東の森の主
今回、初のボス戦になります。
アステリアを飛び立ったウィンダは、東へ伸びる街道の上をまっすぐ進んでいた。
眼下には、昨日まで何度も飛び回った草原。
その先には、すっかり見慣れた東の森が広がっている。
だが今日は、いつものように森の中を自由に飛び回るために来たのではない。
目的地は決まっている。
アステリアから東へ伸びる道。
東の森を貫くその街道の、一番奥。
森の出口に陣取っているという、この地域の主。
「ツインハンズグリズリー」
ウィンダはギルドで聞いた名前を小さく呟いた。
五メートルもの巨体。
熊でありながら四本の前脚を持ち、爪による連続攻撃、突進、噛みつき、そして咆哮を使う。
Gランクの冒険者にとっては、最初の大きな壁となるエリアボス。
けれど。
「倒したら、向こうに行ける」
それが一番大事だった。
ボスを倒してFランクへ昇格すれば、これまで透明な壁に阻まれていた先へ進める。
もっと遠くへ。
もっと知らない空へ。
そのために、今日は準備までしてきた。
腰の大型ウェストポーチには、
『低級ポーション ×7』
『低級マナポーション ×3』
そして鳥脚には、新しく購入した鉄のカギ爪。
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『鉄のカギ爪』
『攻撃力+15』
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ウィンダは飛びながら、鳥脚の爪を軽く開閉した。
金属の爪が光を反射する。
元々の鉤爪へ沿うように装着されているため、木を掴む動きも邪魔されない。
「大丈夫」
そのまま東の森へ入った。
以前なら、ここからが大変だった。
翼長三メートルを超える大きな翼は木々へぶつかり、満足に飛ぶことすらできなかった。
今は違う。
翼を大きく羽ばたかせない。
木々の間を抜ける風へ身体を預ける。
枝が迫れば翼を畳む。
幹があれば、その横へ分かれる風へ乗る。
必要なら鳥脚で木を蹴る。
《曲芸飛行》の補助も加わり、ウィンダは街道沿いをほとんど速度を落とさず進んでいった。
やがて。
前方が明るくなる。
「出口」
重なっていた木々が途切れた。
森を抜けた先には、大きく開けた広場があった。
数十人が同時に戦えるほど広い円形の空間。
その向こう側には、森を抜けた先へ続く街道。
しかし途中には、見覚えのある半透明の壁が立っている。
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『Fランク以上の冒険者のみ通行可能です』
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そして。
その壁の手前。
道を塞ぐように、巨大な何かが座っていた。
「……大きい」
ウィンダは広場の入口近くにある枝へ降り立った。
話では聞いていた。
体長五メートル。
けれど実際に見ると、その迫力は想像以上だった。
灰褐色の分厚い毛皮。
丸太のように太い後脚。
人間など簡単に噛み砕けそうな巨大な頭部と牙。
そして何より目を引くのが――。
「手、四つ」
前脚。
左右二本ずつ。
合計四本。
そのすべてが太く、先端には長い黒爪が伸びている。
ウィンダが《鷹の目》を使った。
すると。
巨大な熊の頭上へ赤い文字が表示された。
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『ツインハンズグリズリー Lv20』
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「20」
ウィンダは現在レベル九。
倍以上。
さらにその名前の下へ、今までの通常モンスターにはなかった長い赤色のライフバーが出現する。
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『HP ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』
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「いっぱい」
一目で分かる。
これは、一発や二発で倒せる相手ではない。
ウィンダは少しだけ緊張した。
でも。
ツインハンズグリズリーの向こうへ視線を移す。
透明な壁。
さらに向こうへ伸びる街道。
知らない景色。
知らない空。
「倒す」
枝を蹴った。
広場へ降りる。
その瞬間。
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『Gランク昇格指定討伐』
『ツインハンズグリズリーとの戦闘を開始します』
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巨大な熊の頭が上がった。
『グルルルルル……』
低いうなり声。
四本の前脚が地面を掻く。
そして。
『グオオオオオオオオオオオッ!!』
「っ!」
凄まじい咆哮が広場へ響き渡った。
木々が揺れる。
空気そのものが震え、胸の奥まで衝撃が響く。
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『《咆哮》を受けました』
『身体能力が一時的に低下します』
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翼が急に重くなったように感じる。
その瞬間。
ぞくり。
『《危険感知》が発動しました』
「来る」
ツインハンズグリズリーが地面を蹴った。
ドドドドドッ!
五メートルの巨体が、地面を揺らしながら突進してくる。
「速い」
見た目からは想像できない速度だった。
ウィンダは飛び上がろうとする。
だが、咆哮の影響で身体が遅い。
「間に合わない」
なら。
横。
地面を蹴る。
《軽業》の補助を受けながら、身体を転がすように横へ逃がした。
直後。
巨大な熊が目の前を駆け抜けていく。
その風圧だけで、ウィンダの羽毛が激しく揺れた。
「危なかった」
すぐに立ち上がる。
ツインハンズグリズリーは広場の端で急停止し、土を削りながらこちらを振り返った。
その頃には、咆哮による身体の重さも消え始めていた。
『《咆哮》の効果が終了しました』
「飛べる」
翼を広げる。
ツインハンズグリズリーが再び突進。
今度は先ほどとは違う。
ウィンダは軽々と空へ舞い上がった。
巨体が足元を通り過ぎる。
空中で反転。
「ウィンド・カッター」
『MP:45 → 42』
詠唱中、身体へ制動がかかる。
それでも十分に距離を取っている。
「飛んで」
風の刃が熊の背中へ命中した。
『ツインハンズグリズリーに8ダメージ』
頭上のライフバーが、ほんの少しだけ短くなった。
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『HP ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□』
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「……八」
少ない。
「硬い」
ギルド職員から聞いた通りだった。
なら。
ウィンダは鳥脚を見る。
「こっち」
「ウィングブースト」
『MP:42 → 39』
翼を淡い風が包む。
ウィンダは一気に高度を上げ――。
翼を畳んだ。
急降下。
《曲芸飛行》が姿勢を補助し、《ウィングブースト》が速度をさらに高める。
狙うのは背中。
「そこ」
ザクッ!
鉄のカギ爪が分厚い毛皮へ食い込んだ。
『ツインハンズグリズリーに31ダメージ』
ライフバーが、先ほどより明確に削れた。
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『HP ■■■■■■■■■■■■■■■■■■□□』
---
「おお」
鉄のカギ爪は通る。
けれど。
ぞくっ!
『《危険感知》が発動しました』
ウィンダは即座に熊の身体から脚を離した。
直後。
一本目。
ブオンッ!
巨大な爪が横薙ぎに振られる。
ウィンダは上へ。
だが、終わらない。
二本目。
斜め上。
身体を捻る。
三本目。
反対側から。
翼を畳み、わざと高度を落とす。
四本目。
今度は下から振り上げる。
「多い」
《曲芸飛行》で急旋回。
爪先が羽毛のすぐ横を通り抜けた。
『MISS』
ウィンダは距離を取った。
「一回じゃない」
爪攻撃は四回続く。
一度避けた程度では安心できない。
「一回当てて、逃げる」
ウィンダは戦い方を決めた。
◇
急降下。
蹴り。
『29ダメージ』
すぐ離れる。
爪。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
全部避ける。
次は横から。
木を蹴って加速する。
右の脇腹へ。
『27ダメージ』
ライフバーが少しずつ削れていく。
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『HP ■■■■■■■■■■■■■■■■□□□□』
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『グオオッ!』
ツインハンズグリズリーが振り返り、巨大な口を開く。
牙。
『《危険感知》が発動しました』
ウィンダは頭を下げた。
牙が頭上を通る。
そのまま顎の下を抜けて、背後へ。
「大きいけど」
ウィンダは旋回する。
「動いた後、隙がある」
五メートルの巨体。
攻撃力も範囲も大きい。
けれど、大きな身体を振り回した直後には、次の動作へ移るまでほんの一瞬だけ遅れる。
ウィンダは熊の身体を見るようになった。
肩が動く。
前脚が上がる。
重心が傾く。
次に何が来るのか。
まるで森の中で風を読んでいたときのように。
「左」
一撃目。
「上」
二撃目。
「右」
三撃目。
「離れる」
四撃目の外へ。
「分かってきた」
少しずつ。
動きが見える。
けれど、ボスも同じことを繰り返すだけではなかった。
『グオオオオオオオッ!』
二度目の咆哮。
「っ!」
『《咆哮》を受けました』
翼が重い。
その直後。
ツインハンズグリズリーが頭を低くした。
「突進」
分かっている。
でも。
身体が遅い。
「エアーショット!」
『MP:39 → 35』
風球が正面から熊へ直撃。
『ツインハンズグリズリーに6ダメージ』
『ノックバック失敗』
「止まらない」
五メートルの巨体は、エアーショット程度では押し返せなかった。
熊が迫る。
横へ逃げる。
だが、わずかに遅い。
ドンッ!
「っ!」
『ツインハンズグリズリーの突進』
『24ダメージ』
---
『HP:34 → 10』
---
ウィンダの小さな身体が大きく吹き飛ばされた。
地面を何度も転がる。
「痛い……」
HPは残り10。
まともにもう一発受ければ危険だった。
熊がすぐ追撃に入る。
ウィンダはポーチへ翼の爪を差し込んだ。
「ポーション」
『低級ポーションを使用しました』
『HPを50回復しました』
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『HP:10 → 34/34』
『低級ポーション ×6』
---
巨大な爪が迫る。
『《危険感知》が発動しました』
地面を蹴る。
今度は咆哮が切れている。
翼が風を掴み、一気に空へ。
爪が地面を抉った。
「一回で、いっぱい減った」
一瞬だけ、重い防具を買わなかったことを考えた。
でも。
今、避けることができた。
防具を増やせば、飛ぶ速度が落ちたかもしれない。
自分が選んだのは。
「やっぱり、避ける」
攻撃を受けない戦い方だった。
◇
戦闘は長引いた。
ツインハンズグリズリーのライフバーが少しずつ減っていく。
---
『HP ■■■■■■■■■■■■■■□□□□□□』
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ウィンダは特に、右上にある前脚へ攻撃を集中させ始めていた。
「四つあるなら」
一つ減らす。
それだけで、攻撃を避ける回数が減る。
急降下。
『30ダメージ』
右上前脚。
離脱。
もう一度。
『28ダメージ』
「ウィンド・カッター」
『MP:35 → 32』
風の刃が傷ついた前脚を切り裂く。
『右上前脚に12ダメージ』
『部位損傷』
「もう少し」
その瞬間。
ツインハンズグリズリーが二本の後脚で立ち上がった。
五メートルの巨体が、さらに大きく見える。
四本の前脚を一斉に広げる。
ぞくぞくぞくっ!
《危険感知》が激しく反応した。
「来る」
一本目。
横。
身体を倒す。
二本目。
上から。
急降下。
三本目。
左から。
木の幹を蹴る。
四本目。
正面。
「ウィングブースト!」
『MP:32 → 29』
加速。
四本目の爪の脇を、一気に抜ける。
「今」
熊の懐へ飛び込んだ。
狙うのは。
傷だらけになった右上前脚。
鉄のカギ爪を叩き込む。
ザシュッ!
『ツインハンズグリズリーに34ダメージ』
『右上前脚に重大な損傷』
『部位破壊――右上前脚』
『右上前脚による攻撃が使用不能になりました』
『グオオオオオオッ!?』
巨大な熊が苦痛に吠える。
頭上のライフバーも一気に減った。
---
『HP ■■■■■■■■■■□□□□□□□□□』
---
「一つ減った」
四本から三本。
たった一本。
でも。
それだけで流れは変わった。
今まで四回避けなければならなかった爪攻撃が、三回になる。
一つ。
二つ。
三つ。
「終わり」
すぐ反撃できる。
鉄のカギ爪。
ウィンド・カッター。
エアーショット。
ウィングブースト。
覚えてきたものを使いながら、ウィンダは少しずつ熊を追い詰める。
だが。
ボスの猛攻も激しくなっていった。
---
『HP ■■■■■■■■□□□□□□□□□□□□』
---
熊が走る。
爪を振るう。
噛みつく。
咆哮する。
ウィンダは魔法を使う。
「ウィンド・カッター!」
『MP:29 → 26』
避ける。
「エアーショット!」
『MP:26 → 22』
旋回。
また一撃。
「ウィンド・カッター!」
『MP:22 → 19』
熊の爪。
急降下で回避。
「エアーショット!」
『MP:19 → 15』
巨体へ風球がぶつかる。
さらに。
「エアーショット!」
『MP:15 → 11』
そして次の攻撃へ入るため。
「ウィングブースト」
『MP:11 → 8』
---
『MP:8/45』
---
「少ない」
低級マナポーションはある。
飲めば二十回復できる。
でも。
『グオオオッ!』
爪。
避ける。
二本目。
急旋回。
三本目。
身体を落とす。
距離を取る。
突進。
飛ぶ。
「飲む暇がない」
少しでも止まれば、熊が攻撃してくる。
ポーションを翼で持てば、その間飛行も不安定になる。
そして魔法を使おうとしても。
「ウィンド――」
ぞくっ!
詠唱で速度が落ちた瞬間、《危険感知》が反応した。
ウィンダは詠唱を中断し、迫る爪を避ける。
「動きながら使えたら……」
けれど、今はできない。
なら。
まずMPを回復する。
でも飲む暇がない。
どうする。
ウィンダは飛び続けながら考える。
前脚。
避ける。
牙。
旋回。
その瞬間。
腰のポーチ。
空。
自分の口。
三つが頭の中で繋がった。
「……そうか」
ツインハンズグリズリーが再び爪を振り上げる。
ウィンダは低空へ飛び込んだ。
『《危険感知》が発動しました』
爪が来る。
「今」
急旋回。
身体を鋭く横へ傾ける。
同時に、翼の爪でポーチから青い小瓶を取り出した。
そして。
上へ放る。
小瓶がくるくると回りながら宙へ舞い上がった。
熊の一撃目。
避ける。
二撃目。
木を蹴る。
三撃目。
反転。
そして。
先ほど投げ上げた青い小瓶が落ちてきた。
ウィンダは顔を上げる。
ぱくっ。
口で瓶を受け止めた。
そのまま栓へ歯をかける。
開ける。
飛びながら中身を飲み込んだ。
『低級マナポーションを使用しました』
『MPを20回復しました』
---
『MP:8 → 28/45』
『低級マナポーション ×2』
---
「できた」
ウィンダは嬉しそうに目を細めた。
飛ぶのを止めていない。
攻撃も避けた。
その途中でポーションを飲んだ。
もっといろいろなことを、同時にできるかもしれない。
その感覚が、頭のどこかへ強く残った。
◇
戦いは終盤へ入った。
---
『HP ■■■■■□□□□□□□□□□□□□□□』
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ツインハンズグリズリーは傷だらけ。
右上の前脚は完全に使えない。
毛皮は何ヶ所も裂けている。
呼吸も荒い。
それでも。
『グルルルル……!』
逃げない。
東の森の主として、ウィンダの前に立っている。
「強い」
ウィンダは素直に呟いた。
今までで、一番。
一撃では倒れない。
ただ攻撃しているだけでは勝てない。
攻撃を受ければ、一気にHPを持っていかれる。
魔法を使えば、MPもなくなる。
相手の動きを覚え。
弱いところを狙い。
使えるものを全部使う。
それでも。
ウィンダの口元には笑みがあった。
「楽しい」
強い相手を、一つずつ攻略していく。
それもまた。
空を飛ぶこととは別の、新しい楽しさだった。
ツインハンズグリズリーが三本の前脚を地面へつけた。
頭を低くする。
「突進」
もう分かる。
ウィンダは逃げなかった。
広場の端を見る。
一本の巨大な木。
「こっち」
木の前へ飛ぶ。
ツインハンズグリズリーが追ってくる。
ドドドドドッ!
十五メートル。
十メートル。
五メートル。
《危険感知》が警告する。
ウィンダは待った。
三メートル。
「今」
真上へ。
《曲芸飛行》による急上昇。
五メートルの巨体は止まれない。
ドゴオオオンッ!!
大木へ正面から激突した。
『ツインハンズグリズリーに激突ダメージ』
『ツインハンズグリズリーが体勢を崩しました』
ライフバーが一気に縮む。
---
『HP ■□□□□□□□□□□□□□□□□□□□』
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『グオオオ……!』
熊の身体がふらついた。
ウィンダは上空からそれを見た。
「今度は、こっちが使う」
森の木。
最初は飛ぶ邪魔だった。
次は飛ぶために使った。
ホーネットを倒すためにも使った。
そして。
今はボスを倒すために使う。
「ウィングブースト」
『MP:28 → 25』
淡い風が翼を包む。
上へ。
さらに上へ。
広場全体が小さく見える高さまで上昇する。
ウィンダは翼を畳んだ。
「行く」
落下。
加速。
さらに加速。
《曲芸飛行》。
《ウィングブースト》。
STR17。
そして。
攻撃力+15。
《鉄のカギ爪》。
全部を乗せる。
風が耳元で唸る。
地面が一気に近づく。
ツインハンズグリズリーが顔を上げた。
『グオオオオオオッ!』
立ち上がろうとする。
「遅い」
ウィンダは両脚を前へ。
鉄のカギ爪を大きく開く。
「これで」
一直線に。
「終わり」
ドガッ!!
全速力の飛び蹴りが、ツインハンズグリズリーの頭部へ叩き込まれた。
---
『急降下攻撃』
『《ウィングブースト》速度補正』
『鉄のカギ爪・攻撃力補正』
『クリティカル!』
---
赤いライフバー。
残っていた最後の一欠片が消える。
---
『HP □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□』
---
そして。
パリンッ――!
「!」
ツインハンズグリズリーの頭上に浮かんでいたライフバーが、赤いガラスのように砕け散った。
無数の赤い光の欠片が宙へ舞う。
『グ……オ……』
四本の前脚から力が抜ける。
五メートルの巨体がゆっくりと傾き。
ズズン――。
大地を揺らしながら倒れた。
ウィンダは攻撃の反動で跳ね上がった身体を翼で制御し、少し離れた場所へ着地する。
「……」
一秒。
二秒。
三秒。
熊は動かない。
その巨体が、淡い光へ変わり始めた。
---
『ツインハンズグリズリーを討伐しました』
『Gランク昇格指定討伐』
『ツインハンズグリズリー討伐 1/1』
『クエスト目標を達成しました』
---
「勝った」
ウィンダは小さく呟いた。
初めてのボス。
初めて、まともに大きなダメージを受けた。
初めて、回復アイテムを戦闘中に使った。
初めて、MPがなくなりそうになった。
そして。
初めて、ただ攻撃するだけでは勝てない相手と戦った。
それでも。
倒した。
その直後。
ウィンダの全身が光に包まれた。
---
『経験値が一定値に達しました』
『レベルが上がりました』
『Lv9からLv10になりました』
『HPが1上昇しました』
『DEFが2上昇しました』
『AGIが3上昇しました』
『INTが2上昇しました』
---
「10」
ついに二桁になった。
しかし、通知はまだ続く。
---
『《魔法(初級風魔法)》の熟練度が一定値に達しました』
『《魔法(初級風魔法)Lv2》が《魔法(初級風魔法)Lv3》へ成長しました』
『新たな魔法を習得しました』
『新たな魔法を習得しました』
『新たな魔法《風祝》を習得しました』
---
「三つ」
ウィンダはすぐに詳細を開いた。
---
『ウィンドスピア』
鋭く圧縮した風を槍の形に形成し、前方へ高速で射出する。
攻撃範囲は狭いが、高い貫通力を持つ風属性攻撃魔法。
---
『エアクッション』
身体を空気の膜で包み込む。
発動中、受ける物理ダメージを20%軽減する。
---
『風祝』
風の加護を自身へ宿す。
一時的にLUKを上昇させ、クリティカル攻撃の発生率を高める。
効果時間:3分。
---
「守る魔法」
ウィンダは《エアクッション》を見る。
先ほどの突進。
あのとき、これが使えていたらダメージを減らせた。
「これ、欲しかった」
次に《風祝》。
「運がよくなる」
最後の一撃で発生したクリティカルを思い出す。
そして《ウィンドスピア》。
「硬い敵に使えそう」
ツインハンズグリズリーのような相手に有効かもしれない。
また試したいものが増えた。
さらに。
もう一つ通知が現れる。
---
『戦闘中に複数の行動を同時進行させた経験が一定値に達しました』
『新たなスキル《マルチアクション》を習得しました』
---
「?」
詳細。
---
『マルチアクション』
複数の行動を同時に処理する戦闘補助スキル。
魔法詠唱を行いながら、移動・回避・飛行などの身体行動を行うことができる。
---
ウィンダの目が大きくなる。
「動きながら、魔法」
今まで魔法を詠唱すれば、身体は止まった。
ウィンドイーグルとの戦いでは、その性質を急停止に利用した。
でも。
今日の戦闘では、それが何度も弱点になった。
詠唱しようとすれば攻撃が来る。
避けるために詠唱をやめる。
もし、このスキルがあれば。
飛びながら。
旋回しながら。
木を蹴りながら。
敵を避けながら。
魔法を準備できる。
「もっと、できる」
ウィンダの顔に笑みが浮かんだ。
そして。
討伐報酬。
---
『1000ガルドを獲得しました』
『称号《熊殺し》を獲得しました』
『ドロップアイテム《熊の爪》を獲得しました』
---
「熊の爪?」
アイテムを確認する。
---
『熊の爪』
種別:ネックレス
装備効果:攻撃力+4
---
「強くなる」
ウィンダはネックレスをポーチへ収納した。
続いて現在のステータスを確認する。
---
名前:ウィンダ
種族:ハーピー
レベル:10
冒険者ランク:G
HP:35
MP:45
STR:17
DEF:10
VIT:9
INT:23
DEX:18
AGI:46
LUK:25
所持金:1180ガルド
称号:
『熊殺し』
装備:
『ベージュの旅人服』
『冒険者の大型ウェストポーチ』
『鉄のカギ爪』
攻撃力+15
所持アイテム:
『低級ポーション ×6』
『低級マナポーション ×2』
『熊の爪』
スキル:
『飛行』
『曲芸飛行』
『魔法(初級風魔法Lv3)』
『格闘』
『軽業』
『鷹の目』
『危険感知』
『掴み強化』
『マルチアクション』
使用可能魔法:
『ウィンド・カッター』
『エネルギーボルト』
『エアーショット』
『ウィングブースト』
『ウィンドスピア』
『エアクッション』
『風祝』
---
「いっぱい増えた」
レベル。
ステータス。
魔法。
スキル。
称号。
装備。
初めてのボスを倒したことで、一気にできることが増えた。
けれど。
ウィンダは顔を上げた。
ツインハンズグリズリーが消えた先。
そこにはまだ、半透明の壁がある。
---
『Fランク以上の冒険者のみ通行可能です』
---
「まだ駄目」
ボスを倒した。
でも、まだ自分はGランク。
ギルドへ戻り、討伐を報告しなければならない。
それが終われば。
「Fランク」
透明な壁の向こう。
見たことのない街道。
新しい土地。
その上に広がる、新しい空。
「帰る」
ウィンダは翼を大きく広げた。
地面を蹴る。
ふわりと身体が浮き。
次の瞬間、一気に空へ舞い上がった。
広場が小さくなっていく。
初めて倒したボスのいた場所を一度だけ振り返る。
そして。
アステリアの方角へ身体を向けた。
「報告して、向こうに行く」
翼が風を掴む。
ウィンダはFランクへの昇格を報告するため、アステリアへ向かって飛び始めた。




