肩の辺りを掴まれ。


 一人のドワーフが、ぶら下げられている。


「うわあああああああっ!! もっとゆっくり! ゆっくり飛んでくれぇぇぇぇ!!」


「大丈夫」


「何が大丈夫なんだぁぁぁぁぁ!!」


「……」


 モルドの口が半開きになる。


 見覚えのある作業着。


 見覚えのある長い髭。


 そして、聞き覚えどころか、毎日のように聞いていた声。


「……あいつは」


 数日前、鉱石を採りにグレイヴ岩山へ向かい。


 そのまま消息を絶った同僚のドワーフだった。


「うぎゃああああああっ! 下! 下見えた! 高ぇぇぇぇぇ!!」


 ばさっ!


 ばさっ!


 ウィンダが高度を下げていく。


 そのたびにぶら下がったドワーフの身体が左右へ揺れる。


「ぎゃああああああっ! 揺らすなぁぁぁぁ!!」


「揺らしてない」


「揺れてんだよぉぉぉぉぉ!!」


「うわあああああああ!! 降りる! 降りてる! 怖ぇぇぇぇぇ!!」


「もうすぐ」


「だから怖ぇんだってぇぇぇぇ!!」


 白い翼を羽ばたかせウィンダはゆっくりと鍛冶場の前へ降下してくる。


 吊り下げられたドワーフは生きている。


 元気もある。


 少なくとも。


 あれだけ大声で叫べる程度には。


「……無事みてぇだな」


 モルドが呟く。


「うわああああああああっ!!」


 再び響き渡る大絶叫。


 モルドは空から降りてくる二人を見上げながら、深く息を吐いた。


「まさか……」


 行方不明になった仲間が。


「空から帰ってくるとはな」


「ぎゃああああああああああっ!!」


 アステリアの鍛冶場にドワーフの悲鳴が響き渡った。


     ◇


「降りる」


「今度こそゆっくり頼むぞ! 本当にゆっくり――うおおおっ!?」


 ばさっ!


 ウィンダが最後に翼を大きく広げる。


 身体がふわりと浮き上がり、そのまま速度を落としていく。


 カツン。


 鉄のカギ爪を装備した鳥脚が石畳へ触れた。


「着いた」


「お、おお……」


 ウィンダは脚の力を緩め。


 掴んでいたドワーフを地面へ降ろす。


「地面……!」


 ドワーフは両手を石畳についた。


「地面だ……!」


「うん」


「こんなに地面がありがたいと思ったことはねぇ……」


「?」


 ウィンダが首を傾げる。


「大丈夫?」


「今それを聞くのか!?……まあ、生きてるから大丈夫だ」


 そこへモルドが歩み寄ってきた。


「お前!」


「……モルド」


「何日帰ってこねぇつもりだったんだ!」


「す、すまん……」


「こっちはどれだけ心配したと思ってやがる!」


 モルドのただでさえ怖い顔が、さらに険しくなる。


 しかし、怒鳴りながらも、その目はドワーフの身体を確認していた。


 頭。


 腕。


 身体。


 そして。


「……足をやったのか?」


「ああ」


 ドワーフが片足を庇う。


「谷へ落ちた時にな。折れちゃいねぇと思うが、走るのは無理だ」


「馬鹿野郎」


「面目ねぇ」


 モルドは大きく息を吐いた。


 その表情から、僅かに力が抜ける。


 ようやく仲間が生きて帰ってきたことを確認できた。


 そして、モルドはウィンダへ向き直る。


「ウィンダ」


「?」


「ありがとな」


 太い腕を身体の横へ下ろし、モルドが真っ直ぐ頭を下げた。


「こいつを見つけて、ここまで連れて帰ってきてくれて。本当に助かった」


「うん」


 ポン。


 ウィンダの前にシステムウィンドウが現れた。


---


『サブイベント《帰らぬ鉱夫》を達成しました』


『行方不明となっていたドワーフを救助し、アステリアへ帰還させました』


---


「終わった」


「ああ。依頼達成だ」


 だが、モルドには、もう一つ確認しなければならないことがあった。


「それで」


 モルドがドワーフへ視線を戻す。


「なんであんな場所まで行った?」


「……」


「いつもの採掘なら、あそこまで奥へ行く必要はねぇはずだ」


 ドワーフが僅かに視線を逸らした。


「何を掘りに行ってた?」


「……魔鉱石だ」


「魔鉱石?」


 聞き慣れない言葉にウィンダが反応する。


「なに、それ」


「嬢ちゃんは知らねぇか」


「知らない」


 ドワーフは石畳へ座ったまま、顎髭を撫でた。


「特殊な魔力を帯びた鉱石だ」


「魔力?」


「ああ。普通の鉄鉱石なんかとは違う。地中の魔力の影響を長い間受けたことで、鉱石そのものが魔力を帯びてる」


「珍しい?」


「かなりな」


 ドワーフが頷く。


「どこでも採れるような物じゃねぇ。見つけるだけでも一苦労だ」


「それでお前は一人で奥まで行ったのか」


 モルドの声が一段低くなる。


「……まあな」


「馬鹿野郎」


「またそれかよ」


「何度でも言う」


 モルドが腕を組む。


「そんなもんのために死んでりゃ世話ねぇだろうが」


「でもなぁ」


 ドワーフは少しだけ嬉しそうに髭を撫でた。


「魔鉱石は魔力の通りがいい。普通の鉄じゃできねぇような加工もできるし、魔法と相性のいい武器を作る素材にもなる」


「武器」


 ウィンダが呟く。


「ああ」


 ドワーフの目が、職人らしい輝きを帯びる。


「俺は鍛冶師だからな。珍しい素材があるって聞いたら、それでどんな武器が作れるのか試したくなるだろ?」


「……」


 ウィンダは少し考える。


「分からない」


「そうか……」


「お前さん基準で話すな」


 モルドが呆れたように言う。


「それで?」


「あ?」


「どうして帰ってこられなくなった」


「ああ……」


 ドワーフが頭を掻く。


「鉱脈を探して、ようやくそれらしい場所を見つけたんだ。それで夢中になって掘ってたら……」


「いっぱいいた」


 ウィンダが口を挟む。


「そうだ」


 ドワーフが苦い顔をする。


「最初はストーンビートルだった。採掘してるうちに何匹か寄ってきてな」


「追い払えなかったのか?」


「最初は追い払ってたんだよ。ところが、気づいたら鎧アリまで集まってきやがった」


 数が増え囲まれる前に逃げようとした。


 だが。


「足を滑らせて谷へ落ちた」


「それで怪我した」


「ああ」


 ドワーフが傷ついた脚を見る。


「登ろうにもまともに歩けねぇ。そうこうしてる間に、あいつらまで谷底へ降りてきてな」


「囲まれた」


「そういうことだ」


 そして、ドワーフはウィンダを見る。


「嬢ちゃんが来てくれなかったら、本気で危なかった」


「声、聞こえた」


「あの時は必死だったからな」


「いっぱい叫んでた」


「……まあな」


 その後、アステリアへ帰ってくる間も、ずっと叫んでいた。


 ウィンダはそれについては何も言わなかった。


「そうだ」


 ドワーフがふと思い出したように顔を上げる。


「まだ名乗ってなかったな」


「?」


「俺はガルムだ」


 自分の胸を太い親指で指す。


「鍛冶師兼鉱夫。ここの鍛冶場で働いてる」


「ガルム」


「ああ」


 ウィンダも自分を指す。


「ウィンダ」


「そっちはもう聞いてる」


「そうなの?」


「ああ。まあ、飛んでる途中は風と俺の悲鳴で話どころじゃなかったが……」


「?」


「いや、何でもねぇ」


 ガルムは苦笑する。


 そして。


 今度は真剣な表情で、ウィンダへ頭を下げた。


「ウィンダ」


「うん」


「助けてくれて、本当にありがとな」


「……」


「お前が来なかったら、俺はあそこで死んでいた」


「間に合った」


「ああ」


 ガルムが笑う。


「この借りは忘れねぇ」


「借り?」


「命を助けてもらった借りだ」


 ウィンダは首を傾げる。


「別にいい」


「俺がよくねぇんだ」


「?」


「こういうのはな。助けられた方が覚えておくもんだ」


 ガルムは胸を叩いた。


「いつか必ず返す。困ったことがあったら、俺んところへ来い」


「……分かった」


「おう」


「話は終わったか?」


 モルドが二人の間へ入る。


「ならガルム。お前はまず足を診てもらってこい」


「分かってるって」


「今すぐだ」


「……はいはい」


 立ち上がろうとしたガルムが。


「いててっ……」


 すぐに顔をしかめた。


「ほら見ろ」


「うるせぇ」


 近くにいた職人に肩を借りながらガルムは鍛冶場の中へ入っていった。


 ウィンダはその背中を見送りすぐにモルドを見る。


「祭壇」


「分かってるよ」


 モルドが苦笑する。


「約束通り、《綺麗な石の祭壇》は俺の方で用意してやる」


 ウィンダの翼が少し持ち上がる。


「できた?」


「まだだ」


「……」


 翼が下がった。


「そんな顔すんな。今から作るんだよ」


「今から」


「ああ。石材はこっちで用意できる。加工も俺の知り合いに頼めば問題ねぇ」


「いつできる?」


「そうだな……」


 モルドは少し考え。


「お前さん、鉄を十個集めるんだったな?」


「うん」


 風神フィルネの祠を修復するため。


 もう一つ必要な物。


---


『鉄の燭台×2』


『必要素材:鉄×10』


---


「なら、もう一度グレイヴ岩山へ行って鉄を集めてこい」


「また岩山」


「ああ。今度は人探しじゃなく採掘だ」


「掘る」


「お前さんが必要な鉱石を集め終わって、ここへ戻ってくる頃には祭壇も完成させといてやる」


「本当?」


「俺が嘘ついてどうする」


 モルドが笑う。


「鉄を十個持ってくれば、そのまま燭台も二つ作ってやる」


「祭壇と、燭台」


「ああ。それで祠を直せるんだろ?」


「うん」


 これで。


 やることは決まった。


 祭壇はモルドが作る。


 ウィンダが集めるのは。


「鉄、十個」


「そうだ」


 ウィンダは大型ウェストポーチへ視線を落とす。


 中にはモルドからもらった《小型ピッケル》が入っている。


 まだ一度も使っていない。


「行ってくる」


「……今からか?」


「うん」


「お前、今帰ってきたばっかりだぞ」


「まだ飛べる」


「……そうか」


 モルドは少し呆れた顔をしたものの、止めても無駄だと思ったのか、それ以上は言わなかった。


「まあ、気をつけろよ」


「うん」


 ウィンダは鍛冶場の外へ歩き出す。


 その途中、


「ウィンダ」


「?」


 モルドに呼び止められ。


 振り返る。


「今度は鉱石だけ持って帰ってこいよ」


「?」


「人を吊り下げて帰ってくる必要はねぇからな」


「分かった」


「……本当に分かってるよな?」


「うん」


 たぶん。


 ウィンダは外へ出る。


 見上げれば、


 青い空。


 その先。


 北には。


 ついさっき帰ってきたばかりのグレイヴ岩山がある。


「鉄、十個」


 今度の目的は人探しではない。


 採掘。


 ウィンダは石畳を蹴った。


 ばさっ!


 大きな白い翼が広がる身体が浮き上がり建物の屋根を越えていく。


「掘る」


 祭壇が完成するまでに必要な鉄を集める。


 ウィンダは再び進路を北へ向け、もう一度グレイヴ岩山へ向かって飛び出していった。


本来のクエストは、岩山の麓にドワーフを連れて来てそこでアステリアまでの護衛を依頼され、鍛冶屋まで連れて行くというのが正しいルートである。

しかし、ウィンダはそれを全て飛ばして鍛冶屋まで連れて行ってしまったのです。

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