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15/29

東の森の主

今回、初のボス戦になります。


 アステリアを飛び立ったウィンダは、東へ伸びる街道の上をまっすぐ進んでいた。


 眼下には、昨日まで何度も飛び回った草原。


 その先には、すっかり見慣れた東の森が広がっている。


 だが今日は、いつものように森の中を自由に飛び回るために来たのではない。


 目的地は決まっている。


 アステリアから東へ伸びる道。


 東の森を貫くその街道の、一番奥。


 森の出口に陣取っているという、この地域の主。


「ツインハンズグリズリー」


 ウィンダはギルドで聞いた名前を小さく呟いた。


 五メートルもの巨体。


 熊でありながら四本の前脚を持ち、爪による連続攻撃、突進、噛みつき、そして咆哮を使う。


 Gランクの冒険者にとっては、最初の大きな壁となるエリアボス。


 けれど。


「倒したら、向こうに行ける」


 それが一番大事だった。


 ボスを倒してFランクへ昇格すれば、これまで透明な壁に阻まれていた先へ進める。


 もっと遠くへ。


 もっと知らない空へ。


 そのために、今日は準備までしてきた。


 腰の大型ウェストポーチには、


『低級ポーション ×7』


『低級マナポーション ×3』


 そして鳥脚には、新しく購入した鉄のカギ爪。


---


『鉄のカギ爪』


『攻撃力+15』


---


 ウィンダは飛びながら、鳥脚の爪を軽く開閉した。


 金属の爪が光を反射する。


 元々の鉤爪へ沿うように装着されているため、木を掴む動きも邪魔されない。


「大丈夫」


 そのまま東の森へ入った。


 以前なら、ここからが大変だった。


 翼長三メートルを超える大きな翼は木々へぶつかり、満足に飛ぶことすらできなかった。


 今は違う。


 翼を大きく羽ばたかせない。


 木々の間を抜ける風へ身体を預ける。


 枝が迫れば翼を畳む。


 幹があれば、その横へ分かれる風へ乗る。


 必要なら鳥脚で木を蹴る。


 《曲芸飛行》の補助も加わり、ウィンダは街道沿いをほとんど速度を落とさず進んでいった。


 やがて。


 前方が明るくなる。


「出口」


 重なっていた木々が途切れた。


 森を抜けた先には、大きく開けた広場があった。


 数十人が同時に戦えるほど広い円形の空間。


 その向こう側には、森を抜けた先へ続く街道。


 しかし途中には、見覚えのある半透明の壁が立っている。


---


『Fランク以上の冒険者のみ通行可能です』


---


 そして。


 その壁の手前。


 道を塞ぐように、巨大な何かが座っていた。


「……大きい」


 ウィンダは広場の入口近くにある枝へ降り立った。


 話では聞いていた。


 体長五メートル。


 けれど実際に見ると、その迫力は想像以上だった。


 灰褐色の分厚い毛皮。


 丸太のように太い後脚。


 人間など簡単に噛み砕けそうな巨大な頭部と牙。


 そして何より目を引くのが――。


「手、四つ」


 前脚。


 左右二本ずつ。


 合計四本。


 そのすべてが太く、先端には長い黒爪が伸びている。


 ウィンダが《鷹の目》を使った。


 すると。


 巨大な熊の頭上へ赤い文字が表示された。


---


『ツインハンズグリズリー Lv20』


---


「20」


 ウィンダは現在レベル九。


 倍以上。


 さらにその名前の下へ、今までの通常モンスターにはなかった長い赤色のライフバーが出現する。


---


『HP ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』


---


「いっぱい」


 一目で分かる。


 これは、一発や二発で倒せる相手ではない。


 ウィンダは少しだけ緊張した。


 でも。


 ツインハンズグリズリーの向こうへ視線を移す。


 透明な壁。


 さらに向こうへ伸びる街道。


 知らない景色。


 知らない空。


「倒す」


 枝を蹴った。


 広場へ降りる。


 その瞬間。


---


『Gランク昇格指定討伐』


『ツインハンズグリズリーとの戦闘を開始します』


---


 巨大な熊の頭が上がった。


『グルルルルル……』


 低いうなり声。


 四本の前脚が地面を掻く。


 そして。


『グオオオオオオオオオオオッ!!』


「っ!」


 凄まじい咆哮が広場へ響き渡った。


 木々が揺れる。


 空気そのものが震え、胸の奥まで衝撃が響く。


---


『《咆哮》を受けました』


『身体能力が一時的に低下します』


---


 翼が急に重くなったように感じる。


 その瞬間。


 ぞくり。


『《危険感知》が発動しました』


「来る」


 ツインハンズグリズリーが地面を蹴った。


 ドドドドドッ!


 五メートルの巨体が、地面を揺らしながら突進してくる。


「速い」


 見た目からは想像できない速度だった。


 ウィンダは飛び上がろうとする。


 だが、咆哮の影響で身体が遅い。


「間に合わない」


 なら。


 横。


 地面を蹴る。


 《軽業》の補助を受けながら、身体を転がすように横へ逃がした。


 直後。


 巨大な熊が目の前を駆け抜けていく。


 その風圧だけで、ウィンダの羽毛が激しく揺れた。


「危なかった」


 すぐに立ち上がる。


 ツインハンズグリズリーは広場の端で急停止し、土を削りながらこちらを振り返った。


 その頃には、咆哮による身体の重さも消え始めていた。


『《咆哮》の効果が終了しました』


「飛べる」


 翼を広げる。


 ツインハンズグリズリーが再び突進。


 今度は先ほどとは違う。


 ウィンダは軽々と空へ舞い上がった。


 巨体が足元を通り過ぎる。


 空中で反転。


「ウィンド・カッター」


『MP:45 → 42』


 詠唱中、身体へ制動がかかる。


 それでも十分に距離を取っている。


「飛んで」


 風の刃が熊の背中へ命中した。


『ツインハンズグリズリーに8ダメージ』


 頭上のライフバーが、ほんの少しだけ短くなった。


---


『HP ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□』


---


「……八」


 少ない。


「硬い」


 ギルド職員から聞いた通りだった。


 なら。


 ウィンダは鳥脚を見る。


「こっち」


「ウィングブースト」


『MP:42 → 39』


 翼を淡い風が包む。


 ウィンダは一気に高度を上げ――。


 翼を畳んだ。


 急降下。


 《曲芸飛行》が姿勢を補助し、《ウィングブースト》が速度をさらに高める。


 狙うのは背中。


「そこ」


 ザクッ!


 鉄のカギ爪が分厚い毛皮へ食い込んだ。


『ツインハンズグリズリーに31ダメージ』


 ライフバーが、先ほどより明確に削れた。


---


『HP ■■■■■■■■■■■■■■■■■■□□』


---


「おお」


 鉄のカギ爪は通る。


 けれど。


 ぞくっ!


『《危険感知》が発動しました』


 ウィンダは即座に熊の身体から脚を離した。


 直後。


 一本目。


 ブオンッ!


 巨大な爪が横薙ぎに振られる。


 ウィンダは上へ。


 だが、終わらない。


 二本目。


 斜め上。


 身体を捻る。


 三本目。


 反対側から。


 翼を畳み、わざと高度を落とす。


 四本目。


 今度は下から振り上げる。


「多い」


 《曲芸飛行》で急旋回。


 爪先が羽毛のすぐ横を通り抜けた。


『MISS』


 ウィンダは距離を取った。


「一回じゃない」


 爪攻撃は四回続く。


 一度避けた程度では安心できない。


「一回当てて、逃げる」


 ウィンダは戦い方を決めた。


     ◇


 急降下。


 蹴り。


『29ダメージ』


 すぐ離れる。


 爪。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 四つ。


 全部避ける。


 次は横から。


 木を蹴って加速する。


 右の脇腹へ。


『27ダメージ』


 ライフバーが少しずつ削れていく。


---


『HP ■■■■■■■■■■■■■■■■□□□□』


---


『グオオッ!』


 ツインハンズグリズリーが振り返り、巨大な口を開く。


 牙。


『《危険感知》が発動しました』


 ウィンダは頭を下げた。


 牙が頭上を通る。


 そのまま顎の下を抜けて、背後へ。


「大きいけど」


 ウィンダは旋回する。


「動いた後、隙がある」


 五メートルの巨体。


 攻撃力も範囲も大きい。


 けれど、大きな身体を振り回した直後には、次の動作へ移るまでほんの一瞬だけ遅れる。


 ウィンダは熊の身体を見るようになった。


 肩が動く。


 前脚が上がる。


 重心が傾く。


 次に何が来るのか。


 まるで森の中で風を読んでいたときのように。


「左」


 一撃目。


「上」


 二撃目。


「右」


 三撃目。


「離れる」


 四撃目の外へ。


「分かってきた」


 少しずつ。


 動きが見える。


 けれど、ボスも同じことを繰り返すだけではなかった。


『グオオオオオオオッ!』


 二度目の咆哮。


「っ!」


『《咆哮》を受けました』


 翼が重い。


 その直後。


 ツインハンズグリズリーが頭を低くした。


「突進」


 分かっている。


 でも。


 身体が遅い。


「エアーショット!」


『MP:39 → 35』


 風球が正面から熊へ直撃。


『ツインハンズグリズリーに6ダメージ』


『ノックバック失敗』


「止まらない」


 五メートルの巨体は、エアーショット程度では押し返せなかった。


 熊が迫る。


 横へ逃げる。


 だが、わずかに遅い。


 ドンッ!


「っ!」


『ツインハンズグリズリーの突進』


『24ダメージ』


---


『HP:34 → 10』


---


 ウィンダの小さな身体が大きく吹き飛ばされた。


 地面を何度も転がる。


「痛い……」


 HPは残り10。


 まともにもう一発受ければ危険だった。


 熊がすぐ追撃に入る。


 ウィンダはポーチへ翼の爪を差し込んだ。


「ポーション」


『低級ポーションを使用しました』


『HPを50回復しました』


---


『HP:10 → 34/34』


『低級ポーション ×6』


---


 巨大な爪が迫る。


『《危険感知》が発動しました』


 地面を蹴る。


 今度は咆哮が切れている。


 翼が風を掴み、一気に空へ。


 爪が地面を抉った。


「一回で、いっぱい減った」


 一瞬だけ、重い防具を買わなかったことを考えた。


 でも。


 今、避けることができた。


 防具を増やせば、飛ぶ速度が落ちたかもしれない。


 自分が選んだのは。


「やっぱり、避ける」


 攻撃を受けない戦い方だった。


     ◇


 戦闘は長引いた。


 ツインハンズグリズリーのライフバーが少しずつ減っていく。


---


『HP ■■■■■■■■■■■■■■□□□□□□』


---


 ウィンダは特に、右上にある前脚へ攻撃を集中させ始めていた。


「四つあるなら」


 一つ減らす。


 それだけで、攻撃を避ける回数が減る。


 急降下。


『30ダメージ』


 右上前脚。


 離脱。


 もう一度。


『28ダメージ』


「ウィンド・カッター」


『MP:35 → 32』


 風の刃が傷ついた前脚を切り裂く。


『右上前脚に12ダメージ』


『部位損傷』


「もう少し」


 その瞬間。


 ツインハンズグリズリーが二本の後脚で立ち上がった。


 五メートルの巨体が、さらに大きく見える。


 四本の前脚を一斉に広げる。


 ぞくぞくぞくっ!


 《危険感知》が激しく反応した。


「来る」


 一本目。


 横。


 身体を倒す。


 二本目。


 上から。


 急降下。


 三本目。


 左から。


 木の幹を蹴る。


 四本目。


 正面。


「ウィングブースト!」


『MP:32 → 29』


 加速。


 四本目の爪の脇を、一気に抜ける。


「今」


 熊の懐へ飛び込んだ。


 狙うのは。


 傷だらけになった右上前脚。


 鉄のカギ爪を叩き込む。


 ザシュッ!


『ツインハンズグリズリーに34ダメージ』


『右上前脚に重大な損傷』


『部位破壊――右上前脚』


『右上前脚による攻撃が使用不能になりました』


『グオオオオオオッ!?』


 巨大な熊が苦痛に吠える。


 頭上のライフバーも一気に減った。


---


『HP ■■■■■■■■■■□□□□□□□□□』


---


「一つ減った」


 四本から三本。


 たった一本。


 でも。


 それだけで流れは変わった。


 今まで四回避けなければならなかった爪攻撃が、三回になる。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


「終わり」


 すぐ反撃できる。


 鉄のカギ爪。


 ウィンド・カッター。


 エアーショット。


 ウィングブースト。


 覚えてきたものを使いながら、ウィンダは少しずつ熊を追い詰める。


 だが。


 ボスの猛攻も激しくなっていった。


---


『HP ■■■■■■■■□□□□□□□□□□□□』


---


 熊が走る。


 爪を振るう。


 噛みつく。


 咆哮する。


 ウィンダは魔法を使う。


「ウィンド・カッター!」


『MP:29 → 26』


 避ける。


「エアーショット!」


『MP:26 → 22』


 旋回。


 また一撃。


「ウィンド・カッター!」


『MP:22 → 19』


 熊の爪。


 急降下で回避。


「エアーショット!」


『MP:19 → 15』


 巨体へ風球がぶつかる。


 さらに。


「エアーショット!」


『MP:15 → 11』


 そして次の攻撃へ入るため。


「ウィングブースト」


『MP:11 → 8』


---


『MP:8/45』


---


「少ない」


 低級マナポーションはある。


 飲めば二十回復できる。


 でも。


『グオオオッ!』


 爪。


 避ける。


 二本目。


 急旋回。


 三本目。


 身体を落とす。


 距離を取る。


 突進。


 飛ぶ。


「飲む暇がない」


 少しでも止まれば、熊が攻撃してくる。


 ポーションを翼で持てば、その間飛行も不安定になる。


 そして魔法を使おうとしても。


「ウィンド――」


 ぞくっ!


 詠唱で速度が落ちた瞬間、《危険感知》が反応した。


 ウィンダは詠唱を中断し、迫る爪を避ける。


「動きながら使えたら……」


 けれど、今はできない。


 なら。


 まずMPを回復する。


 でも飲む暇がない。


 どうする。


 ウィンダは飛び続けながら考える。


 前脚。


 避ける。


 牙。


 旋回。


 その瞬間。


 腰のポーチ。


 空。


 自分の口。


 三つが頭の中で繋がった。


「……そうか」


 ツインハンズグリズリーが再び爪を振り上げる。


 ウィンダは低空へ飛び込んだ。


『《危険感知》が発動しました』


 爪が来る。


「今」


 急旋回。


 身体を鋭く横へ傾ける。


 同時に、翼の爪でポーチから青い小瓶を取り出した。


 そして。


 上へ放る。


 小瓶がくるくると回りながら宙へ舞い上がった。


 熊の一撃目。


 避ける。


 二撃目。


 木を蹴る。


 三撃目。


 反転。


 そして。


 先ほど投げ上げた青い小瓶が落ちてきた。


 ウィンダは顔を上げる。


 ぱくっ。


 口で瓶を受け止めた。


 そのまま栓へ歯をかける。


 開ける。


 飛びながら中身を飲み込んだ。


『低級マナポーションを使用しました』


『MPを20回復しました』


---


『MP:8 → 28/45』


『低級マナポーション ×2』


---


「できた」


 ウィンダは嬉しそうに目を細めた。


 飛ぶのを止めていない。


 攻撃も避けた。


 その途中でポーションを飲んだ。


 もっといろいろなことを、同時にできるかもしれない。


 その感覚が、頭のどこかへ強く残った。


     ◇


 戦いは終盤へ入った。


---


『HP ■■■■■□□□□□□□□□□□□□□□』


---


 ツインハンズグリズリーは傷だらけ。


 右上の前脚は完全に使えない。


 毛皮は何ヶ所も裂けている。


 呼吸も荒い。


 それでも。


『グルルルル……!』


 逃げない。


 東の森の主として、ウィンダの前に立っている。


「強い」


 ウィンダは素直に呟いた。


 今までで、一番。


 一撃では倒れない。


 ただ攻撃しているだけでは勝てない。


 攻撃を受ければ、一気にHPを持っていかれる。


 魔法を使えば、MPもなくなる。


 相手の動きを覚え。


 弱いところを狙い。


 使えるものを全部使う。


 それでも。


 ウィンダの口元には笑みがあった。


「楽しい」


 強い相手を、一つずつ攻略していく。


 それもまた。


 空を飛ぶこととは別の、新しい楽しさだった。


 ツインハンズグリズリーが三本の前脚を地面へつけた。


 頭を低くする。


「突進」


 もう分かる。


 ウィンダは逃げなかった。


 広場の端を見る。


 一本の巨大な木。


「こっち」


 木の前へ飛ぶ。


 ツインハンズグリズリーが追ってくる。


 ドドドドドッ!


 十五メートル。


 十メートル。


 五メートル。


 《危険感知》が警告する。


 ウィンダは待った。


 三メートル。


「今」


 真上へ。


 《曲芸飛行》による急上昇。


 五メートルの巨体は止まれない。


 ドゴオオオンッ!!


 大木へ正面から激突した。


『ツインハンズグリズリーに激突ダメージ』


『ツインハンズグリズリーが体勢を崩しました』


 ライフバーが一気に縮む。


---


『HP ■□□□□□□□□□□□□□□□□□□□』


---


『グオオオ……!』


 熊の身体がふらついた。


 ウィンダは上空からそれを見た。


「今度は、こっちが使う」


 森の木。


 最初は飛ぶ邪魔だった。


 次は飛ぶために使った。


 ホーネットを倒すためにも使った。


 そして。


 今はボスを倒すために使う。


「ウィングブースト」


『MP:28 → 25』


 淡い風が翼を包む。


 上へ。


 さらに上へ。


 広場全体が小さく見える高さまで上昇する。


 ウィンダは翼を畳んだ。


「行く」


 落下。


 加速。


 さらに加速。


 《曲芸飛行》。


 《ウィングブースト》。


 STR17。


 そして。


 攻撃力+15。


 《鉄のカギ爪》。


 全部を乗せる。


 風が耳元で唸る。


 地面が一気に近づく。


 ツインハンズグリズリーが顔を上げた。


『グオオオオオオッ!』


 立ち上がろうとする。


「遅い」


 ウィンダは両脚を前へ。


 鉄のカギ爪を大きく開く。


「これで」


 一直線に。


「終わり」


 ドガッ!!


 全速力の飛び蹴りが、ツインハンズグリズリーの頭部へ叩き込まれた。


---


『急降下攻撃』


『《ウィングブースト》速度補正』


『鉄のカギ爪・攻撃力補正』


『クリティカル!』


---


 赤いライフバー。


 残っていた最後の一欠片が消える。


---


『HP □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□』


---


 そして。


 パリンッ――!


「!」


 ツインハンズグリズリーの頭上に浮かんでいたライフバーが、赤いガラスのように砕け散った。


 無数の赤い光の欠片が宙へ舞う。


『グ……オ……』


 四本の前脚から力が抜ける。


 五メートルの巨体がゆっくりと傾き。


 ズズン――。


 大地を揺らしながら倒れた。


 ウィンダは攻撃の反動で跳ね上がった身体を翼で制御し、少し離れた場所へ着地する。


「……」


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 熊は動かない。


 その巨体が、淡い光へ変わり始めた。


---


『ツインハンズグリズリーを討伐しました』


『Gランク昇格指定討伐』


『ツインハンズグリズリー討伐 1/1』


『クエスト目標を達成しました』


---


「勝った」


 ウィンダは小さく呟いた。


 初めてのボス。


 初めて、まともに大きなダメージを受けた。


 初めて、回復アイテムを戦闘中に使った。


 初めて、MPがなくなりそうになった。


 そして。


 初めて、ただ攻撃するだけでは勝てない相手と戦った。


 それでも。


 倒した。


 その直後。


 ウィンダの全身が光に包まれた。


---


『経験値が一定値に達しました』


『レベルが上がりました』


『Lv9からLv10になりました』


『HPが1上昇しました』


『DEFが2上昇しました』


『AGIが3上昇しました』


『INTが2上昇しました』


---


「10」


 ついに二桁になった。


 しかし、通知はまだ続く。


---


『《魔法(初級風魔法)》の熟練度が一定値に達しました』


『《魔法(初級風魔法)Lv2》が《魔法(初級風魔法)Lv3》へ成長しました』


『新たな魔法《ウィンドスピア》を習得しました』


『新たな魔法《エアクッション》を習得しました』


『新たな魔法《風祝》を習得しました』


---


「三つ」


 ウィンダはすぐに詳細を開いた。


---


『ウィンドスピア』


 鋭く圧縮した風を槍の形に形成し、前方へ高速で射出する。


 攻撃範囲は狭いが、高い貫通力を持つ風属性攻撃魔法。


---


『エアクッション』


 身体を空気の膜で包み込む。


 発動中、受ける物理ダメージを20%軽減する。


---


『風祝』


 風の加護を自身へ宿す。


 一時的にLUKを上昇させ、クリティカル攻撃の発生率を高める。


 効果時間:3分。


---


「守る魔法」


 ウィンダは《エアクッション》を見る。


 先ほどの突進。


 あのとき、これが使えていたらダメージを減らせた。


「これ、欲しかった」


 次に《風祝》。


「運がよくなる」


 最後の一撃で発生したクリティカルを思い出す。


 そして《ウィンドスピア》。


「硬い敵に使えそう」


 ツインハンズグリズリーのような相手に有効かもしれない。


 また試したいものが増えた。


 さらに。


 もう一つ通知が現れる。


---


『戦闘中に複数の行動を同時進行させた経験が一定値に達しました』


『新たなスキル《マルチアクション》を習得しました』


---


「?」


 詳細。


---


『マルチアクション』


 複数の行動を同時に処理する戦闘補助スキル。


 魔法詠唱を行いながら、移動・回避・飛行などの身体行動を行うことができる。


---


 ウィンダの目が大きくなる。


「動きながら、魔法」


 今まで魔法を詠唱すれば、身体は止まった。


 ウィンドイーグルとの戦いでは、その性質を急停止に利用した。


 でも。


 今日の戦闘では、それが何度も弱点になった。


 詠唱しようとすれば攻撃が来る。


 避けるために詠唱をやめる。


 もし、このスキルがあれば。


 飛びながら。


 旋回しながら。


 木を蹴りながら。


 敵を避けながら。


 魔法を準備できる。


「もっと、できる」


 ウィンダの顔に笑みが浮かんだ。


 そして。


 討伐報酬。


---


『1000ガルドを獲得しました』


『称号《熊殺し》を獲得しました』


『ドロップアイテム《熊の爪》を獲得しました』


---


「熊の爪?」


 アイテムを確認する。


---


『熊の爪』


 種別:ネックレス


 装備効果:攻撃力+4


---


「強くなる」


 ウィンダはネックレスをポーチへ収納した。


 続いて現在のステータスを確認する。


---


 名前:ウィンダ

 種族:ハーピー

 レベル:10

 冒険者ランク:G


 HP:35

 MP:45


 STR:17

 DEF:10

 VIT:9

 INT:23

 DEX:18

 AGI:46

 LUK:25


 所持金:1180ガルド


 称号:


『熊殺し』


 装備:


『ベージュの旅人服』


『冒険者の大型ウェストポーチ』


『鉄のカギ爪』

 攻撃力+15


 所持アイテム:


『低級ポーション ×6』


『低級マナポーション ×2』


『熊の爪』


 スキル:


『飛行』


『曲芸飛行』


『魔法(初級風魔法Lv3)』


『格闘』


『軽業』


『鷹の目』


『危険感知』


『掴み強化』


『マルチアクション』


 使用可能魔法:


『ウィンド・カッター』


『エネルギーボルト』


『エアーショット』


『ウィングブースト』


『ウィンドスピア』


『エアクッション』


『風祝』


---


「いっぱい増えた」


 レベル。


 ステータス。


 魔法。


 スキル。


 称号。


 装備。


 初めてのボスを倒したことで、一気にできることが増えた。


 けれど。


 ウィンダは顔を上げた。


 ツインハンズグリズリーが消えた先。


 そこにはまだ、半透明の壁がある。


---


『Fランク以上の冒険者のみ通行可能です』


---


「まだ駄目」


 ボスを倒した。


 でも、まだ自分はGランク。


 ギルドへ戻り、討伐を報告しなければならない。


 それが終われば。


「Fランク」


 透明な壁の向こう。


 見たことのない街道。


 新しい土地。


 その上に広がる、新しい空。


「帰る」


 ウィンダは翼を大きく広げた。


 地面を蹴る。


 ふわりと身体が浮き。


 次の瞬間、一気に空へ舞い上がった。


 広場が小さくなっていく。


 初めて倒したボスのいた場所を一度だけ振り返る。


 そして。


 アステリアの方角へ身体を向けた。


「報告して、向こうに行く」


 翼が風を掴む。


 ウィンダはFランクへの昇格を報告するため、アステリアへ向かって飛び始めた。


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