脱出
白い翼を畳み。
ウィンダは深い谷底へ向かって、一気に高度を落としていった。
風が耳元で唸る。
眼下では、岩壁を背にしたドワーフへ、鎧アリとストーンビートルの群れがじりじりと迫っていた。
「くそっ……来るな!」
ドワーフがツルハシを振るう。
ガンッ!
一匹のストーンビートルを弾き飛ばす。
だが、その隙を狙うように、一匹の鎧アリが横から回り込んだ。
硬い岩盤を蹴り。
大きな顎を開きながら、ドワーフへ飛び掛かる。
「っ!」
その瞬間。
「《エアーショット》」
まだ空を飛んでいるウィンダの前に、圧縮された風の塊が生まれた。
以前なら。
魔法を唱え始めた瞬間、ウィンダの身体はその場に固定されていた。
飛行中に詠唱すれば、それだけで急激な減速が起きる。
けれど。
今は違う。
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《マルチアクション》
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飛ぶ。
狙う。
そして、魔法を唱える。
それらを同時に行える。
ウィンダは谷底へ向かって降下を続けたまま、狙いを鎧アリへ合わせる。
「いけ」
ドンッ!
放たれた《エアーショット》が、飛び掛かっていた鎧アリの横腹へ直撃した。
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《エアーショット》
『消費MP:4』
『MP 25 → 21 / 45』
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圧縮された風が弾ける。
ゴッ!
鎧アリの身体が横へ吹き飛んだ。
岩盤の上を転がり、そのまま後ろにいたストーンビートルまで巻き込みながら岩へ激突する。
その隙に。
ばさっ!
ウィンダは翼を大きく広げた。
急降下の勢いを一気に殺し。
ドワーフの目の前へ降り立つ。
「大丈夫?」
「なっ……!?」
突然、空から降ってきたハーピーに、ドワーフが目を丸くする。
だが。
すぐに我に返った。
「お、おう! 助かった!」
ウィンダはドワーフを見る。
「歩ける?」
「それがな……」
ドワーフが顔をしかめた。
片足を庇うように立っている。
よく見れば、革製のズボンが膝下で破れ、その周囲が傷ついていた。
「足?」
「ああ。ここへ落ちた時にやっちまった」
ドワーフは悔しそうに歯を食いしばる。
「立つくらいならできるが、走るのは無理だ」
「そう」
ウィンダが周囲を見る。
先ほど吹き飛ばした鎧アリが、再び脚を動かし始めていた。
それだけではない。
岩の隙間から。
カサカサ。
カサカサカサ。
鎧アリ。
ストーンビートル。
まだ何匹もいる。
少しずつ。
こちらへ近づいてきていた。
「また来るぞ!」
「うん」
一匹の鎧アリが前へ出る。
ウィンダはすぐに翼を向けた。
「《エネルギーボルト》」
《エネルギーボルト》は、ウィンダが使える魔法の中でも詠唱が短い。
小さな魔力の弾が生まれ。
一直線に飛んでいく。
バシュッ!
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《エネルギーボルト》
『消費MP:2』
『MP 21 → 19 / 45』
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鎧アリへ命中。
前へ進んでいた身体が、僅かに止まる。
その横から、今度はストーンビートルが近づいてきた。
「《エネルギーボルト》」
バシュッ!
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《エネルギーボルト》
『消費MP:2』
『MP 19 → 17 / 45』
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直撃。
ストーンビートルが衝撃によろめく。
だが。
反対側。
一匹の鎧アリが、岩陰を回り込んでドワーフへ近づこうとしていた。
「もう一回」
「《エネルギーボルト》」
バシュッ!
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《エネルギーボルト》
『消費MP:2』
『MP 17 → 15 / 45』
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鎧アリの頭部へ命中。
その身体が弾かれ、数歩分だけ後ろへ押し戻される。
けれど。
倒れてはいない。
ウィンダも、最初から倒すつもりで撃っているわけではなかった。
近づかせないため。
一匹が前へ出れば撃つ。
別の一匹が回り込めば、そちらへ撃つ。
短い詠唱を繰り返しながら、ドワーフの前から敵を遠ざけていく。
「……多い」
そして。
すぐに気づいた。
これでは駄目だ。
《エネルギーボルト》を受けた鎧アリも。
硬い甲殻を持つストーンビートルも。
少しすればまた動き始める。
しかも。
谷の岩陰から、別の個体まで姿を現していた。
カサカサ。
カサカサ。
じり。
じり。
少しずつ。
円を狭めるように迫ってくる。
ウィンダ一人なら。
飛べばいい。
上へ逃げれば、鎧アリもストーンビートルも追ってはこられない。
けれど。
ドワーフは飛べない。
しかも足を怪我している。
「……」
一匹ずつ相手をしている間に。
反対側から別の敵がドワーフへ飛び掛かるかもしれない。
敵は一方向から来るわけではない。
前。
右。
左。
岩陰。
すべてを見ながら戦い。
そのうえで、動けないドワーフを守り続ける。
「難しい」
「嬢ちゃん!」
「?」
「お前だけでも逃げろ!」
ドワーフがツルハシを構え直す。
「俺はしばらくなら何とか――」
「それ」
「……それ?」
ウィンダはドワーフを見る。
ずんぐりとした身体。
太い腕。
自分よりずっと大きい。
そして。
重そう。
「……」
ウィンダは次に自分の鳥脚を見る。
鉄のカギ爪。
その奥にある、物を掴むための脚。
もう一度。
ドワーフを見る。
「……持てるかな」
「は?」
以前。
ウィンダはビッグラットを掴み、空へ持ち上げたことがある。
何度も物を掴んだことで。
《掴み強化》も覚えた。
なら。
「飛べるかも」
「おい、何の話だ?」
ウィンダがドワーフへ向き直った。
「掴む」
「……何を?」
「あなた」
「俺!?」
「うん」
ドワーフの目が大きくなる。
ウィンダは自分の鳥脚を示した。
「これから、掴んで飛ぶ」
「…………」
ドワーフが黙った。
白い翼を見る。
鋭いカギ爪を装備した鳥脚を見る。
そして。
自分の身体を見る。
「それ、本当に大丈夫なのか?」
「やったことない」
「おい!?」
「でも、たぶん飛べる」
「たぶん!?」
カサカサカサッ!
「!」
やり取りをしている間にも。
モンスターたちは距離を詰めてくる。
一匹のストーンビートルが、真っ直ぐこちらへ突っ込んできた。
ドワーフが慌ててツルハシを構える。
「急ぐ」
「……っ」
ドワーフは迫るモンスターを見る。
それから。
頭上に細長く見えている谷の空を見上げた。
走れない。
このまま囲まれれば逃げ場もない。
「……分かった!」
ドワーフが覚悟を決める。
「やってくれ!」
「うん」
ウィンダは頷いた。
なら。
まず。
邪魔なものを遠ざける。
「《エアーショット》」
風が圧縮される。
迫っていたストーンビートルへ狙いを定め。
「飛んで」
ドンッ!
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《エアーショット》
『消費MP:4』
『MP 15 → 11 / 45』
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正面から直撃したストーンビートルが、大きく後方へ吹き飛ばされた。
ゴロゴロと岩盤を転がり。
後ろから迫っていた鎧アリたちへぶつかる。
何匹かのモンスターが巻き込まれ。
その一帯だけ、包囲に穴が開いた。
「今」
ウィンダは地面を蹴った。
ばさっ!
一瞬だけ身体を浮かせる。
そして。
ドワーフの肩へ向かって、左右の鳥脚を伸ばした。
「ちょ、待て! その爪は大丈夫なんだろうな!?」
「大丈夫」
鉄のカギ爪そのものを身体へ食い込ませるのではなく。
肩の辺りを鳥脚で挟み。
服と装備をまとめて掴む。
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《掴み強化》
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ぎゅっ。
しっかり固定された。
「掴んだ」
「お、おう!」
「飛ぶ」
「頼む!」
ウィンダは翼を大きく広げた。
ばさっ!
「んっ!」
重い。
いつもとは。
まるで違う。
翼が風を押す。
身体は浮く。
けれど。
下にはドワーフ一人分の重さがぶら下がっている。
「うおっ!?」
ドワーフの身体が岩盤から離れた。
一メートル。
二メートル。
ウィンダがさらに翼を打つ。
「んんっ……!」
少しずつ。
高度が上がっていく。
だが。
ぐらっ。
「わっ」
突然。
身体が大きく傾いた。
「うおお!?」
下でドワーフの身体が揺れる。
それにつられて。
ウィンダの身体も左右へ振られた。
普段なら。
少し翼の角度を変えるだけで、すぐに姿勢を戻せる。
けれど。
今は自分以外の重さがある。
しかも、その重さがぶらぶらと動いている。
3メートルほど飛び上がったが徐々に高度が下がってしまう。
「嬢ちゃん!?」
「大丈夫」
「本当か!?」
「……たぶん」
足元に集まった鎧アリ達が顎を鳴らして落ちてくるのを待ち構える。
「落ちてる!落ちてるぞ!嬢ちゃん!!」
ギリギリの位置に吊るされたドワーフが悲鳴を上げる。
しかし、ウィンダはドワーフを離さなかった。
翼を広げ直す。
左右から吹き込む風を感じる。
脚で掴む位置も少し調整する。
《飛行》。
《曲芸飛行》。
そして。
《掴み強化》。
それらの補助を使いながら。
「……こう」
ぐらつきが。
少しずつ収まっていく。
「ウィング・ブースト」
更に、ウィング・ブーストを発動して、飛行能力を強化する。すると、
「お?」
ドワーフの揺れも小さくなった。
「できた」
なら。
あとは上へ。
ばさっ!
ばさっ!
白い翼が力強く風を押す。
谷底が。
少しずつ遠ざかっていった。
下では。
鎧アリとストーンビートルたちが動き回っている。
けれど。
もう届かない。
「おお……!」
ドワーフが恐る恐る下を見る。
「飛んでる……」
ウィンダは返事をせず。
頭上を見る。
谷は深い。
左右には切り立った岩壁が迫っている。
翼を大きく広げすぎれば。
先端が岩へぶつかるかもしれない。
上へ。
少し右。
次は左。
岩壁から距離を取りながら、狭い谷間を上昇していく。
「もう少し」
風を掴む。
羽ばたく。
さらに高度を上げる。
そして。
谷を挟んでいた岩壁の縁が、ようやく近づいてきた。
「出る」
ばさっ!
最後に大きく翼を打つ。
次の瞬間。
視界が一気に開けた。
「おおっ!」
谷間を抜け。
ウィンダとドワーフの身体が、グレイヴ岩山の空へ飛び出した。
下には。
先ほどまで閉じ込められていた深い谷。
その向こうには。
ごつごつとした無数の岩山が広がっている。
「出られた」
ウィンダはドワーフを掴んだまま、少しだけ翼の力を抜いた。
モンスターを全部倒す必要はなかった。
ドワーフが走れないなら。
一緒に飛べばいい。
ただ。
「……重い」
「聞こえてるぞ!?」
「重い」
「二回言うな!」
ドワーフをぶら下げたまま。
ウィンダは安全に降りられる場所を探し、グレイヴ岩山の上空を飛んでいった。
本来、このクエストは4~5人用のパーティーでの想定で作られており、ケガをしたドワーフを守りながら崖沿いにある道を上っていくというのが想定されたルートでした。決して一人でやっていいクエストではありません。
しかし、ウィンダはその想定を全て無視して空への救出というパワープレーで解決してしまったのが今回です。




