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幸運の風


 アステリアを北へ飛び出してから、しばらく。


 ウィンダの眼下に広がっていた景色は、少しずつ変わっていった。


 最初に広がっていた草原は次第に緑を失い、地面には大きな石が目立つようになる。


 さらに北へ進むと。


「……山」


 前方に、いくつもの岩山が連なっているのが見えた。


 グレイヴ岩山。


 アステリアの北に広がる、Fランク向けの山岳地帯。


 遠くから見ても、これまで訪れた場所とはまるで違う。


 青々とした草原も。


 深い緑に覆われた森もない。


 灰色や赤茶色の岩肌が剥き出しになり、ごつごつとした大小様々な岩が地面から突き出している。


 山の斜面も木々に覆われておらず。


 崖。


 岩。


 亀裂。


 それらが複雑に折り重なりながら、遥か上まで続いていた。


「……ごつごつ」


 ウィンダはそんな感想を漏らしながら、ゆっくり高度を下げる。


 ばさっ。


 ばさっ。


 翼で風を押し。


 岩山の麓へ降り立った。


 カツン。


 鉄のカギ爪が地面へ触れる。


「硬い」


 足元を見る。


 柔らかな土ではない。


 乾燥した固い岩盤が地面を覆っている。


 ところどころに砂や細かな石が溜まっているものの、ほとんどが剥き出しの岩だった。


 鳥脚で軽く蹴ってみる。


 カッ。


 乾いた音が返ってきた。


 蒼風平原とは正反対。


 向こうは柔らかな草が風に揺れ、どこまでも緑が続いていた。


 ここには。


 岩。


 また岩。


 その向こうにも岩。


「……いっぱい」


 けれど。


 何もないわけではなかった。


「よいしょっ!」


 カァン!


「?」


 少し離れた場所から、金属音が響いてくる。


 ウィンダがそちらを見ると、何人ものプレイヤーが岩壁の前へ集まっていた。


 人間。


 ドワーフ。


 獣人。


 それぞれが手にツルハシを持ち、露出した岩壁を叩いている。


 カンッ!


 カンッ!


 ツルハシが岩へ打ち込まれるたび、石の欠片が飛び散る。


「鉄鉱石出た!」


「こっちは石ばっかだ!」


「もうちょい奥行く?」


「奥は敵増えるぞ。護衛なしならやめとけって」


 別の場所にも採掘しているプレイヤーたちがいる。


 中には大きなバッグを背負った者や、採掘している仲間を守るように剣と盾を構えている者もいた。


「採掘」


 モルドが言っていた通り。


 グレイヴ岩山では、鉱石が採れるらしい。


「鉄もいる」


 大型ウェストポーチの中には、モルドからもらった小型ピッケルが入っている。


 風神フィルネの祠を直すためには、鉄が十個必要。


 それも集めなければならない。


 けれど。


「先に、ドワーフ」


 一番の目的は、行方不明になったモルドの同僚を探すこと。


 最後に姿が確認されたのが、このグレイヴ岩山だった。


 ウィンダは岩山の奥へ向かって歩き始める。


 すると、


「おい」


「?」


 声を掛けられた。


 振り向く。


 そこにいたのは、肩へツルハシを担いだ人間の男性プレイヤーだった。


 革鎧、腰には短剣、背中には小さめの盾、どうやら採掘だけでなく、モンスターとの戦闘も考えた装備らしい。


 男性はウィンダを上から下まで見る。


「お前、その格好で山の奥まで行くつもりか?」


「うん」


「いやいや」


 あまりにも普通に答えられ、男性が困った顔になる。


「この辺ならまだいいけど、奥へ行けば普通にモンスターが出るぞ」


「知ってる」


「知ってるのかよ」


「うん」


 男性はもう一度ウィンダを見る。


 ベージュの軽い旅人服。


 腰には大型ウェストポーチ。


 鳥脚には《鉄のカギ爪》。


 それ以外に、防具らしいものはほとんどない。


「……その装備だと危険だぞ」


「装備?」


「防具だよ。岩山の敵はアステリア周辺より強いし、岩陰から急に襲ってくる奴もいる。崖から落ちれば当然落下ダメージもある」


「……」


「せめて軽鎧くらい――」


「装備が無い」


「え?」


「着られるの、無い」


「……え?」


 男性がウィンダの翼を見る。


 両腕そのものが大きな翼になっている。


 そこで男性は気が付く。


「ハーピーって、装備制限きついんだったな」


「うん」


「いや、それでも初期装備はダメだろ、せめて皮の装備とか」


「もう行く」


「あと、この先は――」


「行ってくる」


「え?」


 ばさっ!


「ちょ、おい!」


 話が終わる前に。


 ウィンダは地面を蹴った。


 白い翼を大きく広げ。


 そのまま岩山へ向かって飛び上がっていく。


 ウィンダはもう、目の前に広がる岩山を見ていた。


「……どこにいるかな」


     ◇


 ウィンダは岩山の上空へ出ると、高度を上げた。


 ごつごつとした山肌。


 切り立った崖。


 大きな岩の積み重なる斜面。


 岩山と岩山の間に走る細い谷。


 そのすべてを見渡せる場所まで昇る。


「ドワーフ」


 《鷹の目》を使う。


 視界が強化され。


 遠くの岩肌まで、はっきり見えるようになった。


 左。


 採掘中のプレイヤーたち。


 違う。


 右。


 岩から岩へ跳び回っているクリフホッパー。


 違う。


 さらに奥。


 岩場の隙間を動き回るロックラット。


 石のような甲殻を持ったストーンビートル。


 岩肌へ張り付き、ほとんど同化しているロックリザード。


 ときどき、上空を大きな翼で旋回している大鷲の姿も見えた。


 だが。


「……いない」


 探しているドワーフはいない。


 ウィンダはさらに奥へ飛んでいく。


 採掘できそうな岩壁。


 崖の上。


 岩陰。


 細く続く山道。


 人が入り込めそうな場所を中心に見ていく。


「……」


 それでも。


「いない」


 どこにも見つからない。


 当然といえば当然だった。


 手掛かりがない。


 足跡があるわけでもなければ。


 持ち物が落ちている場所を知っているわけでもない。


 モルドから聞いたのは。


 最後にグレイヴ岩山へ向かった。


 それだけ。


 これほど広い場所から、たった一人のドワーフを探す。


「……難しい」


 ウィンダは近くにあった大きな岩へ降り立った。


 カツン。


 鉄のカギ爪で岩を掴み。


 翼を畳む。


「どうしよう」


 座り込んで考える。


 上から見つからない。


 なら、他の方法を考える。


「……」


 しばらく考えていると。


 ふと、覚えたばかりの魔法を思い出した。


「新しい魔法」


 初級風魔法Lv3で習得した三つ。


 《ウィンドスピア》。


 《エアクッション》。


 そして。


「《風祝》」


 魔法の説明を表示する。


---


《風祝(かぜはふり)》


『風の加護を受け、一時的にLUKを上昇させる』


『効果時間:3分』


『クリティカル発生率など、幸運に関係する判定へ補正』


---


「幸運……」


 ウィンダは説明をじっと見る。


 幸運が上がる。


 それなら。


「使ったら、何かあるかも」


 探知魔法ではない。


 使えばドワーフの居場所が表示されるわけでもない。


 けれど、何も手掛かりがないのなら。


 幸運を上げてみれば。


 何か起こるかもしれない。


「やってみよう」


 ウィンダは岩の上で立ち上がった。


「《風祝》」


 ふわっ。


 柔らかな風が、どこからともなく集まってくる。


「……」


 グレイヴ岩山を吹き抜ける乾いた風とは違う。


 穏やかで。


 優しい風。


 それが足元から身体を包み。


 空色の髪。


 白い翼。


 頬。


 全身を撫でるように通り抜けていく。


 淡い光が羽毛の周囲へ一瞬だけ舞った。


---


『《風祝》が付与されました』


『LUK UP』


『残り時間 3:00』


---


「これでいい?」


 見た目には。


 何も変わらない。


 飛ぶ速さが上がったわけでもない。


 何か特別なものが見えるようになったわけでもない。


「……分からない」


 なら、もう一度探すだけ。


 ウィンダは岩を蹴った。


 ばさっ!


 再び空へ舞い上がる。


 《風祝》を纏ったまま。


 岩山の奥へ。


 飛びながら左右を見る。


 岩壁。


 山道。


 崖。


 谷間。


「……」


 やっぱり何も見つからない。


 そのまま飛び続け。


 やがて、一際険しい岩山が並ぶ場所へ差しかかった。


 そのときだった。


「――誰か! 助けてくれ!?」


「!」


 ウィンダの翼がぴくりと動いた。


 羽ばたきを止め。


 空中で身体を起こす。


「声」


 風の音に紛れて。


 確かに聞こえた。


 ウィンダは周囲を見回す。


「どこ?」


 前。


 違う。


 右。


 違う。


 もう一度。


「誰かいねぇのか! 助けてくれぇ!」


「下」


 今度は分かった。


 声は、岩山と岩山の間にある、深い谷から聞こえてくる。


 ウィンダはすぐに翼を傾けた。


 声のした方角へ飛ぶ。


 すると。


「……あった」


 地面が大きく裂けたような谷間が見えてきた。


 両側には高い岩壁。


 谷底には大小の岩が転がり。


 上空からでは、岩の影になって見えない場所も多い。


 ウィンダは谷の真上へ移動した。


「……どこ?」


 《鷹の目》を使う。


 谷底を見渡す。


 岩。


 岩壁。


 モンスター。


 そして。


「あ」


 一人。


 岩壁を背にした、小柄な人影がいた。


 ずんぐりとした身体。


 長い髭。


 革製の作業着。


 腰には採掘道具。


「ドワーフ」


 探していた相手かもしれない。


 だが、それどころではない。


「……いっぱい」


 ドワーフの周囲を。


 黒く硬い甲殻を持ったモンスターたちが取り囲んでいた。


---


『鎧アリ』


---


 一匹。


 二匹。


 その向こうにもいる。


 さらに、岩のような甲殻を背負った甲虫型モンスターが、岩の隙間から次々と這い出してきている。


---


『ストーンビートル』


---


「くそっ、近づくな!」


 ドワーフがツルハシを振り回す。


 ガンッ!


 一匹のストーンビートルが弾き飛ばされた。


 だが、すぐ横から鎧アリが迫る。


「このっ!」


 また振り払う。


 けれど、一匹退けても、別の一匹が近づいてくる。


 完全に囲まれていた。


 ウィンダは上空からその光景を見下ろす。


 探していたドワーフ。


 鎧アリ。


 ストーンビートル。


 そして、まだ効果の残っている《風祝》。


「……見つけた」


 偶然なのか。


 本当に幸運が働いたのか。


 ウィンダには分からない。


 でも、今はそんなことより。


 助けるため、白い翼を畳め身体を谷底へ向ける。


 そして、ウィンダは、群れに囲まれたドワーフのもとへ急降下を始めた。


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